東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第135話 愚者

 俺が能力を使えなくなってから更に3日、経つ。

「今日の運勢は……び、微妙だな」

 東さんから貰ったタロットで一日の運勢を占うのが習慣になってしまった。最初は適当にやってみていたが、意外と当たる。

「響。早くしないと遅刻するよ」

「おう」

 ノックなしで雅が部屋に入って来た。俺も慣れたので何も言わずに頷き、タロットを片づけ始める。

「タロット?」

「あれ? 雅は見るのは初めてか?」

「タロットは見た事はあるよ。でも、響が持ってるなんて知らなかったな」

「東さんに貰ったんだよ」

「え?」

 何故か、東さんの名前を出すと雅が眉間に皺を寄せた。

「どうした?」

「……実はね?」

 雅は奏楽が『東さんが俺に何か悪い事をするつもりだ』と言っていたと説明してくれる。

「奏楽が……」

「うん。何かされなかった?」

「いや、このタロットを貰ったくらい」

「そう。でも、気を付けてね」

「ああ……わかってる」

 今、考えても何も解決はしない。それについての情報がなさ過ぎるのだ。

「……そう言えば、お前大丈夫なのか?」

「え? 何が?」

「今、俺とお前は繋がってないんだぞ? 外の世界にいるんだから何か影響があるんじゃないのか?」

 俺が普通の人間になった日から雅と交わした『仮契約』も解除されているのだ。

「……ないよ」

「嘘つくな」

「はいはい。そうだね。うん、体がだるいかな」

 仮の式神とはいえ、雅は俺から力を供給され続けていたのだ。しかし、今回の事があり、俺からの供給が途切れている。その為、いつもより疲れやすいのだろう。

「大丈夫なのか?」

「もちろんだよ。誰かさんのように無理はしないから」

「すんません……」

 ただでさえ、心配かけているので謝ってしまう。

「響こそ、大丈夫なの?」

 タロットを片づけ終わった時に雅に問いかけられ、動きを止めた。

「肉体的にはね」

「精神的には?」

「ボロボロだよ」

 ここで見栄を張っても意味がないと判断し、正直に白状する。

「何で、言わないのさ」

「言っても仕方ないだろ?」

「違うよ。確かに解決はしないけど……私にだって響の苦しみを分けてよ。家族でしょ?」

 『家族』と言う言葉に俺は目を見開いた。

「……ありがとう」

「それで? ホントに何も出来ないの?」

「ああ、スキホが壊された今、PSPも取り出せないし。ましてや、俺には何も力がないしな」

「え?」

 その時、雅が首を傾げる。

「どうした?」

「いや……響はさ? 今の自分が普通の人間だって言ったよね?」

「だって、魔力や妖力ないし」

「そりゃ、魔力、妖力、神力は感じられないけど……霊力はあるよ?」

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 大学の教室。俺は一人で考えていた。

(魔力、妖力、神力はないけど霊力はある……つまり、まだ俺には力があるって事か? でも、自分じゃ気付いていなかった)

 もしかすると、その霊力は本来、俺が持っていた霊力なのだろうか。それが当たり前だと俺が思っていたら、先ほどの疑問も筋が通る。霊力があるこの状況が普通だと思っている事になるからだ。

