東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第18話 妖怪退治

「……はぁ」

 山道をゆっくりと歩きながら溜息を吐く俺。憂鬱なのだ。

「今日で何度目よ?」

「いきなり、妖怪退治なんかしなきゃいけないからだよっ!」

 横を飛んでいる紫に向かって文句を言う。

 今、望は学校で家にいない。帰って来る時間はだいたい午後7時。部活で遅くなるのだ。

「いいじゃない。それほどの力を持ってるのだから」

「コスプレが嫌なんだよ……」

 それに人里の戦いは運が良かったのだ。いや、幻想郷に行ってから運が良かっただけなのだ。死なずに帰って来られたのが不思議だ。

「……で? 理解、出来たかしら?」

「……何となく、な」

 山の麓で紫と合流し、歩きながら俺の能力について聞いた。俺の想像していたのとは全然、違ったが――。

「なぁ、俺の能力って珍しい?」

「ええ。私ですら見た事のない種類よ」

「へ~」

「あまり興味、なさそうね?」

「だって、その能力のせいでコスプレする事になったんだからな」

(それにしても信じられないな……)

「まぁ、使いこなすのはまず無理ね」

「だろうな」

 紫の発言に同意する。

「あれ? そう言えば俺たちってどこに向かってるんだ?」

 麓で合流してからずっと山道を登り続けている。

「もう少しよ」

 出来たら一生、着かないでほしい。

「ああ、後。今回の戦いで……いや、言わないでおくわ」

「は? 気になるじゃん。言えよ」

「言ったら意味がなくなるの」

「そんなもんか」

「そんなもんよ。それより、万屋の事なんだけど」

「万屋?」

 意味が分からなかったので聞き返す。

「昨日、言ったじゃない。こっち(幻想郷)でも仕事させるって」

「……言ってたな」

 妖怪退治のインパクトが強すぎて忘れていた。

「前に渡したスキホ、今持ってる?」

「ああ、一応持ってきた」

 そう言いながら、ポケットから取り出して見せる。紫との連絡手段はこれしかないので持って来ておいたのだ。因みにPSPが入ったホルスターは左腕に括り付けてある。

「ちょっと貸して」

「ん」

 スキホを受け取った紫は人差し指で一回、さすった。

「はい、もういいわ」

「? 何したんだ?」

「スキホに貴方の所に来た依頼を表示されるようにしたのよ」

「依頼って万屋の?」

「そう、人里と博麗神社。他の所にも依頼状を投函するボックスを設置したの。ボックスに投函された依頼状は真っ直ぐ、貴方の机の上に移動されるわ」

「待て。机の上はまずい。望に見られたら……」

「それもそうね。じゃあ、家に帰ったら移動先の画像をスキホで送りなさい」

「わかった」

 しかし、望に見られない場所。箪笥の中ぐらいしか思いつかなかった。

「でも、貴方にも生活がある。依頼状に気付かなかったら仕事にならない。そこでスキホの出番よ」

「……もしかして『スキホ』って言いたいだけか?」

「……ボックスを通過した依頼状を読み取って、依頼の内容をスキホにメールを送信するわ」

 俺の指摘を完全に無視した紫。だが、目が一瞬、泳いだところを見ると図星だったようだ。

「それは便利だな~」

「でしょ? これで学校帰りでも幻想郷に来れるわね」

「待て! 学校から真っ直ぐ行くのか!?」

「その方が早く帰れるわよ」

「確かにそうだけど……」

「ほら、着いたわ」

 紫の方を見ていたので気付かなかった。急いで前を向くと懐かしい景色が広がっていた。

「ここって……」

 少し前まで遊びに来ていた神社だ。ここの人が遠い所に引越しする事になり、最近来ていなかった。

「あら? 知ってるの?」

「ああ、ここの巫女さんとは友達だったんだ」

 神社は落ち葉が散乱している以外、何も変わっていなかった。普通なら取り壊しされそうなのだが。

(やっぱり、あれが効いてるのか?)

「どうかしたの?」

「いや、何でもない」

「そう。でも、あれは避けた方がいいわよ?」

「は?」

 紫が指さす方向――大木の方から大きな口を開けた何かがものすごいスピードで突っ込んで来た。

「ちょっとおおおおおおお!!!」

 ギリギリ、横に跳んで回避。何かは俺の真後ろにあった木にかぶりついた。

「ぺっ! 躱さないでよ!」

 しかし、すぐに離れて口の中に入ったであろう木片を吐き捨てながら文句を言って来る見た目は小学生の女の子。しかも低学年ほどだ。服は赤いロングスカートに上はぶかぶかのYシャツだ。

「無茶言うなよ!」

 思わず、叫んでしまった。紫もいつの間にか消えているしこいつが妖怪。俺が倒さなくてはいけない相手だ。

「いいや。殺してから食べちゃお」

 そう幼女が言った途端に彼女の体から得体の知れない力が溢れかえる。

(こえ~……)

 これは妖気だ。何となくそう思ったが心の奥底を抉るような息苦しさを感じる。

「死ねっ!」

 飛び上がった幼女の手から1つの大玉が発射される。

「うおっ!?」

 それを掠りながらも躱した。弾幕ごっこで言う『グレイズ』だ。躱した弾は地面にぶつかると文字通り炸裂した。

(え?)

