氷の鎌の破片が飛び散る中、俺の顔面に男の右ストレートがヒットした。
(くっ……)
両足で踏ん張るもあっさりと後方に吹き飛ばされ、木に叩き付けられてしまう。
「まだまだっ!」
着地する前に男の膝が鳩尾に突き刺さる。もう一度、同じ木に衝突し、木が折れ、そのまま地面に倒れる。
「おらっ!」
しかし、それでも男は攻撃の手を止めずに仰向けで倒れている俺の頭目掛けて踵落としを放つ。咄嗟に右に転がって躱すが男の踵が地面を抉り、飛んで来た石が体中に当たる。顔の前で腕をクロスして頭や顔は守れたが、今度は背中から地面に叩き付けられた。
立ち上がろうとするが、その前に男の蹴りが左わき腹を捉える。あまりの脚力に数十メートルも飛ばされたのち、何度もバウンドしてやっと止まった。
「……」
まだ、追撃して来るかと思ったが、何故か男は眉間に皺を寄せてこちらを凝視している。
「どうして、そんな浮かない顔してるんだ?」
よろよろと立ち上がり、問いかけた。
「お前……何をした?」
「は?」
『ごめ……そろ、回線、途切れ――』
その時、今まで男の能力について説明していてくれた雅の声が聞こえなくなり、ノイズ音のみになる。もう、イヤホンをする必要がないので左耳から取り出して、制服の内ポケットに仕舞った。
「ほら、もう仲間には聞こえないぜ? 説明してくれよ。“どうして、あれほど攻撃を受けたのに一滴も血が出てない? 何で、あんなに走ったのに息が荒くなってない? 何故、傷を治したのに霊力が増え続けてる?”」
男が目を鋭くして質問して来る。
「……いいぜ。教えてやる」
望たちがいたら無視するのだが、今はとにかく時間が欲しい。説明している間は向こうも攻撃はして来ないと踏み、そう答えた。
「その前にお前、俺についてどれだけ知ってる?」
「そうだな……PSPを使ってコスプレ出来る事。指輪を使って霊力、魔力、神力、妖力を合成し、攻撃出来る事。後、フランドールと小町とシンクロ出来る事。『超高速再生能力』を持っている事くらいか?」
「その、『超高速再生能力』が鍵だ」
「ん? いやいや、あれは結構、霊力を消費するだろ?」
確かに傷を治そうとすればかなりの量を消費する。そう、何度も使えたもんじゃない。
「一先ず、置いておいてだ。次にお前の能力が俺にどんな影響を与えてるか教えてやる」
「それぐらいわかるぞ。お前の能力の9割は関係を断ったからな」
少し、不機嫌そうに男。
「それだよ。吸血鬼たちや指輪、PSP。そして、魂の一部までも俺から断たれている。お前が言うように断たれる前に出来た事はほとんど出来ない状況だ」
「だから、何だよ?」
「俺の中には霊力、魔力、神力、妖力……4種類の力がある。それぞれが邪魔し合って俺は全てを表に出せない。それぐらい知ってるよな?」
「ああ……もしかして?」
男が目を見開いて後ずさる。どうやら、気付いたらしい。それでも、ここまで話したのだ。最後まで言わせて貰う。
「今、俺の中にあった魔力、神力、妖力はお前の“おかげ”で俺から隔離されてる。なら、唯一残った霊力はどうなる? 去年の夏からずっと、圧迫され続けた霊力が一気に解放されたんだ。俺の中で暴れて内側から爆発するほどだぜ?」
だから、『絶壁』を発動する事が出来たのだ。あれは尋常じゃない量の霊力を消費する。それも『五芒星結界』は純粋な霊力じゃないと作れないので俺からしたら『絶壁』なんて机上の空論だったのだ。だが、雅が『霊力が前よりあり得ないほど増えている』と言ってくれたおかげでこうやって『絶壁』を発動し、望たちと一緒に男と戦えている。
「で、でもよ? 血が出ないのはおかしいだろ? 傷を治す霊力が無尽蔵だとは言え、治すのに数秒かかるだろ!」
「自分の意志でやる、ならな」
男の反論を一言で一蹴する。
「はぁ? なんだ? 傷を負った瞬間、霊力が勝手に治療するってか?」
「そうだよ。今の霊力は俺ですら制御が難しいんだ」
「おいおい……暴走したらどうするんだよ?」
