東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第212話 ラバーズ

「きょ、響!?」

 雅の声で目を開けると俺は白いワンピースを着ていた。

「お、おお?」

 何だか、体がものすごく軽い。それに視界に白いふよふよした物がいくつも映っている。まるで、妖夢の半霊のようだ。

(あ、これが幽霊か……)

 通常では見ることのできない弱い幽霊すらも見ることができるらしい。

「うわ……これが奏楽憑依か……」

 魔理沙が顔を引き攣らせてこちらを見る。スキホから鏡を出して自分の姿を確認した。

 服は先ほど言った通り、白いワンピース。そして、髪は黒。髪型はストレートになっており、体は半透明――。

「半透明!?」

 体が透けていた。これでは俺も幽霊のようだ。

「うーん、どうやら、霊体のようね」

 霊夢が目を細めて俺を観察した後に教えてくれる。

「まぁ、奏楽は元々『魂の残骸』だったし。妥当かしら?」

「妥当って何!? 妥当って?!」

 霊夢の呟きにツッコむがそれ以上、霊夢は何も言わなかった。

『おにーちゃん! また、遊ぼうよ!!』

 俺の頭の中で奏楽が言う。

「ちょ、ちょっと! 私は1年がかりだったのにどうして、奏楽はいっつも簡単に私を超しちゃうの?!」

「そうですよ! 私は憑依すらできないのですから! ずるいですよ!!」

 俺に向かって雅と霙が突っ込んで来るが霊体なので二人は俺の体を素通りし、畳に向かって顔面ダイブをかました。

「そう言われてもなぁ……よし、ちょっとだけこの憑依の性能を確かめてみるか。誰か、相手頼む!」

「はいはい! 私が遊ぶ!!」

 フランが元気よく立ち上がって境内の方へ飛んだ。俺もその後を追う。

「お兄様! それに奏楽! 覚悟してよね!」

『そっちこそ! 私とおにーちゃんのこんびねーしょんを見ててね!!』

 奏楽、お前の声はフランには届かないぞ。

「奏楽、言ったな!」

 だが、フランは聞こえないはずの奏楽の言葉に返答した。

「え?」

『フラン、勝負!』

「よっしゃ!!」

(……ちょっと、確かめないとな)

 俺は一人、そう思いながらフランと弾幕ごっこを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、奏楽との憑依にあんな能力があるなんて」

 私は負けた腹いせにお酒をがぶ飲みしながら呟く。あれは卑怯だ。隙間妖怪に『奏楽憑依』は弾幕ごっこでは使っては駄目だと注意されたほどチートだった。

「フラン、大丈夫だったか?」

 その時、お兄様が苦笑いしながら私の隣に座った。

「大丈夫じゃない!」

「あはは……まぁ、あれはないわ」

 お兄様も反省しているようだ。今日のところはこれぐらいにしよう。因みに奏楽は力を使い過ぎたのか望の腕の中で寝ている。可愛い。

「それにしても……お前、奏楽の声が聞こえてたのか?」

「え? 普通に聞こえたよ?」

 そう言えば、奏楽に返事をしたらお兄様は驚いていたような気がする。どうしてだろうか?

