東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第180話 ゲットバック

「もう行くの?」

 靴ひもを結ぶ俺に霊夢はそう聞いて来た。

「ああ、永琳も闇の影響は体に出てないらしいから外の世界でも大丈夫だって言ってたし。それに望たちも心配してるだろうし早く帰らないと……」

 氷河異変が解決した翌日、俺もすっかり動けるようになったが念のために午前中に俺と霊奈は永遠亭に行って診察を受けたのだ。もちろん二人とも大学を休んだ。

 診察結果は健康そのもの。どこにも悪いところはなかった。

 靴ひもを結び終え、俺は博麗神社の外に出る。俺に続いて霊夢も霊奈も出て来た。

「とにかく、私から言えることは全部言ったわ。絶対に、外さないこと。いいわね?」

「へいへい」

「ああ、それと……明日、ここに寄りなさい。スペアが必要でしょうから用意しておくわ」

「あれ? 霊奈と一緒に作らなきゃ駄目なんじゃないのか?」

「術式を組み上げていくのが難しいんじゃなくて構造を理解する方が難しかったんだよ。だから、もう霊夢も私も一人で術式を組むことはできるよ」

 隣からの補足説明になるほどと頷く。

「それじゃ、そろそろ行くわ。移動『ネクロファンタジア』!」

 紫の衣装に着替え、スキマを開く。

「響、気を付けてね。最初は慣れないことも多いだろうけど貴方なら慣れるわ」

「ものすごく意味深なことを今、言わないでくれる?」

 不安になってしまうではないか。

「ま、まぁ……気を付けるよ」

「ええ、頑張ってね」

(何を?)

 色々と疑問は残っているがそれよりも俺は早く家に帰りたかった。俺と霊奈はもう一度、霊夢に手を振ってからスキマを潜る。

 これで闇が引き起こした氷河異変は終わった。でも、俺の騒動はまだ続く。それは家で起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいまー」

 霊奈といつもの公園で別れた俺は恐る恐る玄関のドアを開ける。

「「「……」」」「あ! おにーちゃん、おかえり!」

 そこには3人の修羅と一人の天使がいた。

「お兄ちゃん?」

 修羅の一人である妹修羅がゆっくりと口を開き、俺を呼んだ。不思議と威圧感を感じる。

「はい……」

 諦めた俺は家の中に入り、ドアを閉めた。

「何があったかせつめ……お、お兄ちゃん!?」

 目が据わっていた望だったが、俺を見て驚く。

「え? な、何!?」

 てっきり、怒られると思っていたので予想外の反応に恐怖する。

「響! その頭、何!?」

 続けて雅が俺の頭を指さしながら叫ぶ。

「頭? ああ、ポニーテールはどうしたのかってこと?」

 ルーミアと戦っている間に髪留めとして使っていたゴムが切れてしまったので今の俺はポニーテールではない。

(あれ?)

 そのはずなのだが、俺の髪はいつも通りのポニーテールだったことに今、気付いた。霊夢か霊奈が結んでくれたのかもしれない。

「い、いえ! ご主人様の髪型はいつも通りなのですが、使っている物が……」

 霙(擬人モード)が不安そうに耳をピクピクさせながら言う。

「使ってる物?」

「おにーちゃんの髪留め、れーむとお揃いだね!」

 満面の笑みで奏楽が衝撃の事実を教えてくれた。

「霊夢と……お揃い!?」

 慌てて靴を脱いで鏡のある洗面所に向かう。

「あ、ああ……あああああ!?」

 鏡に映った俺の頭には霊夢と同じ紅いリボンが括り付けられていた。これでは本物の女の子だ。

「何で!? どうして!?」

 そう言えば、闇の力を封印するためにお札の代わりに別の物でカモフラージュさせたと言っていた。つまり、“この博麗のリボンがお札”なのだ。

「嘘……だろ?」

 俺は同時に恐ろしいことに気付いてしまった。

 霊夢は言っていた。お札を取らないで、と。

 つまりだ。俺はこのリボンを頭に乗せて大学に行かなければならない。それを意味することは何か? そう、悟にこのリボンについて何か言われる。

 それだけではない。こんな女の子っぽい物を身に付けていたら変に思われてしまう。

「お、お兄ちゃん? 大丈夫?」

 振り返ると望たちが心配そうにしていた。

「とりあえず、座ろう。詳しい話はその後に……」

 あまり、話す気になれなかったがこのリボンのことを説明するには氷河異変についても言わなければならない。俺は思わず、ため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

