東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第139話 法王

 迫る火球。両サイドでは先ほど火球が地面に衝突し、炎上しているので左右に飛ぶ事は出来ない。

(このままじゃ、直撃だ……やるしかない!)

 隣にいた雅の前に飛び出し、体の前で腕をクロスに組んだ。

「響!?」

「アーマー、展開!!」

 俺が叫んだ瞬間、周囲で爆発が起こった。しかし、爆風は俺と雅を襲う事はない。

「……あ、れ?」

「雅、逃げる準備だ!」

 『結鎧』は一度だけ半径5メートルほどの結界を貼る事が出来る。その代わり、『結鎧』は壊れてしまう。これであの男の攻撃を半減させる事は出来ない。

「へぇ、面白い技を考えるもんだな。でも!」

 結界が消え、男が無傷の俺たちを見て感心するがすぐにジッポライターを構えた。

「雅!」

 まだ、周りの状況を飲み込めず硬直していた雅をお姫様抱っこして走り始める。

「きょ、きょきょきょ響!?」

 雅が顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。

「我慢してくれ! こうやって固まってた方が安全なんだ!」

「い、いやだって! の、望も見てるし……」

『大丈夫だよ、雅ちゃん。わかってるから。お兄ちゃん、とにかく今は逃げてください!』

 望の声が聞こえた刹那、後ろで爆発音が轟く。

(ば、爆発!?)

 酸素は確かに『助燃性』だ。だからこそ、爆発などするはずがない。燃えるのを手助けするだけだ。それなのに何故、爆発する?

「望! 何で、爆発するんだ!?」

 何度も爆発が起こり、爆風に煽られながらも必死で走りながら望に問いかけた。

『ちょっと待って……っ!? お兄ちゃん! 水素です!』

「す、水素!?」

 確か水素には『可燃性』と言う性質がある。『可燃性』の性質は燃えやすい。そして、その気体が高密度で存在し、そこに火が付くと爆発を起こしてしまうと言う物だ。男は酸素を使って水素に着火しているのだ。言うなれば、酸素は導火線。水素は爆弾。

「望! 何かないか!?」

『ごめん、まだ見つけてない。見つけるまで逃げて!』

 望の大声が爆発音でかき消される。

「雅! お前の翼で火球を弾けないか!?」

 とにかく、爆発だけでも抑えたい。その為には導火線の火を途中で止めるしかない。

「む、無理!」

 だが、雅が首をぶんぶんと横に振って拒否した。

「少しでもか!」

「だって、私の弱点が火や爆発なんだもん!!」

「はいっ!?」

 まさかのカミングアウトに目を見開いてしまう。

「そ、そうなのか?」

「うん。炭素だもん……」

「いや、お前の炭素はまだ発見されてない炭素の同素体なんじゃないのか?」

「そのせいでだよ! 私の炭素はめちゃくちゃ硬いけど火には弱すぎるの!」

 その時、真横で爆発が起こり、バランスを崩される。

「うおおおおおおおおっ!!」

 雄叫びを上げながら無理矢理、足を動かして前に突き進む。しかし、このまま逃げ続けてもいつかは爆発に巻き込まれてしまう。

「お前と初めて戦った時、炎を纏った拳で殴っただろ!」

「あれは厳密に言えば炎じゃないの! 霊力がただ炎に見えただけだから!」

 どうやら、妹紅のコスプレの時に俺が出す炎はただの霊力らしい。つまり、霊力を炎のように見せているだけ。他にも俺も知らない事が多そうだ。

「1発でも防げないのか?」

「1発ぐらいなら……でも私、火に触るとその後、しばらく炭素を操れなくなるよ!」

「なんじゃそりゃ!?」

 それじゃ意味がない。きっと、火球を防いで得られる時間は僅か3秒ほどだろう。その間に男が持っているジッポライターをどうにか出来るとは思えない。

「ほらほら! いつまで逃げてんだよ!!」

 男の声が聞こえ、火球が飛んで来る。走る速度を上げて火球を振り切った。

『お兄ちゃん!? 火球、曲がるよ!?』

「はぁっ!?」

 見れば後ろから火球がこちらに向かっているではないか。

「く、くそっ!!」

 悪態を吐き、全速力で逃げる。

「し、仕方ない!」

 雅が翼を操る気配がした。

「雅! 駄目だ!」

「で、でも!?」

「まだ、だ! 何か仕掛ける時にお前の力が必要になる! それまで我慢してくれ!」

「なら、どうするの!?」

 後ろをチラリと見るが、まだ火球が追って来ている。

(酸素や水素は気体……肉眼で見えないのがきついな)