「本当なら、聞こえないはずなんだよ」

「へ?」

「じゃあ、雅の声は聞こえたか? 俺が雅と憑依してる時」

「……ううん。聞こえなかったよ」

 私の返答を聞いてお兄様は考え事を始めてしまった。何かいけないことでもあったのだろうか。不安になってしまう。

「やっぱり、あの桃色のオーラか」

「桃色のオーラって……お兄様の暴走が止まった時に私たちを包んでたあれ?」

「ああ。あれは俺たちの共鳴率が上がったら、出て来るらしい。吸血鬼が言ってる」

「へぇ? でも、お兄様が雅を助けに行ったら消えちゃったよ?」

 消えた後、凄まじい疲労感に襲われたのを覚えている。

「俺たちの距離が開いちゃったからだって。あれ、『シンクロ』状態に近いんだよ」

「『シンクロ』? 私はお兄様の魂に取り込まれてないけど?」

「だから、近い物なんだって。そうだな……『ラバーズ』とでも名付けておくか」

「ら、『ラバーズ』って!?」

 それでは『恋人たち』という意味になってしまう。

「だって、これの発動条件がお互いに愛し合っているってことなんだって」

「あ、愛しッ――」

 駄目だ。顔から火が出そう。

「俺たちの間では【兄妹愛】。俺はフランを妹として慕い、フランは俺を兄として慕っていたから『ラバーズ』が発動したんだ」

「……アア、ソウデスネ」

 期待した私がバカだった。

「フラン? どうした?」

「エ? ワタシハ、イツモドオリ、デスヨ?」

「い、いや……目が死んでるけど」

 誰のせいだと思っている。

「ゴホン……で? その『ラバーズ』がどうしたの?」

「多分なんだけど、『ラバーズ』が発動したらどれだけ離れていても魂同士は繋がりっぱなしなんだと思う」

 それはつまりどういうことなのだろうか? 先を促すために首を傾げた。

「えっと、俺たちが望めばいつでも『ラバーズ』を発動させられるんだよ。『シンクロ』はさすがに無理だけど」

「さっきの話じゃ『ラバーズ』は距離があったら効果、切れちゃったけど?」

「確かに『ラバーズ』は俺たちの距離が近くないと発動しない。でも、重要なのはそっちじゃない。“俺たちの魂が通常よりも繋がりやすい。それに常に繋がっていること”なんだ」

「???」

 お兄様の言っている意味がわからず、ハテナが頭にたくさん浮かぶ。

「普通、他人同士の魂は繋がっていない。これはわかるな?」

 肯定のために頷く。

「だが、俺たちは魂が繋がっている。これはわかるな?」

 もう一度、頷く。

「それってかなり危ない状況なんだ」

「え?」

「だって、お前にも説明しただろ? 『シンクロ』の危険性」

 確か、私の魂がお兄様の魂に取り込まれてお兄様の力が膨れ上がる。しかし、本来なら『シンクロ』してしまうと私の魂はお兄様の魂に捕まっていずれ、私の体が死んでしまう。お兄様の魂構造が特殊だったおかげでこうやって、私は元気に暮らせている。

「つまり、魂って言うのは簡単に他の人の魂と繋がったら何が起きるかわからないんだよ。今回の『ラバーズ』みたいにプラスの効果だったらいいけど、お前が死んでしまう可能性だってあったんだ」

「……」

「そして、もう一つ。お前、奏楽の声が聞こえたんだよな? それって、お前の魂は予想以上に俺の魂と複雑に絡み合ってるってことなんだよ。だから、魂内での会話がお前にも聞こえた」

「お兄様が言いたいのは、私の魂は今、危険な状態だって事?」

「ああ、正直言って危険どころじゃない。今すぐにでも対処しないと何が起きるかわからないって感じだ」

 お兄様の話を聞いて私は背筋が凍った。お兄様と私がお互いに【兄妹】として愛し合ってしまったからこうなってしまった。それにお兄様は私のことしか言っていないが、お兄様だって私と同じように――いや、それ以上に危険な状態なのだ。

(それでも、私の心配しかしてない……)

 お兄様の話が本当だとしたら、お兄様が本当の意味で愛した人はどうなってしまうのだろう。【兄妹愛】だけでこれほど危ないことになってしまったのなら【恋】だと、どうなってしまうのだろう。

「お、お兄様……」

 きっと、お兄様だってそれは気付いている。そして、“他の人を危険な目に遭わせたくない”と思うことも容易に想像できた。それはつまり――。

 

 

 

 ――お兄様は、一生、人を愛する事ができない。

 

 

 

「何?」

「こ、これから、どうする?」

 私の動揺を隠すために質問する。まぁ、ばれていると思うけれど。

「そうだな……正直、どうしようもない」

「え?」

「だって、俺たちは兄妹なんだ。愛するなって言われても無理に決まってる」

 お兄様は優しい笑顔を浮かべながら私の頭を撫でる。

「お前のことを嫌いになったりしないし、俺はお前を一生、愛し続ける。兄として、な?」

「で、でも……私は怖い。お兄様が死んじゃうのが」

「死なない」

 私の呟きにお兄様は即答した。

「俺は絶対に死なない。そのためにここまで強くなったんだ。もう、誰も泣かせない。だから、お前も泣き止んでくれ」

「え?」

 お兄様に言われて初めて、私の目から涙が零れているのがわかった。

 


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