「響?」
「んあ?」
吸血鬼の声で目が覚めた。のそのそと体を起こし、周りを見回す。そこは魂の中だった。
「あ、そう言えばトールと魂同調したんだっけ?」
「貴方ってすぐに忘れるわよね……毎回」
呆れた様子で吸血鬼。
「それにしても、また私と同調してくれなかったのね……ちょっと、悲しいわ」
「まだ、お前とは同調したことなかったか」
「そうよ。私が一番、この魂に住んでる期間が長いのに。これじゃ雅と同じね」
「雅と?」
「式神期間は一番、長いのにってことよ。雅もいつも言ってるじゃない」
確かに雅はことある毎に『私が一番、最初なのに!』と言っていた。
「だって、お前との魂同調はどうなるかわかったもんじゃないし」
「そりゃそうだけど……まぁ、今回はトールで正解だったわ。あれだけの広範囲連続攻撃はトール向きだもの」
「あれはすごかったな……自分でやっておいて何だけど、引いちゃったわ」
海に突き刺さる神剣。もう、地獄絵図だった。世界の終わりが来たのではないかと疑ってしまうほどの光景だった。
「さて、いつまで隠れているのかしら? 狂気」
「え?」
「……久しぶりだな」
キッチンの陰から狂気が現れた。その姿を見るのは半年ぶりだ。声は聞こえていたが、姿を見るのは久しぶりだった。
「おう。体は大丈夫なのか?」
「お前も知っているだろう? 絶不調だ。妖力も操りにくくなっているし、正直言って戦いたくない」
「そっか。なら、妖力は極力、使わないようにするよ」
「すまんな」
「いや、悪いのはお前と魂同調した俺だし」
「ほら、そんな辛気臭い顔してないで私お手製の紅茶でもどう?」
俺たちの間に割って入った吸血鬼の手には紅茶が入ったカップがあった。
「さんきゅ」「すまない」
俺と狂気が同時に受け取り、カップを傾ける。いつも通り、美味い。
「でも、どうしてあの時、狂気は表の世界に来られたんだ?」
今まで気になっていた事を聞いてみる。
「それは私にもわからない。気が付いたら……」
「……まぁ、これ以上、お前の体が壊れたらヤバいし。無理だけはするなよ?」
「ああ、わかっている」
それからはゆっくりと3人でお喋りをした。
因みにトールは魂同調のせいで4時間ほど自分の部屋に閉じ込められていたのだった。
「……ん」
あれから4時間が過ぎ、やっと表の世界に帰って来られた。
「響さん!」
「弥生?」
目を開けるとすぐに弥生の顔が見えたので驚いてしまう。まさか、4時間ずっと俺の傍から離れなかったのだろうか?
「よかった……目が覚めなかったらどうしようかと」
「魂同調について聞かなかったのか?」
「説明はされたけど、もしって思ったら……」
ちょっと涙目のまま、弥生。本当に心配していたようだ。
「俺は大丈夫だから安心しなって」
「出来ないよ」
「え?」
即答されて思わず、呆けてしまった。
「だって、魂同調する前に私を庇って妖怪の剣を受けてたし……その傷のせいで魂同調が失敗して目が覚めなかったらって……あの時、私がちゃんとしてたらって……」
「……そっか」
確かに、弥生を庇った時、彼女は集中していなかった。だが、それは疲労から来たものだ。それを見抜けなかった俺にも責任はある。
でも、そう言ったらきっと、彼女は否定するだろう。
「弥生」
「な、何?」
「お前は人に頼って来たことがなかったんだな」
「……うん」
そりゃそうだ。弥生は妖怪でもなければ、人間でも半妖でもない。混血者とも言えるだろう。ほとんどの人が関わろうとしないはずだ。だって、自分とは違う存在なのだから。
だからこそ、弥生は今まで一人で生きて来た。独りで何とかして来た。
「だから、疲れてても俺に言わなかったんだな」
「……」
図星なのか、弥生は黙ったまま、俯く。
「そりゃ、いきなり頼るなんてことは出来ないだろうし、昨日今日会ったばかりの奴に頼る気にもならないと思う……でもな? 俺はお前のこと、仲間だと思ってる」
「ッ……」
「お前は雅とリーマの仲間だ。なら、俺の仲間でもある。仲間ぐらいには頼れよ」
「……うん、うん」
とうとう、弥生は鼻を啜って涙を零し始めた。
「俺は大丈夫だ。仲間を信じろ」
「……わかったよ、“響”」
(そう、それでいい……)
そっと弥生の頭に手を乗せながら頷く。それを見て弥生は微笑んだ。
「……あの、そろそろ私たちに気付いて欲しいんだけど」
「「うわっ?!」」
横を見ると望、雅、霙の3人がいた。
「お、お前らいつの間に?」
「少し前に。式神通信が復活したから様子を見に来てみればいちゃいちゃしてて声、かけ辛かったんだよ!」
少しだけ顔を紅くした雅が叫んだ。
