「なるほどな」
無事、地面に降り立った俺と藍。降りている最中に自己紹介と今まで起きた事を話していた。
「何かわかったのか?」
(俺はまだ状況把握もしていないのに……)
「まぁ、だいたいね。ちょっと、実験してみようか?」
「実験?」
首を傾げる。一体、何を実験するのだろう。
「そのからくりだよ」
俺の手の中にあるPSPを指さしてそう言った。
「これ?」
「ああ、そのからくりで音楽を聞いてほしいんだ」
「はぁ……」
不思議に思いながらイヤホンを耳に付けて音楽を流す。
~ネクロファンタジア~
「うおっ!?」
するとまたもや服が光、先ほどのゴスロリ服に変わる。
「やはりか。他にもある?」
「あ、ああ……」
戸惑いながらRボタンを押して曲を変える。
~恋色マスタースパーク~
「!」
曲が変わった途端に服が変わる。今度は魔法使いのような服だ。手には箒が握られている。
「ふむ……紫様以外の人にもなれるのか」
藍はこれを見て更に理解したようだ。
「もういいか?」
恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。
「いいよ。もうわかったから」
藍のお許しが出たのでイヤホンを耳から引っこ抜く。服が元に戻った。
(一体、何が起きてんだ?)
「一度、私の家に来てくれ。そこで説明するから」
「……わかった」
従うしかない。周りは大自然に囲まれているし夜だ。視界も悪い。このまま動けば飢え死にしてしまうだろう。不意に9本の尻尾が目に映る。お茶碗と箸を器用に尻尾で掴んでいた。あれは本物なのだろうか?
「では、行こうか」
丁度良く俺に背を向け歩き始めた藍。目の前にもふもふとした尻尾が現れる。
「……」
(触りたい!)
何なんだ。あのもふもふ感は。触り心地はさぞ良かろう。我慢出来ずに触れてしまった。
「――ッ!?」
その瞬間に藍の体がビクンと飛び跳ねた。
(やわらけっ!)
そんな藍の様子に気づかず触り続ける俺。
「な、何をしてるんだ?」
怒った顔で振り向く藍。
「え? あ、いや……」
相当怒っているようだ。返答出来ずにオロオロしてしまった。
「……次からは気を付けてくれ」
ため息を吐き、許してくれた。
「は、はい」
すぐに返事をし、歩き始める。目の前で揺れる魅惑の尻尾を目に入れないように……。
藍の後について行った先には一軒の家があった。
「ここは?」
「マヨヒガだよ」
そう言いつつ中に入って行った。それに俺も続く。中は木造で昔を思い出すような風景だった。そんな事を思っていると、ある部屋に到着。
「ここで待っていてくれ。起こさなくちゃいけないから」
(起こす?)
「あ、ああ」
よく意味がわからなかったが返事をする。それを聞いた藍は部屋を出て行った。
「……」
静かだ。聞こえるのは風の音だけ。ここは本当にどこなのだろう?
「ん?」
ふと障子の方を見る。するとほんのわずかな隙間からこちらを見ている目玉があった。
「誰かいるのか?」
立ち上がって障子を開ける。
「にゃあ!?」
いたのは猫耳と2本に枝分かれした尻尾が目立つ少女だった。少女は部屋に倒れ込む。障子に体重をかけていたのだろう。
「君は?」
しゃがんで聞く。
「え、えっと……橙です」
この少女は橙と言うらしい。少し涙目だ。
「よろしく。俺は音無 響」
「はい、響さんですね。よろしくお願いします」
立ち上がった橙が手を差し伸べてきた。
「おう」
俺も立ち上がり握手する。
「どうしてここに? 見た目は普通の人間ですけど……」
「ちょっと色々あってね……って、その口ぶりだと人間以外の存在がいるように聞こえるけど?」
「はい? 当たり前じゃないですか」
首を傾げられてしまった。
「あ、もしかして外来人ですか?」
「外来人? 何それ?」
「わかりました。それだけで十分です」
聞き返しただけで理解されてしまった。これではこっちはまだ訳が分からないまま。
「藍様の代わりに私が説明しましょう。ここは幻想郷、響さんから見たら異世界です!」
笑顔でこの土地について説明した橙。
「げん……そうきょう?」
言葉の意味が上手く頭の中に出て来ないまま、再び聞き返した。
「はい! 幻想郷です!」
「異世界?」
「異世界です!」
―――――ッ!
「えええええええええええええええっ!!!!!?」
人の家だと言う事を忘れ思いっきり叫んでしまった。そりゃそうだろう。急に異世界に来たと言われれば驚くに決まっている。いつもなら冗談としか思えないが藍や橙の尻尾は本物のようだ。俺の世界にはこんな物が生えている人なんて居なかった。ここが異世界だったら辻褄が合う。
「どうした? 大声なんか出して?」
その時、藍が帰って来た。
「あ、藍様!」
藍を見るなり橙は抱き着いた。
「橙? どうしてここに? この時間は寝ているはずじゃ?」
「人の気配がしたので起きたんです!」
(気配だけで起きれるものなのか?)
疑問が頭を通過したが無視する事にした。
「じゃあ、橙もここにいなさい」
「は~い!」
笑顔で返事をした橙。
「ほら、響も座って」
「ああ」
軽く返事をして座る。藍は4つ、湯呑を取り出しお茶を注いだ。
「あれ? 1つ、多くない?」
この場にいるのは俺、藍、橙の3人。
「ああ、もう少しで来るよ」
どうやらもう1人いるようだ。
「2時間、待ってるんだが?」
「……」
俺の質問を無視するように藍が冷や汗を流しながら顔を背ける。あれから2時間経っていた。いつまで経っても来る気配がしない。
「ちょっと、トイレ行ってくる。場所は?」
「すまないな」
藍は謝った後、トイレまでの道順を言う。結構、ギリギリだったので急いで向かった。
「あら?」
無事に用を足し、戻ろうと歩いていると目の前にゴスロリの格好をした女性が現れた。
(この服……どこかで?)
「見た事ないけど? 貴女はどちら様?」
(『あなた』って絶対『貴女』だな……)
ニュアンスだけでわかってしまった。理由は言いたくない。コンプレックスなのだ。 ゴスロリの女性は首を傾げつつ質問してきた。
「ああ、俺もよくわかんないけどここは異世界でこれからその説明をしてもらえるらしい。あと、名前は音無 響だ」
「そう、私は紫。八雲 紫よ。よろしく、響」
紫は笑顔で挨拶してきた。
「おう、よろしく」
「ところで……相談があるのだけどいいかしら?」
「相談?」
(会ったばかりの俺に?)
不審に思いながら頷くと紫はニコッと笑って口を開いた。
「貴女、私の会社で働かない?」
「……はい?」
思わずキョトンとしてしまった。
(会社? 働く? 何を言っているんだ?)
頭の中に疑問がぐるぐると渦巻く。もう意味がわからない。
「これでもボーダー商事と言う会社の社長をしてるの。どうかしら? 何かの縁でここに来たのでしょう。入社してみない?」
(縁?)
「俺は学生だぞ?」
「この世界から出れなきゃそんな肩書き、なくなると思うけど?」
確かにそうだ。ここは異世界。元の世界では学生だがここでは無一文のただの男だ。でも――。
「嫌だね。何か嫌な予感がする」
首を振って拒否する。紫はどこか胡散臭いのだ。そんな人の下で働いたらどうなるかわかったもんじゃない。
「そう……なら死んで♪」
俺が見てきた中で一番の笑顔で物騒な事を言った。