東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第119話 おかえり――

「ん……」

 ゆっくりと意識が浮上する。いつもならまだ、寝惚けているが不思議と目が覚めた。

(あー……この感じは)

 体に違和感を覚えて悟る。今日は満月の日だ。体を起こして辺りを見渡すとどうやら、永遠亭のようだった。

「そうか……俺、呪いに」

 そう、誰かの策にハマり薬を飲んで呪いをかけられたのだ。そして、1週間ほど魂の中で体の治療をし、それから魂の中で吸血鬼たちと協力して呪いと戦った。

(生きてる……)

『ギリギリ間に合ったようね』

 安堵の溜息を吐いた時、魂の中でも俺と同じ行動をしている吸血鬼がいた。

(ああ、ありがとな。3人共)

『まぁ、お前が死ぬと私たちも死ぬから当然だ』

『そう言う事じゃ』

『全く、狂気もトールも素直になりなさいよ。響が死ぬのが嫌だったんでしょ?』

 吸血鬼が呆れながら呟く。それからすぐに狂気が暴れ出したので、すかさず会話を断ち切る。俺に会話する気がないと3人の声は聞こえないのだ。

「さてと……」

 生きている事はわかった。でも、他にも知りたい事が山ほどある。俺を助けてくれた人(もしくは人外)の事とか。

 とりあえず、この体になった時にやる事をしよう。布団から出て立ち上がる。制服のズボンからスキホを取り出し、晒を出現させた。

(永遠亭の連中には女の――いや、半吸血鬼化した時の姿を見られてるから時間もないし、巻きながら移動するか……)

 上着とYシャツを脱いで上半身裸になる。その2枚を腰に括り付け、ある程度、晒を巻いて部屋を出る。廊下に出てキョロキョロと見渡すが珍しく、兎たち(もちろん、人型だ)は一匹もいない。普段なら通行の邪魔になるほど走り回っているのに。仕方なく、晒を巻きながら適当な方向に歩く事にした。

『体の調子はどう?』

 狂気の暴走が止んだのか吸血鬼が話しかけて来る。

(問題ないみたいだ)

『そう、それならよかった』

「あ、お兄ちゃんおはよ」

「ああ、おはよう」

 吸血鬼との会話に集中していたので適当に挨拶を返した。

『魂の方にも問題、なかったわ。幽霊の残骸が封印されてる部屋もちゃんと機能してたし』

(そうか、あいつが暴れ出したらどうなるかわからないから安心したよ)

「お兄ちゃん、何やってんの?」

「晒、巻いてるの」

『そう言えば、また新しい部屋が出来ていたわ。誰か魂に取り込んだの?』

 どうやら、吸血鬼はあいつ(魂喰異変の時に心から出て来た奴)の事を知らないらしい。

(ああ、まぁ、そっとしておいてくれ)

「どうして、晒なんか巻いてるの?」

「そりゃ、胸を押さえる為……え?」

 ようやく、誰かの質問に無意識で答えている事に気付いた。しかも、その質問者の声には聞き覚えがある。しかし、あり得ない。

 後ろから質問されていたので振り返って確かめる。

「おはよう、お兄ちゃん」

 笑顔でまた、挨拶する質問者。俺は現実を受け止めたくなくてもう一度、前を向いた。

(大丈夫。呪いのせいで疲れているだけだ。後ろにいる人は幻だ……よし!)

 再び、振り返る。その先には――。

 

 

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 

 ――望がいた。

 

 

 

「狂眼『狂喜の瞳』!!」

 咄嗟に右目に妖力を注ぎ込み、望の目を見ようとした。この技で今見た記憶を消すのだ。だが、それを察知していたかのように望がさっと目を逸らす。

「……妹にそれはないと思うよ?」

「お前、何を見た?」

 100%あり得ないがもしかしたら、我が妹は何も見ていないかもしれ――。

「『お兄ちゃん』が『お姉ちゃん』になった」

「うわああああああ!!」

 永遠亭の廊下に崩れ落ち、破壊する勢いで拳を何度も振り降ろした。

「お、お姉ちゃん! 壊れちゃうから!」

「誰がお姉ちゃんだ!!」

 ツッコむ為にガバッと起き上がる。それがまずかった。俺の手から晒がスルリと抜け出し、そのまま廊下に落ちる。

「うわ、胸大きい……私の何倍もあるよ」

「きゃ、きゃあああああああああ!!!」

 本気で自殺を考えた。

 

