「響!」
俺の変身が終わる前にポニーテールが地面から抜けてしまう。
「くそっ!」
『ダブルコスプレ』の変身は普段より時間がかかる。その時間は微々たるものだが、この状況では致命傷となった。
変身が終わるまできっと、10秒もかからないだろうがそれまでに俺の体はあのブラックホールに吸い込まれてしまう。
(でも……この組み合わせなら)
吸い込まれながら、この後の展開を予測する。しかし、ルーミアは次から次へと黒い球体を撃っていた。これじゃ吸い込まれるその時まで黒い球体が俺の体を何度も貫くだろう。
「させないっ!」
下から吸血鬼の悲鳴にも近い声が聞こえ、俺に迫って来る球体を撃ち落とす。
「響! どうにかできないのか!」
狂気の叫び声が聞こえた頃にはもうブラックホールはすぐ目の前にあった。
「大丈夫! このままいけば――」
そこで俺は黒い球体に飲み込まれた。
「……は、はは」
私は思わず、乾いた笑いを漏らしてしまった。そりゃそうだ。あれだけ私を生み出した奴が危険視していた響がブラックホールに飲み込まれたのだから。
「あーあ……終わっちゃった」
足止めのつもりで放った技がまさか、敵を倒してしまうなんて思わなかった。
「まぁ、それだけ弱かったってこ、と……」
しかし、そこで一つの疑問が頭を過ぎる。
(どうして、魂空間が崩壊しない?)
ここは響の魂の中だ。それに下で目を見開いて動けずにいる吸血鬼たちも消えるはずだ。自分たちが住んでいる世界が壊れるのだから。
「……なるほど」
そこでトールが小さく呟いた。
「何がなるほどなんだ?」
「響の目的じゃよ……我らの役目もここまでじゃな」
「は? 何言って……ッ!?」
その時、響を吸い込んだので吸い込みを止めていたブラックホールから変な音が聞こえる。それはまるで、マッチやライターに火を付けた時のような音だった。
「何だ、この音?」
そんな音が何度もブラックホールから漏れる。それもどんどん大きく、激しくなっていく。
「ま、まさかっ!?」
私が答えに行きついたその刹那、ブラックホールから真っ赤な炎が飛び出した。その炎は鳥の形をしていた。
「だあああああらっしゃああああああ!!」
その後すぐに響がブラックホールから脱出する。
「……へぇ」
まだ、こいつは楽しませてくれるそうだ。
「だあああああらっしゃああああああ!!」
俺は炎の鳥の尾に捕まってブラックホールを脱出した。追撃されたら困るので即座にルーミアに向き直るが、ニヤニヤしているだけで攻撃は仕掛けて来なかった。
炎の鳥が消え、地面に着地する。
「響、大丈夫だったか?」
狂気が問いかけて来るが、その顔には一切、焦りがない。どうやら、あまり心配していないようだ。
「ああ、これのおかげでな」
俺は自分の着ている服を摘まみ上げて頷いた。
今、俺が着ているのは制服ではない。
慧音が着ていたあのワンピースだ。しかし、色は青ではなく赤。そしてポニーテールには妹紅が髪を結うのに使っているリボンが括り付けられていた。
「それが響の力か? やっぱり、誰かの力を借りないと何もできないんだな」
上からルーミアが俺をバカにするが、今の俺にはどうでもよかった。
「皆、後はまかせてくれ」
「一人で大丈夫なの?」
吸血鬼が首を傾げて質問して来る。
「ああ……というよりこれじゃ連携取れないだろうし」
俺たちの連携は普段からお互いの技を見ていたからだ。しかし、俺の力は未知数。それでは連携など取れるはずもない。
「……わかった。後はまかせたわ」
「いいのか?」
そこに首を突っ込んで来たのは意外にもルーミアだった。
「何で、お前が心配するんだよ」
「私はな? 戦うのが好きなんだ。それも強い奴とな。お前がそいつらと連携しなかったら弱くなると思って」
「大丈夫だ。この力はすごいよ。まぁ、それでも俺たちが本気で共闘するよりかは弱くなるだろうけど」
「……つまり、何か? お前たちは本気を出していなかったと?」
「当たり前だろ? 本気出したらお前なんか消滅させちまうからな」
俺の発言が気に入らなかったのかルーミアの笑みが消えた。
「……そうか。わかった。そんなに殺されたいならお望み通り、殺してやるよ」
そう言って、背中から8つの闇の手を出す。その手にはもちろん、漆黒の大剣。
「ちょ、ちょっと! さすがにあれはまずいんじゃないの!?」
慌てた様子で吸血鬼が俺の肩を掴む。
「あちっ!?」
だが、すぐに手を離してしまった。今、俺の体は炎のように熱いらしい。
「悪い、時間もないから一気に決めるわ」
残り時間は3分。長い曲同士で助かった。
「死ねッ! 出来損ない!」
「お前が死ねよ! ボッチ!」
ルーミアの大剣が全て振り降ろされる。俺もルーミアに向かって走り出していた。
(来た……)
大剣が迫り来る中、再び『ゾーン』に入る。大剣の速度が一気に下がった。大剣と大剣の隙間を潜り抜ける。大剣が地面を抉り、こちらに地面の破片が飛んで来るがそれも躱す。全て、回避したと同時に世界のスピードが元に戻る。どうやら、魂でも俺が集中すると『ゾーン』に入ることができるようだ。
「なっ!?」
まさか、8本の大剣を躱し切るとは思っていなかったようでルーミアが目を見開くがすぐ大剣を引いてもう一度、振り降ろして来た。
(利用させてもらおうか!)
