東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第186話 厄神デート

「この前はね? 森で見つけた薬草を使って色々な調味料を作ったの」

「……」

「その調味料がとっても美味しくて! あ、今度持って来てあげるね」

「……ありがと」

「それで、妖怪の山に住んでる天狗の話なんだけど」

「ああああ! とりあえず、落ち着け!」

 30分ほど喋り続けている雛に向かって“見上げながら”叫んだ。

「え? あ、うん。ごめんなさい」

 一瞬、『何を言ってんだ、こいつ』みたいな表情を浮かべた雛だったが、状況を把握したのか謝って来た。

「トイレね。そこの茂みで」

 ニコニコしたまま、近くの茂みを指さす雛。

「違うわ! 俺を降ろせって言ってんだよ!」

 今、子供の姿になっている俺は雛に抱きかかえられているのだ。構図的に後ろから俺のお腹に腕を回している感じだ。これじゃヌイグルミと同じではないか。

「だ、だって……可愛いから」

「可愛いからじゃないよ! 友達になることに頷いた途端、俺をだっこしたじゃんか!」

 こうやっていると、俺が雛の妹みたいに思えてくる。自分で妹って言っている時点で俺はもう駄目だと思うが。

「可愛い貴女が悪いのよ」

「お前、まだ俺のことを女だと思ってるだろ!」

「そ、そんなことないわ……」

 目を逸らしながら厄神。

「人と喋る時は人の目を見なさい!」

「貴女の目を見たら抱きしめたくなるのよ」

「よし、見るな。一生、見ないでくれ。そして、俺が男だってわかってくれ」

「それは無理ね」

 キッパリ、断られてしまった。

「何でだよ!」

「私は私のやりたいようにやるわ。だから、抱きしめる!」

「ちょ!? 苦しい!!」

 ぎゅううううう、と雛が俺を抱きしめ始める。苦しくて呻き声を漏らしてしまった。

「い、いいから……離せ」

「嫌よ」

「何で!?」

「私……人の温もり、久しぶりなの」

 そう言いながら雛は力を抜いた。

「え?」

 突然、顔を曇らせた雛。文句を言うために雛を見上げていた俺は驚いてしまった。

「やっぱり、人は私に近づくのが怖いの。お供え物だってお供え場所に置いて貰って私が自分で回収しているし……今まで、慣れていたつもりだったけどこうやって触れられるようになったら寂しかったんだなってわかっちゃったの」

「……」

 俺は何も言えなかった。雛の気持ちは理解できるが、共感はできない。俺自身、そのような体験をしたことがないからだ。

「だから、響に触れることができて本当によかった……こんなにも人間って温かいのね」

「雛……」

 右手を伸ばして雛の頬に触れた。俺の手の平に温もりが広がった。

「やっぱり、駄目ね。一度、幸福を知っちゃったら簡単に忘れられない」

「……」

 俺は必死に言葉を探した。このままじゃ雛は一人ぼっち。そして、それを阻止できるのは俺だけ。

「雛、デート……しないか?」

「え?」

「俺と一緒に遊ぼう。時間はたっぷりある」

 スキホで時間を確認したら、午後1時を過ぎたぐらいだった。

「で、でも……子供の姿になれるのは1時間って。残り時間、少ないんじゃないの?」

 確かにこの姿でいられるのは長くて20分。足りない。だが――。

「もし……雛と同じ厄神がいたとして。雛に近づいたらどうなる?」

「え?」

「いいから答えろ」

「そ、そうね……お互いに厄を集め合うから何も起きないと思うけど」

 戸惑いながら雛はそう答えた。

「よし、なら大丈夫だな。降ろしてくれ」

「嫌よ」

「今回のは違うって……もっと長い時間、一緒に過ごせるかもしれないからそれを確かめたいんだよ」

「……どうぞ」

 少しだけ不機嫌そうに俺を降ろしてくれた。文句を言いたいのは俺の方だが、今はこちらが優先だ。

「少しだけ離れてくれ。元の姿に戻らなくちゃいけないから」

「え!? どうして!?」

「スペルが取り出せないんだよ……」

 今、俺の姿は黒いワンピース。この服には内ポケットがなく、仕事用のスペルカードがないのだ。元の姿に戻った時にはスペルも戻って来るのだが、この姿では元々の俺の能力も使えないのでどの道、いつもの姿に戻らなければいけない。

「だ、弾幕ごっこでもするの?」

 涙目で雛が問いかけて来た。

「違うっての……説明が面倒だから説明しないけど離れてくれ」

「はい……」

 俯きながら雛はトボトボと森の中に消える。

「俺が声をかけるまでこっちに来るなよ!!」

 大声で注意しながらスキホから博麗のリボンを取り出す。それを髪に括り付けた刹那、俺の体が元の大きさに戻った。

「……よし。雛の影響を受けてないな」

 急いで懐に仕舞っていたスペルを掴んでその中から1枚だけ抜き取る。

「集厄『運命のダークサイド』!」

 スペルを宣言し、俺の服が雛と同じになった。

(やっぱり……これにはまだ、慣れないな)

