第214話 文化祭、再び
「え?」
歪異変から早3か月。季節は10月となり、大学内はお祭り騒ぎだった。理由は明白。文化祭の準備期間だからだ。
しかし、高校のようにクラス単位に出し物を出すではなく、募集制だ。例えば、サークル。他には研究室の数人で集まり、研究の成果を発表したり、仲良しグループで集まって、広場で何か披露するなどもあるようだ。パンフレットにそう書いてあった。
「頼む! 俺たちも何か出し物がしたいんだよ! 協力してくれ!!」
講義が終わり、家に帰るために大学内を歩いていると悟に声をかけられたのだ。
「俺たちって……一応、聞いておくが組織名は?」
「響公式ファンクラ――」
「丁重にお断りさせていただきます。じゃ」
「お願いだよぉ! 頼むよぉ! 一般の人にも響のいいところを知ってほしいんだよぉ!」
俺の腰に抱き着きながら幼馴染。
「お前がファンクラブを作ったのは俺を守るためじゃなかったのかよ!?」
「決まってるだろ! 8割はお前が好きだからだよ!」
「ほぼ私情じゃねーかッ!」
「あ、もちろん、友達としてな?」
「それぐらいわかってる! 離せ! 変態!!」
「わかってないだろ!!」
俺は悟の頭を押し、悟は抵抗して腕に力を込めた。すれ違っていく生徒や教授は何故か優しい目でこちらを見て来る。
「とにかく、公式にしてやったんだ! これ以上、俺を巻き込むな!」
「うるさい! 公式にしたのはお前のせいなんだよ! 責任取れ! こっちはメンバー全員から土下座されてこうやってんだよ! 『響様を連れて来てください! 会長!』ってな!!」
確か、大学内で俺のファンクラブに入っている奴はかなりいたはずだ。そいつら全員の土下座の景色を想像しようとして慌ててやめた。
「しかもな? 俺たちが卒業した中学、高校の後輩もお前の伝説を先輩から聞いてファンクラブに入るほどなんだ! そいつらも含めたメンバー全員にも『大学の文化祭で響様を拝ませてください! 会長!』ってローリング土下座されたんだ! その後に大学のメンバーは対抗してスライディング土下座し始めたんだ! それを見せられた俺の気持ちがわかるか!?」
「わかるかっ! まず、何人集まったんだよ!」
「聞きたいのか!? 4桁だぞ!?」
「やっぱり、やめてくださいお願いします」
まず、そんな人数をどこに集めたのか疑問に思う。
「また、会長と響様がいちゃいちゃしてるね」
「仕方ないよ。幼馴染だし。響様は男だって言ってるけど……もしかしたら、恋人同士だったりして?」
「「おいッ! そこの女生徒共! 激しく誤解してるから!! こっちに来て! その誤解を解かせてください!!」」
すれ違いざまに恐ろしい噂話を消すために俺と悟はジャンピング土下座する事になった。
「さてと……噂は何とか止められた。しかし、まだ俺のお願いを承諾して貰ってない!」
「だからって家に来るなよ……あ、雅。醤油」
「はい」
雅から醤油を受け取って大根おろしにかける。
「だって、会長としてお前を舞台に出さないと立場がな……あ、雅ちゃん。俺にも醤油」
「はい」
悟も醤油を受け取ってから大根おろしにかけた。
「舞台でお兄ちゃんに何をさせるつもりなんですか? あ、雅ちゃん。醤油、くれる?」
「はい」
望は大根おろしにではなく、サンマに直接、醤油をかける。意外に濃い味が好きなのだ。
「もちろん! ファッションショーだよ! 雅ちゃん。醤油、取って。足りなかった」
「はい」
悟も望と同じようにサンマに醤油をかけた。
「みやびー! しょーゆー!」
「はい」
奏楽は俺特製ふりかけバターご飯(ふりかけを混ぜてバターで少し、炒めたご飯)に醤油をちょびっとだけかける。
「ファッションショー? ちょっと、おふざけが過ぎてるんじゃないか? あ、雅。マヨネーズ」
「はい」
「サンキュ……ってこれ、醤油」
「もうっ! さっきから何で私にばっか取らせるの!?」
「「「「だって、持ってるから」」」」
説明すると使い終わった醤油を皆、雅に返していたのだ。
