「何だよ……それ?」
男が目を見開いて俺の方を指さしながら問いかけて来た。そりゃ、タロットカードが勝手に俺の周りを旋回しているのだから仕方ない。
「スペルだよ。これが俺の切り札だ」
もちろん、先ほど使えるようになったのでこれが初めて使う事になる。タロットたちを観察するとどうやら、俺の周りを旋回するだけでなく、タロット自身もくるくると回転しているようだ。これで“正位置と逆位置、どちらを引くかわからない”。
「切り札がタロットか……確かにギャンブルだな。でも、俺に通用するほどの火力があるのかよ!」
最初は驚いていた男だったが、落ち着いたようで突進して来る。
(頼む! 上手く、発動してくれ!!)
心の中で叫びながら手を伸ばし、出鱈目に旋回していたタロットを掴む。カードをチラリと見て引いたカードが『戦車の正位置』だとわかった。
「戦車の正位置!」
ルールなので引いたカードを宣言。それと同時に引いたカードが輝いて1枚のスペルカードになった。
「なっ!?」
もうすぐそこまで来ていた男が驚愕したのがわかる。お構いなしに俺はスペルカードを発動させた。
「走符『猪突猛進』!!」
宣言した瞬間、俺の視界が歪んだ。
「がっ!!?」
そして、気付いた頃には男の鳩尾に頭突きを喰らわせていた。俺ですら驚くほどの凄まじいスピードで頭突きを喰らった男はミサイルのように向こう側へ吹き飛ばされる。
(こっちも首の骨が折れたみたいだな……これはノーマル時、使えないか)
勝手に霊力が治してくれたので痛みはなかったが、普段通りだったら悲鳴を上げているほどの激痛が襲っただろう。使ったスペルはまた、タロットに戻り他のタロットたちと同じように旋回し始めた。
「ゲホッ……い、今のは効いたな」
咳き込みながら男が立ち上がり、俺を睨む。
「やっぱり、お前は一筋縄ではいかないな……俺も本気になるか」
「え?」
俺がキョトンとなる中、男はアロハシャツを脱いでTシャツ姿になる。そのまま、拳と拳をぶつけて目を閉じた。
「肉体と脳のリミッターの関係を断つ」
「ッ!?」
男の呟きが聞こえた時には本能的にタロットを引いていた。
「審判の正位置!! 復符『リザレクション』!」
俺がスペルを唱え終わった刹那、一瞬だけ意識が飛ぶ。
「ちっ……」
腕を伸ばした状態で男が舌打ちをする。
(あ、あぶなっ……)
『復符』は死亡もしくは瀕死状態に陥った場合、蘇生できるスペルだ。それが今、発動したと言う事は『俺の体が男のパンチ一つで消し飛んだ』と言う事になる。そうでなければ霊力で再生しているはずだからだ。
急いで次のタロットを引く。カードは『皇帝の正位置』。
「強化『パワーアシスト』!」
スペルを宣言し、もう一度タロットを引いた。
「戦車の逆位置! 暴走『壊れたブレーキ』!」
スペルを唱えた途端、体の中が急激に熱くなる。
「うおおおおおっ!」
雄叫びを上げながら再度、右ストレートを放って来る男。俺もそれに対抗するように右拳を前に突き出す。拳と拳がぶつかり、その衝撃波で地面が抉れた。
「へ、へぇ……リミッターを外したのにまだ、耐えるか」
「こっちも限界だけどね」
見れば男の額から凄まじい量の汗が流れている。そう言えば、『肉体と脳のリミッターの関係を断つ』と言っていた。きっと、肉体が悲鳴を上げていて激痛が全身を走り回っているのだろう。
俺も『皇帝の正位置』の効果で肉体強化し、『戦車の逆位置』で限界まで力を引き出せるようになっているので体のあちこちから骨の軋む音や筋肉が千切れる音が聞こえていた。
「結構、辛いからさっさとくたばれっ!」
「それはこっちの台詞だよ!!」
男の膝蹴りをバックステップで躱した後、地面を思い切り蹴って頭から突進。しかし、男も右手で軽く俺の左側頭部を叩き、頭突きの軌道を逸らす。側頭部を叩かれたが、男の態勢は膝蹴りで崩れていた為、そこまでダメージはなかった。
(まだ、だ!)
