「ふ~ん……レミィがね」
レミリアには出て行けと言われたが、どうしてもあの反応が気になってしまい、俺たちはパチュリーのいる図書館にいた。
「ああ、そうなんだよ。何か知らない?」
これまでにあった事をパチュリーに説明したら、納得したように頷く大図書館。
「まぁ、さすがに真相を語るわけにはいかないわね……」
「どうしてですか?」
初心者用の魔法の本(望には魔力そのものがないので読んでも使えやしない)を真剣に読んでいた望がこちらに顔を向けずに質問する。
「レミィの言う通り、響にとってこれは重大な問題なの。知ってしまえば、生き方そのものが変わってしまうかもしれないわ」
「そんな事……何でお前は知ってるんだ? そんなに言いたくない事ならお前にだって言わないと思うけど?」
「そりゃ決まってるよ」
その時、フランが3冊の本を運びながら言った。あの後、地下室には向かわずここに来ていたらしい。
「響は覚えてる? 人間と吸血鬼の物語」
テーブルに本を置いてから俺に質問するフラン。
「え? あの本の事か?」
俺がまだ小さい頃、初めて幻想郷に来た時にまだフランが地下室に幽閉されていた。紅魔館に厄介になっていた俺は本を地下室に持って行って読み聞かせしていたのだ。その時に読んだのが『人間と吸血鬼の物語』。
「でも、確かあれはレミリアの話じゃなかったっけ?」
「あれ? あの時、意識あったの? 瀕死だったのに」
「ちょっとな。それがどうしたんだよ?」
「前、お姉様とパチュリーが話してるのを聞いたの」
フランの言葉を聞いてパチュリーが目を丸くする。聞かれていたとは思っていなかったようだ。
「あの本は実話だけど実話じゃない。最後の結末を少しだけ変えたんだって」
「結末を?」
本当がどうか確認する為にパチュリーの方を見る。
「……ええ。本当よ。あの本はレミィの話を聞いて私が書いた物なの。でも、『最後だけ変えて』って指示されたのよ」
「どうして?」
「さぁ? 彼女が言うにはフランには正しい道を選んで欲しいって」
フランもレミリアがそう言ったのは知らなかったらしく、俺と目を合わせて同時に首を傾げた。
「本の結末はどんな感じだったの?」
望だけは物語を知らない。簡単に説明すると、一瞬だけ目が淡い紫色に光った。もしかして、能力が発動した時に起きる現象なのかもしれない。
「……お兄ちゃんはフランの血を飲んだんだよね?」
「あ、ああ……」
「フラン、お兄ちゃんに血を飲ませる時、レミリアさんは何か言ってなかった?」
「言ってたけど……確か、『吸血鬼にされたキョウの事を考えなさい。私の時は拒否されたけどキョウは答える事すら出来ない。だから、貴女が決めるのよ』って」
実はその後、フランが俺に血を飲ませたかどうか知らない。そこで吸血鬼の記憶が消えていたのだ。まぁ、生きているから飲ませたのだろうけど。
「その後は?」
「……響は知ってるの?」
「いや、そこまでは……」
俺の答えを聞いてフランが少し、俯いた。
「私、逃げようとしたの」
「は?」
「もし、血を飲ませてキョウに怒られたり、悲しませたり、拒絶されたらどうしようって考えたら怖くなって……」
「お、おい……じゃあ、俺はどうやって」
傷を治したんだ?
「もちろん、私の血を飲んだよ?」
「矛盾してるだろ」
「だから言ったでしょ? 『逃げようとした』って。私が図書館から飛び出そうとしたら出て来たの。お兄様の中にいた吸血鬼が」
「吸血鬼が?」『ああ、そんな事もあったわね』
俺の問いかけと吸血鬼に呟きが被った。本当の事らしい。
「うん。去年の夏みたいに」
『まぁ、そんなに喋ってないわよ。キョウは生きたがってるって言ってる事を教えただけ』
「……おいおい。待てよ」
俺はてっきり、5歳の時にフランの血を飲み、それから魂に吸血鬼が現れたと思っていた。だが、フランの話じゃ血を飲む前から俺の魂には吸血鬼がいた事になる。今思えば、そうじゃないとフランに本を読み聞かせている記憶があるわけがない。
「じゃあ、なんだ……“吸血鬼はお前と会う前から俺の中にいた”って言うのか?」
「お兄様?」
俺の様子がおかしい事に気付いたのかフランが心配そうな表情を浮かべる。
「ふざけんなよ……なら、俺は最初から『人間』じゃないってのか?」
俺は一体、何なんだ? 吸血鬼か? それとも、半吸血鬼か? それ以外の存在なのか?
