東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第224話 自己嫌悪

「……始まった」

 弥生の隣で響が呟いた。壁の1枚目――望たちが妖怪の集団を見つけ、攻撃を開始したのだ。

「弥生、チルノ。準備はいいか? ここまで来るのに30分もかからないだろうし」

「私は大丈夫だよ」

「もちろん、私もよ」

 弥生はノーマルの姿(異形化していない)で、チルノは周囲に冷気を撒き散らしながら言う。

「弥生はもう、異形化してろ。異形化するのに数秒かかるみたいだからその間に抜かれる。チルノはもう少し、力を抑えろ。すぐにバテるぞ」

 しかし、青い瞳で二人を視た響はすぐに注意する。

「……異形」

 響の言葉を聞いて反論できないとわかったのか、弥生の姿が変化し半龍となった。氷精は抑えていないのではなく、抑えることができないようで顔を顰めている。

「まぁ、チルノは遠距離だからそこまで気にしなくていいか……じゃあ、行って来る」

 式神通信で1枚目を突破した妖怪が2桁を超えたので作戦通り、彼の姿は消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 弥生とチルノがいる場所から数キロ離れた場所に響が姿を現す。隣には雅が1枚のスペルを持って浮遊していた。

「望たちがいる場所からここまで来るのに10分ほどかかる。その間に準備を終わらせるぞ」

 主の指示に従って雅が黒い翼を全て黒い粒子に変える。霙は狼モードに変化し、力を蓄えた。

「魂唱『震え立たせる歌声』」

 美しい歌声が真夜中の闇夜に解ける。一気に地力が減った響は少しだけ歯を食いしばるが、すぐに1枚のスペルを構えた。

「……来た! 雅、霙!」

 魔眼で複数の生命反応を見つけた響の大声と共に霙の周りに大量の水が出現する。

『水流『ウォーターライン』!』

 式神たちの頭の中で霙がスペルを宣言。途端に響たちに向かって飛んで来る妖怪たちの周囲に小さな水の塊が浮かび始めた。

「炭粒『カーボンパウダー』!」

 すぐさま、雅の炭素粒子がその中に飛び込み、ばらける。

「電流『サンダーライン』!」

 最後に響の手から1本の電流が飛び、霙が作った水の塊の一つに衝突。そして、その周囲に浮かんでいたいくつもの水の塊に向かって飛ぶ。この時点で電流の数が1本から7本に増えた。

 水の塊に導かれるように電流はその数を増やしつつ、妖怪たちの方へ向かい、たった一つの炭素粒子にぶつかった。その刹那――。

 

 

 

 ――空気が震えるほどの大爆発が起こる。

 

 

 

 爆風で吹き飛ばされそうになるのを必死に堪え、響は魔眼で状況を確認。どうやら、今の爆発で先頭集団はほぼ全滅したようだ。

 雅の炭素は2種類あり、着火するとすぐに燃え尽きてしまう物と着火すると爆裂する物がある。主に雅の翼は前者だ。

 では、もし、後者の炭素に火が付いた時、その周りに同じ炭素があった場合、どうなるか。それは7月に行われた4対4の変則弾幕ごっこでもそうだったように大爆発する。あの時は着火したのは火の粉だったが、今回、響が使ったのは得意魔法である雷。その術式に『何かにぶつかった瞬間、着火する』という術式を組み込み、炭素に火を付けたのである。

