「変な、事……」
思い当たり過ぎて逆に戸惑ってしまった。紅魔館にいたはずなのに森で目を覚ましたり、変な眩暈に襲われた後、景色が変わっていたり。
その事をアリスさんに言うと目を見開いた。
「……ここに来る前に誰かに会った?」
「はい。色々な人に助けて貰いました」
「名前、言える?」
「えっと……美鈴さん、レミリアさん、パチュリーさん、フランさん。こまち先生ですかね? 小さい女の子は名前、聞けませんでした」
「つまり、紅魔館には結構、滞在してたのね……え?」
そこまで言って何かに気付いたのかアリスさんが眉を細める。
「咲夜は?」
「さ、くや?」
聞き覚えがなく、首を傾げてしまった。
「ほら、紅魔館のメイド長よ」
「メイド長? いえ、さくやさんって言う人はいませんでしたけど……」
「どういう事……」
明らかにアリスさんは驚愕していた。僕も不安になってしまう。
「それにこまち先生って人に鎌を習ったのよね?」
「は、はい……」
「その人、急に遠くに行ったり近くに来たりしなかった?」
それを聞いてすぐにこまち先生がワープした描写が頭に思い浮かぶ。
「しました!」
「なら、小町で間違いないわね……でも、確か小町は鎌を使えなかったはず。それって……いやでも、あり得ない」
首を振って自分の考えを否定するアリスさん。
「あの、何かわかったんですか?」
「……最後の質問よ。眩暈がした後、景色が変わったのよね?」
「はい。でも、こまち先生と修行した川の近くでした。ただ、昼と夜が逆転しただけで」
「その時、何か変化はなかった? 例えば、木が大きく成長してたりとか」
「……あ!」
そう言えば、石に付着していた苔が少なくなっていた事を思い出し、それをアリスさんに告げた。
「そんな……まさか」
とうとう、アリスさんの顔が青ざめる。
「何かわかったんですね?」
「……本当はあり得ない話なの。でも、キョウ君には何か“特別な力”があるみたい」
「特別な力?」
「私の推測なんだけど……キョウ君には『時空を飛び越える程度の能力』があるかもしれない」
「「……ええ!?」」
僕もそうだが、そこで空気を読んで黙っていた桔梗も叫んでしまった。
「ま、待ってください? マスターは未来や過去に行けるんですか?」
「もしかしたらよ。まず、紅魔館ね。キョウ君はレミリアたちには会ってるけど、何故か咲夜にだけは会っていない。さすがに咲夜にだけ会わないのは不自然過ぎるの。つまり、キョウ君が行った紅魔館には咲夜はいなかった。正直言って今ではあり得ないわ。咲夜は常にレミリアの傍にいるもの。だから、キョウ君の行った紅魔館は今から見て過去の紅魔館。最近、地下から出て来たはずのフランが幽閉されていたのもそれで説明出来る」
そこで一度、湯呑を傾けて息を整えるアリスさん。すぐに続きを話してくれた。
「次は小町ね。小町には『距離を操る程度の能力』があるの。貴方が見たワープはこの能力を使って移動していたからね。でも、私の知っている小町は鎌を扱えない。死神らしさを出す為の飾りなのよ。でも、鎌は小町から習った。矛盾が生じているわ。ただ一つだけ、この矛盾を取り払う事が出来るのよ」
「僕が未来の――鎌の扱い方をマスターしたこまち先生に会った場合ですね?」
アリスさんの言葉を遮って言った。
「そう、君は過去の紅魔館から未来の幻想郷に飛び、小町に会って鎌の扱い方を習ったの。そして、次に小さな女の子に会う前に見た苔むした石。これはキョウ君が未来の幻想郷から再び、過去の幻想郷に飛んだ事が証明された。そして、現在に飛んで来た。嘘だと思いたいけど、可能性は高いと思うわ」
お茶を飲み干したアリスさんはすぐに急須からお茶を注ぐ。それを僕と桔梗は黙って見ていた。
「マスター……どう思いますか?」
