東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

173 / 543
第168話 ゾーン

「ッ――」

 鎌を持ち直した時にはルーミアはすでに目の前まで来ていた。そして、大剣を上から振り降ろす。

 このまま避けてしまったら後ろにいる霊奈が攻撃を受けてしまう。

(なら――)

「ふんっ!」

 姿勢を低くして大剣を鎌の柄で受け止めた。その瞬間、今まで経験したことのない衝撃が俺の両手を襲う。

「くっ……」

 鎌を落とすことはなかったが、重い一撃だったため、地面に膝をついてしまう。

「ほらほら! このままじゃ潰されるぞ!」

 上からルーミアの声が聞こえるが答えられなかった。それほど、俺に余裕がなかったのだ。

 柄が折れないように神力を使って太くするが焼け石に水。大剣の重さには勝てず、どんどん押されてしまう。

「くそっ……」

 何かこの状況を打破できないか考えていると突然、大剣が軽くなった。

「ちっ……雑魚が」

 悪態を吐くルーミアを無視して後ろをチラリと見ると霊奈が両手の鉤爪で大剣を押していた。

「一人じゃ無理でも二人なら!」

 ルーミアの大剣がジリジリと押され始める。

「なめるなっ!」

 そう叫んだルーミア。次の瞬間、大剣が更に巨大化する。

「「っ……」」

 再び、大剣が迫る。二人でもこれほど大きな大剣を押し返すのは難しい。

「霊奈! 少しの間、頼む!」

「まかせて!」

 霊奈が頷いたのを見て鎌を消す。大剣がまた近づいて来たが、霊奈が踏ん張ってくれたおかげで俺たちには届かなかった。

「妖撃『妖怪の咆哮』!」

 両手を筒状にして口の前まで移動。そして、ルーミアに向かって一気に妖力を吹きつけた。

「なっ!?」

 このような形で反撃されるとは思っていなかったのか、ルーミアの体は後方に吹き飛ぶ。大剣もルーミアの後を追った。

「響ちゃん!」

「おう!」

 霊奈の掛け声に返事をして、鎌を出現させ後ろに引いた。霊奈はその場でジャンプし、鎌の柄に両足の鉤爪を器用に使って着地する。

「いっけええええ!」

 霊力と妖力で両腕の力を水増しさせ、霊奈を乗せたまま鎌を振るう。

 その拍子に柄の上にいた霊奈がルーミアに向かって射出された。

「えっ!?」

 ルーミアが目を丸くして驚愕。霊奈は空中で体を捻り、回転し始める。更に両腕を前に伸ばしたのでその姿はドリルにしか見えなかった。

「ふざけろっ!」

 慌てて大剣を体の前に移動させるルーミア。それと同時に霊奈の爪が大剣と衝突。大剣から凄まじい量の火花が散る。数秒間の均衡。だが、ルーミアが大剣を傾けたことによって霊奈のバランスが崩れ、地面の方に軌道を変更させられた。

 霊奈は回転するのをやめ、宙に浮きながら俺の方に戻って来た。

「もう一回!」

 霊奈の真下に移動した俺がもう一度、鎌を引く。霊奈が柄に着地。先ほどと同じように霊奈を発射した。

「また!?」

 顔を歪ませたルーミアは大剣を構えて霊奈に備える。

「電流『サンダーライン』!」

 鎌を捨てて両手から電撃を放つ。電撃はルーミアの大剣に当たり、そのまま大剣を伝ってルーミアにヒット。

「――ッ」

 それほどダメージは与えられなかったようだが、手が痺れたのかルーミアは大剣を落とした。その隙に霊奈が鉤爪でルーミアの胸を引き裂く。

「なっ!?」

 だが、驚いたのは俺だった。本来、人間でも妖怪でも怪我をすれば血が出る。ルーミアだってそうだった。

 しかし、ルーミアの胸から流れ出たのは黒だった。まるで、黒い血のような液体だ。

「やってくれたな……」

 黒い液体を見せないように両手で胸を押さえながらルーミアが呟く。

「霊奈っ! 離れろ!」

 何か嫌な予感がして無我夢中に叫ぶ。俺の指示を受けて霊奈がバックステップしてルーミアから距離を取る。

「遅い!」

 ルーミアが睨んだと思った時には霊奈に大剣が迫っていた。

「くそっ! 雷輪『ライトニングリング』!」

 両手首に雷の輪を装備し、ルーミアと霊奈の間に割り込む。

「響ちゃんっ!?」

 突然、現れた俺に驚く霊奈を右手で押してルーミアの大剣が届かないところまで避難させる。その隙にルーミアが俺に向かって右手に持った大剣を裏拳を放つように右から左に薙ぎ払う。

