「わかった! 感謝してるのはわかったから離れろ!」
結界のおかげですっかり元気になった狼にぺろぺろされまくる。
「それにしても大きいね」
何とか、狼を引き剥がした時、望が狼を見て感想を漏らした。確かに狼の目線は望よりも高い。
「え? 違う? 力を使って大きくなってるだけ?」
だが、すぐに首を傾げながら妹がそう狼に質問する。
「どうした?」
「なんか、この狼さん。自分の中にある力を利用して体を大きく見せてるだけなんだって」
望が説明すると同時に狼の体が縮み、目線が俺の腰――つまり、先ほどより半分ほどの大きさになった。
「お前、本当に喋れるんだな」
「自分でも吃驚してる……あ、この子、女の子みたい」
メスと言いたいらしい。
「体の調子は?」
俺が狼に質問すると鼻を鳴らした。
「……バッチリだって」
「通訳どうも。魔眼で見たけどこの辺りにはもう、妖怪はいないから安心していいぞ」
そろそろ、博麗神社に行かなければお茶を飲む時間がなくなってしまう。
「じゃあ、元気でな」
「バゥ!」
俺が飛ぼうとしたのだが、狼は一回、吠えた後、俺の袖を噛んだ。
「え? ついて行く? でも……うん。うん」
望が一生懸命、狼と会話する。
「だから! 駄目だって!」
(言い争いになってるぞ?)
「私たちは外の世界から来てるから付いて来れないの!」
「おい、いい加減なんて言ってるか教えてくれないか?」
蚊帳の外は寂しい。
「え? あ、なんかお兄ちゃんに一生ついて行くって言ってる」
「……つまり、式神になりたいって事か?」
「バゥ!」
頷きながら狼。
(どうする?)
式神は常に主人と繋がっており、主人から力を注ぎ続けられる。つまり、狼が俺の式神になれば俺はずっと、力を注がなくてはいけないのだ。その為、魂の中にいる3人の力を借りる事になってしまう。さすがに独断で決めるのはまずい。
『まぁ、いいじゃないかしら? 仲間が増えた方が楽しいし』
『私も別に問題はない。どうせ、力を与え続けると言っても本当に少量だからな』
吸血鬼と狂気がほぼ同時に承諾してくれた。
(……トール?)
しかし、いつになってもトールから返事が帰って来ない。
『いや、式神にするのはいいんじゃが……』
(じゃが?)
『その狼……神獣じゃぞ?』
「……へ?」
思わず、狼を2度見してしまった。
「ほぅ……これはまた、珍しい物を連れて来るねぇ」
狼が神獣だとわかり、式神にして何か影響がないか気になった俺は望と狼を頑張って背負って(分身した。因みに狼は2人がかりで運んだ)守矢神社にやって来たのだ。急いで早苗たちを呼んで狼を見せたら、顎に手を当てて神奈子が感想を漏らす。
「これは……神獣ですよね?」
「そうみたいなんだよ。トールがそう言ってたんだ」
「まぁ、これほどまで神力を垂れ流しにしてたらわかるよね」
やはり、早苗にも諏訪子にもわかるようだ。
「望にはわかるか?」
「へ? う、う~ん。普通じゃないとは思ったけど神獣とは思わなかったかな?」
「だよなぁ」
俺の場合、体の中で霊力、魔力、妖力、神力がぐちゃぐちゃに混ざっているのでどれがどの力かわからないのだ。特に妖力と神力は普段、あまり使わないので見分けがつかない。
「で? どうして、こんな所に連れて来たんですか?」
首を傾げながら早苗が問いかけて来た。
「実は、なんか俺の式神になりたいんだってさ」
「へぇ、式神に……式神に!?」
諏訪子が目を見開く。
「神獣だよ!? 人の前に現れる事自体あまりないのに!?」
「それもこいつは神狼(しんろう)。普通の狼と違って群れを作らず、一匹で過ごしているんだ。それなのに……式神にか」
「妖怪に襲われている所をお兄ちゃんが助けたんですよ」
『お兄ちゃん?』と目を細める神奈子と諏訪子だったが、すぐに俺の妹だと紹介すると納得してくれた。
「妖怪に? どうして、そんな事になったんでしょうかね?」
「聞いてみますね」
早苗の呟きが聞こえたのか望が笑顔で応じる。
「「「へ?」」」
望の意外な行動にキョトンとする3人。
「なんか、嫌な力を感じて攻撃したそうですが、想像以上に相手が多くてピンチになったそうです」
「お前、意外に間抜けなんだな」
「ガㇽㇽ……」
俺がバカにすると狼が低く唸り始めた。
「すまんすまん」
すぐに謝ると許した証拠に俺の頬をぺろぺろと舐める。
「ホントに仲がいいですね……神奈子様、神獣を式神にしても問題なんですか?」
「う、う~ん……実例がほとんどないからな。確か、響は神力も持ってたよね?」
「あ、ああ……」
ぺろぺろされていたので頷くだけで精いっぱいだった。
「外に出せるかい?」
「? やってみる」
狼の頭を撫でてぺろぺろをやめさせる。すぐ指輪を使って力を合成した。
「……もっと、純粋な神力で」
「わかった」
一旦、合成した力を消して体の中に流れている神力を(トールに手伝って貰いながら)右手に集める。
(ん?)