 炸裂した弾は地面を抉り、大きな石を周囲に撒き散らせる。もちろん、近くにいた俺にも襲い掛かった。

「――ッ!?」

 声にならない叫び声を上げながら俺は吹き飛ばされ、地面を何回かバウンドしてようやく止まった。

「まだまだ!」

 それも数秒間。今度は弾幕を繰り出して来た幼女。それを俺は何も出来ずに食らう。

「ぐ、ぐあ、ああああああああああああああっ!?」

 激痛が体を駆け回り、衝撃でどちらが上か下か、前か後ろかわからなくなる。地面をゴロゴロと転がり、大木に激突する。

(そ、そうか……油断してた)

 弾幕を見た時、心のどこかで幻想郷で経験した弾幕ごっこの延長戦だと思っていた。しかし、違う点が1つだけあった。

(遊びか、殺し合いか……)

 大木に背中を預ける。しんどい。呼吸もままならない。死ぬかもしれない。死の恐怖が体を硬直させる。

 ――これはお守りです!

(あ……)

 急にあの子の声が脳内に響く。映像も微かに流れ始めた。これが走馬灯と言う奴か。

 中学の制服姿の俺と巫女服姿の彼女。場所はここ。守矢神社。時は彼女が引っ越す前日。懐かしい。

 ――お守り?

 ――そうです! 貴女は女の子としての自覚が足らな過ぎます! 今までは私が守って来られましたが明日からは無理です……その代わりと言っては何ですがこのお守りをあげます。

(そう言えば、最後まで俺の事、女だと思ってたな)

「ん? 死んだ?」

 幼女が確認の為に声をかけてきた。

「ま……だ、だ」

 意識ははっきりしているのに声が掠れる。相当、ダメージを負っているようだ。

 ――このお守りは“奇跡”の力を持っています! 貴女に危険が迫った時にきっと守ってくれるはずです!

 彼女からお守りを受け取る俺。

 ――ん? どうしました?

「まだか~。じゃあ、もう一発!」

 弾幕を撃つために妖力を溜め始める幼女。先ほどのよりも強力な技を繰り出すつもりらしい。

 ――ああ!!

 脳内では俺が黙ってお守りを大木の下の方から突き出ていた枝に引っ掛けていた。あの子を傷つけたと今になって気付いた。

(でも、後悔はしてない)

 この行動のおかげでこの神社は今でも取り壊される事はなかった。“奇跡”の力でだ。

 ――どうしてそんな事をするんですか!?

 ――決まってるだろ

(ああ、決まってる)

「バイバイ!!」

 チャージも完了したようで幼女から再び弾幕が吐き出された。

 ――この神社を残しておきたいからだ

「うおおおおおおおっ!!」

 体に鞭を打って枝に引っ掛かっていたお守りを掴み、弾幕に向かって投げつけた。

(じゃあな……思い出の場所)

 あの子が引っ越した後、この神社は取り壊され、その後に旅館が立つ事はこの町の住人は知っていた。もちろん、俺もだ。ここからの眺めは絶景だ。放っておくわけがない。だが、俺はあの子との思い出の場所をなくしたくなかった。だから、俺はお守りを大木に引っ掛けた。俺も半信半疑だったが“奇跡”の力は絶大だったようで今でも残っている。それも今日までだ。

「ッ!? う、嘘!?」

 俺が投げたお守りからお札が飛び出して結界を出現させ、幼女の弾幕をひとつ残らず、受け止めていた。

「予想以上だな……」

 呟きながら大木を支えにして立ち上がる。足がガタガタと震えた。

「このっ! このっ!! このおおおお!!」

 それを壊そうと弾幕を放ちまくる幼女。結界が壊れるのも時間の問題だ。証拠に亀裂が走っている。

「でも、十分だ」

 俺はPSPからイヤホンを伸ばし、そっと耳に装着した。

 

 

 

 ~信仰は儚き人間の為~

 

 

 

 服が光り輝き、下は青いスカート。上は白い袖なしのシャツのような服。そして、霊夢のように腋がばっくりと開いていて袖は腕に括り付けられている。前髪にはカエルのアクセサリーが、ポニーテールには白い蛇のアクセサリーが巻き付いていた。初めてのコスプレだ。手には霊夢のとは違うお祓い棒。どうやら巫女さんらしい。紅白ではないが。

 そう思った刹那、結界が破られる。弾幕が押し寄せて来る。

「これで終わりっ!!」

 幼女の嬉しそうな声が聞こえた。確かにそうだ。今からじゃスペルを取り出す時間もないし、俺は弾幕を出す事も出来ない。奇跡でも起きなければまず助からない。だが――。

「奇跡って起きるもんじゃない! 起こすもんだあああああ!!」

 知っていた。あの子は“奇跡”の力と言っていたがお守りを作ったのは彼女自身なのだ。つまり、彼女がお守りを作らなかったら神社も取り壊されていたし、俺も殺されていた。行動しなければ起きる奇跡も起きないのだ。

 手に持っていたお祓い棒を地面に叩きつける。

「「ッ!?」」

 するといきなり俺の周囲から突風が吹き荒れ、俺の体を浮かせ、吹き飛ばした。そのおかげで弾幕は大木だけを貫く。弾幕の勢いに負けた大木は根元から折れて地面に倒れる。その衝撃は大地を揺らすほどだった。

「ど、どうして?」

 突然の事で幼女は戸惑っていた。

「おい……妖怪」

 呼びかけながらお祓い棒を真っ直ぐ、戸惑っている幼女に向ける。

「始めるぞ。妖怪退治を――」

 口から流れた血を袖で拭いながら言い放った。

 


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