「……」
光球で足元を照らしながら進んでいると広い場所に出た。この屋敷の地下は相当、大きい。
「これは……」
広い場所には何もなかった。いや、地面に何かを引きずった跡があるので敵が移動させたらしい。
(この場所で一体、何を……)
そんな疑問を浮かべながら奥に進む。そして、一つの十字架が立っていた。
「ふ、フラン!!」
その十字架にフランが磔にされていた。両手両足に鎖が巻き付いており、それで磔にしているようだった。
フランは俯いている。どうやら、気絶しているようだ。目立った外傷はない。傷つけられてはいないらしい。
「待ってろ、今助けてやるからっ!」
――ダンッ!
十字架に向かって走り出してすぐに足元に銃弾が撃ち込まれた。
「くっ……」
銃弾が飛んで来たであろう方向――天井付近を見ると銃を構えた敵がいた。天井付近の壁に穴を開け、そこに寝転がっているようだ。周りを見ればそんな奴らが何十人もいる。360度、どこからでも俺を撃てるように配置されていた。
「くそっ……」
残りの霊力を考えて一斉に撃たれたら、生きていられない。ヘッドショットなど、もっての他だ。
『おやおや……よく、ここまで辿り着きましたな』
「ッ!?」
どこにあるのかはわからないが、スピーカーから声が聞こえる。
「誰だ!?」
『よくもまぁ、そんな典型的な台詞を言えますね? 恥ずかしくないんですか?』
スピーカーから聞こえる声はボイスチェンジャーでも使っているのか人間のそれとはかけ離れていた。
「うるさい! どうして、フランを連れ去ったんだ!」
『決まっています。研究のため、ですよ?』
「何?」
『我々は異能力者を探しては捕え、その力のメカリズムを解明しようとしていました。ですが、どの異能力者も同じような奴らばかり。これでは研究は一向に進みません。そんな時、これを見つけたんですよ』
その時、フランが磔にされている十字架の後ろの壁が光った。いや、違う。そこには巨大なモニターがあった。そのモニターには俺と霙(犬モード)が写っている写真が映し出されていた。
「この写真がどうしたん……っ!?」
最初は気付かなかったが、この写真はフランが俺の大学に乱入して来た時の物だとわかった。俺の顔が霙の上に向かっていたのだ。
『そう、この写真には写っていない人がいるのです。それが、そこの吸血鬼』
「……見られてたのか?」
『はい、それはもうバッチリでした。最初、私も驚きましたよ。あの時いたはずの金髪少女が写っていないのですから』
「それで、フランをこれからどうするつもりだ?」
『決まっていますよ? 解剖するんです』
『何を当たり前なことを』と言いたげな声音だった。
「解剖……だと?」
『はい、その体をズタズタに切り裂き、吸血鬼のメカリズムを解明。そして、研究に繋げるのです』
「フランを殺す、つもりなのか?」
『もちろんですよ。そんな化け物、生かしておく方がわかりません。よく“貴方”は平気でいられますね?』
「じゃあ、どうしてフランを磔にしたんだ!?」
解剖するならとっとと道具が揃っている施設に運べばいいのに。
『決まっているでしょう? 貴方を絶望させるためですよ?』
「何?」
『言っておきますが、貴方も我々の立派な観察対象なのです』
「観察対象!?」
『ええ。貴方はとても興味深い能力を持っているようです。我々にもまだ、その全貌を把握し切れていません。そのため、貴方はすぐに解剖できないのですよ。どんな能力なのか知るまでは……』
スピーカーから聞こえる声はまるで、世間話をするかのように喋る。それが信じられなかった。
「お前……俺の能力を知ってるのか?」
だが、それ以上に俺の能力がばれている方が驚きだった。
『知っていますよ?』
その後すぐ、スピーカーから俺の『本当の能力名』が聞こえる。
「嘘……だろ?」
紫ですら、数えるほどしか言っていない能力名を一語一句間違えることなく言ってのけたのだ。
『嘘ではありません。事実です。貴方の使って来た能力をよく観察し、推測すればわかることですよ。さて、そろそろやりますか?』
「やる、だと?」
『はい、処刑ですよ。そこの化け物の』
「なっ!?」
つまり、こいつはここでフランを射殺してから解剖するつもりらしい。
『どうせ、死んでからでも変わりませんから。それに今はそんな化け物のお腹の中よりも貴方の能力の方が気になります。絶望を与えるとどうなるのか? 楽しみですねぇ』
「……」
俺はそれ以上、喋ることができなかった。
ふつふつと湧き上がる感情。体の芯に集まる衝動。それに比べて頭の中は真っ白になって行く。
「……けろ」
『はい?』
「ふざけろっ……」
『え?』
俺はこの感情を知っている。“怒り”だ。
フランを誘拐したこと。フランを化け物扱いしたこと。フランを解剖しようとしたこと。フランを殺そうとしていること。
それらは俺の堪忍袋の緒をぶった切るに十分すぎるほどだった。
「ふざけろおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
俺の絶叫は空気を振動させる。自分の喉が裂けるのがわかった。だが、もう止められない。誰にも、俺にも。そのまま、俺の視界は真っ白になった。
男は異様な空気を感じた。目の前のモニターに映っている響が突然、肩を落としてグッタリしたのだ。顔も下に向いているので何が起こったのかわからない。
(何だ?)