「響ったら……また、危険なことをしたんだね」

「それについては霊夢と霊奈にこってり絞られたよ……」

 呆れた様子で雅が肩を竦める。

「それで、そのリボンは闇の力を封印してるんだよね?」

 俺のコップに麦茶を注ぎながら望。

「ああ、お札だと外の世界じゃ目立つからリボンでカモフラージュしたんだよ」

「逆に目立つような気がします……」

 その事実に行きついた霙は外の世界に慣れ始めたのだろう。

「おにーちゃん、可愛いよ!」

「ああ、奏楽よ。それは俺にとって褒め言葉じゃないんだよ……」

 奏楽が俺の膝の上で俺の心を抉った。

「まぁ、見た目の問題はともかく……そのリボンは取っちゃ駄目なんだよね?」

 少しだけ不安そうに望が質問して来る。

「いや、1~2時間ぐらいならいいってそれ以上経つと俺の中の闇が暴走し始めるそうだ」

「そっか、ならお風呂ぐらいなら大丈夫だね」

(お前はそんなことを心配していたのか……)

「あれ? でも、洗濯とかどうしよう? 同じのをずっと使い続けるのは衛生的に厳しいけど……」

「お前は俺の母親かよ……明日、スペアをいくらか貰って来る予定だ」

 俺の言葉を聞いて安心したようで望は笑顔を見せてくれた。

 呆れていると時計から午後5時を知らせる音が聞こえる。

「あ、そろそろ晩御飯の準備をしないと……」

「なら、お兄ちゃん先にお風呂入って」

 俺の家では晩御飯の前にお風呂に入るようにしている。更にいつの間にか晩御飯を作る俺が先に入り、皆がお風呂に入っている間に準備する、という習慣になっていた。

「はいはい……じゃあ、風呂にお湯を入れておいてくれ。その間に着替え、持って来るから」

「了解であります!」

 俺の指示を聞いた霙がお風呂場に突入する。

「さてと……やるか」

 それから10分ほどでお風呂の準備ができ、俺は洗面所で服を脱ぎ始めた。残るは頭のリボンだけとなったが、俺は少しだけリボンを取るのに躊躇していた。

「リボン、取っても大丈夫なんだよな?」

 悩んでいても仕方ない。俺はそっとリボンに触れ――取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああああああああああっ!?」

 突然、洗面所からお兄ちゃんの絶叫が轟き、私は思わず、手に持っていたお皿を落としそうになった。

「な、何!? 何があったの!?」

 隣で茶碗を洗っていた雅ちゃんが目を白黒させている。

「今の声、ご主人様ですか!?」

 奏楽ちゃんと遊んでいた霙ちゃんが台所に飛び込んで来た。その腕に奏楽ちゃんもいる。

「そうみたい! 洗面所に行こう!」

 お皿を適当な場所に置き、私たちは洗面所に向かった。

「お兄ちゃん! 何かあったの!?」

 洗面所に到着し、ドア越しに声をかける。

「は、入って来るな!!」

 すると、中から聞き覚えのない声が聞こえた。声質から奏楽ちゃんほどの子供ぐらいだとわかる。だからこそ、私たちは戸惑った。どうして、こんなところに子供がいるのだろうか?

「え、えっと……お兄ちゃん、いる?」

「望! いいか? 絶対に入って来るなよ? 絶対だぞ!!」

 どうやら、この声はお兄ちゃんらしい。

「ねぇ? これって……?」

「ご、ご主人様に一体、何が?」

「おにーちゃん! 入るよー!」

 雅ちゃんと霙ちゃんがこそこそと相談していると霙ちゃんの腕から奏楽ちゃんが抜け出し、洗面所のドアを開けてしまった。

「そ、奏楽ちゃん!?」

 手を伸ばして止めようとするもすでにドアは全開に空いてしまっている。そして、目の前の景色に私や雅ちゃん、霙ちゃんは口を開けて驚愕してしまった。

「お、お兄ちゃん……その、恰好」

「見るなぁ……見るなっ!!」

 洗面所の床で蹲るお兄ちゃん。体を見られないようにさっきまでお兄ちゃんが着ていた服を出鱈目に体に寄せていた。

「あれー? おにーちゃん、私と同じくらいだねー?」

 首を傾げながら奏楽ちゃんが言ってはいけないことを言ってしまった。

「う、うぅ……」

 顔を真っ赤にしてお兄ちゃんは服に顔を埋める。

「お、お兄ちゃん……?」

 私はあまりにもその――『可愛い』姿に戸惑ってしまった。

「お願いだから、見ないでってばぁ……」

 涙目でお願いして来るお兄ちゃんの姿はもはや、子供としか言いようがなかった。つまり、“子供の姿に戻ってしまったのだ”。

 髪型はストレート。どうやら、リボンを取ったせいで子供の姿に戻ってしまったらしく、更に服を全部脱いでからリボンを外したことにより、大きくなってしまった服を着るわけにも行かず、このように体に寄せて露出を防いでいるようだ。

「な、何……この可愛い生物」

 雅ちゃんも後ずさるほどお兄ちゃんの可愛さに驚いていた。

「こ、これがご主人様の子供の頃の姿なのですね!」

 目をキラキラさせながら霙ちゃん。

「おにーちゃん! 可愛い!」

 そう言いながら奏楽ちゃんはお兄ちゃんに抱き着く。

「や、やめてええええええっ!!」

 子供特有の高い声が洗面所に響き渡った。

 


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