東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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200話いきました。


第200話 炎

「はぁ……はぁ……」

 森の中を走り続けて10分。俺は息を切らしながら足を動かしていた。

『キョー、飛ばないの?』

 その時、闇が問いかけて来る。

『外の世界で飛んでもし、誰かに見られたら問題になるでしょ?』

 それに対して、吸血鬼が答えた。俺は走っているので答えられないと思ったのだろう。

「もう、ちょっと!」

 森を抜け、やっと山に到着。後は山頂を目指すだけ。

 だが、また山頂付近で火柱が上がった。

(急がなきゃ!!)

 両足に霊力を流してスピードを上げる。

『……ん? 響、桃色のオーラはどうしたんじゃ?』

「え?」

 トールの質問を俺は理解できなかった。

(そう言えば、オーラが消えてる……)

 走るのに夢中で気付かなかったようだ。

『フランと離れちゃったからね』

(どういうことだ?)

『あの桃色のオーラは響とフランが共鳴して生まれた力なの』

『共鳴って……シンクロ状態だったのか?』

 今度は狂気が吸血鬼に質問した。

『シンクロとは違う種類ね。まず、魂を取り込んでいないし』

『じゃあ、何なのじゃ?』

『あの力はフランが響を想ったことによって生まれたの。言っちゃえば、【愛】』

「『『……愛!?』』」

 吸血鬼の発言に驚愕する俺、狂気、トール。

『アイ?』

 闇だけはよくわかっていないようだった。

(ま、待てよ。【愛】って……)

『落ち着きなさい。呼吸が乱れているわよ』

「走ってるからだよ!!」

 思わず、声に出してツッコんでしまった。

『【愛】と一言で言ってもたくさんあるわ。恋愛、家族愛、友情とかね。響の場合、【兄妹愛】。まぁ、兄が妹を想うのは当たり前よね』

 吸血鬼の説明を聞いて安心する。フランが俺に対して恋愛感情を抱いているのかと思ったのだ。

『まぁ、フランは【恋】だけどね……』

(え? なんか言ったか?)

『いいえ、何も』

 吸血鬼が小声で何かを言ったような気がするが気のせいだったようだ。

『響、ここら辺から歩いて行け』

 もう少しで山頂というところで狂気。

「何でだよ! 雅が襲われてるかもしれないのに!」

『そんな息を切らした状態で敵と戦えるのか? さっきの暴走のせいで闇の力を使っているからもう、切り札はないんだぞ?』

 そうだった。スキホがない今、『シンクロ』や『ダブルコスプレ』はもちろん、コスプレそのものができない。それに闇の力が使えるのは1日1回。それ以上、使ってしまったら俺は闇に飲み込まれ、暴走してしまう。それに桃色のオーラが消えてから何だが、体がだるい。桃色のオーラを纏っている間はものすごい力を発揮できるが消えてしまった後は疲労感に襲われるのかもしれない。

「……わかった」

 ただでさえ、コンディションが最悪なのに全力疾走による体力の減少。これでは戦えない。

 俺は仕方なく走るのをやめ、山道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランが連れ去られたのが午後3時。捜索するのに1時間。救出と脱出、そしてここまでくるのに1時間。つまり、今の時刻は午後5時。夏なのでまだまだ、日は高かった。

「な、何だ……これ?」

 山頂付近まで来たところで広場のような場所を発見したのだが、地面は焼け焦げているところだけではなく一部、溶岩のように熔けていた。木も木炭のように真っ黒になっている。まるで、この一帯を、1000度を超える竈にブチ込んだようなイメージを抱いた。

「おや? こんな山に誰か来たのですか?」

 景色に目を奪われていると不意に右側から男の声が聞こえる。

 警戒しながら右を向く。そこには俺より少しだけ年上であろう男が立っていた。服は普通のシャツとズボン。見た目は普通の人間だった。

(妖気をこれでもかってぐらい、撒き散らしてるけど……)

