東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第158話 響の本気

「……お前ら、もう帰れ」

 俺は静かに雅と霙に言う。

「え? でも……」

「大丈夫。俺が負けても傷は治る。それに後、一回だけだから」

 今度は脅さない。これは俺の我儘なのだ。だから、お願いする。

「……わかった」「……わかりました」

 雅と霙が同時に頷き、消えた。

「やっぱり、響ちゃんはすごいよ」

「何がだ?」

「だって、式神たちは素直に帰ったんだもん。普通、怒るよ」

 そりゃ、そうだ。脅して追い払ったのにも関わらず、呼び出しまた帰したのだ。怒るに決まっている。

「でも、二人は怒るどころか笑顔で帰った。響ちゃんにはそう言う才能があるんだよ」

「才能?」

「人から好かれる才能」

 その言葉を発した霊奈は少しだけ寂しそうだった。

「ねぇ? 霊夢は人に好かれてる?」

「……そうだな。人、妖怪問わず好かれてる」

「やっぱりね……博麗の巫女は中立な立場。でも、好かれなきゃ意味がない」

「え?」

「だってそうでしょ? 嫌いな奴が大事な物を管理していたら嫌じゃない?」

 霊奈の言った大事な物はきっと、博麗大結界だろう。

「それに比べて、私と来たら……好きとも嫌いとも思われない。ただの空気だった」

「そんな事……っ!?」

 文句を言おうとしたが、霊奈の霊力が再び膨れ上がった。何も言うな、と言いたいらしい。

「わかってる。きっと、それが私と霊夢の差なんだって……昔から霊夢は修行をサボってたけど何故か、人から嫌われなかった。まぁ、霊夢自身はそんな事、興味なさそうにしてたけど」

 霊夢は昔から変わっていなかったようだ。

「お話もここまでかな? 響ちゃんも準備して」

「……おう」

 目の前にいるのは最近まで忘れていた幼なじみ。その子は霊夢とライバル関係で負けてしまった落ちこぼれ。それでも、俺は優しい子だと思う。辛い過去があるのに俺と悟と遊んでいた時はそんな気持ち、表に出していなかった。俺たちに心配させないように。俺たちに気を使わせないように。

 そんな子が俺と全力でぶつかりたい。本気で戦いたいと言っている。

 それを聞いて俺はどう思った?

 嬉しかった。大事な幼なじみの事を記憶の忘却があったとしても忘れていた酷い奴なのにもう一度、幼なじみとして接してくれて、友達だって言ってくれて――。

(なら、応えないとな)

「紫」

「何?」

 俺が呼びかけるとスキマから紫が出て来た。

「ちょっと本気出すから結界はってくれ」

「……ええ」

 頷いた紫はそのまま、スキマの中に消える。そして、周りに結界が展開された。

「やっぱり、八雲 紫と繋がってたんだね」

「俺の上司だ」

「……そうなんだ」

 微笑みながら霊奈がお札を放り投げる。爪の時と同じようにお札が空中で制止し、霊奈の体にくっ付いて行く。

「開放『翠色に輝く指輪』」

 スペルを宣言すると指輪が翠色に輝き始めた。

「霊術『霊力ブースト』」

 指輪の色が赤色に変化する。

「―――――」

 霊奈は目を閉じて小さな声で呪文を唱えていた。その声は小さすぎて聞こえない。

「魔術『魔力ブースト』」

 指輪の色が青色に変化する。お互いに準備に時間がかかるらしい。すでに5分は過ぎている。

「妖術『妖力ブースト』」

 指輪の色が黄色に変化する。

「すぅ……はぁ……」

 霊奈を見れば深呼吸していた。それに伴い、霊力が大きくなっていく。

「神術『神力ブースト』」

 指輪の色が白色に変わった刹那、幻想的な色に変化する。

「それが響ちゃんの本気……やっぱり、すごいね。さっきとは別人だよ」

「……まだだ」

「え?」

「魔法『探知魔眼』。狂眼『狂気の瞳』」

 目の色が青と赤に変わる。どうやら、『ブースト系』を発動していたら半吸血鬼化しないらしい。『魔眼』で力を視て、『狂眼』で波長をコントロールし、力を制御する。

「準備は出来た?」

「もう少し」

「私も」

 そう言う霊奈は微笑んでいた。多分、俺も。

「神撃『ゴッドハンズ』」

 右手を巨大化させ、ギュッと握る。すぐに左手でスペルを取り出し、宣言。

「凝縮『一点集中』」

 巨大な右拳が少しずつ小さくなっていく。もちろん、神力が足りないわけじゃない。密度を濃くしているのだ。右手が放つ白い光がどんどん、強くなる。それにつれ、力のコントロールが難しくなっていく。

