「博麗に、なれなかった者……」
怜奈が放った言葉を繰り返す。
「さぁ、響ちゃん。話して」
そう言う幼なじみだが、どんどん霊力をお札に込めている。戦う気だ。
「……なぁ、怜奈――」
俺が説得しようと怜奈の名を呼んだ瞬間、怜奈の霊力が爆発した。
「その名で呼ぶなッ!! 私は怜奈じゃない! 霊奈だ!!」
「ッ……」
俺の前にいる雅と霙は首を傾げる。普通の人には怜奈の言っている意味が分からないからだ。しかし、俺には理解出来た。俺が『貴方』と『貴女』を聞き分けられるように怜奈も『怜奈』と『霊奈』を聞き分ける事が出来るのだ。
「……霊奈。霊夢の話を聞いてどうする?」
「わからない。でも、話の内容によっては幻想郷に行く方法も教えて貰う」
「どうして!?」
「戦う為だよ。霊夢と……そして、勝って私が新しい博麗の巫女になる」
霊奈の目を見れば本気で言っているのがわかる。
「それに、響ちゃんの秘密も教えて欲しい」
「俺の?」
「式神、再生能力……そして、霊気」
そう言えば、先ほど霊奈は俺から博麗の巫女特有の霊力が感じ取れると言っていた。
(それは博麗のお札を持ってるからだけど……さすがに他の事はあまり、喋りたくないな)
幻想郷の中なら言ってもいいが、ここは外の世界。どこで誰が聞いているか分からないのだ。
「でも、本当は私の我儘だけど……響ちゃんと戦ってみたい」
「え?」
「再会した時、響ちゃんが出したスキホから八雲の力を感じたの。あの時から響ちゃんの力を探ったんだけど、今まで感じた事のない力だった。それがどんな力か、見てみたい」
霊奈が言い終わる頃には霊力の増幅もなくなっていた。霊力の大きさでは霊夢と同じ――いや、それ以上だ。
(……何だ? それでも、霊夢の方が何か、大きさだけじゃない。別の何かがあった)
自分でもよく分かっていなかったが、これだけは言えた。
霊奈より、霊夢の方が博麗の巫女に向いている。
「……わかった。戦ってやるよ」
「え!? ちょっと、響!」「ご主人様! いけません!」
雅と擬人モードになった霙が俺の方を振り返って叫ぶ。
「響じゃ勝てないよ! 私たちが時間を稼ぐから逃げて!」
「うるさい。お前らは引っ込んでろ」
「ですが!」
「主人の言う事が聞けないのか? もう一回言うぞ? 引っ込め。俺の命令に逆らうなら契約を解除してお前らを八つ裂きにする」
「「ッ!?」」
俺の言葉を聞いた雅と霙は硬直してしまう。『狂眼』を発動し、二人の眼を見たからだ。『狂眼』の効果で恐怖感を更に倍増させ、誰が上なのか分からせる。
「……まぁ、今は家に帰ってろ。ピンチになったら呼ぶから。それぐらい、いいよな?」
「う、うん……式神も響ちゃんの力だし」
俺の威圧が霊奈にも届いたのか、少しだけ顔が青ざめていた。
「じゃ、じゃあ、帰るね? 私たちはいつでも駆けつけるから!」
「ご主人様、気を付けて!」
慌てて雅たちが離れて行く。やり過ぎたかもしれない。
「す、すごいね。吃驚した」
「いつもは使わないんだけどな。こうなるし」
背中に生えた翼を服の外に出す。
「つ、翼!?」
「俺は少しだけ吸血鬼なんだ。満月の日は半吸血鬼になるし」
永琳から貰った薬を口に放り入れ、噛み砕く。すると、背中に生えていた翼が消えた。
「普段は普通の人間だから安心しろ」
「やっぱり、響ちゃんは面白い子だね」
そう言いながら青いリボンを解く霊奈。
「本気って事?」
「ううん。だって、破けたら大変でしょ?」
「破けたら新しいの買ってやるよ」
「いいの。これが気に入ってるから」
霊奈はリボンをポケットに入れた。これでお互い、準備完了だ。
「行くぞ?」
「うん、どこからでもどうぞ」
そうは言ったものの指輪を使ってしまったら、霊奈を傷つけてしまうかもしれない。すぐにスキホを操作して紅いPSPを左腕に装着。それと同時に頭に白いヘッドフォンが装備された。
「それは?」
「俺の武器」
霊奈の質問に答えた後、PSPの画面をスライドして曲を再生させる。
