東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第197話 心からの悲鳴

 ――響。

 

 ああ、レマか。どうした?

 

 ――また、貴方は暴走してしまったのですね?

 

 そうみたいだな。

 

 ――どうするのですか?

 

 ……もう、無理だ。自分の体なのに自分の体じゃないような感じがする。

 

 ――……このままでいいのですか?

 

 そう言ったってどうすることもできないんだ。

 

 ――まだ、諦めてはいけません。

 

 いや、諦めるなって言われても。

 

 ――大丈夫、貴方にはたくさんの味方がいます。

 

 そんなの知ってるよ。

 

 ――そう。なら、安心ですね。

 

 …………………ああ。

 

 

 

「ん……」

 頭が痛い。何かで殴られたみたい。でも、吸血鬼の私を気絶させるほどの筋力を持っている人が外の世界にいるのだろうか?

(あ、そうか……外の世界だと私たちみたいな人外は弱くなるんだっけ?)

「あ、れ?」

 目を開けると灰色の天井が見えた。どうやら、地面に仰向けに倒れているようだ。体を起こすと床には千切れた鎖が散らばっている。

(何が?)

 そうだ。ユウエンチに遊びに行ってそこで誰かに捕まってそのまま――。

「誘拐されちゃったんだ……私」

 吸血鬼である私が人間に誘拐されるとは滑稽だ。そこでやっと、目の前に立っている人を見た。

「お兄様?」

 私に背を向けて立っていたのはお兄様だった。もしかして、捕まった私を助けるためにここまで来てくれたのだろうか? ならば、とても嬉しいことだ。

「お兄様!」

 笑顔で大きな背中に呼びかけるも応答なし。いや、それ以前に様子がおかしい。何だか、お兄様がお兄様じゃないような。

「え?」

 その時、お兄様から黒いオーラが放たれていることが見える。この前、言っていた闇の力だ。

(でも、あれはできるだけ使わないようにするって言っていたはずなのに……)

 考えながら周りを見る。

「何これ?」

 私とお兄様を囲むように黒い結界が貼ってあった。その円柱に小さな金属の弾が浮いている。その金属の弾は高速回転していて、今にも結界を貫きそうな勢いだった。

「お兄様! 危ないよ! 早く、逃げよう!」

 だが、お兄様は動かない。その間にもどんどん金属の弾が結界に衝突する。

「お兄様!!」

「……」

 私の声が届いていないようだ。どうしようか迷っているとお兄様は右手をゆっくりと上げ、横に払った。

「……え?」

 その瞬間、結界が消える。あの金属の弾もない。どこに行ったのかキョロキョロしていると天井付近から大量の血が流れ始める。それも360度、全ての天井から。よく見ると天井付近の壁に穴が開いていたそこに人がいた。だが、全員死んでいるようだ。

(何で、こんなに死体が……)

 そこでやっと、理解した。『お兄様がやったのだ』、と。でも、お兄様がそんなことをする人ではないことは分かり切っていることだ。なら――。

「まさか、暴走!?」

 私の絶叫に答えるかのようにお兄様がこちらを振り返る。その目に白目などなく、本来黒いはずの瞳はドス黒い赤色に染められていた。

「――ッ!?」

 その目に私は恐怖した。わかる。その目には一つの感情しかないと。

 

 

 

 破壊。

 

 

 

 ただ、それだけしかお兄様は考えていない。私だから――狂気に飲み込まれた私だからこそわかる。その感情が。

「お兄様! 元に戻ってよ!!」

 悲鳴を上げるもお兄様はそれに応えることなく、私の後ろにあったガラス(モニターのこと)に向かってドス黒い赤色の光線を放った。そして、大爆発。

「きゃあっ!?」

 爆風に煽られた私は吹き飛ばされ、床に叩き付けられた。

「……」

 体を起こすとお兄様がこちらを見ているのに気付く。そして、一気に跳躍した。私に向かって。

(私のことも破壊対象!?)

 慌てて左に飛ぶ。その刹那、床が抉れた。お兄様の足が地面に突き刺さったのだ。

「くっ……」

 床の破片が私を襲う。両腕をクロスして顔と頭を守った。

「お兄様! 目を覚まして!」

 呼びかけながら逃げる。だが、お兄様は答えるどころかその攻撃の手を強めた。

「お兄様あああああああ!!」

 叫び。お兄様の答えは――

「ああああああああああああああああっ!」

 ――獣のような咆哮。

(どうにかしないと……このままじゃ)

 今は逃げているが、いつか追い付かれ、殺される。

「え!?」

 走っていると突然、後ろに引っ張られる感覚。振り返るとお兄様の左手には黒い球体が出現していた。引力を操って私を引き寄せるつもりなのだ。

「禁忌『レーヴァテイン!』」

 スペルを発動して炎の剣を床に突き刺した。その瞬間、私の軽い体が浮き上がる。

「くぅ……」

 凄まじい引力に思わず、呻き声を漏らしてしまった。

(どうしよう……どうしよう!?)