 『魔眼』があれば空気の流れを視る事が出来る。しかし、今はあの男のせいで魔力が使えないので不可能だ。それにいつ、水素に引火するがわからない。望の指示で水素が充満されていない場所を通っているが、男が水素で移動させる可能性もある。油断は出来ない。

(どうにかしないと……)

「気体……そうか! 雅、翼で風を起こせないか!?」

「それぐらいなら!」

 雅が後ろに向かって翼を思い切り振った。その瞬間、俺たちを追っていた火球が弾ける。

「風で酸素の道を吹き飛ばしたか……」

 ジッポライターの火を灯しながら男。そして、胸ポケットから別のジッポライターを取り出す。

「嘘だろっ!?」

 今までは何とか回避して来られた。しかし、ジッポライターが増えれば火球の数も増えるだろう。そうなれば躱し続ける事は難しい。

(どうする? どうすればこの状況を打破できる?)

 結界を貼る為の博麗のお札はもうない。雅の炭素は使えない。望の能力もピンチを脱出する穴を見つけていない。指輪を使えない。吸血鬼たちの力を借りられない。PSPを使えない。今の俺に出来る事は――ない。

「――ッ」

 自分の無能さに下唇を噛んでいると突然、頭の中に声が響く。

「……雅、そろそろ行くぞ」

「え?」

 抱っこされたまま、雅が俺の顔を見上げた。

「俺が合図したら火球を防いでくれ」

「……了解。合図を出したら私を落として。地面から炭素壁を出すから」

「その炭素壁で何度も防げないのか?」

「すぐに突き抜けられちゃう。それに何枚も作ってる暇もないし」

「わかった。火球を防いだら炭素が使えるようになるまで望の傍で待機していてくれ」

 俺の指示を聞いて頷く雅。

(3秒で出来るかわからないが……やるしかないんだ)

『お兄ちゃんなら出来るよ』

 そっと望の声が聞こえる。

「……ああ。ありがとう」

 雅がすぐに望の所に行けるように出来るだけ近くまで移動。

「雅! 今だ!」

 『絶壁』の前で雅に声をかけながら仮式を落とす。

「炭壁『カーボンウォール』!」

 落ちた雅が上手く着地し、地面に手を付いた途端、炭素壁が1枚だけ地面から飛び出した。火球が炭素壁にぶつかる音が聞こえるがすぐに突き破られてしまう。

「まだまだあああ!!」

 絶叫しながら雅が翼で火球を叩く。そして、火球が弾け飛んだ。その間に俺はスペルカードを懐から取り出し、霊力の注入を終える。

「我、この者を式神とし一生、配下に置く事をここに契る!!」

「え?! その言葉って!?」

「それぐらいで防いだと思うなよ!」

 男が2つのジッポライターを同時に着火し、火球を2つ飛ばして来た。

(間に合えッ!)

 スペルカードを構え、地面に叩き付ける。

「契約『霙』!!」

 火球が直撃する直前、無我夢中でスペルを宣伝。そして、水蒸気が大量に発生した。火球もいつの間にか消えている。男の姿は愚か、近くにいた雅の姿も見えない。

「主がピンチならば、いつでもどこでも駆けつけましょう」

 そんな中、俺の前に誰かがいる。雅は俺の足元に転がっているはずだ。それに背丈が違う。雅より背が低いのだ。

「命を救ってくれたお礼は主に従い、役に立つ事」

(いや、待て……もしかして?)

 どんどんと水蒸気が晴れて行く。それにつれ、目の前にいる人物も見えて来た。

 白くて長い髪。頭に2つの獣耳。お尻からふさふさの白い尻尾。こちらに背を向けているので顔は見えないが、声質で女の子だとわかった。

「神狼。悪の力を食い千切り、爪で切り裂く」

(あり得ない。だって……俺が召喚したのは)

「主を傷つける悪はこの霙が牙で食い千切り、爪で切り裂いてあげます!」

 そう叫ぶ霙。しかし、俺は戸惑っていた。まず、霙は狼の姿をしていたはず。それに――。

「み、霙……」

「はい! ご主人様! 霙、ただいま参上しました!」

 体ごと振り返り、頭を下げながら霙。目は黄金色。歯には鋭い牙が生えているがそれ以外は普通の可愛い女の子だった。

「う、うん。ありがとう。でもね?」

「はい?」

 霙が首を傾げる中、俺、望、雅。そして男までもが硬直していた。

「……服は?」

「ふえ?」

 ――霙は全裸だった。

 




法王


正位置の意味
『忍耐力。信仰。経験。第三者の仲介で解決する物事』など。

逆位置の意味
『おせっかい。自分勝手。孤立無援。鈍感』など。

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