「しないよ」
俺が即答したので男が意外そうな表情を浮かべた。
「しないよ……この霊力は元々、俺が持ってたもんだ。こいつは暴走なんてしない。少し、やんちゃになってるだけだ」
「……まぁ、今のお前を倒すのが厳しいのはわかった。でも、これならどうだ!」
突然、男がダッシュし、俺の頭を鷲掴みにする。そして、男とリーマが襲撃して来た時のようにそのまま持ち上げられた。
「潰れろ」
そう男が呟いた刹那、ぐしゃりと嫌な音が響く。
「……なっ」
だが、すぐに男が目を見開き驚愕した。
「それで終わりか?」
そりゃそうだろう。何故なら、『頭を潰したはずなのに時間が戻ったように俺の頭には何も起こっていないからだ』。
「ま、まだまだ!!」
再度、男が手に力を入れて俺の頭を潰す。しかし、1秒ともかからずに再生。また、男が頭を潰す。再生。潰す。再生。潰す。再生。潰す。再生。潰す。再生。
「ふ、ふざけてるだろ。この化け物が!」
何度も潰しながら男が叫ぶ。
「お前が誕生させたんだぞ。責任を持て」
俺も潰されながら言い返す。さすがにやられっぱなしは嫌なので右手で男の顔面を覆う。もちろん、動かないようにしっかり掴む。
(霊力を右手に……)
頭を潰され、少しくらくらするが何とか集中し、右手に霊力を集め、何度も放った。
「――ッ!?」
男が声にならない悲鳴を上げ、俺の頭を解放し、離れていく。見れば顔から煙が上がっている。効いているようだ。
「調子に乗るなよ!!」
フラフラしたまま、男が俺の首に目掛けて手刀を繰り出す。角度やスピードを見て本物の刀と同等の威力があると判断出来る。その証拠に俺の首が引き千切れ、飛んでしまう。しかし――。
「今のはさすがに死んだって思った……」
「首を飛ばしても治るって不死身だろ!?」
衝撃が強すぎたのか男の顔がどんどん、青ざめて行く。
「でも、霊力はあまり攻撃力がないからジリ貧になるよ」
そう、魔力はともかく神力は武器を作れるし、妖力はそれ自体かなりの破壊力を持っている。だが、霊力は空を飛ぶ為に消費する他に『霊盾』を発動する時か体を治癒する時だけしか使わない。まぁ、怪我が多いから一番、消費が激しいのは確かだが。
「じゃあ、俺が攻め疲れるかお前の霊力が尽きるのが先か……勝負するって事か?」
「何言ってんだよ。お前、式神だから主人から地力の供給があるだろ。こっちがガス欠を起こすのが先だ」
「なら? どうする?」
やっと、有利になったと思ったのか男が汗を流しながらもニヤリと笑う。
「……いや、お前の好奇心のおかげで助かったよ」
「は?」
確かにこのままでは俺の負けは確定している。そう“このまま、戦わなければいいのだ”。
「不思議に思わなかったか? 俺の戦い」
「……確かに。いくら傷ついても治るなら捨て身で攻撃すればいい。でも、お前はずっと防御に回ってた……何かを待ってるかのように」
男が答えに辿り着いたので、制服の内ポケットから1枚のスペルカードを取り出した。
「3日前に全ての技を決めてから今までずっと繋げようとしてたんだけどまさかこんなに時間がかかるとは思わなかったよ……」
スペルを見れば紫色の文字が浮いている。発動できる証拠だ。
「何だ? そのスペルは高火力なのか?」
「違うよ。お前だって調べてるんじゃないのか? 俺の切り札は運だって」
「確かに『魂喰異変』で小町になるまで戦ってたけど……ってまさか?」
「そう、ギャンブルの始まりだ。俺とお前、どっちの運がいいか。勝負だ」
「……いいぜ。その勝負、乗った!!」
俺と男がお互いを睨みつける。それから切り札であるスペルカードを宣言した。
「運命『ディスティニータロット』!」
その刹那、制服のポケットから22枚のタロットカードが飛び出し、俺の周りを出鱈目に旋回し始める。ここからが正念場だ。
審判
正位置の意味
『復活。報われる。目覚める。再生する』など。
逆位置の意味
『チャンスに恵まれない。完全な終焉。どうにもならない。認めてもらえない』など。