東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第172話 溢れる闇

 響の右拳がルーミアの顔面に突き刺さる。不思議と音はなかった。ゴリゴリとルーミアの顔が変形し、体ごと吹き飛ぶ。

「っ!?」

 それを見ていた霊奈は驚愕した。ただ殴られただけなのにルーミアの体は何本もの木を薙ぎ倒しても止まる気配がないからだ。そのまま、ルーミア自身が生み出した黒いドームの壁に激突した。

「ごはぁ……」

 思い切り背中から叩き付けられたルーミアの肺から酸素が漏れる。あまりにも衝撃が強くて黒いドームに皹が入った。

「す、すごい……」

 ズルズルと黒いドームの壁から落ち始めたルーミアを見ながら霊奈が呟く。響の力はすでに妖怪のそれを凌駕しているのだ。

「――ッ」

 しかし、すぐに刀を右から左に払った。そして響の刀とぶつかり、火花を散らせた。ルーミアを倒したので次の獲物に攻撃を仕掛けたのだ。

「響! しっかりして!」

 鍔迫り合いに持ち込み、再び説得を試みる。

「私だよ! もう、戦いは終わったの! 目を覚まして!!」

「があああああああああああああああああッ!」

 だが、霊奈の悲鳴も響の絶叫に掻き消された。もはや、人間でも妖怪でもない。獣としか思えなかった。

(それでも……響ならきっと!)

 霊奈はもう一度、声をかけた。

「――ッ!」

 響の答えは力で帰って来た。霊奈の刀に小さな皹が走る。このままでは響が強引に霊奈の刀を破壊し、攻撃して来るだろう。でも、霊奈は話しかけるのをやめなかった。

「響、帰ろう? 皆、待ってるよ?」

 ピシッ、と霊奈の刀の皹が大きくなる。

「明日は大学を休んで皆で遊ぼうよ! この異変解決も仕事なんでしょ? なら、いつも心配かけてる望ちゃんたちに何か買ってあげなよ! きっと、喜ぶから!」

 響の力がさらに強くなる。霊奈の刀はもって、後10秒だろう。

「ほら、ルーミアだって許してくれるよ。だって、響だもん。こんなに幻想郷の皆に愛されてるんだもん。皆、響の帰りを待ってるよ? だから――」

 ――帰ろう?

 そう言葉を紡いだのと同時に霊奈の刀が砕けた。そのまま、響の刀は霊奈の鎧を捉え、いとも簡単に切り裂いていく。

「……」

 しかし、霊奈の体から血が噴き出すことはなかった。響の刀が霊奈の体に触れる前で止まったのだ。

「……すまん、霊奈」

 震えた声で謝罪する響。霊奈はそれを聞いて一回だけ頷いた。

 すぐに響は刀を霊奈から離し、地面に叩き付けて砕いた。響の刀も限界だったのだ。

「おかえり、響」

「ああ……本当にゴメン」

「ううん、響のおかげで私も色々わかったから」

「……それで? ルーミアはどうなった?」

 響は魂の中でずっと外の様子を見ていた。だが、それは狂気状態の響が見ていた景色しか見えないので最後に霊奈に攻撃した時からルーミアを見ていないのだ。

「あそこにいると思うけど……」

 先ほどルーミアが飛ばされた方向を指さしながら霊奈。ルーミアの姿を探すが木々が倒れており、奥の方まで見えなかった。

(黒いドームはまだ、消えてない。なら、まだ力を残してるってことかな?)

「気を付けろよ?」

「うん、大丈夫」

 響と霊奈は周囲を警戒しつつ、ルーミアがいるであろう場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……」