「い、いちゃいちゃ!? だ、誰がそんなことを!!」
すぐに弥生が全否定した。
「泣いてる女の子を慰めながら頭を撫でる男の子を見れば誰でもいちゃいちゃしてるって思うよ! お兄ちゃん、フラグ建て過ぎ!」
「フラグ言うなッ!」
俺はフラグなんか建てているつもりなどない。
「でも、よかったです。ご主人様が目を覚まして」
「まぁ、心配かけたな……あ、そうだ。奏楽はどうした?」
「奏楽さんは寝ています。徹夜だったので疲れたのでしょう。私、ちょっと様子を見て来ますね」
そう言って霙は部屋を出て行った。本当に面倒見の良い犬――いや、狼だ。
「そう言えば、チルノは? 気付いた時にはいなかったけど」
「あー、多分、神剣に巻き込まれて消えたと思う」
「消えた!?」
俺の言葉を聞いて弥生が素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「大丈夫だよ。妖精は死なない。すぐに復活するさ」
「ここは外の世界だよ? ちゃんと復活するのかな?」
「……まぁ、何とかなるさ」
最悪なパターンをぽいっと捨てて俺はまた、布団の中に潜り込む。
「響! 飛行機、どうするの? 確か、出発って今日のお昼じゃなかった?」
「うわぁ……眠いからパス。明日、スキマ開いて帰ろう」
今、思い出したが、俺たちは北海道に旅行に来たのだ。少し寝て、観光したい。
「皆、徹夜だもんね。今は寝て、全員が起きたらどこかに食べに行こうよ。ミッションコンプリート記念会みたいな?」
「オッケー。お金は紫に請求するから考えなしに喰える。弥生、後でいいからここら辺の地図、見せてくれ」
「う、うん……」
「それじゃ、おやすみ」
その後すぐ、意識を手放した。
ミッションコンプリート記念会を終えた翌日。俺たちは存分に遊んで午後6時過ぎ。また、あのアジトにやって来た。スキマを開くのに適した場所はここしかなかったのだ。
「移動『ネクロファンタジア』!」
紫のゴスロリを身に纏い、スキマを開いた。
「危ないから一人ずつな」
言い換えると一人ずつ、弥生とお別れするということになる。
「それじゃ私から。弥生ちゃん、バイバイ」
「望、バイバイ」
手を振りながら望がスキマを潜った。
「それでは、弥生さん。お元気で」
「やよい、ばいばーい!」
「霙、奏楽。元気でね」
続けて、霙と奏楽が手を繋ぎながらスキマの向こうに消える。
「弥生、またね」
「うん、雅、元気でね」
「……響」
雅が俺を見る。
「はいはい。もし、会いたくなったり、困ったことが起きたらこれに連絡しろ。スキマを開いて駆けつけるから」
そう言いながら1枚の紙を弥生に渡す。俺の携帯番号だ。念のために、メアドも書いている。
「あ、ありがと……」
「それじゃ、またね!」
雅は弥生の言葉を待たずに行ってしまった。
「あいつは、本当に素直じゃないな……」
「あれでも直った方だよ?」
「あれでか……」
さて、残るは俺だけとなった。
「それじゃ、さっきも言ったけどいつでも連絡くれよ?」
「……ねぇ、響」
「ん?」
「これ」
弥生はギュッと握りしめた右手を俺に向かって差し出した。何か渡そうとしているらしい。
「何だ?」
不思議に思いながら掌を上に向けて右手を前に出す。
「私の家に代々、伝わる秘宝」
ポトッと俺の手に落としながら弥生が何でもなさそうに言う。
「ひ、秘宝!?」
「まぁ、結構前に鑑定したら何の力も残ってないって言ってたけどね。助けてくれたお礼にあげる」
「いや、でも、大事な物なんじゃないのか?」
「私が持っててもただの石ころだし。響ならこれを使えそうだって思って」
「使うって……何の力もないんだろ?」
まぁ、俺が持てば何の力を持たない物でも何かしら、能力が付くのだが。
「そこは勘って奴だよ。お守りだと思って持っててよ」
「……わかった。大事にする」
秘宝と言われた物を見ると水色の珠だった。見た目は普通のビー玉にしか見えない。
――…………め……か? ……ば、そ………に注……、……せ。………………を
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、何か聞こえたような……」
「そう? 何も聞こえなかったけど」
答えながら弥生は首を傾げた。どうやら、俺の勘違いだったらしい。
「とにかく、弥生。元気でやれよ」
「響も死んじゃダメだよ?」
「俺は死なないよ」
「なら、大丈夫だね」
俺も弥生も微笑んでいた。
「またな」「またね」
同時に挨拶し合い、俺はスキマに飛び込んだ。
因みに、チルノは消えた後、幻想郷に戻ったそうだ。これで、本当の意味で歪異変が終わった。