 更に、霙が作った水の塊に雷がぶつかると電気分解が生じ、水は水素と酸素に分解される。そう、その水素と酸素もこの大爆発の手助けをした。

 水素は可燃性、酸素は助燃性という特性を持っている。水素で大爆発を起こし、酸素で火力を上げたのだ。

 その結果、空中だというのに未だに火は消えず、燃え続けている。

 爆風も落ち着き、響が目を開けると妖怪たちの姿は見えなかった。魔眼では反応しているが、火のせいでこちらに近づけないようだ。

「まずは、成功だな。じゃあ、後は頼む」

 そう言い残して、響は3枚目へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ……」

 響さんが2枚目へ向かってから数分後、突風が私とチルノを襲う。思わず、吹き飛ばされそうになるが、何とか踏み止まった。

「今の、響かしら?」

 隣で首を傾げるチルノ。まるで、何事もなかったように振舞っているが片翼の氷が全て、ぶっ飛ばされているのでカリスマのカの字もない。

「うーん、あんな大爆発を起こせるの?」

「さぁ? でも、響ならやりそうね。あの人には常識が通用しないから」

「それは自分の身を持って理解したよ」

「何の話だ?」

 その時、響が戻って来た。

「お帰り。何をしたの?」

「まぁ、妖怪たちに火の海で遊泳を強制させたかな?」

「えげつないね……」

 呆れながら前を見ると私の魔眼に生命反応が現れる。

「おっと、あの海を泳ぎ切った奴らがいるみたいだね?」

「いや、後から来た奴らだな」

 それを聞いて私は驚いてしまう。早くも2枚目を潜り抜けて来た奴らがいるとは思えなかったのだ。

「こりゃ、1枚目があまり、機能してないな。さすがにリーマと霊奈だけじゃ足りなかったか」

「それって2枚目に来た奴らは元気だったから突破されたってこと?」

「ああ、さすがに数が多すぎるからな。俺たちもそろそろ準備を始めよう。一体一体、確実に殺すんだ」

 響さんの口から惨酷な単語が出て来て、少しばかり気が落ちてしまう。これは遊びじゃない事を突き付けられたからだ。

「チルノは基本、足止め。フラフラしてる奴には眉間に尖った氷を飛ばせ」

「了解」

「弥生はとにかく、殴れ。手当たり次第に飛ばせ。出来るなら、奴らが来た方向に飛ばしてくれ。後始末は俺がやる」

「……わかった」

 雅が言っていたのかこれのことだろう。『汚いことは自分がやる』、『雅の友達を穢すわけにはいかない』。これじゃ、響さんは私たちを守る兵士だ。雅が言ったような家族でも何でもない。

(……でも、その役目の代わりになろうとも思えない)

 雅に頼むと言われたのに私はただ、響さんが穢れて行くのを見るしかできないのだ。そして、自分が穢れなくて済むという安堵感を抱いている自分がいるのに気付いて顔を顰めてしまった。

「……弥生、一ついいか?」

「え?」

「お前、自分の力――いいや、自分のことが嫌いだろ?」

「っ……うん、まぁ、そうだけど」

 こんな中途半端な存在の私。人とは違う私。妖怪でもない私。龍でもない私。そして、異形化できる私が嫌だ。こんな醜い姿で相手を恐れさせ、殺す。本当に嫌だ。

「お前、それだといつか痛い目に遭うぞ」

「は?」

「自分が使う力を嫌っていたら100%の力を発揮できるわけがない。それに死にそうになった時、すぐに諦めてしまう。だから、好きになれとは言わないけど普通に思え。その力があることがお前の常識だと認識しろ。その力は決して、お前を裏切らないと信用しろ」

 響さんはそれだけ言うと前を向いた。それに釣られて私も前方に視線を戻すと妖怪たちが目に見えるほど近づいていることがわかる。

「さて、お前たち……ここからは会話出来ない。味方の行動を予測し、味方の思考を読み、味方の攻撃を援護し、味方のピンチを救え。ただ、それだけで俺たちはあいつらを圧倒できる」

 響さんの言葉は何故か、心の中に響いた。

「それじゃ、行くぞ」

 私たちのリーダーが叫んだ瞬間、右手に白い鎌。左手に白い直刀。ポニーテールに白い刃を創り出す。

 チルノは冷気を発生させ、片翼を再生。両手を前に突き出して遠距離攻撃のタイミングを計っている。

 私は――拳と拳をぶつけて気合を入れた。水色の鱗同士が衝突し、キーンと綺麗な音が出る。

「雪符『ダイアモンドブリザード』」

 そっとチルノが呟いた途端、妖怪たちに向かって大量の氷柱が射出された。それと同時に響さんが凄まじいスピードで敵を駆逐するために突進。

 それに並走して私も飛翔する。前では氷柱が妖怪たちを捉え、何体も墜落させて行く。脳天に刺さり、即死した者もいれば、翼に穴が開いて飛べなくなった者まで。

 

 

 

 さぁ、死闘の始まりだ。

 


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