 俺は右腕でガード。ここに来る前に『結鎧』を発動しておいたのでルーミアの大剣を弾くことに成功した。指輪のリミッターも解除しているし、『雷輪』で運動能力も格段に上がっている。きっと、どれか一つでも抜けていたら俺の体は大剣によって真っ二つにされていたはずだ。

「まだまだっ!」

 弾かれた勢いを利用し、ルーミアは先ほどとは逆方向に体を回転。その間に大剣を右手から左手に持ちかえた。そのまま、今度は左から右へと薙ぎ払う。

「くっ……」

 俺も左腕で大剣をブロック。しかし、ルーミアは止まらない。

 大剣を薙ぎ払い、弾かれ、持ち替えた後、再び薙ぎ払い。これを何度も繰り返して来た。

(まずっ……)

 怒とうの連続攻撃にどうすることも出来ずにひたすら防御する。

「はあああああッ!」

 ルーミアが雄叫びを上げて大剣を薙ぎ払った瞬間、右腕のアーマーが破壊された。続けて左腕のアーマーも粉々に砕かれる。

 ルーミアの口元が歪む。その笑みは俺に恐怖を与えた。

「このっ!」

 『結鎧』のもう一つの機能――アーマー展開を使用し、ルーミアを吹き飛ばす。

「やっと、壊れたか」

 ルーミアがニヤニヤしながら呟く。見れば、ルーミアの胸の傷は治っている。

(どういうことだ?)

 霊奈が付けた傷はそこそこ大きかったはずだ。それなのに『超高速再生能力』もなしにこんな短時間で治るだろうか。

「油断か?」

「ッ!?」

 考え事は一瞬だけだったが、それはルーミアにとって大きなチャンスとなった。

(――――あれ?)

 目の前の大剣がゆっくりと俺に迫って来る。しかし、その光景に違和感を覚えていた。

(時間がゆっくりになってる?)

 そう、大剣のスピードが著しく落ちているのだ。

(今の内に……え?)

 大剣を躱すべく体を動かそうとするが、上手く動かない。いや、動いてはいるのだが、その動きはとても遅い。

(俺の動きも遅くなってる!?)

 つまり、世界が遅くなっているのではなく、俺の神経だけが研ぎ澄まされているのだ。俗に言う『ゾーン』。

 まぁ、俺の動きも遅くなっているので無意味だと思うが大剣の軌道や周りの様子なども見ることができるのでラッキーと言うべきだ。

(まず、大剣だ。速度的に回避は不可能。ジャンプしても当たるし、しゃがんでも斬られる。今から攻撃しても大剣はビクともしないだろう……ならば違う手を考える)

 大剣から目を離し、今度は霊奈を見る。

 俺の方に向かって走って来ているようだ。しかし、この距離では間に合わない。鉤爪を伸ばしても駄目だ。

(霊奈も駄目か……なら、俺自身に攻撃して吹き飛ぶか?)

 それでも、大剣のリーチなら後方に吹き飛んでも俺の体を捉えるはずだ。

 じゃあ、左右? いや、これも駄目だ。左に飛べば死刑執行が早まるだけだし、右に飛んでもすぐにもう一撃来る。

 前は論外。こんな大きな大剣を操るほどの腕力を持っているのだ。接近したら、片手で頭をひねり潰される。

(やっぱり、大剣を受け止めるしかないか……)

 それでもあの大剣を止める術はない。大技を繰り出すには時間がなさすぎるし、小技じゃ受け止め切れない。

(すぐに出せることができて攻撃力が高い技……)

 思考を巡らせるもこの状況で通用する技がないことなど明白だった。

 考えている間にも大剣は俺に迫って来ている。今は時間がゆっくりになっているが、実際の時間で大剣が俺の体を捉えるのに1秒もかからないだろう。

(何か……何かヒントは?)

 もう一度、周りを見る。

 こちらを見ながら笑っているルーミア。俺に向かって走って来ている霊奈。氷漬けの木や土。

(……あった)

 成功するかはわからない。でも、発動するのに1秒もかからず、この大剣を止められるほどの攻撃力がある技はこれしかない。ぶっつけ本番だが、やるしかない。

(発動するための準備は『雷輪』があるから大丈夫。あとは発動してから大剣を止められるか……)

 これからはミス一つすら許されない。ミスしたら俺に待っているのは死。あの大剣で斬られれば霊力で再生する前に命を刈り取られるだろう。

 慣れた手付きで俺は懐からある物を取り出し、真後ろに投げた。

 そして、急いで術式を組み上げる。

(出来たッ!)

 しかし、術式が完成した刹那、『ゾーン』が解けて時間が元に戻る。

「死ねっ!!」

 ルーミアが今まで一番歪んだ笑みを浮かべながら叫ぶ。

 ――ガキーンッ!

 だが、ルーミアの叫びは甲高い高音によってかき消された。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。