東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第207話 私の覚悟

「完全に気を失ってるな……」

 近づいてガドラの様子を窺ってそう判断した。

「お兄ちゃん!!」「お兄様!!」

 背後からの絶叫に吃驚しながら振り返ると、霙に乗った望、フラン、霊奈を見つける。

「響……その姿は?」

「まぁ、色々あってな。後で説明するよ。今はこいつをどうするか考えよう。雅、どうする?」

 魂の中にいる雅に問いかけた。

『……憑依、解除できる?』

「憑依、解除」

 そう呟くと俺の体から黒い粒子が漏れ、一か所に集まる。そこに雅が現れた。

「おっと……」

 足に力が入らなくなり、バランスを崩してしまうが雅が支えてくれた。

「響、何で地力の残りを私に?」

 俺が憑依を解除した時に俺の中に余っていた地力を出来る限り、渡したのだ。

「だって……これから、何かするんだろ?」

「……うん」

「なら、持って行け。俺は寝れば回復するし」

「えっと……もう一つ、お願いがあるんだけどいいかな?」

 雅の質問に無言で頷いた。

「先に、帰ってて」

「帰って来るんだよな?」

「もちろん、やっと私を縛っていた鎖が解けるんだよ? もう、私には響しかいないから」

「……ああ、なら帰る。霙、すまんが乗せて――って定員オーバーか……」

「あ、大丈夫だよ。私、飛ぶから」

 フランがそう言って、霙の背中から降りて浮遊する。

「ありがと」

「いえいえ。これでもお礼が足りないくらいだよ」

 ニコニコしながらフランが言う。

「大丈夫?」

 霙に乗るのも一苦労でやっと、乗れた。望にも心配されてしまったらしい。

「ああ、でもこの山を下りて人目が気になり始めたら霙を返さなきゃな……」

『それまで私の背中で休んでいてください!』

 頭に直接、霙がそう伝えてくれた。

「そう、させて貰うよ……」

 そこまで言って、俺は目を閉じて意識を手放す。

 

 

 

 

 

 

「……雅ちゃん」

「何?」

 私はガドラを見続けながら返事をする。望も私が振り返らないことがわかっていたようですぐに話し始めた。

「雅ちゃん、私たちはずっと雅ちゃんの家族だからね?」

「……うん」

「私たちはずっと、ずっと雅ちゃんの味方だからね?」

「…………うん」

「私たちは――ずっと、一緒だからね?」

「……………」

 私は、返事が出来なかった。今、声を出してしまえば泣いていることがばれてしまうから。

「……じゃあ、家で待ってるね。霙ちゃん、お願い」

「バウッ!」

 後ろで足音が遠ざかって行く。チラリと背後を見ると誰もいなかった。

『霙、奏楽。通信切るよ』

『了解であります』『はーい!』

 これから起きる事は誰にも見られたくない。

 通信を切って私はガドラの頬を叩く。

「……くっ」

 しばらくすると呻き声を漏らしながらガドラが目を覚ます。

「起きた?」

「み、やび?」

「うん、雅だよ」

「ッ!?」

 体を起こして辺りをキョロキョロする。きっと、響を探しているのだろう。響がいないとわかるとほっと安堵のため息を吐くほどだった。

(まぁ、あれだけやられたらね……)

