東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第120話 ――ただいま

 鬼ごっこが始まって数分が経った。その頃になって俺は一つの疑問が浮かび上がる。

(どうして、捕まえられないんだ?)

 確かに望の運動神経は人並み以上だ。その中でも体力は他人を凌駕している。だが、今の俺は半吸血鬼だ。本来の吸血鬼よりは運動能力は劣る。しかし、人間の頃よりは数倍、能力は上昇しているのだ。それなのに、追いつけるには追い付けるがのらりくらりとタッチを回避されている。

「ほら! 何やってるの! お兄ちゃん!」

 首を傾げていると前を走っていた望が振り返って挑発して来た。それを見て少しだけ兄としてのプライドが傷つく。

(やってやろうじゃねーか!)

「分身『スリーオブアカインド』!」

 スペルを唱えて分身し、時間差を付けて望に突進する。

「分身まで出来るんだ! でも!」

 望は今までとは逆に立ち向かって来た。後少しで一人目と衝突する所で望が壁に向かってジャンプ。そのまま、壁を蹴って一人目の肩に両足を乗っけた。

「とう!」

 勢いを殺さずに分身の肩を踏み台にしてまたもや、跳躍。二人目を軽々と飛び越える。

「捕まえたっ!」

 望の前まで翼を使って飛んだ俺は両腕を大きく広げて捕まえようとした。望は今、空中にいる。さすがに逃げられないだろう。

「……残念♪」

 しかし、望は姿勢を変えてさかさまになる。そして、両足で天井を思い切り蹴った。望の体はすごい勢いで廊下へと向かう。

「なっ!?」

 俺が捕まえる前に廊下に着地する望。また、逃げられた。

「この……え?」

 慌てて、追いかけようとしたが望はその場に立ったままだった。

「あ~、楽しかった。そろそろ、朝ごはん食べにいこっか?」

「え? あ、ああ……」

 どうやら、鬼ごっこはここまでのようだ。分身を消してすでに歩き始めていた望の後を追う。

 

 

 

 

 

「「……」」

 それから俺と望は無言のまま、歩き続けていた。聞きたい事ならたくさんあるが今はまだ聞くべき時ではないと何となく思ったのだ。

「なぁ? 望」

 ただ、一つを除いて。

「……何?」

 そう言いながら望は急に歩くスピードを上げる。まるで、横顔を見られないようにするかのように。

「……お前が助けてくれたんだろ?」

「……うん」

 やはり、霊夢も言っていたし望には何か能力がある。その能力を駆使して俺にかけられた呪いを解呪してくれたのだろう。

「ありがとうな。お前がここに来てなかったら……いや、お前がいなかったら俺は今頃、死んでた。ありがとう」

「ううん、『義妹』として当然の事をしたまでだよ」

「そうか……」

 また流れる数秒間の沈黙。

「私からも、一つ聞いていい?」

「ああ」

 沈黙を破った望だったが、また口ごもってしまう。何か聞きにくい事なのだろうか。

「いつも……こんな危険な事に晒されてるの?」

「……それなりにな」

「やっぱり、お金の為?」

 きっと、俺が紫の下で働いているのも知っているのだ。

「う~ん……成り行きって言うしかないな。まぁ、お金もきちんと貰ってるけど」

「死にそうになった事は今まで何回ぐらい?」

「……しょっちゅうだな」

 霊力がなかったら俺はとっくの昔にあの世行きだっただろう。

「……お兄ちゃん」

「ん?」

「あまり、心配かけちゃ……駄目だよ?」

 その声は震えていた。

「ああ、すまん」

「……皆、お兄ちゃんの事が大好きなんだから急にいなくなったら悲しむよ?」

「愛されてるな、俺」

 少し、この空気が嫌で冗談を言ってみる。

「ほんとに愛されてるよ。お兄ちゃんは」

 しかし、望は前を向きながらそう呟いた。

「皆には感謝しなきゃな」

「うん……ねぇ? お兄ちゃん」

 望は俯いたまま、俺を呼ぶ。

「何だ?」

 

 

 

「……おかえり、なさい」

 

 

 

「……ただいま」

 間髪入れずにそう返すと望が歩みを止めた。俺も同じように立ち止まる。

「お願いだから……いなくならないでね」

 もう、顔を見なくてもわかった。肩は震えているし涙声だし。

 不安だったのだ。何もこの1週間がではない。多分、去年の夏。俺が失踪したその時から。あの頃から望の能力が開花しそうになっていたのだろう。中途半端に俺たちの嘘がわかったのがその証拠だ。そりゃ不安にもなる。こちらは良かれと思って吐いた嘘も相手からしたらどんな意図があって吐いた嘘なのかわかるはずもないのだから。

 

 

 

「約束する。俺は絶対にいなくならない」

 

 

 

 確証などない。だが、この約束を破らないようにする努力なら出来る。そう言った意味を含めて俺は言い切った。今から弱気では守れる物も守れるはずない。

「……ぐすっ」

 とうとう、鼻水まで出て来てしまったようだ。

「我慢しなくていいんだぞ?」

 俺がそっと言うと素直に振り返った望。泣いていた。

「お、おにいちゃああああああああああん!!!」

 やはり、我慢していたのか望が勢いよく飛び込んで来る。今回は予測できていたのでしっかり、抱き止める事に成功した。

「怖かった……お兄ちゃんが、いなくなるんじゃないかって……」

「大丈夫。いなくならないよ」

 そう言いながら望の頭を撫でる。望も俺の胸に顔を埋めていた。

(……胸?)

