東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第202話 守りたい気持ち

 ユラユラと立ち上がる男。俺はそれを見ながら動けずにいた。

(『雷輪』のせいで手足の自由が効かない……)

 俺も立ち上がることには成功しているのだが、それ以上のアクションが取れない。地力も残り少ないので飛ぶことはできるだけ避けたい。

「それにしても……僕がここまでコケにされるなんて思わなかったよぉ? どうしてくれるのぉ?」

 首を傾けながら男が問いかけて来る。先ほどまでの丁寧な口調とは全く、違う。

『こっちが本性なのかもね……』

(本性を表に引きずり出せたのはいいけど……どうする?)

『『コスプレ』、『シンクロ』、『ダブルコスプレ』、『闇』は使えず、響の地力も残りわずか。詰みじゃな』

(だよなー)

 正直、今の状態でこいつに勝てるとは思えなかった。

『『魂同調』はどうだ?』

(却下……さっきの暴走のせいで今、魂は不安定だ。吸血鬼かトールと『魂同調』しても魂構造がぶっ壊れる)

 もちろん、狂気と闇との同調は論外だ。

『あははー、絶体絶命?』

 楽しそうに闇が結論を述べる。

(ああ、正解だ)

「あれぇ? こないのぉ? ならぁ、こっちからぁ――行くよ?」

「ッ!?」

 男がそう言った瞬間、目の前に火柱が上がった。反射的に右に転がって回避する。

「うおっ……」

 立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、バランスを崩してしまった。

「隙ありぃ!」

「くそったれ!?」

 火柱が連続で上がる。ギリギリで躱すが、どんどん苦しくなっていく。

「このままじゃ……」

 火柱が上がった後、その場が赤熱していた。周りを見れば俺がいる場所以外からも火柱が上がっている。

(めちゃくちゃだな……これじゃ山が火事に)

 その時、俺は気付いた。雅が近くで倒れていることを。

「しまっ――ッ!?」

 俺が雅の方を見た。まだ、火柱は当たっていないらしい。安心した束の間、男がニヤリと笑う。

(くそっ!?)

 残り少ない妖力をかき集めて『飛拳』を発動。低空飛行で雅の方へ向かう。しかし、男は火柱ではなく、火炎放射で雅を攻撃する。火柱よりも火炎放射の方が速いのだ。

「『劣界』!」

 叫びながら博麗のお札を1枚だけ投げた。『五芒星』を作っている暇がない。倒れている雅の前で結界が展開され、火炎放射がそれに直撃した。

 『劣界』は人間のパンチを10発ほどしか耐えられない。そのため、1秒も火炎放射を止められず、すぐに壊れてしまった。

(間に合った!)

 俺はその僅かな時間が欲しかった。そのおかげで火炎放射が雅に届く前に辿り着くことに成功。

「展開ッ!!」

 『結鎧』を展開させる。今まで周囲に広がる結界だったが、今は一点集中。火炎放射を防ぐ為に霊力を全力で流す。

「ぐっ……」

 火炎放射の勢いと霊力が少ないせいで結界に皹が走る。

「絶対に、止めるっ!」

 霊力を更に流す。皹が綺麗に消えたが、また皹が走った。

(こ、んな……ところで、負けるわけには行かないんだよ!!)

 博麗のお札を追加で10枚、投げる。『五芒星』を作る霊力はもう、残っていない。全て『劣界』だ。

 その『劣界』もすぐに壊れる。

『響!!』

 吸血鬼の悲鳴が魂の中で響く。

 ――パキッ! パリーンッ!!

 とうとう、結界が壊れ、目の前が紅蓮に染まった。

 

 

 

 

 

 

 ――私のせいだ。

 響が今、炎に飲み込まれそうになっているのは。

 ――私のせいだ。

 私が魂にいるから怒りで響が暴走した。あの時、響を支配していたのは『狂気』。私がいたから……私と『魂同調』いたから響に『狂気』が芽生えた。

 ――私のせい、だ。

 暴走のせいで響は闇を使えなくなってしまった。闇さえ使えれば今頃、あの男を叩きのめしていた事だろう。

 ――私の、せいだ。

 私がいたから、私がいるから、私が『狂気』だから。響を傷つけ、響を痛めつけ、響を悲しませた。

「……なら」

 私のせいでこんな状況になったのならば――この落とし前は私が付けるしかない。

 

 

 ――この身が朽ち果てても!!!

 

 

 その時、私の身体が輝いて外の世界にいた。

「ッ!? 狂気!?」

「うわあああああああああああああああっ!!」

 両手を広げ、私は火炎放射に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

(な、何だ!?)

