「やっぱり、キョウ君には魔力があるみたいね」
アリスさんが笑顔で断言する。
(僕に……魔力が?)
そう言えば、こまち先生に会う少し前に体が異常に軽くなった。それは魔力のおかげかもしれない。
「そうね……少し、魔力を扱う練習でもしましょうか。このままじゃこのカバーも消せないだろうし」
「い、いいんですか? 迷惑じゃ?」
「どうせ、ここの巫女も帰って来ないしね。これで5日目よ? 全く、何をやってるのかしら?」
不機嫌そうに文句を言うアリスさん。
「えっと……じゃあ、お願いします」
「いい返事ね。う~ん、どうやって練習しよう?」
顎に手を当ててアリスさんが考え込む。そこで上海が目に入り、一つの案が浮かんだ。
「あの?」
「ん? 何?」
「上海さんって確か、アリスさんが魔力で作った見えない糸で操ってるんですよね?」
先ほど、上海さんについて教えて貰ったのだ。
「なるほど? 人形で練習したいのね?」
「は、はい。なんか、動かせたらすごいなって」
「……なら、作ってみましょうか?」
「へ!?」
てっきり、上海さんで練習するのかと思っていたので驚いてしまった。
「正直言って上海を操るにはキョウ君の魔力じゃ足りないと思うの。それに構造も複雑だし。だから、もっと簡単な、キョウ君でも操れる人形を作りましょう。もちろん、作るのはキョウ君よ」
「で、出来るんですか? 僕に」
「私も手伝うから。頑張ってみて」
チラッと上海さんを見る。作ってみたい。
「わかりました! 頑張ってみます!」
元気よく頷くとアリスさんはニッコリ笑う。
「じゃあ、材料とか準備するわね。手伝ってくれる?」
「はい!」
僕は人生で初めての人形作りをする事になった。
「……」
目を覚ました俺は体を起こして、カーテンを開けた。朝日が眩しい。
「くそっ……」
しかし、そんな朝日とは対照的に俺の気持ちは沈んでいる。
(今は過去の夢を見てる場合じゃねーんだよ……)
俺の呪いが解けたのが3日前。リーマと犯人の襲撃が一昨日。気絶させられた俺が目を覚ましたのが昨日。そして――。
「お兄ちゃん?」
心配そうな表情で望が部屋に入って来た。いつもはノックするのに忘れていると言う事は相当、俺の事が心配だったらしい。
「大丈夫……」
安心させようと思い、放った言葉は俺の意志とは裏腹に弱々しかった。掠れた声で言っても信憑性などあったもんじゃない。それどころか逆効果だ。
「うん。朝ごはん、雅ちゃんが作ったから食べてね」
「ああ。すぐに行く」
俺が頷いたのを見て望が部屋を出て行った。
「……くそっ」
もう一度、悪態を吐く。
――昨日、起きた俺は人間だった。そう、“普通”の人間だ。魂の中にいた吸血鬼たちとも会話出来なくなり、PSPを使ってもスキマを開く事は愚か、他のキャラにも変身出来ない。指輪だってただのアクセサリーになっている。
俺は幻想郷に入れなくなっていた。スキホも犯人に襲われた時に壊れてしまい、紫とも連絡が出来ない。
望の話では俺が気絶したすぐ後に俺と望の足元にスキマが開いて俺の家にワープしたらしい。紫が助けてくれたようだ。しかし、それから紫からなんの連絡もない。
「はぁ……」
あの場に残された霊夢は大丈夫だったのだろうか。
(とりあえず、朝ごはん食べよう)
急いで寝間着から部屋着に着替えた俺は1階に降りた。
「じゃあ、行ってきます」「いってきまーす!」
「おう、行ってらっしゃい」
雅と奏楽が学校に向かった。さすがに一昨日帰って来たばかりの俺と望は体の調子(特に俺)が心配なので今週は学校を休む事にしている。因みに望は2人を見送らず、茶碗洗いをしていた。
「今日だよね? 東さんが来るの」
居間に戻ると望が突然、質問して来る。
「え? あぁ……そうだったな」
俺に続いて望もいなくなったので雅が慌てて警察に連絡し、また東さんがこの家に来たらしい。昨日、雅が東さんに俺と望が帰って来た事を話すと念のために失踪した理由について聞きに来ると言っていたそうだ。
「なんて言い訳する?」
「遭難で良いんじゃないか?」
「え~? また?」
去年の夏。俺が初めて幻想郷に行って帰って来た時に慌てて『近くの山で遭難した』、と言ったのを思い出す。
「う~ん、どうしよう?」
「そうだね……よし、これはどうかな?」
望の目が紫に光った。能力が発動したのだろう。特に俺の考えもなかったので望の案を採用する事にした。
「ほぅ……仕事でトラブル?」
「はい、そうなんです」
望の言い訳はこうだ。
