東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第206話 憑依

「お、おい……何がどうなってんだよ?」

「説明してやる義理はない。お前はただ、雅に殺されればいいだけだ」

 ガドラの問いかけを一刀両断する。

「は、はっ! 雅にどんな力を与えたか知らねーけど、炎が弱点なのは変わらねーだろ!!」

 そう叫びながら火炎放射を放って来た。

「……」

 俺は動かない。前に新たな翼を生やした雅がいるからだ。

「ガドラ、残念だったね」

 雅がそう呟きながら2枚の翼を火炎放射にぶつけた。炎は翼に衝突して大きく軌道を逸らされる。

「なっ!?」

 それを見たガドラは目を見開く。そりゃ、雅の能力が失われていないのだから。炎に触れただけで炭素を扱えなくなる雅が炎に触れても堂々と立っているのだ。驚くに決まっている。

「響、力を貸して」

「え?」

「多分、今のでわかったけど、私の力は前より何倍にも跳ね上がってる。でも、ガドラは倒せない」

 その時、ガドラが火球を何発も投げて来た。それを雅は両手に炭素を纏わせ、殴って軌道をずらす。

「私は元々、防御タイプ……式神になってわかったけどより一層、防御タイプに近づいたみたいなの」

 つまり、ガドラの攻撃を抑えることはできるけど、雅の攻撃もあいつには通用しないってことなのだ。

「……でも、俺にも地力は残ってない」

 雅と契約を交わした時に少しだけ増えたけど、ガドラを倒せるほどの力は残っていない。

「どうする? 霙たちを待つ?」

 雅との通信は復活しているので霙と話したのだろう。

「いや、これは俺と雅の問題だ。それにあいつらも限界だと思う」

「そっか……皆、頑張ってたんだもんね」

 顔だけ振り返った雅は少しだけ寂しげな表情を浮かべる。

「お前だって頑張ってたよ」

「……ありがと」

 しかし、これからどうすればいい。きっと、このままジリ貧でもガドラに勝てるが、それでは雅は納得しないだろう。

(……あるっちゃあるけど、出来るのか?)

 一つの奇策を思い付いたが、それを出来るのかどうかわからなかった。

『出来るんじゃない?』

(いや、待てよ吸血鬼。何で、確信を持ってるんだ?)