 この技は結構前に思いついていて練習して来たのだが、この辺りで弾けてしまっていた(その時は右腕も吹き飛んだ)。しかし、今は指輪の枷は外れている。いつもより、力のコントロールが効くのだ。

 これが人間の時に出せる本気だ。もちろん、『魂同調』や『シンクロ』した方が威力は遥かに上。しかし、『シンクロ』する為には時間がかかるし、『魂同調』をしてしまうと、『凝縮』が使えなくなる。合成は出来るのだが、地力のバランスが崩れてしまい、普段の時と同じように右手が吹き飛んでしまう。それに霊奈は俺の力が見たいと言ったのだ。だから、俺はこの技を選んだ。

 右手が普段と同じぐらいになった。ふと、霊奈の方を見てみると半透明の鎧を着ているではないか。更に両手で1本の刀を持っている。鎧も刀も結界で出来ているようだ。

(結界であんな事まで出来るんだな……)

「そろそろいいかな?」

「ああ……」

 心の中で深呼吸し、姿勢を低くする。向こうも俺と同じように態勢を変えた。

「「はあああああああああああっ!!」」

 二人同時に地面を蹴って渾身の一撃を放つ。

 拳と刀が、衝突する。

 その瞬間、地面が抉れた。それだけではない。紫が作った結界に亀裂が走る。それほど、衝撃波が凄まじいのだ。

 俺と霊奈は歯を食いしばって、拳を、刀を押す。両目の色が違う男と鎧姿の女。

 その時、何故か俺の頭にはある光景が浮かんでいた。

 

 

 

 小さい頃だ。俺の目線が低いからわかる。目の前には巫女服姿の女の子が2人。小さい頃の俺と同じくらいの歳だろう。

 そして、少し遠い所で飛んでいる人がいた。何かと戦っているらしい。

 その姿は少しだけおかしかった。人間の姿とは思えない。いや、人間ほどの大きさなのだが、ごつい防具を着ていた。その腰には2丁の銃。そして、背中には漆黒の翼。鳥のように羽は付いてないが、翼の形だった。顔はこちらを見ていないので見えないが、髪型はポニーテール。女だろう。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 その光景を吹き飛ばすほどの咆哮。霊奈じゃない。俺が無意識に放っていた。

「……やっぱり、すごいよ。響ちゃん」

 笑顔のまま、霊奈が言う。その途端、霊奈の刀が音を立てて砕ける。

「ッ!?」

 慌てて拳を引こうとしたが、間に合わず、俺の拳は霊奈の腹部を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 本を読んでいると布団の方から声が聞こえる。

「霊奈?」

 声をかけると布団の中にいた霊奈が目を開けた。

「あ、れ? 響ちゃん?」

 まだ、意識は朦朧としているのか霊奈の眼は焦点が合っていなかった。

「よかった……」

 それでも目が覚めてくれた。安堵の溜息を吐くと、襖が開く。

「あ、目が覚めたんですね」

 そこにいたのは鈴仙だった。

「うさ、耳……うさ耳!?」

 鈴仙のうさ耳を見て驚愕する霊奈。布団から飛び上がって俺の後ろに隠れた。

「おい……妖怪には慣れてないのか?」

「外の世界の妖怪は去年の夏から誰かに退治されてて最近、相手してないの。今日だって響ちゃんが倒しちゃったし」

(だから、あんな時間に山に向かおうとしてたのか……)

「あの……体の方は大丈夫ですか?」

「く、来るな、妖怪!」

「いや、こいつは大丈夫だから。鈴仙、永琳を呼んで来てくれ。その間に色々と説明するから」

「はぁ……あまり、騒がないようにしてくださいね。傷口は塞ぎましたが、霊力は完全に回復してないんですから」

 そう言って鈴仙は襖を閉めて永琳を呼びに行った。

「きょ、響ちゃん! ここはどこですか!? 私は確か、響ちゃんにお腹を……お腹を――ッ!?」

 自分に起きた事を思い出したのか霊奈の顔が青ざめた。すぐに体のあちこちを触って傷の確認をする。

「傷が……ない?」

「そりゃ、永琳が手術をしたからな。薬師のはずなのに何で、手術まで出来るんだがか…」

「そんな医者、いるの? 有名になると思うんだけど……」

 確か、霊奈は医学部。有名な医者なら名前を聞いた事がある。だが、永琳と言う名前は聞いた事がない。そう言いたいようだ。

「決まってるよ。ここは幻想郷なんだから」

「幻、想郷?」

「ああ、お前が来たかった博麗の巫女が管理している博麗大結界の内部だ」

「……は?」

 霊奈の目が点になる。それを見て少しだけ笑ってしまった。

 


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