「全く……あ、あれ? 醤油、もうないの? あーあ、入れなきゃ……」
大根おろしに醤油をかけようと醤油差しを傾けた雅はため息を吐いて席を立つ。
「あ、すまん。醤油、切らしてる」
ボトル入りの醤油は煮物を作った時にピッタリ、無くなったのだ
「買ってきまああああああああすぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
涙を流しながら雅は立ち上がって玄関を飛び出した。
「あー……」
(スキホの中に買い置きがあるから別に買わなくてもいいんだけどな……まぁ、いいか)
買い置きも1本しかないので丁度、買って来て欲しかったのだ。雅のご飯をラップに包んだ後、再び食べ始める。
「んで? どうだ?」
「サンマ、美味いな。サンキュ」
このサンマは悟が持って来てくれた物だ。因みに霙にはドッグフードだった。聞いたこともない銘柄だったが、霙が美味しそうに食べていたのでよしとする。
『私、狼なのに……何で、こんなにドッグフードを美味しく感じているのでしょう?』
脳内に響く霙の声は少しだけ涙声だったが、気のせいだと処理しておく。
「お? そりゃ、持って来たかいが……ってサンマじゃねーよ! 舞台に立ってくれるかどうかって話だっつーの!」
「嫌だ。はい、論破」
「論破っていうより、寒波だよね」
誰が冷たい人間だ。
「大丈夫だって! 女物の服は2着しかないから!」
「何で、そんなに具体的な数が出て来るんだよ!? しかも、女物もあるんかい!」
「大学組と他のメンバー組からリクエストを取ったら……ね?」
「まぁ、お兄ちゃんに着せるなら女物だよね」
悟の言葉に対して頷く望。
「お前も言ってくれよ……助けて」
「ゴメン。私は悟さんの味方だよ?」
「……え?」
「だって、私もメンバーだし」
そう言って、望は席を立って自分の財布を取って来た。その中から何かのカードを取り出し、俺に渡して来る。
「『音無響公式ファンクラブ。会員ナンバー0000002。音無 望』」
理由はわからないし、わかりたくもないが、何故か眩暈がした。
「副会長です☆」
「スカウトしました☆」
「口で『ホシ』って言うんじゃねーよ! 望はともかく、悟は気持ち悪いんだよ!」
「因みに奏楽ちゃんが社長」
「はいっ!」
奏楽の手にあったカードを見てみると『会員ナンバー0000000。音無 奏楽』と書いてあった。どうやら、立場的には悟よりも上のようだ。
「もちろん、怜奈が書記で師匠の希望で霙を名誉名犬となっている」
確かに霊奈の字は綺麗だが、霙もメンバーだったようだ。霙も口に咥えてカードを持って来た。『会員ナンバー0000110(わんわんお)』。丁寧にルビまで振ってある。
「……雅は?」
「「庶務」」
「めちゃくちゃ納得した」
多分、メンバーカードは雅の財布に入っているだろうが、あいつは醤油を買いに行ったので家に雅の財布はない。帰って来たら見せて貰った後に粉々に砕くとしよう。
「では、妹である私からもお願いします。ファッションショーに出てください」
「嫌だ」
「バゥッ!」
『ご主人様! 私からもお願いします!』
「嫌だ」
「おにーちゃん、お願い」
「………………………………仕方ないな」
そんな目にうるうるさせて上目遣いでお願いされたら断れない。
『響、ちょろっ!?』
頭の中で雅のツッコミが聞こえた。どうやら、今までの会話は聞いていたようだ。そして、動揺して思わず、ツッコんでしまったらしい。後で、お仕置きが必要だ。
「さすが、社長! これで我が社も安泰だ!」
悟が満面の笑みで奏楽の頭を撫でる。奏楽は気持ちよさそうに目を細めた。
「…………はぁ。で? 文化祭の何日目?」
文化祭は3日連続で行われる。
「もちろん、最終日の10月21日だ。その日は土曜日だし一般客も多いだろうし。実は場所も取ってあるから変更もできないんだよね」
「……10月21日?」
「ああ、10月21日」
その日、満月なんですけど?