 炎の剣の柄を握りしめながら、考える。

「……よし」

 暴走状態のお兄様を止めるためにはその心に私の声を響かせる必要がある。だが、近づけばお兄様に八つ裂きにやれてしまうだろう。だから、少しだけお兄様の技を借りる。

「やっ!」

 柄から手を離し、お兄様に向かって飛翔。

「……」

 今のお兄様には私が諦めたように見えるのだろう。ニヤリと笑ったのがその証拠だ。

(でも、その油断が私の武器になる!)

 お兄様まで残り2メートル。お兄様が右手をこちらに向けた。また、先ほどの光線を放つつもりなのだ。

(……今!)

 お兄様の手から光線が放たれた。それと同時に私の後ろから3体の分身が出現。いや、私の体を壁にしてお兄様から見えないようにしていたのだ。

 光線が私に直撃する前に3体の分身が私の前に移動し、光線を受け止めた。その隙に体を傾け、光線の射線から逃れる。これはお兄様がよく、使っていた誘導作戦だ。お兄様は密度の濃い弾幕を放った後に速い雷撃を放っていたが、そこは少しだけアレンジさせてもらった。

 分身たちが消え、光線が私の頬を掠めて通り過ぎる。

「っ!?」

 お兄様の目が大きく見開かれる頃には私はお兄様の懐に潜り込んでいた。

「お兄様!」

 右手を握ってお兄様の左手の黒い球体を破壊。引力がなくなった。

「お願い! 起きて!!」

 私が地下で泣いていた時にやって来た男の子。いつも私の我儘に付き合ってくれて、いつも私のことを思ってくれて、いつも私に笑顔を向けてくれた。今だって私を助けるために暴走してしまった。

(だからこそ、私が助ける!)

 戸惑っているお兄様の首に腕を回し、そのままお兄様の唇に私の唇を重ねた。

 

 

 

 

 ――おや?

 

 どうした?

 

 ――ふふ、貴方も愛されているのですね?

 

 は?

 

 ――いえ、そろそろこの結界も必要ないですね。

 

 さっきから1人で何を……っ!?

 

 ――あ、やっとわかりましたか?

 

 何だ、これ?

 

 ――さぁ、きっかけは貴方の妹が作ってくれました。後は貴方と魂の中にいる仲間達です。

 

 あ、おい! 結界ってどういうことだよ!

 

 ――決まってますよ。貴方の新たな力です。頑張ってくださいね?

 

 おいってば!!

 

 

 

 

 

 

「響!」

「っ!?」

 目を開けると目の前に吸血鬼がいた。

「こ、こは?」

「魂の残骸の部屋の前じゃよ」

 横を見るとトールを見つける。その顔は険しかった。

「残骸?」

「ああ、お前の怒りによって力を増したようだ。そのせいで闇の力に干渉し、お前を暴走させた」

 部屋の前で腕を組んでいた狂気が教えてくれる。

「怒り……あ」

 全て、思い出した。俺はキレたせいで暴走してしまったのだ。

「そして、これをどうするか悩んでいると突然、お前があの部屋から出て来たということだ」

「あの部屋?」

 狂気の指差した方を見ると一つの部屋があった。あそこは俺のでも、吸血鬼たちのでもない。レマの部屋だ。

「まだ、あそこに住んでいる人と会ったことないのよね? 会ってみたいわ」

「今はそれどころではないだろう。残骸をどうするかじゃ」

「うぅ……お腹すいた」

 闇も俺の体に闇の力を供給しすぎて限界だ。早くしなくては。

「狂気とトールはドアの横に移動。吸血鬼は闇を連れて離れた場所で銃を構えてろ。もちろん、狙撃銃だ。後、扉を封印する用の鎖の準備だ」

「それはいいが……何をする気だ?」

「決まってる。ドアを開けて出て来たところを攻撃して押し戻すんだよ」

「はぁ!? お前、それがどれだけ無謀なことなのかわかっているのか!?」

 狂気が目を見開いて反論する。

「大丈夫。俺たちにならできる」

「何を根拠に?」

 目を細めて質問して来るトール。

「俺の……新しい力ならいける」

 右手を握りしめるとその拳に桃色のオーラが纏った。

 


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