「……ぐす」
「「「……」」」
「おにーちゃん、大丈夫?」
涙を流す俺の頭を撫でながら奏楽が励ましてくれた。撫でられている俺が着ているのは奏楽の服なのだが。
「ああ、ありがとう……」
その手が届くことも俺の心を抉っていることを俺は気付かないふりをする。
「それで、お兄ちゃん。どうするの?」
頭の上から望の声が聞こえた。
「いや、まず何でお前は俺を抱っこしてるんだよ。リボン、返せよ」
リボンを頭に括り付けたら戻ることぐらいすぐにわかったのだが、望に盗られてしまったのだ。
「嫌です」
「何でだよ!」
「あ、望。次、私ね」
「うん、いいよ」
「俺の意見は!?」
余裕でスルーされました。
「でも、どうしてこんなことに?」
「多分、闇のせいだろうな」
望たちには気付かれていないだろうが、実は今の俺の体は女の子だ。そう、女の子なのだ。
「おい、そろそろ本気でリボンを返してくれ。魂がチクチクし始めた」
「あ、そう言えば1~2時間しかリボンを取っちゃダメなんだっけ?」
そう言いながらやっと、博麗のリボンを返してくれた。
すぐに望の膝の上から飛び降りてリボンを頭に括り付けようとする。
「ちょ、ちょっと待って! 服、破けちゃうから!!」
だが、雅の忠告を聞いてその手が止まった。
「今、思ったけど……俺の体って相当、面倒だよな」
「「「それには同意するよ(します)」」」
望と雅と霙が頷いたのを見て俺は深いため息を漏らした。
「……」
子供には空気を読む奴と読まない奴がいると思う。
大人の顔を見て状況を把握し、大人しくするのが前者。
大人の重苦しい空気を気にせず、うるさくするのが後者。
「ねー! ねー!」
確かに前者の子供は子供っぽくない。子供というのは元気であるべきだ。外で走り回ったり、友達と喧嘩したり。だが、最近では家の中で遊ぶ子供が増え、大人の顔色を伺い、空気を読む。それが今どきの子供だ。
「遊ぼってばー!」
しかし、元気があるからっていいことでもない。
「ねぇってばぁ!!」
うるさいのだ。ものすごくうるさいのだ。
「ああ! もう、少しは黙ってろ!」
俺の肩を揺する子供――黒いワンピースを来たショートヘアーの女の子に向かって叫ぶ。
ここは俺の魂の中。望たちが寝静まったのを確認した後、子供になる原因を探るため、久しぶりに魂へダイブしたのだ。
「暇なんだもん! 早く!」
すると、そこで待っていたのは新しい住人である黒いワンピースの女の子。歳は多分、5歳。
「今、大事な話をしてるんだよ! それから遊んでやるから!」
「嫌だ!」
「はいはい、貴女は私とあっちで遊んでましょうね」
子供を抱っこして吸血鬼が部屋の隅に移動した。やっと、集中できる。
「で、これはどういうことなんだ?」
目の前で紅茶を啜っている狂気とトールに問いかけた。
「決まっておろう。あいつが闇じゃ」
トールが面倒臭そうに吸血鬼と遊んでいる闇を指さす。
「いや、それはわかるよ。ルーミアみたいな服装だし、闇の力も感じるし」
「髪は黒で顔はお前の小さい頃にそっくりだけどな」
狂気は闇の方を睨みながら呟く。子供は好きじゃないそうだ。
「まぁ、原因はお主が闇の力を“半分”だけこっちに移植したからじゃろう。ここではある程度、力の量が体の大きさに影響する。我らは体が大きくなり過ぎないように調節して今の大きさになっておるが、闇はあれしか力を持っていないようじゃの」
「なら、戦いじゃあまり、期待できないな」
「そうでもないぞ」
「え?」
俺の呟きを否定したのは狂気だった。
「どういうことだ?」
「闇の能力だよ。あいつは……強い。条件が揃えば、私たちよりも強くなる」
「条件?」
「闇の力……つまり、吸収する能力だな。まぁ、能力名にすれば『引力を操る程度の能力』か。闇の地力は確かに少ない。しかし、敵のエネルギーを吸収し、自分の力に変換すれば……」
「そりゃ鬼畜だな……敵は涙目だぞ?」
苦笑いしながら俺は引いた。
「そのためには闇の力をコントロールしなきゃ駄目だけどな。リボンを取っただけで子供の姿になってたら無理だけど」
「ど、努力する……」
「それとあいつ、どうにかしてくれ。うるさくて仕方ない」
吸血鬼の胸に顔を埋めてニコニコしている闇を睨み直す狂気。
「いいじゃろう。騒がしくて我は楽しいぞ?」
