「では、少々お待ちください」
そう言って咲夜は食堂から消えた。テーブルを見ると紅茶が入ったコップが3つと牛乳が入ったコップが1つ置いてある。時間を止めて用意したのだろう。
「霙、擬人モード」
「了解であります」
霙が人になった所で席につく。俺の前に霊奈が座り、その隣に霙。俺の隣に雅が座った。
「それにしても何で、紅茶が3つで1つだけ牛乳?」
「そりゃ、霙が狼だったからな。紅茶より牛乳がいいと判断したんだろう」
雅の疑問に答えた後、スキホからクッキーが入った箱を取り出す。
「ほら、好きなだけ食べていいよ」
「慣れてるね、響ちゃん」
「いつもこうだからな」
最初の方はお菓子も出て来たが、今は紅茶しか出て来なくなってしまった。
「それにしてもレミリアはどうしたんだ? ここで待ってろって言ってたけど」
「あの中国っぽい人と何か話していましたけど」
俺の呟きに霙が答えてくれる。それを聞いて俺は霊奈の方を見てしまった。
「……多分、怪しんでる」
霊奈も気付いたようだ。
「美鈴は『気を使う程度の能力』。あの時は誤魔化せたけど、鉤爪を出しちゃったからばれたかもな」
「どうしよう……」
「まぁ、さすがに言い広めたりはしないと思うぞ? レミリアもそんな事をする奴じゃないし」
「……ねぇ? そのレミリアって子、何者なの? あんなに小さいのにすごい霊気だったけど」
確かにレミリアの体格は幼女だ。初対面なら子供だと勘違いするだろう。
「レミリア・スカーレット。この紅魔館の主。更に500年以上生きてる吸血鬼でもある」
「500年!?」
立ち上がって驚愕する霊奈。
「そうだよ。お姉様に限った事じゃなくて幻想郷じゃ見た目と実年齢は一致しない事が多いってさ」
「そ、そうなんだ……って!? きょ、響ちゃん! その子は!?」
いつの間にか俺の膝の上に座っていたフランを指さして霊奈が叫んだ。
「フランドール・スカーレット。レミリアの妹だ」
「後、お兄様の妹でもある」
俺の口調を真似してフランが補足する。
「勝手に付け加えるな」
「だって、ホントの事でしょ?」
「お前はクッキーでも喰って大人しくしてなさい」
「食べさせてー」
「はいはい……」
箱から3枚ほどクッキーを手に取り、フランの口元に運ぶ。それを嬉しそうにフランは齧った。
「……全く意味がわからないんだけど」
「まぁ、そうだろうな。どこから話そうか……」
いつ、レミリアが来てもおかしくないので手短に去年の夏に起きた事を話す。
「なら、フランちゃんは本当の妹?」
「ああ、血も繋がってる」
「あ、だから響ちゃんには吸血鬼の血が流れてるんだね?」
「……そうだ」
フランの血を飲む前にはすでに俺の魂に吸血鬼がいた。つまり、俺の体には元々吸血鬼の血が流れていた可能性があるのだ。その事を知っているのは望、フラン、パチュリー、小悪魔の4人だけ。あまり、この事は知られたくないので誤魔化しておいた。パチュリーたちには口止めしておいたので広まっていないだろう。
「待たせたわね」
その時、食堂の扉が開いてレミリアが入って来る。
「どうしたんだ?」
「少し、ね? それより、フランとは……もう、会ってたのね」
幸せそうな顔でクッキーを食べているフランをジト目で見ながらレミリア。
「さて、お姉様も来たしお兄様! 遊ぼっ!」
「今日は調子悪いから弾幕ごっこはなしな」
「うん! わかった!」
頷いているフランだが、多分する事になる。フランはテンションが上がると人の話を聞かなくなり、弾をばら撒いてしまうのだ。
「じゃあ、行って来る。ちょっと揺れるかもしれないけど気にしないでくれ」
「揺れる?」
雅が首を傾げて質問して来る。
「お兄様! 早く!」
「わ、わかったからそんなに引っ張るな! 千切れる!」
フランが俺の手を引くので雅の質問に答える事が出来なかった。
「行っちゃった……」
フランちゃんに引っ張られて響ちゃんは食堂を出て行ってしまった。
「さっきの質問だけどフランの弾幕のせいで紅魔館が揺れてしまうのよ」