「ガドラ」

「何だ?」

「……私はお前の奴隷だった。これの事実は消えないし、誰にも消せない」

「……」

「これからの私は違う。お前の指図も受けないし、お前にも負けない」

 ガドラが私の目を真剣に見つめる。

「……でも、お前が生きてたら私は――ずっと、お前に縛られたままなんだ」

「っ……お前、まさか?」

 やっと、わかったのかガドラが目を見開く。

「私、覚悟を決めたんだ。一生、響について行くって。響なら――響だからこそ、私は自由の身になれる」

「ま、待てよ……お前はあいつの式神なんだろ? なら、あいつに縛られたままじゃないか!」

「それは違うよ?」

 ガドラの意見をすぐに否定する。

「確かに私は響の式神。主と式の関係。これ以上でもこれ以下でもない。でもね? 響は言ってくれたんだよ。『家族を守りたい』って」

 それに、私のことも家族だって言ってくれた。

「私も、響と同じ気持ちなんだ。家族を――響を守りたい。一緒に戦っていきたい。一緒に傷ついて、一緒に悲しんで、一緒に楽しく暮らしたい」

「だ、だからって……ッ!」

 ガドラが何か、言おうとするのを私はガドラの額に人差し指を当てることで止める。これだけでもガドラは額に銃口を突き付けられたと同じなのだから。

「……だから、お前を殺す。お前が生きていたら私は自由になれない。お前に傷つけられた心の傷がずっと、疼き、痛み、悲しみを生む。だから、お前は死ぬんだよ」

「お、お前ッ!?」

「私は覚悟を決めたんだよ。『生き残る覚悟』だ。誰かを犠牲にしてでも、私は響と一緒に生き延びてやる。でも、お前がいたんじゃ、私は死んだままなんだよ」

「ま、待てよ……」

「お前に拒否権はない」

 皮肉な話だ。ガドラの力に圧倒されていた私は『人差し指をガドラの額に当てる』だけでこいつを殺せるのだから。

「待ってくれよ、雅!」

「お前が、私の名を呼ぶな」

「待ってくれ! 頼む!」

「お前は私がどれだけお願いしても、暴力をやめてくれたことはあったか? 炎を消してくれたことはあったか? 私を開放してくれたことはあったか?」

 そう、それと同じだ。こいつがやめなかったから私は同じことをするだけ。

「お願いします!! 何でも……何でもしますから!!」

 とうとう、ガドラは涙を流して懇願し始める。その姿を見て、私は思った。

(哀れ……)

 ガドラの目には私はどんな顔で映っているのだろう。多分、目に光を宿していないと思う。だって、自分でもそう思うのだから。

「とっくにその台詞を使える期限は切れてんだよ。お前は、死ぬんだ」

 指先に力を込める。

「や、やめてくれええええええええ――」

 山の中に轟いたガドラの声が突然、途切れる。目の前には骨と無機物、服のみが残っていた。

「……………」

 私の身体の周りを飛び回る炭素を自然に戻す。適当に飛ばして空中にばら撒いたのだ。ガドラだった物を。

「…………………はぁ」

 私は天を仰ぐ。すっかり、日は沈み星空が綺麗だった。まるで、汚れた私に見せつけるように。

(これで……終わったんだ)

 何十年にも及ぶ私の柵が消えた。私の手で消した。いや、殺した。

 これが正しかったのかどうかはわからない。けど、これだけは言える。あいつが生きていたら私はずっと、怯えて暮らしていただろう。ガドラの炎を弾き飛ばせるほど強くなったとしてもトラウマが残っていただろう。

「はぁ……」

 まぁ、やっぱり殺しは気持ちのいいものではない。罪悪感と虚無感に襲われ、体が震える。それでも、私は後悔していない。だって、これが私の覚悟なのだから。これから、こんなことが山ほどあるだろう。でも、皆を守るためだったら私は鬼にもなるし、犠牲にだってなってやる。

(まぁ、犠牲にはさせてくれないんだろうな……)

 私の主はそれを許そうとせず、それどころか逆転の一手で全ての守りたい人を守り抜くのだ。

「あーあ……やっぱり、響はすごいなぁ」

 そんなすごい人の式神になれて私は幸せだ。思わず、人差し指を唇にくっつけてしまう。今更、恥ずかしくなって顔が熱くなってしまった。

「……帰ろう」

 今日の晩御飯は何だろう? 霙から教えて貰った情報によると悟も響の家にいるみたいだから、ご馳走かもしれない。フランが助かったパーティーとかやりそうだ。もちろん、望が発案者である。

「楽しみだなぁ」

 山道を歩きながらこれからのことを考えた。まず、皆に謝ろう。そして、お礼を言うのだ。私を助けてくれて――私を受け入れてくれて――私を家族と言ってくれて――私を好きでいてくれてありがとう、と。これ以上の幸せはない。

 

 

 

 

 私は本当の意味で響たちと家族になれた気がした。

 




これにて雅編は終了です。この後は長い後日談。

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