だが、その時に何か違和感を覚えた。
『む? これは?』
トールも同じように違和感を覚えたようだが、俺もトールもどこに違和感を覚えたのかよくわからない。
「は、はい」
何とか、肉眼でも神力が見えるほどの濃さになった所で合図を送った。
「そのまま、狼の頭に乗せて」
「おう」
神奈子の指示通りにポン、と狼の頭に手を乗せる。その瞬間、俺の体と狼の体が輝き始めた。
「な、何これ!?」
「ふむ、共鳴しているから相性は大丈夫みたいだね。もういいよ」
手をどけると光も消える。
「まぁ、もしかしたら問題があるかもしれない。調べてみるからまた、明日おいで。確か、今日は幻想郷に泊まるんだろ?」
「調べられるのか?」
「多分ね。とりあえず、名前を決めてあげようじゃないか」
確かに、今まで狼の事はそのまま『狼』としか呼んでいなかった。
「そうだな。式神にしてもしなくても決めないとな」
「くぅん?」
首を傾げる狼。
「お前に名前を付けようって話。そう言えば、名前あるのか?」
「……ないって」
「名前、欲しいか?」
「バゥ!」
これは望の通訳がなくてもわかった。
「よし。どんなのがいいかな……」
「女の子っぽいのがいいって」
すぐに望を通じて注文される。
(女の子……)
「そうだな……霙(みぞれ)ってのはどうだ?」
天気で言う雪と雨が混ざっている天候だ。白銀で雪のようで尚且つ、雨のように色々な悪い物を洗い流してほしい、と願いを込めてそう決めた。
「……いいって! 気に入ったって言ってるよ!」
望が通訳した途端、霙が俺に飛びついてくる。
「ちょッ! お前っ!」
さすがに支えられず、背中から守矢神社の境内に倒れ、またぺろぺろされた。
「でも、可愛いね! 触らせて!」
そう言いながら諏訪子が霙の背中に飛びつく。
「諏訪子! 重くなったから降りろよ!」
「何! 私は軽い方だよ!」
「霙の体重もあるんだよ!」
俺の叫びで気付いたのか諏訪子ではなく、霙が俺の上から降りた。
「さんきゅ」
のろのろと立ち上がり、前を向くと霙の口に何か咥えられているのを発見する。
「それって……スペルカード?」
「バゥ!」
スペルカードを境内に置いてお座りする霙。近くによってスペルカードを拾うと前にこの狼に襲われた時に奪われたスぺカだとわかった。
「やっぱり、あの時の狼か……よし」
これも何かの運命だと思い、スペルカードに力を注いだ。
「お兄ちゃん? 何やってるの?」
「え? ああ、霙を式神にした時、必要なスペルを作ってるんだよ。おし、出来た。早苗」
「はい、何ですか?」
俺に呼ばれ、早苗が駆け寄って来る。
「これ、預かっておいて。もし、霙が式神になっても問題ないってわかったらこれに神力を注ぐように指示してくれ」
「人間の言葉、わかるんですか?」
「バゥ!」
「ほら、わかるって言ってる。お前も覚えておけよ? で、このスペルに俺の名前が浮き出たら成功だ」
前に紫に式神にするには相当な力の差が必要だと言っていた。でも、それは先ほどの妖怪との戦闘で俺の方が強い事が証明されているので大丈夫だと思う。
「このスペルは俺の持ってるスペルと繋がってるから俺に伝えたい事を念じれば俺に届く。多分、狼語でも話しかけても途中で翻訳されるはずだから安心しろ」
そこで霙が頷く。
「じゃあ、神奈子よろしくな」
「まかせておけ」
スキホを見るとそろそろ、霊夢のいる博麗神社に向かわなくてはいけない時間だった。
「望。帰るぞ」
「うん」
再び、望を背負い、境内にいた早苗たちに手を振りながら守矢神社を後にした。