「その……力は?」
吸血鬼が恐る恐る聞いてきた。
「俺にも正直、わからない。でも、こいつならあの残骸を押し戻せるはず」
「……よし、響の考えに乗ろう」
笑顔でトールが頷く。
「お、おい! そんな簡単に!?」
だが、狂気はまだ納得していないようだった。
「大丈夫。響を信じよう」
「……ああ! わかったよ。やればいいんだろう!?」
そう言って扉の左側に狂気が移動する。トールも右側に立った。
「響……私、その力、わかるかも」
「え?」
「でも、言わないでおくわ。この事件が解決してからね」
ウインクした吸血鬼が離れていく。
「……まぁ、いいか。皆、準備はいいか?」
俺の問いかけに3人は頷いた。
「闇は手を出すなよ? お前の力は残骸の力を増幅させるんだから」
「はーい!」
「それじゃ……狂気、頼む」
「……ああ」
狂気が扉のドアノブを握った。それを見て俺は重心を低くし、右腕を引いた。
(この力は何だか、温かい。ものすごく、心が落ち着く)
「行くぞ!」
そう言って、狂気が扉を開ける。その瞬間、奏楽の中にいた『魂の残骸』が廊下に飛び出して来た。
(この力なら――いや、この力だからこそ!)
「うおおおおおおおおおっ!」
残骸が俺に向かって突進して来る。タイミングを合わせて思い切り、右腕を突き出した。
「――――――ッ!!!?」
この力だからこそ、負の感情をエネルギーとする残骸を抑えることができる。
俺の拳が残骸に触れた刹那――醜い体が弾け、中から白髪の少女が現れた。顔は俺そっくりだが、その体つきは痩せこけ、今にもボロボロに崩れてしまいそうなほど華奢だった。
「っ……」
その姿に一瞬、怯んだが、俺の拳は止まらない。残骸の体がくの字に折れ曲がり、そのまま、部屋へと吹き飛ばされた。
「閉めろっ!!」
「うむ!」
右側にいたトールが扉を閉める。それと同時に吸血鬼が走って来て扉に鍵を閉め、鎖で封印した。
「……ふぅ」
『魂の残骸』が暴れないのを確認し、俺はその場にへたり込んでしまった。
「お疲れ様」
俺の肩に手を置きながら吸血鬼が労ってくれる。
「ああ……」
「……ねぇ、さっきの何だと思う?」
歯切れの悪い俺の返事を聞いて直球で問いかけて来た。
「わからない」
『魂の残骸』の中に女の子がいた。つまり、その女の子こそ、『魂の残骸』の核なのだろう。奏楽に寄生していた時にはなかったが、『魂の残骸』の形を保つためには核が必要なのかもしれない。そして、その核としてあの子が産まれた。
「また、面倒なことになりそうだな」
俺の元に歩いて来た狂気が呟く。
「そうだな……まぁ、今はこの力のおかげで力も小さくなったようだし、しばらくは大丈夫だろう」
「それはそうじゃが……まだ、お主にはやることが残っておる。行ってこい」
そうだ。まだ、フランを助けていなかった。それより、俺が暴走してフランを傷つけていないか心配だ。
「わかった! 行って来る!」
吸血鬼たちを残して俺は意識を外の世界に集中させた。
「……さ…」
フランの声が聞こえる。
「お兄様!」
「フ、ラン?」
目を開けるとフランの顔が至近距離で見えた。
「お兄様! よかった! 戻ったんだね!!」
「あ、ああ……それより、お前は大丈夫だったか?」
「うん! 大丈夫!」
フランの答えを聞いて胸を撫で下ろす。
「そうか……とりあえず、離れてくれ。近い」
「えー? このままじゃダメ?」
「いや、近すぎるだろ」
「……もしかして、覚えてない?」
少しだけ、不満そうに質問して来るフラン。
「覚えてるって何をだ? 暴走したことなら覚えてるけど……」
「……あーあ、何だ。覚えてないのか」
「だから、何を?」
「もういい! 知らないっ!」
何かが気に入らなかったようでフランは顔を背けて頬を膨らませた。
「何なんだよ……そうだ! 早く、霊奈たちのところに行かないと!」
「霊奈?」
「ああ、ここに来る途中で敵と乱戦になりそうで俺だけお前のところに向かわせてくれたんだよ」
あの時、敵は銃を持っていた。リーマがいてもそろそろ、やばいかもしれない。
「そうだったんだ……よし! 行こう!」
「ああ、そのために離れて「嫌だ!」
(何でだよ……)
その時、俺の体から桃色のオーラが出ていることに気付いた。そう、あの『魂の残骸』を圧倒したあの力だ。
「お兄様! 早くいこっ!」