 その単語に違和感を覚える。そう言えば、もう望から涙ぐんだ声は聞こえない。

「……望?」

「うえーん、お兄ちゃーん」

 わざとらしく、妹。

「はい、離れなさい」

 望の体を押して離そうとするが望は俺の背中に手を回して抵抗する。

「何で、離れないんだよ!」

「だって、気持ちよかったんだもん!」

「どこがだ! いや、言わなくていい!」

 口を開こうとしていた妹を見てすぐに止めた。そこでやっと、望を突き放す事に成功する。

「ほら、食堂に行くぞ」

 食堂に向かって歩き始めた。

「うぅ~……わかったよ」

 まだ、俺の胸を見ながらだが、望もしぶしぶ俺の後を追って来る。

「でも、吃驚したよ」

 気持ちを切り替えたのかすぐに望が話しかけて来た。

「この姿が?」

「違うよ。お兄ちゃんが幻想郷に通ってた事だよ」

 確かに望にとってここはゲームの世界。そりゃ驚くだろう。

「俺だって去年の夏まではこんな事になるなんて思わなかったさ」

「人生、何があるかわからないね」

「そうだな」

 それから食堂に着くまで他愛もない話をして暇を潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、それはどうかと思うけど?」

「何言ってんだ。良いに決まってんだろ?」

 ――ガラガラ(食堂の扉を開ける音)

「でも、少し相手の事も考えた方がいいんじゃない?」

「これでも考えてるんだぞ?」

 ――スッ……(開いている席に座る音)

「そうかな? なら、足りないと思うけど」

「いや、向こうは一人暮らしなんだぞ? さすがにこれ以上、増やすのはどうかと思うが」

「足りないよりはマシなんじゃない?」

「これでも多い方なんだぞ」

「ど、どうぞ……」

 ――カチャッ(橙が戸惑いながらお盆を二つ、置く音)

「「ありがとう。それでさ」」

「いい加減にしろっ!!」

 突然、妹紅の大声が耳元で響いた。

「「うわっ!?」」

 俺と望はその場で跳ぶほど驚く。

「な、何だよ。急に大声を出して」

「そうですよ。心臓が止まるかと思ったじゃないですか!」

「お前らがこっちの事を無視するからだ!!」

「「へ?」」

 気付けば食堂に到着しているし、いつの間にか座っているし、何故か目の前に朝ごはんがある。

「すまん、全く気付かなかった」

「何か言い争ってたけど何について話してたの?」

 妹紅の隣に座っていたミスチーに質問された。

「「人里に住んでるおばあちゃんにあげるお菓子の量について」」

 何かとお世話を焼いてくれる優しいおばあちゃんが人里にいるのだ。

「はぁ?」

 ミスチーが首を傾げる。他の皆(霊夢、早苗、妹紅、紫、藍、橙、永琳、鈴仙、輝夜、てゐ、その他の兎たち)もはてな顔だ。

「ああ、あのおばあちゃんか」

 しかし、人里に住んでいる慧音だけはうんうんと頷いていた。因みに望はおばあちゃんの事を知らないが、真剣に相談に乗ってくれたのだ。

「さすが慧音」

「こっちもおばあちゃんにはお世話になってるからな」

「て言うか、慧音さん。寺子屋はいいんですか?」

 今の時刻は午前7時半。確か寺子屋は9時から始まるのでそろそろ、寺子屋に向かわなければならないはずだ。

「今日は満月だから寺子屋はお休みなんだ」

「満月?」「あ、そうか」

 俺にはわからなかったが、望には理解できたようだ。

「ふむ。丁度いい。響は何故か、満月の日は休むからな。夜、人里に来てくれないか?」

「え? いいけど……」

(どうせ、帰れないし)

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!」

「何だ?」

 ご飯を口に運んでから望の方を向く。

「今日、家に帰らないの?」

 どうやら、望は早く家に帰りたいようだ。

「あー、そうか。ここにいる中で知ってるのは紫、藍、永琳の3人しかいないもんな。紫、いいだろ?」

「ええ」

 最初に紫に許可を取り、その場に立ち上がる。

「皆ー。注目してくれー」

 2回、手を叩いて皆の目をこちらに向けた。

 


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