「こっちは楽しくないんだ」
「おいおい、喧嘩すんなって」
ため息を吐きながら俺は立ち上がり、吸血鬼たちの元へ歩き始める。
「ん? どうしたの、響?」
「ちょっと、闇に挨拶をな。おい、闇」
「んー? 何ー?」
積み木を積み上げていた闇がこちらを見上げた。
「俺は響。覚えてるか?」
「もちろんだよ! 私の命の恩人! 遊ぼっ!」
「二言目には『遊ぼう』なんだな……」
呆れていると吸血鬼が俺の肩を叩く。
「ほら、今ぐらい遊んであげなさい。貴方がここに連れて来たんでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「ねー! キョー! 遊ぼっ! 戦おう!!」
俺の手を引っ張りながら闇が駄々をこねる。
「はいはい……わかったよ」
それから2時間ほど5人(嫌がった狂気も巻き込んで)遊んだ。
「へぇ、氷河異変かぁ」
そんな騒動があった翌日。俺は青娥に氷河異変のことを話していた。
「私が法界に遊びに行ってる間にそんなことがあったなんて思わなかったわ」
「逃げたんじゃないのか?」
「まぁ、いいじゃない。そんな些細なことは」
「……そうだな」
例え、幻想郷に残っていたとしても氷漬けにされて戦える状態じゃなかったはずだ。
「やっぱり、貴方はすごい人なのね」
「もはや、人なのかも分からなくなって来たんだけど……」
とうとう、闇の力まで手に入れてしまったのだ。これでも俺が人間だと言える人がいたらぜひ会ってみたい。
「それで? 闇の力はどうするの?」
「どうするって……今は様子見かな? 魂の中ではうるさいけど悪い奴じゃなかったし、できれば今後、戦いにも有効活用したいな」
「あらあら、これ以上強くなるの?」
コロコロと笑いながら青娥。
「ああ、俺は強くなる」
それに対して、俺は真剣に答えた。
「……その理由は?」
「今回、ルーミアに勝てたのは霊奈がいたからだ。狂気に飲み込まれた俺を救い出してくれたのもあいつだし、俺を信じて戦ってくれた。でも、いつまでも霊奈に限ってじゃなくて皆に頼ってばかりじゃ駄目なんだ。一人でも戦えるようにならないと……」
「それは少し、違うんじゃないかしら?」
「え?」
反論されるとは思わなかったので俺は隣を飛んでいた青娥を凝視してしまった。
「霊奈が頑張れたのって貴方がいたからじゃない? それに他の皆も貴方がいるから、貴方を助けたいから力を貸してるんじゃないかしら? 貴方が皆を助けたから、その恩返しとして、ね?」
最後、ウインクを決めた青娥はそのまま俺から離れていく。どうやら、今日の尾行はここまでのようだ。
「……はぁ」
そんなこと、わかっている。だからこそなんだ。俺が強くならないと周りで力を貸してくれている皆を自分の手で壊してしまうかもしれない。
「このままじゃ……」
俺の嫌な予感は嫌になるほど当たる。
このままでは俺は黒い何かに飲み込まれて、皆を傷つけてしまう。
その黒い何かの侵食は今も続いている。俺の知らないところで。
(やっぱり……狂気と魂同調するんじゃなかった)
力には大きく分けて二つある。『光』と『闇』だ。
『光』は霊力や魔力、妖力。そして、神力のような力。つまり、人間や妖怪、神が扱えるような力のことだ。
『闇』は狂気、闇など特別な能力を持っていないと扱えないような力。
もちろん、俺には最初からそんな特別な能力は持っていない。言い換えれば、使えば使うほど力に取り込まれていくのだ。そりゃ、手加減すればそう簡単に飲み込まれたりしない。だが、今回のように止む負えない状況になってしまったら?
「俺は……」
――本当に大丈夫なのだろうか?
そんな疑問が渦巻いていた。
「響!」
「え?」
その時、後ろから声をかけられ振り返るとそこにはルーミアがいた。
「元気そうだな」
「うん! 響のおかげでね!」
「……おう」
「響! 本当にありがとね!!」
ニッコリと笑いながらルーミアがお礼を言ってくれた。
「……ああ」
俺にはあるモットーがある。
『悩んだらとにかく行動する』。
(まぁ、何とかなるか……)
今は目の前に咲き誇る向日葵のような笑顔を見られたことを喜ぼう。
これにて第5章、完結です。
1時間後に後書きを投稿し、明日から第6章が始まります。
第6章は私が最も好きな話なのでお楽しみに!