「信じられないけど……ほんとだと思う。アリスさんの説明は筋が通ってたし」
「すごいじゃないですか!? 時空を飛び越えるなんて!」
目をキラキラさせて桔梗が叫んだ。
「そ、そう?」
「そうですよ! だって、未来や過去を自由自在に行き来出来れば自分の思うがままじゃないですか!」
確かに時間を移動出来たら何でも出来るだろう。
「それだけは駄目よ」
「「え?」」
しかし、すぐにアリスさんが反論する。
「前に読んだ魔導書によると『時空転移魔法』は禁術なの。一度、完成間近まで行ったんだけど突然、空間に亀裂が走ったらしいわ。それに続けて何かの唸り声も聞こえたって」
「つ、つまり?」
「“下手に時間を操作しようとすると魔物がこの世界にやって来る”って言い伝えられているの」
「え!? じゃあ、マスターはどうするんですか!? コントロール出来ないからいずれ魔物が!?」
桔梗が卓袱台に両手を叩き付けながら悲鳴を上げる。よくあの小さな体で出来たものだ。
「その魔術師は時間を操作して過去に起きた事をなかった事にしようとしたの。言い換えれば、過去の改変ね。でも、キョウ君は時間旅行よ」
「えっと?」
よくわからなかったのでその先を促す為に首を傾げた。
「言い換えれば、“キョウ君がその時代にやって来る事は改変ではない”って事。未来からしたらキョウ君が過去の紅魔館に行ったのも、未来の小町に鎌を習ったのも、小さな女の子に会ったのも、ましてやこうやって私がキョウ君の能力に気付いたのも“過去の出来事”。未来から操作されたわけではないの」
「「???」」
僕も桔梗もはてな顔だ。僕は時空を飛び越えても改変をした事にはならないと言う事なのだろうか。
「で、でも! もし、1000年前の人に現代の科学についてとか言っちゃえば改変になるのでは?」
桔梗が焦りながらアリスさんに質問する。
「確かにそれは改変ね。でも、それは例え話。もし、それが起きていたら今頃、世界は魔物に食いつぶされているわ。逆に考えるとそう言った事はこれからのキョウ君には起きない。未来の小町に鎌を習った時代より先の時代に飛んだ時に改変しなかったらね」
こまち先生に鎌を習っていた時に魔物など見ていない。その先に飛んで僕が変な事を言ったら魔物が出て来るだろうが、こまち先生の時代までは安心して生きていけるらしい。何年後までかは知らないが。
「っ!?」
その時、急に体から光が漏れ始めた。
(こ、これが時空を飛び越える前兆!?)
「あ、アリスさん!? き、来ます!」
「え?」
「時空を飛び越える前兆が起きたようです! もし、アリスさんの推測が正しかったら、また僕は別の時代に行っちゃいます!」
「「ええ!?」」
アリスさんと桔梗が驚いている間に立ち上がって縁側の下に置いてあった靴を取りに行く。
「ま、マスター!? その前兆とは!?」
「二人には見えてないと思うけど今、僕の体から光が漏れてるの!」
「桔梗! キョウ君にくっ付いて! 一緒に行きたいんでしょ!?」
アリスさんは僕の鎌を差し出しながら桔梗に向かって叫んだ。
「は、はい!」
慌てて僕の右腕にしがみ付く桔梗。鎌を背中に背負って準備が整った。
「アリスさん、本当にありがとうございました」
「いいえ、私も君に会えてよかった。完全自律型人形にも会えたし。桔梗も頑張ってマスターを守ってあげるのよ?」
「もちろんです! アリスさん、マスターに私を作る機会を作ってくださってありがとうございました!」
「じゃあね。二人とも」
笑顔でアリスさんが手を振ってくれる。僕も右手で手を振った。その途端、景色が真っ白になる。
また、僕は――僕と桔梗は時空を飛び越えた。
太陽
正位置の意味
『幸福。新しく始まる。進歩的。勇気』など。
逆位置の意味
『中止。計画の中止。自分勝手。無駄遣い』など。