「少女綺想曲 ~ Dream Battle『博麗 霊夢』!」
紫によると戦う相手によって再生される曲の確率が変わるらしい。
例えば、相手が妹紅だとしよう。もし、PSPを使ったとすると、再生される曲は妹紅に関係するキャラの曲がかかりやすくなるのだ。例を挙げると慧音や輝夜だろう。
今回の場合、相手は霊奈。霊夢が来てもおかしくない。
スペルを唱えると服が輝いて霊夢の服に変化する。
「れ、霊夢……と言う事はその巫女装束は」
「そう、これは博麗の巫女が着る巫女装束。霊夢の普段着だ」
「……あれ? じゃあ、それってコスプ――」
「それ以上言わないで!!」
やっぱり、恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じながら、通常弾である博麗のお札を連続で投げる。
「ちょ、ちょっと! いきなりって!?」
慌てて霊奈が左に飛んで回避した。だが、俺が投げたお札は霊奈を追尾する。
「え!? 嘘!?」
予想外の出来事に霊奈が目を見開く。避けても意味がないとわかったようで、霊奈もお札を投擲した。お札とお札がぶつかり合い、弾ける。再び、お札を投げ、一気に前に駆け出す。
「夢符『封魔陣』!」
続けて、スペルを発動させた。
「きゃあっ!?」
お札の処理をしていた霊奈は対処出来ず、吹き飛ばされる。
「霊符『夢想封印』!」
その隙を逃さず、連続でスペルを宣言。八つの弾が霊奈を襲う。
「何のっ!」
飛ばされながらも八つの弾に向かってお札を投げた霊奈。お札が弾にぶつかり、相殺させる。
「霊符『夢想封印 散』!」
もう一度、スペルを使う。時間切れが迫っているのだ。しかし、再び八つの弾はお札と衝突し、消えてしまった。
「そこっ!」
俺がスペルを取り出そうとした時、霊奈が2枚のお札を放つ。
「うおっ!?」
そのお札がヘッドフォンとPSPに命中して弾き飛ばした。霊夢の服が消え、元の制服姿に戻ってしまった。
「響ちゃん、お願いだから本気で戦って」
「……」
どうやら、手加減しているのがばれてしまったらしい。確かに、PSPは『シンクロ』や『ダブルコスプレ』など強力な力もあるが、通常時はそこまで強くない。指輪の方がスペルの数も多いし、好きな時に魔力や妖力に切り替えたり、技を組み合わせたり出来る。
しかし、その反面、手加減が難しいのだ。合成するだけでも調節が大変なのに力を制御出来るわけがない。霊奈を傷つけてしまうかもしれないのだ。
「……駄目だよ。私が弱いって思っちゃ」
「え?」
「一つだけ質問、結界の役割って何だと思う?」
唐突に霊奈が問いかけて来た。
「そりゃ、『守る』とか『阻む』とか?」
「それが一般的だと思う。でも……他にも結界には使い方があるんだよ?」
そう言って霊奈は大量のお札を放り投げる。
「何を……ッ!?」
目を疑った。霊奈が投げたお札が空中で浮いたままなのだ。
「これだけで驚いちゃ駄目だよ。おいで」
その言葉に反応してお札が霊奈の両手と両足に集まって行く。どんどん、お札が重なり、最後に巨大で鋭利な鉤爪になる。お札はそれほど重なっていないのだが、どうやら、爪の形をした結界のようだ。
「守る為の結界じゃなくて、攻撃する為の結界……」
俺も無意識で使っていた。『雷撃』がそうだろう。あれはドリルの形をした結界を使用しているのだ。
「響ちゃん、お願いだから本気で戦って……じゃないと」
そこで言葉を区切った霊奈。次の瞬間、目の前まで来ていた。
「神箱『ゴッドキューブ』!」
本能のまま、スペルを発動し神力で創造された箱型の結界を貼る。それと同時に霊奈が鉤爪で攻撃して来た。
結界と鉤爪が衝突し、甲高い音が鳴り響く。その音は衝突音ではなく、俺の結界が突き破られる音だった。
「ッ……」
少しの衝撃と激痛が体を襲う。下を見れば、霊奈の爪が腹部を貫いていた。
「響ちゃんの事、殺しちゃうから」
寂しそうに霊奈が呟き、俺の腹から爪を引き抜く。
これは本当にやばいかもしれない。