東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第201話 光を纏いし、四肢

 男は勝利を確証していた。目の前の女に見える男は構えも取っていなかったのだ。これほど至近距離での火炎放射を躱せるはずがない。躱せたとしても視界に入る。すでに数十秒も放射を続けているのだ。炎の中から出て来ないとなると焼け死んだが、焼失したか。

 まぁ、これでは男が生きている可能性はゼロ。これで雅を気兼ねなく連れて行けると男は安心する。

 雅は男の式神だった。本人は契約を破って来たとか言っていたが、微かに雅の物とは違う力を感じていた。それはまだ、雅が式神であるという証拠。

 しかし、主が死ねば式神の契約もなくなり、雅はただの欠陥品へと戻る。そうすれば、雅も観念して付いて来るだろう。そう、男は“失念”していた。

「……っ」

 そこで男は気付いた。火炎放射がどんどん、こちらに近づいて来ている。いや、壁のような物に遮られ、ジリジリと押されていることに。

「こ、これは!?」

 目を見開いた男だったが、それと同時に炎の中から白い得物が飛んで来る。妖怪特有の身体能力でそれを回避した男。だが、集中力が切れて炎を放射するのをやめてしまう。

「っ!?」

 そして、消えゆく炎の中から星形の結界に守られながらもこちらに走って来る敵を見て男は息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「せいっ!」

 やっと炎が消え、男の姿を見つける。すかさず、『結尾』でその首を刎ねるためにポニーテールを横に薙ぎ払った。

「くっ!」

 それを男はまた、躱した。これも予想の範囲内。右手に白い鎌を出現させながら結界を男に突っ込ませる。

「――っ!」

 男は火炎弾を放ち、『五芒星』を破壊。先ほどの火炎放射のせいで限界に達していたのだ。

「はぁっ!!」

 結界の破片をコントロールし、男に向かって飛ばす。男から見れば鋭利なガラスが突っ込んで来ているように見えるだろう。

 だが、男も妖怪だ。飛翔して破片を回避。そう、それを狙っていた。

 神力をポニーテールに流し込み、『結尾』を5メートルほどまで伸ばし、男に向かって突き出した。

「何なんですか!?」

 俺の不可思議な攻撃に耐えられず、叫ぶ男。また、火炎弾を飛ばして『結尾』の軌道を無理矢理、変える。

「攻撃に決まってるだろ!」

 俺も負けじと叫び返し、空を飛んで鎌で斬りつけた。

「人間なのに!?」

 俺が空を飛んでいるのに驚いたのか目を見開きながら男の手から炎の剣が現れ、鎌の刃を受け止める。

「まだまだっ!!」

 軌道を変えられた『結尾』を操作して、男の背後から奇襲をかけた。

「ちっ!」

 『結尾』が迫っていることを気配だけで察したのか、男は舌打ちをしつつ、妖力を体の中心に集め始める(『魔眼』を発動していたので妖力の流れが見えたのだ)。

(何か、来るっ!? 『拳術』、『飛拳』!!)

 掌を下に向け、一気に妖力を放出。その刹那、男の周囲が爆発――いや、炎が燃え上がった。

「あ、あぶなっ……」

 『飛拳』でかなり、距離を取ったのにここまで熱気が届いている。あの炎に触れでもしたら火傷だけじゃ済まされないだろう。

「あれを避けましたか……しかし、貴方、本当に人間ですか? 先ほどから人間に使える霊力や魔力以外の力も感じるのですが。しかも、今のは妖力ですよね?」

「色々あってな。でも、体は正真正銘の人間だ」

「そうですか……なら、これで終わりですね」

「え?」

 ――ドスッ!

 きっと、漫画で効果音を付けるとしたらこんな音になるだろう。俺の右肩に炎で出来た槍が刺さっていた。

「っ!?」

 痛みよりも驚きの方が大きかった。気付けば、男は何かを投げた後のような構えを取っている。

(見えなかった、だと……)

 追撃を避けるため、『飛拳』で距離を更に取る。妖力を放出する度に右肩から血が噴き出す。

「ぐっ……あ、ぐ」

 距離を十分、取ってから炎の槍を引き抜く。抜いたら槍は消えた。

「おや? あれで死なないとは頑丈なにんげ……ん?」

 笑っていた男の表情が厳しくなる。右肩の傷が治っていくのが見えたのだろう。

「貴方、人間ですか?」

「そう、言ってるだろ」

 そう答える俺だったが、冷や汗を掻いていた。

 桃色のオーラには治癒能力がある。そのおかげで俺の右目はいつもの視力を取り戻した。だが、地力は回復しないようで、残り少ない。フランを探すために魔眼を両目で開眼した事による魔力消費。暴走による妖力消費と闇の使用。リーマを召喚しておくための地力消費。ここまで来るのにかなり、消耗していたのだ。