 今でも恥ずかしいと感じるし、進んで着ようとも思えない。でも、今は雛のためだと思うと不思議と嫌ではなかった。

「永遠『リピートソング』!」

 狂気異変で脅威となったスペル。まさか、仕事以外で使うことになるとは考えもしなかった。

「……これでよし」

 雛の曲がちゃんとループしたのを確認。

「雛! もう、来ていいぞ!」

「よ、よかった……逃げなか――」

 安堵のため息を吐きながら走って来た雛は俺の姿を見た途端、言葉を詰まらせていた。

「あ、あんまり、見んな……」

「きょ、響? その姿は?」

「簡単に説明するとだな。俺は幻想郷に住んでる奴らの能力をコピーする能力も持ってんだ。それを使えば雛と長い時間遊べると思って……まぁ、これを使うと見た通り、能力をコピーした奴と同じ服を着ることになるんだけどね」

 恥ずかしさのあまり、雛の顔をまともに見られない。いつもよりも恥ずかしいのは着ている服の持ち主が目の前にいるからだろうか?

「響……ありがとう」

「え?」

「私のためにここまでしてくれて……本当に貴方に会えてよかった」

 そう言いながら雛は俯く。

「ほら、遊べると言っても俺が幻想郷にいる間だけだぞ?」

「そ、それってどれくらい!?」

 タイムリミットがあることがわかったからなのか雛は焦ったように質問して来た。

「そうだな……帰るのは午後6時くらいだから後5時間かな?」

「うわ、そんなに遊べるんだ」

「嫌か?」

 俺の意地悪な問いかけに雛は微笑みながら首を横に振る。

「昨日の私に自慢したくなるほど嬉しいわ」

「お前、見た目は俺と同じぐらいだけど中身は子供っぽいな」

「さっきまで見た目が子供だった人に言われたくないわ」

 お互いに嫌味を言い合う。それすらも俺は楽しんでいた。

「じゃあ、何をする? 時間は長くてもずっとじゃないし」

「そうね……とりあえず、散歩しましょ?」

「ああ、そうだな」

 そう言って俺たちは歩き始めた。もちろん、笑顔でお話ししながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!? 今日、雛様に会ったの!?」

「うん」

 雛とたっぷり遊んで家に帰って来た俺は望にいつものように報告していた(関係を繋ぐ男と戦ったすぐ後に幻想郷であったことを報告しろと命令されているのだ)。

「だ、大丈夫だった? 厄とか……」

「闇とコスプレのおかげでな」

 前者のせいで子供になり、後者のせいで恥ずかしい衣装を着ることになったが。

「よ、よかった……あれ? でも、お兄ちゃんに干渉系の能力は効かないんじゃ?」

 望が首を傾げながらそう聞いて来た。

「多分、『能力』が効かないだけで自然現象は通用するんだと思う。雛の能力は『厄をため込む程度の能力』。俺に厄を押し付ける能力じゃないんだよ」

「つまり、干渉系の能力を無力化できると言っても直接的じゃなかったら効くってこと?」

「そう言うこと。ほら、呪いをかけられたのも薬を経由してたろ?」

「あー、そう言えばそうだったね……」

「おにーちゃん! メール、来てるよ!」

 その時、奏楽がスキホを手に駆け寄って来た。

「おう、さんきゅ」

 スキホを受け取ってメールを確認する。

「あれ? 雛?」

「え!?」

 宛先が雛だったことに驚いてしまい、口に出してしまった。望もそれを聞いて目を見開く。

「ど、どうやって?」

「依頼状として送って来たんだよ」

 確か、雛にお供えするための場所にも依頼箱があったはずだ。

「な、中身は!?」

「ちょ、勝手に人のメールを見るな!」

 画面を覗こうとする望を追い払ってメールを読み始める。

『鍵山 雛:響、こんばんは。突然、ごめんね? 響が万屋やってることを思い出してこうやって依頼状を送っています。届いてるかな? えっと、今日は本当にありがとう。とても楽しかった。それで依頼なんだけど……これからも私と遊んでくれますか?』

「あいつ……」

 きっと、不安なのだろう。やっと、触れることができた人の温もりがまたなくなってしまうのが。

「返信したいけど……これじゃ無理だな」

 諦めてスキホを閉じようとしたが、これが依頼状だということを思い出した。

「あ、そうか」

 あることを思い付き、俺はスキホを操作する。

 

 

 

 

 

 

 

(届いたかな?)

 私は依頼箱の前でドキドキしていた。依頼状を投函してから足に力が入らなくなってしまい、動けないのだ。

「うぅ……大丈夫かな」

 急にあんな依頼を送ってしまったら響は引いてしまうかもしれない。でも、言わずにはいられなかった。

「あれ?」

 そろそろ、家に帰ろうかと思った時、依頼箱が点滅し始める。

「な、何これ?」

 驚きながら依頼箱の使い方が書いてある立札を見た。点滅は響が依頼を受けたというサインらしい。

「と、いうことは?」

 私の依頼を響は受けた。つまり――。

「……本当に、ありがとう」

 私は外の世界にいる私の“友達”に向かって小さな声でお礼を言った。

 


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