「獣化っ!」
頭の中にはこの『ダブルコスプレ』についての情報がインプットされている。どうやら、このコスプレは2種類あるようだ。
一つ目は先ほどまでの人間モード。主に妹紅の能力が使える。ブラックホールに飲み込まれ、死んだが蓬莱の薬の力で一瞬にして蘇生。まぁ、死ぬのと生き返るのが目に見えないほどのスピードで繰り返されるだけだが。生きている時のように動けたから問題ない。それを確認した後、炎の鳥を出現させ、脱出した。
そして、獣化だ。
これは慧音のワーハクタクモード。つまり、満月の日の慧音だ。
頭から2本の角が生えただけでなく、服装も変わった。上は白いシャツで、下は緑色のもんぺ。そう、妹紅の服が緑になったような感じだ。このモードは運動能力を大幅にアップさせる効果がある。
「――ッ」
獣化の反射神経でまた、全ての大剣を回避した。さらに俺の目の前に刺さっていた大剣に飛び乗り、その上を走り始める。
「小賢しいなっ!」
大剣に乗って迫って来ていることに気付いたルーミアは黒い球体をいくつも作り出し、俺に向かって射出。
「はあああああっ!」
両手に炎を灯して、俺は黒い球体を弾き飛ばす。その間も足は止めない。
「ちっ!」
黒い球体を弾きながら迫る俺に対し、イライラを止められないのかルーミアは舌打ちをしたまま、俺が乗っている大剣を思い切り、振り回した。
「のわっ!?」
俺はそのせいで吹き飛ばされ、ルーミアよりも高い位置に来てしまった。残り時間は1分。
「来たッ!」
その時、目の前に1枚のスペルが出現する。
「くたばれえええええええっ!!」
スペルを掴むと同時にルーミアが俺に向かって8本の大剣を突き出す。
「鳳凰流星『フェニックスメテオ』!!」
宣言すると俺の角が巨大化する。そして、全身が炎に包まれた。体の向きをルーミアのいる方向に変え、突進する。きっと、吸血鬼たちには俺が隕石のように見えるだろう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
自然と声が出て、大剣の海に突っ込む。俺の角が大剣に触れると大剣が意図も簡単に砕けた。
――ガガガガガガガッ!!
そこからは連鎖。俺が進めば大剣が壊れ、大剣が壊れたら俺の体が進む。8本の大剣が破壊される度、黒い破片が辺り一面に飛び散った。
「……」
大剣が根元まで壊され、気付けば目の前にルーミアがいた。その顔は何故か、笑っている。まるで、満足したかのような表情。俺の角がルーミアを貫くまで1秒もかからない。
(『ゾーン』)
そう、心の中で呟くと景色が止まった。
「……っ」
だが、ルーミアだけは違う。俺を見て目を見開いている。どうやら、魂の中なら俺以外の人も俺の『ゾーン』に入って来られるようだ。でも、『ゾーン』の中なのでルーミアの表情は見開かれたまま、固まっている。
「お前……これでいいのか?」
口は動かさずに頭で念じる。この世界ではこれだけで相手に伝わるのだ。
「……だって、これはどう見ても私の負けだし」
最初は戸惑っていたルーミアだったが、何とか返答する。
「そうじゃない。お前はこれでよかったのかって聞いてんだよ」
「わ、たしが?」
「ああ、他人に生み出され、他人に戦い方を習い、他人の中に入り、他人に悪さをさせ、罪も償わずに他人に成敗される。それって無責任なんじゃないのか?」
「……」
俺の発言を聞いて黙ってしまうルーミア。しかし、俺は構わず、咆哮する。
「お前はどうしたいんだ!? このままでいいのか!? これがお前の望なのか!? これがお前のしたかったことなのか!? これでよかったのか!? 答えろ、ルーミア!!」
「いいわけねーだろうがっ!!」
俺の咆哮に咆哮で返したルーミア。
「私だって……私だって、このままでいいわけないってわかってるんだよ! でも、どうすることもできねーだろ? 私が離れたらルーミアは死ぬんだよ!」
見開かれたルーミアの目に憂いの色が見えた。
「私はもう、完全にルーミアの闇と融合した。私がルーミアの中から出たらルーミアは死ぬ。私にはもうどうすることもできねーんだよ!!」
「なら、俺を頼れよ!!」
「ッ――」
「助けて欲しいならそう言え! それがお前の“望”なんだろうがっ!! それぐらいお前にだってできるだろ! 一人で駄目なら二人。二人で駄目なら三人。三人で駄目なら皆で問題にぶつかれば、解けない問題はないんだ!! お前はもう、一人じゃないんだ! 俺がいる!!!」
ルーミアの目から憂いが消え、驚愕が現れる。
「……け……れ」
「あ? 何だって?」
「助け、て……くれ」
ゆっくりとルーミアの眼から涙が零れる。全ての物が動くことのない世界なのに。
俺にはその涙がひっくり返したばかりの砂時計の砂に見えた。
「……よく言った」
感覚的にそろそろ、『ゾーン』から出てしまう。その前に今、できることを終わらせよう。
「なぁ? ルーミア」
「な、何だ?」
「俺はお前を受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ」
ルーミアに向けて言うのは二度目になる。
「……ああ、よろしく頼む」
見開かれたルーミアの眼にはもう、涙はなかった。