(多分、いつも通りならこいつに負けることはないけど……今は厳しいかな)

 元々、俺は地力が少ない。なので、長期戦には向いていないのだ。フラン救出に続けてなので地力回復も行っていない。これは、かなりマズイ状況だ。

 それに今の槍のせいで霊力も使ってしまった。

「どうしました? そんな、辛そうな表情を浮かべて」

「何でもねー……よ!!」

 ここからは出来る限り、地力を節約する戦法で行く。この戦い方は幻想郷じゃ通用しないが、外の世界の戦いならきっと――。

(霊力を手、足、その周囲に纏い。その上に魔力でコーティング。更に神力を被せ、強度アップ。最後に、妖力を全力で……)

 頭で工程を思い浮かべながら力をコントロール。すると、俺の両手両足が光り輝き始めた。

「……へぇ。楽しませてくれそうですね」

「生憎、こちとら遊びじゃないんでね。殺すつもりで行く」

 そう言って男との距離を1秒でゼロにする。

「ッ」

(『ゾーン』)

 一瞬にして懐に潜り込まれたからか、男の目が見開いて行く。それを見ながら右拳を前に突き出した。

「ガッ……」

 右拳が男の鳩尾に突き刺さり、その体がくの字に曲がり始めた頃、すでに俺は男の背後に移動していた。

(やっぱり、キツイな……『雷輪』)

 ミシミシと俺の骨が、筋肉が、皮が軋んでいる。でも、これ以上、地力を消耗させないためにもこれで終わらせる。

 迫って来る男の後頭部に左肘を撃ち込む。男の体が前にスライドし始めるが、その途中で俺の右足が男の左側頭部にヒット。それとほぼ同時に左足で右側頭部に蹴りを決めた。

(まだ、だ!)

 『雷輪』で瞬間移動し、男の脳天に踵を落とす。地上に向かって落下する男の腹に高速連続パンチを何度も、何度も、何度も、何度も、何度も撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

「はあああああああああっ!!」

 ――ズガガガガガッ!

 腕の筋肉が、足の皮が、引き千切れるのも気にせず、パンチを放つ。

「このっ!!」

 最後に右拳に全ての妖力を纏わせ、男の顔面に繰り出す。直撃すると同時に男の後頭部が地面に衝突し、クレーターを作った。

「はぁ……はぁ……」

 クレーターから数メートルの位置に着地した俺の息は上っていた。無理もない。4種類の力をその四肢に纏わせ、更に『雷輪』と『ゾーン』を発動させたのだ。肉体的にも精神的にもダメージを受けている。

 だが、まだ『雷輪』のデメリットが残っていた。俺の手、腕、太もも、足の筋肉が引き千切れ、血が噴き出した。

「あっ……ぐ……」

 潰れた筋肉では立っていられなくなり、背中から地面に倒れてしまう。でも、それすら感じられないほどの激痛が俺を襲う。

「ぁ、が……」

 息すらもままならない。霊力が傷ついた筋肉を治そうとしているが、霊力も残り少ないのでその進みは遅い。

「はぁ……あ、はぁ……」

 数十秒かけて何とか、筋肉は治ったが痛みはすぐには引かず、悶えながら体を起こす。

『大丈夫か?』

 魂から狂気の心配そうな声が聞こえる。

(ああ……何とかな)

『どうして、『雷輪』を使ったのじゃ? そこまで急ぐ必要もなかったはず』

 続けて、トールが問いかけて来た。

(いや、俺の地力は残り少なかった。さっき、『結尾』を使って戦ってたけどあの男もそれなりに戦える。今の俺じゃ攻撃力に欠けてたからジリ貧になって最後はガス欠で負けてたと思う)

『だから、一気に勝負を仕掛けた……でも』

 吸血鬼が緊張したような声音でそう呟く。

「……ちょっとだけ、急ぎ過ぎたかも。指輪のリミッターも外しておくんだった」

 俺は目の前の光景を見て冷や汗を掻いていた。

「あーあ……まさか、人間如きにやられるなんざぁ……妖怪の恥だなぁ」

 クレーターの中心でフラフラしながらも俺を見て悍ましい笑みを浮かべていた男がいた。

 




普段の響さんならこの妖怪程度ならば完封できますが、ボロボロの状態での連戦なのでここまで苦戦しています。

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