『決まってるじゃない。雅だからよ』

 吸血鬼は断言する。理屈もあったもんじゃない。でも――。

「雅、やるぞ」

「何を?」

 火球も収まり、今度は炎の剣で切りつけて来るガドラ。雅は右手に炭素の剣で受けつつ、返事をした。

「何って決まってるだろ?」

 声に出せばガドラに聞こえてしまうかもしれないので頭に直接、伝えた。

「……いいね。ガドラを圧倒してあげよっか」

 雅もニヤリと笑ってガドラを黒い翼で牽制する。ガドラは何回もバックステップして雅から離れた。

「来い、雅!!」

 俺はそう言いながら雅に手を伸ばす。

「うん!」

 笑顔で雅は俺の方を振り返り、手を掴んだ。これが第一段階。

 すぐさま、手を離す雅。空を飛んで俺の背後に移動する。これが第二段階。

 ガドラが俺たちの様子を窺っているのを見てそっと目を閉じ、心を落ち着かせる。これが第三段階。

 雅との共鳴率が上がる。お互いにお互いを思い、守りたいと願い、強くなる。これが第四段階。

 すると、目の前に1枚のスペルが出現。それと同時に雅の翼が大きくなった。これが――最終段階。

「憑依『音無 雅』!!」

 スペルを掴んで宣言。

「させるかっ!」

 ガドラは火炎放射を放って来る。しかし、ちょっとだけ遅かった。火炎放射が届く前に俺は雅の翼に包まれる。

 視界は真っ暗。二人の息遣いしか聞こえない。

「……響」

 そう呟く雅の吐息が俺の後ろ首にかかる。真後ろにいるのだから当たり前だ。

「……行くぞ」

「うん」

 俺は振り返る。そこには雅がいた。真っ暗な空間なのに雅の姿は見える。まるで、雅の体にスポットライトが当たっているかのように。

 俺と雅はどちらがともなく、両手を前に出してギュッと相手の手を、指を絡めるように繋ぐ。

「何か、安心する」

「そうか?」

「うん……」

「……俺も」

 多分、共鳴率が上っている証拠なのだろう。でも、俺はその一言だけで片付けたくなかった。

「やっぱり、家族だからかな?」

 そう、家族だから。お互いに守りたいから。俺たちはその気持ちでいっぱいだった。

「うん、家族だからだよ」

 雅はそう言いながら涙を零す。

 こいつは、ずっと独りだったのだ。俺に会う前も会ってからも。ガドラという存在がいる限り、雅は独りなのだ。ガドラという柵がいる限り、雅は孤独なのだ。

「雅、家族を守るために力を貸してくれ」

 だから、俺は雅に手を貸す。家族でいるために。守るために。

「もちろん、私は響の“式神”だよ」

「頼もしいな」

「頼もしいのは最初からでしょ?」

「はは……そりゃ、言えてる」

 この1年間。雅と暮らして来てわかった。俺はこいつに頼りっぱなしだった。戦闘もそうだが、精神面的に。こいつとふざけ合っていると楽しくいられた。幸せだった。

「【憑依】」

 その幸せを守るために俺は雅を取り込む。目の前にいる彼女の体が透き通る。そして、黒い粒子となり、俺の中に入って来た。

 粒子を全て、取り込んで目を開けると木が見えた。

「お、おい……そりゃ、何の冗談だ?」

 後ろからガドラの声が聞こえる。その声音だけでも驚愕していることがわかった。

 体の様子を見ると、服は変わっていなかったが、両手両足――素肌が黒く変色している。言ってしまえば、炭素を纏っていた。

 更に口元に手をやると、ツルツルしている。携帯を取り出してそのディスプレイに映る己の姿を見た。忍者のように口元、鼻に黒い何かが覆い被さっていた。もちろん、黒い何かとは炭素である。俺の素肌が露出しているのは目の周りとおでこくらいだ。これでは本当に忍者みたいだ。

「おい、ガドラ」

 ゆっくりと振り返ってガドラを見ると冷や汗を掻きながら後退しているのが見える。きっと、俺から漏れている妖力の量にビビっているのだろう。

「お前、雅をバカにしていたみたいだけど……これでも同じこと、言えるか?」

「ッ……」

 手を地面に付ける。地面の中に含まれている炭素を背中にかき集めた。黒い鴉のような翼が生まれる。

「さて、ガドラ。ここからは手加減できないから死ぬ覚悟、済ませておいてくれ」

「……だ、誰が死ぬかよッ!」

 目を見開きながらガドラが出鱈目に火球を飛ばして来る。更に火炎放射、火柱のコンボもおまけに。これは簡単に切り抜けられない。

『響、大丈夫。私がいるから』

 魂の中で雅がそう、言ってくれた。

(そうだったな……)

 それだけでも俺はものすごく、落ち着く。

「炭素『黒き風』」

 翼を黒い粒子にして俺の周りを超高速で旋回させる。火球が粒子にぶつかると弾け飛ぶ。火炎放射が粒子に衝突すると弾き飛ばされる。火柱が足元から上っても、軌道を逸らされる。

「な、何っ……」

「今度はこっちの番だな。炭符『カーボンナックル』」

 両手から黒いオーラが漏れた。力が凝縮されている。

「炭路『黒き道』」

 靴底に炭素を集め、ガドラまで黒い道が現れた。

「シッ」

 炭素を操作し、ベルトコンベアのように動かしてガドラの目の前まで高速で移動することに成功。

「なっ?!」

 驚いたガドラは慌ててその場から離れようとするが、その前に俺は右拳をガドラの鳩尾に叩き込んでいた。

「ガッ?!」

 ガドラの体がくの字に曲がるのを見つつ、『道』をガドラの背後まで伸ばして移動。移動が終わった時にはガドラの体は俺の方に向かって来ていた。その隙だらけの背中に左ひじを撃ち込む。

「あっぐっ……」

 ガドラの背骨から嫌な音が聞こえたが、気にしない。『道』を彼の真上に伸ばす。

「炭集『密集炭鉱』」

 『道』から足を外して逆さまのまま、落ちた。その途中で右つま先に炭素を集め、体をグルリと回転させ――。

「回蹴『サマーソルト』」

 ――右つま先をガドラの脳天にぶち込んだ。本来、『回蹴』はただのサマーソルトキックだが、今はつま先に炭素が集まっていたのでいつもより威力が高いだろう。

「ハッ……」

 口から唾を吐き散らしながらガドラは地面に叩き付けられる。しかし、俺の攻撃はまだ、終わってなどいない。

「炭槌『黒き鉄槌』」

 手に炭素を集め、巨大なハンマーを作り出す。その途中で、浮遊し地面と距離を取る。

「せいっ!」

 地面に倒れていたガドラに向かって振り降ろした。衝撃で地面が割れる。

「炭針『黒き針』」

 砂埃が消える前に翼(『道』を作った時にはもう、元に戻っていた)からいくつも黒い針を放つ。まだ、終わらせない。

「炭符『黒き閃光』」

 少しだけ体を上昇させ、右手のハンマーを再び、黒い粒子にする。更に翼の炭素も右手に集めて凝縮させた。

「お前……相当、運が悪いよな。だって、雅と俺をここまで怒らせたんだから」

 右手の粒子を両手で包み、地面に――ガドラに向かって放出。それは『黒符』にも似ているが性質は全く違う。

 『黒符』は引き寄せ、潰すものだが『炭符』は小さな粒子で削り、すり潰すのだ。

「……」

 地面に降り立ち、砂煙が消えるのを待つ。

「……終わったよ、雅」

『うん……』

 俺たちの目の前に、血だらけで地面に倒れているガドラがいた。

 


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