そう言って俺を急かすフランも桃色のオーラを纏っている。
(気になるけど……今は霊奈たちが先だ)
「せめて、おんぶにしてくれ。動きづらいから」
「んー、それならいいかな?」
フランは頷くと俺の背中に移動した。
「よっしゃ! 行くぞ、フラン!」
「うん!」
そして、足に力を込めて一気に地面を蹴る。真上に向かって。
「お、お兄様!?」
背後からフランの悲鳴が聞こえた。
「フラン! 天井を壊せ!」
それに構わず、指示を飛ばす。
「わかった! キュッとしてドカーン!!」
右手を伸ばしたフランはその手を握る。その瞬間、天井の一部が粉々に砕けた。
「妖撃『妖怪の咆哮』!」
両手はフランを支えるのに使っているが、俺たちに向かって落ちて来た天井の破片を吹き飛ばすことに成功。
(何だ……今の)
だが、俺は違和感を覚えた。いつもより、技の威力が高いのだ。
「お兄様……何か、いつもより」
破片を躱しながら上に向かっていると不安そうな声音でフランがそう呟いた。
「お前も?」
「え? お兄様も?」
俺もフランもいつもと違う何かを感じ取った。それはやはり、この桃色のオーラが関係しているのだろうか。
「とにかく、行くぞ!」
「う、うん!」
フランが頷くと同時に天井の穴を潜り抜けた。
「うわ……何これ!?」
地下1階の様子を見てフランが声を荒げる。そこには数十人の人が倒れていた。きっと、霊奈たちがやったのだろう。だが、まだ銃の発砲音が聞こえる。
「……いた!」
辺りを見渡すと5人の敵に囲まれた霊奈とリーマを発見した。リーマのツルと霊奈の結界で何とか、銃弾を防いでいるようだ。
「フラン、降りてくれ!」
「了解!」
状況を把握したのか今度は素直に従ってくれた。地下1階の床に降りた俺たちは並走しながら霊奈たちの方へ駆け出す。
しかし、霊奈たちの周りにいる奴らの他にも生き残りがいたようで、目の前に立ち塞がった。その手にはアサルトライフル。
(どうする?)
立ち止まって思考する。このまま突っ込んでもハチの巣にされるのがオチだ。
「お兄様、大丈夫」
その間にフランが何故か俺の手を握りながら言い切った。
「え?」
「私とお兄様なら何でもできる。何か、そんな感じがするの」
(俺とフランなら何でもできる?)
頭の中でその言葉を繰り返す。そうすると、何故だか俺もそう思えて来た。
「……ああ。そうだな。俺たちならこの状況をどうにかできる」
「うん!」
俺の言葉が嬉しかったのかフランは笑顔で頷いてくれた。そして――。
「「うわっ!?」」
突然、俺とフランの間に1枚のスペルカードが出現したのだ。あまりにも突然のことで俺もフランの驚きの声を漏らしてしまった。
「な、何これ?」
「わからない……けど」
そのスペルカードは薄い桃色だった。そう、このオーラと同じ色。
「……フラン」
「何?」
「このスペル、同時に宣言するぞ?」
「え?」
「いいから、行くぞ!」
目の前の敵が銃の引き金を引きそうだったのでフランの返事も待たずに俺はスペルに手を伸ばし、掴んだ。フランも慌てて同じスペルを掴む。
「「恋禁『紅い鎖(いと)で結ばれた鎌』!!」」
俺とフランが同時に宣言すると俺の手には大きな鎌。フランの手には小ぶりの鎌が出現した。更にその鎌の柄は紅い鎖で繋がっている。鎖鎌だ。
「これは……」
鎌をマジマジと観察するフラン。
「今は二人の救出の方が先だ!」
そう叫びつつ、大きな鎌の刃を敵から守るように地面に突き刺した。
――ババババババッッ!!
その瞬間、敵が銃を連射。凄まじい銃声が俺の鼓膜を振るわせる。しかし、銃弾は鎌の刃によって弾かれた。
「やぁっ!」
刃の陰に隠れながらフランが敵とは反対方向に小ぶりの鎌を投げる。鎌は回転しながら飛んで行く。
「よっと!」
すかさず、鎖を引いて鎌をコントロールする。小ぶりの鎌は弧を描きながら俺たちの横を通り過ぎ、敵の方へ。
「魔眼『青い瞳』!」
進化した魔眼を発動し、死角にある鎌の動きを探る。そして、敵の銃に当たるように鎖を動かした。
「っ!?」
甲高い音が聞こえると同時に銃声が聞こえなくなる。上手く当たったようだ。
「行くぞ!」
「うん!」
大きな鎌をフランが引き抜き、地面に落ちていた小ぶりの鎌を鎖を使って自分の手元に引き寄せた俺は慌てて銃を拾った敵に向かって駆け出した。