 俺たちに気付いたルーミアは戦うために体を起こそうとするがすぐに崩れ落ちてしまった。

「無理するな。お前の体は限界なんだから」

「う、うるさい……早く、早くしなきゃ」

 冷や汗を掻きながらルーミアが体を起こそうとする。しかし、何回やっても駄目だった。

「ルーミア、お前はこの幻想郷を助けようとしたんだよな」

「っ!?」

 俺の問いかけに目を見開くルーミア。

「え? 響、どういうこと?」

 霊奈もわかっていなかったようで首を傾げた。

「考えてもみろ。ルーミアのお札は力を封印するための物だった。そこまではわかるよな?」

「うん。そのお札が外れちゃったからこうやって幻想郷が氷漬けになっちゃったんでしょ?」

「違う。もし、お札が外れるようなことがあれば霊夢が対処してるだろ。まして、外れるまで放っておくはずもない」

 そこで霊奈の頭にはてなマークがいくつも浮かんだ。

「つまり、今回ルーミアの暴走の原因はお札以外にあるんだよ。例えば……お札でも封印できないほど力が増したとか」

「……ちっ」

 ルーミアが小さく舌打ちした。

「力が、増えた?」

「ああ、ルーミアは誰かによって闇の力を増幅させられたんだ。もちろん、突然にではなく少しずつな」

「何で、一気にやっちゃ駄目なの?」

「ルーミアの体が爆発しちゃうからな。きっと、本当の首謀者がルーミアの闇の力を暴走させ、幻想郷をぶっ壊そうとしたんだよ」

「少し違うぞ」

 その時、ルーミアが反論した。

「私の闇の力を増幅させた奴の目的は響、お前だ」

「何?」

「少し前にあっただろ? お前に呪いをかけた奴が犯人だ」

 予想外の情報に俺ですら戸惑った。まさか、今回の氷河異変もあの女の子とその式神によって仕組まれたものだったとは。

「よくわかったな」

「実際、目の前に現れてそう言ってたからな」

「えっと……質問いい?」

 鎧姿の霊奈が手を挙げる。目で先を促す。

「幻想郷を氷漬けにした目的は?」

「簡単だ。被害を大きくしないため」

「氷漬けにすることが?」

「ああ、きっと私を止めるために博麗の巫女や魔法使い、メイド長とか色々な奴が来るだろうと思って。巫女ならまだわからないけど他の奴じゃ私に殺されて終わりだ。なら、まだ『超高速再生』と指輪の力が使える響に頼ることにしたんだ。それが首謀者の目的だったとしてもな」

 そのために幻想郷を氷漬けにして皆を動けないようにしたらしい。

「でも、そこにお前が来た」

 ルーミアは霊奈を睨んでそう言った。

「お前じゃ私に勝てない。それどころか響の足を引っ張ると思ってな。実際、前半はそうだったし」

「うぐ……」

 霊奈が顔を引き攣らせて、後ずさった。

「……まぁ、それは私の間違いだった。お前はあの戦いで何か見つけたんだろ?」

「……うん。おかげさまでね」

 霊奈とルーミアはお互い、微笑んでいた。

「っ……」

 だが、その束の間ルーミアが胸を押さえて呻き声を漏らし始める。

「どうしたの!? ルーミア!」

「ルーミアの体の中で闇の力が暴れてるんだ」

「そんな!?」

「多分、俺との戦いで闇の力を消費して暴走するのを止めようとしたんだが、その前に体に限界が来たんだ」

 ルーミアの体から黒いオーラが漏れている。その量がどんどん多くなっていった。

「どうするの!?」

「大丈夫……俺に考えがある」

 ルーミアの傍まで移動し、姿勢を低くしてルーミアを見下ろした。

「お、お前……まさか?」

 どうやら、向こうは何かに気付いたようだ。

「ああ、そのまさかだよ」

「やめろっ! 私ならともかく、お前じゃ耐えられない!」

「それでもやるんだ……それしか方法はない」

 懐から5枚の博麗のお札を取り出し、投げる。霊力を使ってお札を操作し、地面に五芒星結界を展開した。

「やめろ!! 響!」

 絶叫するルーミアだったが、それを無視してルーミアが持っていた漆黒の直刀を奪う。

 

 

 

「ルーミア、俺はお前を受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ」

 

 

 

 そう言いながらルーミアの体を起こして、抱きしめる。

「響?」

 後ろで霊奈の心配する声が聞こえた。

(ゴメン、また行って来る)

 ルーミアを抱きしめていない手で直刀を逆手に持つ。ルーミアの闇の力も最初よりかは弱まっているようで直刀というよりナイフほどの大きさまで縮んでいる(それでも人の体に刺せば貫通するほどの長さだ)。それを思い切り、ルーミアの背中に突き刺す。

「あ、が……」

 激痛でルーミアの口から短い悲鳴が上がった。

「つっ……」

 ルーミアの体を貫通し、俺の体にも直刀の刃が突き刺される。これで準備はできた。

「ルーミア、俺を信じろ」

「……わかったよ。でも、気を付けろ。中の私は私以上に凶暴だ」

「ああ、わかった」

 深呼吸し、俺は意識を魂に向けて一言、呟いた。

 

 

 

「魂移植」

 


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