「なるほどそれでおね……お兄ちゃんはそんな姿になったんだね」

「わざとかお前!」

 何とか平常心に戻った俺は望に半吸血鬼化の事を説明した。もちろん、晒も巻き終わり高校の制服もちゃんと着ている。

「まさか、お兄ちゃんが本当に人外になってるとは思わなかったよ」

「いや、普段は普通の人間なんだが……」

「そんな事より」

「お兄ちゃんからしたら重大な事なんだけど!」

 何だろう。妹の性格が変わったような気がする。

「さっきの技ってウドンゲのだよね?」

「え? ああ、『狂眼』の事か……そうだけど」

「何で出来るの?」

「いや、まぁ、成り行きで……」

 

 

 

「なるほど、永遠亭に万屋の仕事で来た時、ウドンゲに侵入者と間違われて『狂気の瞳』を使われたんだね。それをお兄ちゃんの魂の中にいる狂気が跳ね返した拍子に出来るようになったんだ……あ、でも『狂眼』を使うと満月の日じゃなくても半吸血鬼化もとい女体化しちゃうからあまり、使わないんだね」

 

 

 

「成り行きって言葉からどうしてそこまで推測できるんだよ!!」

 全力でツッコんだ。

「いや、まぁ、そう言う能力だから」

 少し俯いて望。

「はぁ? どういう能力だよ……ってお前、能力持ちなの――」

「響ちゃあああああああん!!」

「ぐふっ……」

 俺の質問は横からダイブして来た早苗に遮られる。そのまま、俺は廊下に叩き付けられた。デジャビュ。

「いてて……お前! 危ないだろ!!」

「よかった……生きてる。響ちゃん……」

「……ごめん、心配かけて」

 『魂喰異変』の時も同じように心配をかけてしまったので素直に謝った。

「本当です。何回、私たちに心配かけるんですか!」

「ほら、早苗。響はまだ病み上がりなんだからそれぐらいにしときなさい」

 後ろから霊夢の声が聞こえる。どうやら、廊下を二人で歩いていたら俺と望を発見して今に至るようだ。

「あ! だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だって」

 飛び起きた早苗は倒れていた俺に手を差し伸べる。素直にその手に捕まって立ち上がった。

「霊夢もありがとな。ずっと、結界貼ってくれて」

「まぁ、ね。でも、一番はその子よ」

「え?」

 霊夢が指さしたのは望だ。

(そう言えば、さっき能力がどうとかって……)

「あ、私ずっと気になってた事があるんですけど?」

「ん? 何だ?」

 とりあえず、今は早苗の疑問に答えるとする。

「えっと、響ちゃんと望ちゃんの関係ってなんですか? 同じ制服を着ているので同級生とか?」

「お前……今年から俺は大学生って言ったろ。紫に言われて仕方なくこれを着ているだけだ」

「そうでした。なら、先輩と後輩?」

「妹だ」

「あ、妹さんでしたか。初めまして、東風谷 早苗と言います……って妹!?」

 芸人にも負けないリアクションだった。

「初めまして、音無 望です。まぁ、昨日はずっと一緒でしたから少し、変な感じがしますけど」

「そうね。私の名前は知ってるみたいだから省略するわ。響、朝ごはん出来てるから食堂に来なさいって紫が言ってたわよ」

 硬直したままの早苗の隣で霊夢が教えてくれる。

「わかった」

「それより、その翼は何?」

「……あ」

 すっかり、半吸血鬼化していた事を忘れていた。

「そ、そうです! さっき、抱き着いた時、響ちゃんの胸がいつもより何倍も大きくなっていましたし! まさか、呪いの影響で?」

「あ、違います。お姉ちゃん、満月の日だけ翼が生えて巨乳になるんです」

 俺が答える前に望が何やら、色々と勘違いされそうな回答を口にする。

「ま、満月の日だけ胸が大きくなるんですか!?」

 目を見開いて驚愕する早苗。

「そうなんですよ。普段はペッタンコなのに」

 きっと、早苗の口ぶりから俺の事を女だと思っている事に気付いた望はまた、変な事を口走る。

「お前は何を言っとんじゃああああああああ!!」

 そんな言い方では更に早苗が俺の事を女と勘違いするではないか。望の口を塞ごうと手を伸ばすがさっと望がひょいっと躱した。

「待て!」

 頑張って手を伸ばすが何度も躱されてしまう。

「捕まえてみてよ! “お姉ちゃん”!」

「お姉ちゃん言うなあああああああああああ!!」

 何故か、鬼ごっこが始まった。

「早く来なさいよー」

 背後からの霊夢の声など聞こえていない俺であった。

 


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