「お前が、やったのか?」

「いえ、僕も先ほどの火柱が見えてここに来たのですが、その時にはもう……」

 俺を一般人だと思っているようで男が嘘を吐いた。

「俺はそっち側を知ってる。嘘なんて吐かなくていい」

「ほう、それは珍しい。まさか、こちら側を知っているなんて。見た目は普通の人間ですが、妖怪なのですか?」

「普通の人間だ」

 ちょっと、霊力と魔力と妖力と神力と闇の力が使えて、曲を聴いたらコスプレするだけの至って普通の人間である。

「それで? 普通の人間様が僕に何か用ですか?」

「用があるのはお前じゃない……お前の下に転がってる女――雅に、だ」

 やはり、こいつと雅は戦っていたようだ。うつ伏せに倒れている。雅の服はところどころ、焼け焦げていた。更に翼がないので能力も使えない状態なのだろう。

「こいつを知っているのですか?」

「ああ」

「そうですか……それじゃ、お友達とか? ならば、申し訳ございませんが、こいつのことは忘れてください」

「何?」

「元々、こいつの所有権は僕なのです。ですが、こいつときたら僕の傍から逃げ出しまして。どうやら、この町に住むとある男に頼み込んで式神にして貰ったようなのです。全く、妖怪が人間の式神になるなど妖怪の恥です。そう思いませんか?」

 男の問いかけに俺は何も答えなかった。

「……まぁ、人間である貴女にはわかりませんよね。さて、今から北海道に帰るのに1時間ほどかかりますよね。あ、もちろん、空を飛んでですよ? 人間は不便ですよね。飛行機にならなきゃ、空を飛べないなんて。雅も担いで行かなければなりませんので、そろそろお暇させていただきます」

 そう言って、地面に倒れている雅に手を伸ばす男。

「待てよ」

「……まだ、何か?」

「お前、雅の何なんだ?」

「だから、言ったでしょ? 私はこいつの主。まぁ、奴隷の後始末をするのも主の仕事ですよ」

「ど、れい?」

 ふつふつと何かが込み上げて来るのに気付いたが、そんなことより大事なことがあったのでスルーさせていただいた。

「そう、奴隷。こいつは妖怪の血が四分の一しか流れていない欠陥品なのです。こんな奴と仲良くするような妖怪はいませんよ。逆に苛められていましたね。こいつは永遠に一人なのです。ですが、僕がいるからには安心してください。もう、絶対に逃がしませんので。死ぬまで奴隷として働かせますよ」

「……」

「もういいですか? では、ごきげんよう」

 男が再び、雅に手を伸ばした。

「ざけんな……」

「え?」

「ふざけるな」

「えっと、何をでしょう?」

 本気でわかっていないようで男は首を傾げる。それを見て、俺は我慢の限界に達した。

「雅が奴隷? 欠陥品? 独り? 言い過ぎると可哀そうな奴に見える」

「そうでしょう? こいつは可哀そうな奴なのです」

「お前がだよ。妖怪」

「……」

 雅を見ていた男が俺を見る。その顔は無表情だった。

「戯言を並べれば並べるほど、滑稽に見えて仕方ない。ただのバカにしか見えなくて仕方ない。胸糞悪い話を聞いてお前を殺したくて仕方ない」

「人間風情が僕に勝てる、と?」

「勝てる勝てないじゃない。殺すんだよ。いや、殺すだけじゃ駄目だ。死にたくなるほど、お前が俺に『殺してくれ』と頼むまで痛みつけて、苦しめて、泣かせてやらなきゃ気が済まない」

「ちょっと、言葉が過ぎてますよ?」

 その言葉と共に男の妖気が膨れ上がった。だが、気にしない。

「お前は勘違いをし過ぎてる」

「勘違い?」

「一つ、俺は人間だ。でも、普通じゃない。

 二つ、俺は女じゃない。男だ。

 三つ、雅はお前の奴隷なんかじゃない。

 四つ、雅は欠陥品なんかじゃない。

 五つ、雅は孤独なんかじゃない。

 六つ、雅の所有権を持っているのはお前なんかじゃない。

 七つ、お前なんかじゃ俺には勝てない。

 八つ、雅は式神じゃない。仮式だ。

 九つ、雅は俺の――仮式だ」

「……では、貴方がこいつの主なのですね?」

 男が問いかけて来た。

「ああ、そうだ」

「では――死んでください」

 その刹那、俺の視界がオレンジ色に染まった。炎だ。

 


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