「……」

「響、大丈夫か?」

「え? あ、ああ……」

 隣で講義を聞いていた悟が珍しく俺がノートを開いていない事に気付き、質問して来た。

「無理はするなよ?」

「わかってるって……おっと」

 慌てて鞄からノートを取り出したが、その拍子にタロットが入ったケースが悟の足元に落ちてしまった。すかさず、悟はそれを拾い上げる。

「ほい。タロット?」

「ああ、東さんに貰ってな」

「ふ~ん……どれ」

 悟がケースからタロットを出し、机にばら撒く。

「一枚、選んで」

「じゃあ、これ」

 どうやら、簡単に占ってくれるらしい。適当なタロットを選び、ひっくり返した。

「……『愚者』の正位置」

「始まり。直感。何かの始まりを示すカード」

 顔を上げると今まで講義をしていた若い男の先生が引いたカードの意味を教えてくれる。

「あ、すいません……」

「何、気にするな。音無、お前は何か悩んでいるのか?」

「……まぁ、はい」

「よし」

 そこで先生も悟の前にばら撒かれたカードから1枚、引く。

「ふむ……星の正位置。俺にはこのカードを通して、お前にはすでに希望が見えてると判断するが?」

「希望、ですか?」

「星の正位置は希望や理想。順調と言った意味がある。確かに今は絶望の中にいるかもしれないが、すでにお前の目にはその先に待っている光が見えているはずだ」

「じゃあ、俺も」

 先生を真似するように悟もカードを引く。力の逆位置だ。

「意味は過信、独断、見栄っ張り」

 すぐに先生が意味を教えてくれる。

「……なぁ? 響、お前は自分の悩みを誰かに相談したか?」

「あ、あまり……」

「ほら、だから俺はこんなカードを引いたんだ。誰かに相談する事で解決する問題もあるんだぞ。それなのに心配かけたくないからって自分一人で悩んで」

 確かに朝、雅に話した事で自分の中には霊力がある事がわかった。

「俺じゃなくてもいい。師匠や雅ちゃんでも、ましてや奏楽ちゃんでもいいんだ。誰かに話してみろ」

「……わかった」

「じゃあ、もう一度引いてみろ」

「はい」

 3枚のカードを戻し、シャッフルした後で俺はカードを引く。

「……よし! 今日の講義はこれまでとする! 音無、行って来い!」

「はい!」

(まだ、やれる事はあるはずなんだ。諦めない)

 先ほど引いた『戦車』の正位置が示すようにタロットを片づけた後、俺は力強く教室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 一番に家に帰って来た俺は自分の部屋にいた。

(今、あるのは数百枚の博麗のお札と指輪、それにスペルカードか……)

 これらはスキホの中に入れておらず、こうして俺の目の前にあるのだが、指輪は能力が使えないのでただのアクセサリー。スペルカードも意味がない。

「使えるのは博麗のお札ぐらいか……」

 雅が言っていたように霊力はあるようで博麗のお札は使える事がわかった。しかし、これだけではあの男に勝てない。

「……待てよ?」

 大学の先生が引いたカードは『星』。希望。つまり、すでにあの男を倒す為の手段を俺は手に入れている事になる。

(じゃあ、この博麗のお札が? いや、違う)

 考えろ。目の前には何がある。博麗のお札だ。他には使えない物ばかり。他にはタロットぐらいしか置いていない。

「タロット……」

 その単語を呟いた時、男の言葉を思い出した。

(全てを繋ぎ、全てを断つ。もしかして、あいつの能力と関係があるのだろうか? 繋ぐと言う事は式神のように人との関係を繋ぐ事。そして、それとは逆に人との関係を断つ事も出来る。と、言う事は……)

「そうか……わかったぞ!」

 もし、俺の推論が正しければ俺の能力はまだ、健在している。そして、あいつが断った物は今まで俺が積み上げてきた人との関係。吸血鬼たちや雅。それは人だけではない。指輪もそれに入るのだろう。あの男が断った物は俺の大切な物だ。

「だからこそ、今から繋ぐ。あいつに断たれた物を取り返す為に新しい関係を築く。その為には……」

 目を閉じて自分の世界に入った。あいつを倒す為には何が必要なのか。考えるんだ。

(まず、自分の能力を取り返さないと……出来るのか? そんな事が)

 更に思考の世界に潜り込む。今までの経験を思い出し、俺に何が出来て何が出来ないのかを確認。

「……これだ。後は――」

「お兄ちゃん?」

 やっと、能力を取り返す方法を考え付いた所でいつの間にか隣に望がいた。

「大丈夫? 何か考え込んでたけど」

「……皆、いるか?」

「え? あ、うん。居間にいると思うよ」

「話がある。行こう」

 机に置いてあった物を回収し、望を連れて居間に向かった。

 

 

 

 

 

 

 居間で望、雅、奏楽に俺が考え付いた作戦を伝える。正直言って上手く行く保障はない。皆、黙っている。

「……やっとだね」

 しかし、最初に沈黙を破ったのは望のそんな言葉だった。

「やっと、話してくれた」

「望……」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんの考えた作戦。上手く行く」

 笑顔で望がはっきりと言い放つ。だが、目は紫に光っていない。

「能力、でわかったのか?」

「ううん。違うよ。例え、お兄ちゃん一人で戦っても多分、成功しない。でも、私たちと一緒なら」

 そこで望、雅、奏楽がお互いを見やる。

「今までおにーちゃんは一人で頑張って来たんだから今は頼ってもいいんだよ?」

「今でも私は響の式神だからね。逆に頼らな過ぎなんだよ」

「ずっと、私には力がなかった。でも、今は違う。お兄ちゃんの手助けが出来る。だから、一緒に戦わせてください」

 奏楽は笑顔で、雅は少し不貞腐れて、望は真剣にそう言ってくれた。

「……すまん」

 これで後戻りは出来ない。だから、俺は心に火を灯した。

 




愚者



正位置の意味
『出発。勇気。夢想。新しい発想』など。

逆位置の意味
『愚考。爆発。無謀。根無し草』など


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