ぐるぐると目が回る。自分が一体、誰なのか。そもそも、俺の親は誰なんだ。わからない。わからない。
「お兄ちゃん、大丈夫」「お兄様、大丈夫」
右側から望が、左側からフランが俺の手を握った。
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
「種族なんて、自分が誰かなんて関係ない」
俺の中で何かが弾ける。
「お兄ちゃんだったから今、私はこうやって幸せに暮らしてるの。もし、お兄ちゃんがいなかったらイジメのせいで自殺してたと思う……」
「私だってお兄様が読み聞かせしてくれなかったら、人間に興味なんて湧かなかった。今頃、地下室で孤独に生きていた……」
妹たちはそこまで言うと手に力を込めた(フランは込め過ぎて俺の左手がまた砕けた)。
「……ああ。そうだな」
痛みすら気にならないほど魂の中で何かが暴れている。だが、力が暴走しているわけではない。共鳴しているのだ。彼女たちと。
「そうだよ。だから、安心して」
右を見ると望が微笑んでこちらを見てそう言ってくれ――。
「私たちはいつまでもお兄様の妹だから」
――左ではフランが満面の笑みを浮かべてくれた。
「ありがとう。二人とも……」
何とか返事が出来たが、魂が激しく鼓動を打っている。喋るのは愚か、表情が険しくなるのを抑えるのも厳しい。
(何だよ……これ)
シンクロした時と似ているが状況が違う。まず、魂を取り込んでいない。それにもっと、鼓動は弱かった。望もフランも変わった様子もない。俺の魂で何かが起きている。
――……**術『特殊結界封印―魂―』。
その時、あの心にいた奴の声が頭に響く。『術』の前にも何か言っていたが聞こえなかった。
「あ、れ?」
途端に先ほどまで暴れていた鼓動が嘘のように静まる。
「どうしたの? お兄ちゃん?」
俺の呟きが聞こえたのか望が質問して来た。
「え? あ、いや……なぁ? お前ら、何か違和感なかったか?」
「「違和感?」」
妹二人は顔を見合わせ、首を傾げる。やはり、俺だけだったらしい。
「何々? お兄様、どこか具合でも悪いの? “妹”のフランに教えて!」
ニヤニヤしながらフランが俺の左腕に抱き着く。
「あ! ちょっと! 何、抜け駆けしてるの!」
それを見て望も負けじと右腕にしがみ付いた。
「おい、お前ら何かの同盟を結んでなかったっけ?」
「うん、結んだよ。でも、妹としては望に負けないもん!」
「わ、私だって! フランに負けないもん!」
それからお互いにぐいぐい俺の腕を引っ張り始めた。
「いででででっ!? こらっ! 引っ張るな! 特にフラン! 本気だろ、お前! 千切れる! 千切れるからあああああ!!」
叫ぶ俺だったが、少し嬉しかった。何故なら、フランはわざと望を挑発したのだ。元々、地下室に幽閉されていたのでまだ人に慣れていないフランは知らない人の前だと人見知りする。でも、フランは楽しそうだ。望になついている証拠だろう。悪戯好きの妹が姉に悪戯するような感じ。まぁ、しかし――。
「痛い! 痛い!」
本当に左腕が千切れそうなのでフランには自重して貰いたい。
「弟様。妹様たちとお遊びになっている中、申し訳ござません」
その時、目の前に咲夜が出現した。
「遊んでないよ! 襲われてるって言っても過言じゃないよ! 助けてよ!!」
「お嬢様から伝言です。『明日までには機嫌を直しておくからいつでも遊びに来なさい』、との事です」
どうやら、レミリアもやりすぎたと思ってくれているらしい。少しだけ紅魔館に来る頻度を減らそうか考えていたが今まで通り、幻想郷に来たら必ず寄る事にしよう。
「そうか……ってか、お前ら! いい加減にしろ!」
両腕を思い切り振って妹たちの拘束から逃れる。
「お兄様? まさか、あれだけで私が満足してると思ってる? 後2時間……いや、後3時間は遊んでもらうよ! もちろん、望もね!」
しかし、すぐに俺の腰に飛びつきながら笑顔でフラン。俺と望はお互いの顔を見て苦笑い。無邪気な妹だ。
「お兄ちゃん」
「ん? 何だ?」
俺の耳元まで顔を近づけた望が小声で俺を呼んだ。
「なんか、私、フランのお姉ちゃんになった気分なんだけど」
口では嫌そうに聞こえるが口元は緩んでいるので相当、嬉しいらしい。東方の中でフランが最も好きなのもあるが、“妹”が出来た。つまり、家族が増えたのが一番の理由だろう。
「俺もそう思ってた」
「あ! お兄様! 望! 何こそこそしてんの! 早く、私の部屋に行くよ!」
腰から離れて俺と望の手を取り、引っ張り始める。
「おい! 望は普通の人間なんだからあまり、力入れるなよ?」
「わかってるって! ほら、早く!」
それから4時間ほど3人で遊んだ後、俺と望は博麗神社に向かう為に紅魔館を後にした。