まず、俺の仕事は時々、出張がある事を説明。仕事の事は大学にも話していて突然、休む事もあると説明しておいたので東さんが裏を取っても大丈夫だ。
だが、その仕事先でトラブルがあり、電波も届かない場所だったので連絡出来ずに1週間、経ってしまった。実際、幻想郷には電波は届かないので嘘は言っていない。
「そして……何とか、電波が届く所まで移動した響さんが望さんに連絡。すぐに望さんはお兄ちゃんがいる仕事場に向かった、と?」
「はい、そうなんです」
俺と同じ台詞を使って望が頷く。
つまり、連絡を受けた望は俺の事が心配で雅たちには何も言わずに家を飛び出してしまった。まぁ、幻想郷に来たのだから合っている。
「で? その仕事場とは?」
「口止めされてます」
「……大丈夫なのか? その仕事」
「大変ではありますけど、給料が良いので」
実際、東さんより稼いでいると思う。依頼を解決した時に貰える報酬金を含め、1か月毎にも社会人と同じように給料が振り込まれるし、異変など大きな事件を解決した時にはあり得ないほどのお金が紫から貰える。まぁ、スキホが破壊された今、あまり家に置いてある通帳に入れ替えていないので安心は出来ないが。
「まぁ、いい。二人とも、無事に帰って来てくれてよかったよ」
「心配かけました」
望が頭を下げて謝ったので俺も頭を下げた。
「いやいや、謝られるのは私ではないよ。雅さんや奏楽ちゃんに、だろ?」
「……はい」
本当に雅と奏楽には迷惑をかけたな、と思う。幻想郷で再会し、安心させたのだが、俺が傷ついて帰って来てしまったので更に心配かけた。俺を不安な気持ちにさせないように雅も奏楽も表に出さないが今まで、暮らして来たんだ。わかってしまう。
「あ、そうだ。響さんは少し、運が悪いようだね?」
「え? あ、はい」
確かに去年の夏は山で遭難し、今回は仕事場でのトラブル。運が悪いと思うだろう。
「自分の運勢を占ってみてはどうだろう?」
「運勢、ですか?」
俺に変わって望。
「ああ、実は世間ではあまり、占いや風水は信じられていないが私は信じていてね」
「へぇ、そんな風には見えませんけど……」
見た目は中年のおじさんだし。
「そうだな。例えば、テレビで占いをやっていたとしよう。そして、結果は最悪。響さんはそれを見てどう思う?」
「……まぁ、テンションは下がるかと」
上がったら、ただのマゾだ。
「ふむ。普通はそうなるだろう。考えてみて欲しいが、テンションが低い時ってあまり、良い事がないだろう?」
「気持ちが沈んでいるので悪い出来事は普段より重く受け止めて、良い出来事でもあまり嬉しい気持ちにはなりませんね」
「望さんの言う通りだ。ほら、占い、当たっただろう」
「「あ……」」
確かに当たっている。逆に占いの結果が良い時も、同じような現象が起きると推測できた。
「つまり、占いの結果を見てその人がどう思うかが大事なんだ。悪い結果だったから注意しよう、とか良い結果だったから宝くじを買ってみよう、とか」
腕組みをしながら東さん。
「じゃあ、俺は毎日、テレビの占いを見ればいいんですか?」
「嫌そうじゃない。これを使うといい」
そう言って東さんが懐からたくさんカードが入ったケースを取り出して渡して来た。大きさはトランプより縦長でまるで――。
「タロット?」
俺が答えに辿り着いた時には望が東さんに問いかけていた。
「そう、タロット占いだ。結構、奥が深い」
ケースを開けて、一枚目を見てみる。
「……死神?」
普通なら最初のカードは『愚者』なのだが、何故か俺が引いたカードは『死神』だった。しかも、逆位置。
「ああ、すまない。前に占ったまま、適当に仕舞ったんだった。最初のカード、愚者じゃなかったんだろ?」
「はい……死神の逆位置でした」
「孤独や孤立。しかし、それ以外に再生や立ち直りと言う意味を持っているね」
「覚えているんですか?」
俺が貰ったタロットは大アルカナのみが入っているデッキだ。しかし、それだけでも22枚ある。更に正位置と逆位置で意味が変わって来るので全て覚えていると言う事は44枚のカードの意味を覚えていると言う事になる。
「占っている内に覚えたんだよ。さて、話も聞いたし私はこれでお暇させて貰うよ」
「あ、はい。ありがとうございました。大切に使わせていただきます」
お礼を言うと東さんは微笑んで帰って行った。
「やっぱり、不思議な人だね」
「ああ、まぁ、折角だし使ってみるか」
それから1時間ほどタロットで遊んだ。