すぐにレミリアちゃ――レミリアさんが雅の質問に答える。
「でも、さっき弾幕ごっこはしないって……」
再度、質問する雅。
「あの子、テンションが上がると弾を撒き散らしちゃうのよ」
「ええ!? じゃ、じゃあ、ご主人様は今、危険なんじゃ!?」
目を見開いて霙が叫んだ。
「だから、行った方がいいわね。咲夜、式神……一人は仮式だったわね。二人をフランの部屋に案内してあげて」
「かしこまりました」
(まずい……)
部屋を出て行った3人を見送りながら思った。きっと、レミリアさんは私と二人きりになる状況を作りたかったのだ。
「さて……邪魔者はいなくなったわ。これでゆっくり話せる」
「……何についてですか?」
「決まってるでしょ? 貴女の正体についてよ」
やっぱり、ばれている。
「私は私ですよ?」
「誤魔化しても無駄。美鈴に聞いたの。貴女から霊夢……博麗の巫女と同じ霊力を感じ取ったって」
『霊夢』の名前を聞いて一瞬だけだが、口元が引き攣ってしまった。それを見てレミリアさんが目を細める。
「美鈴さんにも言ったように博麗のお札がポケットに入ってたので……」
「何で持ってたの?」
「響ちゃんに護身用に、と」
「じゃあ、私の槍をズタズタに引き裂いたあの爪は?」
「結界で作った物です」
その時、私は気付いてしまった。墓穴を掘ったと。
「……なら、何で結界を作った時に博麗のお札を使わなかったの?」
そう、響ちゃんは気付いているかわからないが、私が外の世界で使っていたお札は自作した物だ。博麗のお札など一枚も持っていない。
さっきもいつもの慣れで普段使っているお札を使用した。と言うより、博麗のお札など持っていない。響ちゃんが美鈴さんに言い訳した時のお札はそのまま、響ちゃんが持って行ってしまったのだ。
「……博麗のお札は1枚しか貰ってなかったので」
少し、沈黙してしまったが、何とか納得が行く嘘を吐く。
「確かに博麗のお札は1枚でも持つ人を色々な物から守ってくれる。でもね? 貴女から感じ取れる霊力は博麗のお札1枚以上ある。矛盾してない?」
「っ……」
「安心して。貴女の正体を知っても殺したりなんかしないわ。ただ、知りたいだけなの」
「……わかりました。話します」
私が外の世界で霊夢と一緒に博麗の巫女になる為の修行をしていた事。博麗の巫女には霊夢が選ばれた事。それから響ちゃんたちと会った事。最近、響ちゃんと再会した事を話す。
「……『博麗になれなかった者』。貴女の二つ名ね」
「まぁ、私が勝手に言ってるだけですけど」
「話してくれてありがとう。すっきりしたわ」
その時、紅魔館が揺れた。
「これって……」
「やっぱり、フラン我慢できなかったのね」
嘆息しながらレミリアさん。
「大丈夫なんですか?」
「響なら大丈夫だと思うわ。今まで一人で耐えて来たんだし。今日は調子悪そうだったけど味方がいるし」
「あ、わかるんですか? 響ちゃんが調子悪いって」
「私の槍を五芒星で受け止め切れなかったからね。いつもなら、弾けるのに」
(あの槍を!?)
目の前で見ていたので思わず、驚いてしまった。
「相当、弱ってるわね。仮式と式神の攻撃で槍の威力も落ちてたのにあんな簡単に壊れちゃうなんて」
「す、すいません……」
「? どうして貴女が謝るのかしら?」
「実は――」
外の世界であった事を手短に教える。
「響が本気を?」
「はい……私の我儘のせいでレミリアさんにも迷惑を」
「いいの。気にしないで……それにしても珍しいわね。響が本気を出すなんて」
「そうなんですか?」
「私は見た事ないわ」
それを聞いて少しだけ嬉しかった。響ちゃんは私の為に本気を出してくれたのだ。
「すごかった? 響の本気」
「はい。私の技なんか数十秒で破られてしまいました」
「……へぇ?」
その時、レミリアさんの目が光る。何か嫌な予感がした。
「貴女も強いのね?」
「へ?」
「だって、響の本気を数十秒も耐えるなんて。ねぇ? 私とも戦ってみない?」
立ち上がりながらレミリアさんが提案して来る。もちろん、丁重にお断りした。