 胸の奥が熱い。まるで、体の内側から燃えているようだ。そして、俺の胸のところが紅く光り始める。

「何がどうなって――」

 俺が驚愕している間に火炎放射はもう、目の前まで迫って来ていた。

(このままじゃ……)

 せめて、後ろで倒れている雅だけは守ろうと両手を広げたその時、紅く光っていた胸から何かが飛び出す。

「ッ!? 狂気!?」

 そう、現れたのは制服姿の狂気だった。狂気はこちらに背を向けているが、あの綺麗な黒髪を見ればすぐにわかる。

「うわあああああああああああああああっ!!」

 俺が驚きのあまり、動けずにいると狂気が両手を広げて絶叫した。

『響! 狂気がっ!?』

 魂の中で吸血鬼の叫びが聞こえる。つまり、原因は不明だが狂気が魂から出て来て俺たちを守ろうとしているのだ。

「やめろっ! 狂気!」

 手を伸ばして止めようとするが、その前に狂気が火炎放射に飲み込まれてしまった。

「――ッ」

 そして、その炎を狂気が吸収し始める。それもすごい勢いで、だ。そのおかげで俺たちの方に炎が来なかった。

「電流『サンダーライン』!」

 右手から電撃を放ち、男を攻撃する。火炎放射の勢いが凄まじく、男の姿は見えなかったが、この火炎放射は男の手のひらから放出されているので火炎放射に沿って撃てば――。

「いつっ!?」

 ――電撃を当てられる。

「狂気っ!」

 火炎放射が止み、狂気が俺の方に落ちて来たので抱き止めた。しかし、それと同時に狂気の体が消える。

「あちっ……」

 その瞬間、胸の中が熱くなった。一瞬だけだったので声を漏らす程度で済んだが、火傷してもおかしくない温度だった。

(狂気は……一体どこに?)

『響、狂気なら自室に戻ったぞ』

 トールがそう、教えてくれる。

「あ、あいつはどうやって?」

 魂の中に住んでいる3人は決して、外には出られない。肉体がないのだから当たり前だ。

 しかし、狂気は俺の魂から飛び出し、火炎放射を吸収。そのまま、俺の魂に戻った。まるで、俺たちを守るためだけに外に出て来たようだった。

「あーあ……折角、二人同時に倒そうと思ったのになぁ」

 その声で前を見ると男が残念そうに肩を竦めている。

「……」

 ヘラヘラしている男を見て俺は焦っていた。俺の地力はもう、ほとんどない。それに両手両足は『雷輪』のせいでいつもより動かしにくい。

(まずは、雅をどうにかしないと……)

 男が動き出す前に雅の襟を掴む。右腕に霊力を流し、思い切り後方にぶん投げた。少し経った後、ガサガサと音がする。きっと、森の中に落ちたのだろう。

「あんなこといいのぉ?」

 男がニヤニヤしながら問いかけて来る。

「あいつは頑丈なんだよ。それより、続き始めようぜ?」

 狂気が自室に戻っているので妖力は使えない。霊力、魔力、神力で倒さなくてはいけないのだ。

(出来るかどうかはわからないけど……やるしかないんだ)

「神鎌『雷神白鎌創』! 神剣『雷神白剣創』! 結尾『スコーピオンテール』!」

 右手に白い鎌。左手に白い直刀。ポニーテールに白い刃。

「へぇ? まだ、戦う気なんだねぇ?」

「ああ、負けられないんだ」

 三刀流でどれだけ戦えるかわからないが、これが一番、地力を消費せずに戦えるのだ。

(足に霊力を……)

 そう頭の中で呟くと、数センチだけ体が浮いた。ホバリングである。

「さてと、始めようかぁ?」

 聞いて来た男が一気に距離を詰めて来た。『魔眼』で見ると右拳に妖力を充電しているのが見える。

「おらぁっ!!」

 そして、拳に炎を纏わせたまま、正拳突きを放つ。それを左手の直刀で受け止める。続けざまに炎を纏わせた足を俺の側頭部を狙って繰り出した。

「くっ!」

 右手の鎌の柄を使って止める。あまりにも蹴りの威力が高くて数センチ、体が横にスライドさせられた。

「シッ!」

 俺も負けじとポニーテールで男の喉を狙う。しかし、男は首を傾けるだけで避けた。

「それで終わりかよぉっ!」

 それと同時に男が左足で地面を踏みつける。

(まずいッ!?)

 霊力を操作してバックした。その刹那、地面から火柱が上がる。

「ほらほらぁ? 逃げてばかりじゃ勝てないよぉ?」

 ニヤニヤ笑う男を前に俺は奥歯を噛んだ。

 


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