さっき、鼓膜が破れそうなほどの声量で叫んだのにも関わらず、今は黙っているのも奇妙だ。
「どうしたんですか? 怖気づいたのですか?」
挑発してみるも不発。響は何も行動を起こさない。
(本当に壊れたのか? 呆気ないですね)
「狙撃班、構え」
もっと楽しいことが起きると思っていたのに壊れてしまったのでは意味がない。男は嘆息しながら指示を出した。
「……殺せ」
その一言で狙撃班の一人がフランドールの眉間に向かって発砲。
――ダンッ!
「……え?」
だが、弾け飛んだのはフランドールではなく、撃った本人の頭だった。思わず、間抜けな声を漏らしてしまう。
(一体、何が……)
「まさか」
監視カメラを動かして響がいた場所を見る。しかし、そこには響はいなかった。あるのは地面に焼け焦げた痕のみ。更にフランの方にカメラを動かすと十字架の前に響がいた。響の足元が燃えている。
つまり、響は超高速で十字架の前に移動した。その時、急ブレーキをかけたので摩擦によって炎が上がったのだ。
「へぇ?」
響から黒いオーラが漏れ始めている。男はそれを見てニヤリと笑った。
(やっぱり、貴方は最高の観察対象です。音無 響)
男は頷きながら録画ボタンを押した。
響は正気ではない。だが、狂気と魂同調したわけではなかった。
原因は――不明。響に一体、何があったのか吸血鬼たちにも、響にわかっていなかった。
ただ、闇だけは違和感を覚えている。
(あ、あれ? 私の力がキョーに供給されてる?)
首を傾げる闇だったが、そんなことするはずもないし、させるはずもない。前に吸血鬼たちと約束したのだ。『勝手に響に闇の力を与えては駄目だ』と。『家賃分しか与えてはいけない』と。
しかし、闇の力は今、響に注がれている。先ほど、フランに向かって放たれた銃弾を反射させたのも闇の力を使用したからだ。
「闇! どういうことなの!?」
吸血鬼が闇の肩を掴んで問い詰める。
「わ、わからないよぉ……私も止めようとしてるんだけど、止まらないの!!」
どんどん、響の体に闇の力が充電されていく。
「……まさか!?」
その時、何か考え事をしていた狂気が部屋を飛び出す。
「我らも行くぞ!」
それに倣ってトールも部屋を出た。吸血鬼も闇を抱っこしてその後を追う。
「な、何だ、これは!?」
狂気がやって来たのはあの奏楽の中にいた『魂の残骸』を封印している部屋の前だった。しかし、その部屋の扉から紺色の煙が漏れており、禍々しい力を感じた。
「こいつが犯人か!?」
トールが悲鳴を上げると、扉がドンと揺れる。まるで、中から巨大な体で扉に体当たりしているようだった。
「残骸が外に出ようと、もがいているのね!?」
「この子だよ! 私の力に干渉してキョーに闇の力を与えてるの!」
「何!?」
闇の言葉に狂気が驚いた。闇の力は少量ながらもかなり、強力な力だ。それに干渉し、コントロールするなど普通、できない。
「響の暴走はこいつのせいなのね!」
「ああ、きっと、響の怒りという負の感情に同調してパワーアップしたのだ!」
吸血鬼とトールが話し合っているが、狂気は口を開けなかった。
今まで響がキレてもこのような事態に陥ることなどなかったのだ。だが、今、響は『魂の残骸』の影響で暴走している。
(私との……魂同調のせいか)
『狂気』は負の感情の塊だ。氷河異変の時に響と魂同調したことによって、響の魂に『狂気』を刻み込んでしまった。そのせいで『魂の残骸』に力を与えてしまったのだ。
「おい! 狂気、どうするのだ!?」
トールからの問いかけに狂気は答えられなかった。今回の暴走の原因は――狂気なのだから。