頭突きを躱された俺は男の首目掛けて左腕でラリアットを繰り出す。
「甘いっ!」
それを見越していたのか男は左腕を首の前に移動させ、ガードした。更にガードした左腕を思い切り、前に押す。
「おっ!?」
すると、俺の体は後方に吹き飛ばされた。頭突きの態勢では踏ん張る事が出来なかったのだ。吹き飛ばされた俺は尻餅をついてしまう。
「死ねっ!!」
その隙を突いて男が俺の脳天に向かって拳を振り降ろした。
(躱せない……ガードしても腕もろとも頭を叩き割られる。なら――)
目の前に来たタロットを引いてすぐに宣言。
「世界の逆位置! 不足『穴だらけの弾幕』!!」
このスペルは外れだ。穴だらけで弾幕とは言えないスペルなのだ。しかし、俺と男の距離は零に等しい。そんな状況で弾幕を撃ってみろ。“全弾命中するに決まっている”。俺の計算通り、俺が放った弾幕は男の顔や腹など、体中にヒットした。
「ガッ!?」
そのまま、男の体は後ろに吹っ飛んで行く。このチャンスを逃す俺ではない。タロットを引いた。
「力の正位置! 強撃『覇気を纏いし拳』!」
両手に力が集まるのがわかる。地面を破壊するほどの脚力でジャンプし、男の顔面に向かって右拳を突き出した。さすがに男もこの一撃を貰ったらやばいと思ったのだろう。慌てて、能力を使った。
「重力との関係を操る!」
男が叫んだ瞬間、男の体が不自然に急降下する。
(重力を操って男にかかっていた重力を増やしたのか!?)
突然の事で対処するのが遅れてしまう。急降下した男がすかさず、両手を勢いよく叩いた。
「衝撃『ソニックブーム』!」
真下から見えない打撃を受けて俺の体が弾き飛ばされる。空気との関係を操って、振動を俺まで伝えたのだろう。
「くそっ!」
空中で体を捻り、上手く地面に着地する。だが、その時には男が目の前にいた。
「まずっ」
急いでタロットを引こうと手を伸ばすが俺が触れる前に男が1枚のタロットを掴んだ。そして、すぐにタロットを手放して離れていく。その行為の意味が分からず、首を傾げるが雅の言葉を思い出してハッとする。
「……お前、俺のタロットと関係を繋いだな?」
「気付くの早いな。何かとやばそうな効果ばかりだったからな。関係を操ってタロットとお前の関係を断つ事にした」
勝ち誇ったようにニヤリと笑う男。これはまずい事になった。このタロットは俺の切り札。これが使えなくなったら、俺の勝ち目がなくなる。
「やめろっ!」
無意識に手を伸ばしてタロットを引く。
「愚者の正位置! 無謀『冒険者たちの帰り道』!」
「お前とタロットの関係を断つ」
だが、宣言した瞬間に男が能力を使用してしまう。これで俺はタロットが使えなくなってしまった。しかし、いつまで経っても俺の周りを旋回するタロットは地面に落ちない。俺とタロットの関係が断たれたらスペルの効果が切れるので落ちるはずなのだが。
「ん?」
不思議に思っていた時、手に持っていたカード『愚者の正位置』に光が宿っていない事に気付いた。
「……あれ?」
男も俺とタロットの関係が断たれていない事に気付き、首を傾げている。
「なるほど、そう言う事か」
男の様子を見て何故、タロットとの関係が断たれていないのか理解する俺。普通なら敵に情報を与える物ではないがここはあえて教えてあげるとしよう。雅の説明を思い出しながら男に話しかける。
「お前、能力にキャパがあるだろ?」
「え? あ、ああ……いや、でもお前とタロットとの関係を断つぐらいは出来るはずだが……」
やはり、まだ男は気付いていない。
「確か、俺とタロットの関係を断つ為には、一度その関係に潜り込まなきゃいけないよな?」
「まぁ、関係を持たなきゃ断てないし」
「教えてやるよ。俺はタロット自体とは関係を築いてない」
「え?」
「タロット1枚1枚――つまり、大アルカナ22枚それぞれと関係を築いてるんだよ。そして、お前はそれを知らないで俺とタロットの関係に入って来た。つまり、無意識で22枚のタロットと関係を結んだんだよ」
まぁ、そのせいで俺も『運命』を発動出来るまで時間がかかったのだが、今考えれば正解だった。おかげでこうやって、男の能力を上手く躱せたのだから。
「22枚……さすがに容量オーバーだな。それに関係を断つ為にまた、22枚のタロットと繋がらなきゃいけないから合計44枚分。でも、どうやら“1枚だけはお前と関係を断てるらしいな”。それだけあれば十分だよ」
男はまだ、諦めていないようで俺の方を見て笑う。
「まぁ、な」
俺もその事には気付いていたので頷きながらタロットを手放した。そして、『愚者』はまた他のタロットと同じように俺の周りを旋回し始める。
「さっきの感じからしてお前がタロットを引いてスペルを宣言してからじゃないと駄目らしいな。確か、切り札って言ってたから片っ端から関係を断ってスペルを不発させてやるよ」
実はタロットを引く度、かなりの量の霊力を消費している。男も俺の霊気の減り具合を見て知っているのだろう。因みに男の能力の制限の一つに関係を断つ時は必ず、口で宣言しなければならないと言う物がある。それのせいで俺がスペルを唱えてからではないと関係を断てないようだ。
(でも、それでいい……)
確かに、このままタロットとの関係を断たれ続ければ俺の霊力は底を尽く。だが、その前に俺の狙っているカードを引けばいいのだ。
男を睨みながら右手を前に伸ばして再び、タロットを引いた。
運命の輪
正位置の意味
『ローテーション。とんとん拍子。大きな節目。進歩』など。
逆位置の意味
『運が悪い。反逆。苦しくなる。打開策の無い状態』など。