「さてと、まずお前たちの正体を教えて貰おうか?」
「それはどうかと思うよ? ここは私たちの家なんだからそっちから話すのが礼儀ってもんじゃない?」
こんな口論が30分ほど続いている。ここで油断して話してしまうと相手に利用されてしまうかもしれない。それに風花はあの翼や妖力から『天狗』だ。射命丸と同じ鴉天狗だろう。
(そう言えば、歪異変で射命丸も外の世界に来たって言ってたな……射命丸を見た人が天狗は実在するって思って本当に生まれたのかもな)
「……はぁ。埒が明かないね」
「ああ、そうだな。天狗」
ため息を吐きながら先制攻撃を繰り出す。しかし、俺に正体がばれているのはわかっていたらしく風花は驚いたりしなかった。
「それより……種子、お前何やってるんだ?」
口論の間、種子はずっと風花の翼をナデナデしていたのだ。
「え? 風花さんの治療です」
「治療?」
再び、魔眼を発動させ、風花の翼の様子を探る。
「本当だ……氷漬けにされたのにその痕跡が一切、残ってない」
「……魔眼持ち、ね。本当に人間なの?」
「ああ、種族は人間ってことになってる」
最近は自分でも人間じゃなくなって来ていると思っているが。
「はぁ……種子、アンタはすごい奴を連れて来たね」
「へ?」
作業に夢中だったのか風花の言葉を聞き逃したのか種子は聞き返した。
「いや、何でもない……わかった。話すよ」
主導権を握った。
「まず、アンタの言う通り、私は鴉天狗。少し前までは山の方に隠れ住んでたんだけど……事情があって降りて来た」
「事情?」
「それは秘密で。そして、種子は妖怪。多分、犬だな」
「ああ、犬だから霙の言葉がわかったのか」
「ご主人様……私は狼です」
ビーフジャーキーを嬉しそうに食べる狼など聞いたことがない。
「でも、お前の話には証拠がない」
「はい」
風花は種子の頭に装着されていたカチューシャを外す。そこには犬耳があった。
「……犬、だな」
「スカートの中には尻尾もあるよ。見る?」
「いや、いい」
「風花さん、もし見るって言われたら尻尾以外の部分も見られていたのですが……」
種子のツッコミを風花はスルーして俺を睨む。
「で? そちらさんは?」
「俺は人間。こいつは神狼」
「シンロウ?」
風花は一発で脳内変換できなかったらしく、更に聞いて来る。
「神に狼って書いて神狼」
「ああ、その神狼ね……ええええええ!? 何で、こんなところにいるの!?」
さすがに驚いたようだ。
「まぁ、最初はここにはいなかったんだけど連れて来た」
「いや、連れて来たって……しかも、さっきの行動から見て神狼を式神にしたんじゃ?」
「おお、よくわかったな」
「……もう、響は人外です」
勝手に断言されてしまった。とても心外である。
「最後に一ついいか?」
まだ、聞いていないことを思いだしたので質問してみる。
「……何?」
「種子が言ってた『ご主人』ってお前のことじゃないよな? 普通に『風花さん』って呼んでるし」
「……そうですよ。まだ、この家の主が帰って来てない。学校だからね」
その『学校』という言葉に嫌な予感を覚えた。
「高校2年生?」
「へ? よくわかったね。種子、何か言った?」
「い、いえ……何も」
(苗字が柊で、高校2年生……)
そこまで考えていると魔眼にこの家に近づいて来る集団を察知する。
「おっと。その主さんには俺たちを見られたくないな……」
「え? 何で?」
急に立ち上がった俺を見て風花が目を見開いた。
「色々あるんだよ。そうだな……ちょっと、部屋の隅を借りる。俺たちは隙を見計らって脱出するから黙っておいてくれ」
「で、ですが……」
種子がオロオロしながら声をかけて来る。
「助けたお礼だと思ってくれ。さすがに俺たちのことを一般人に話すのは嫌なんだよ」
まぁ、犬の妖怪と天狗と暮らしている時点で一般人じゃないが、警戒するに越したことはない。
「――――」
俺は魔法を使って俺と霙の姿を透明化させた。
「消えた? ああ、魔法か……」
「ただいま……」
その時、やはりと言うべきか聞き覚えのある声が玄関の方から聞こえる。
「「「おじゃましまーす」」」
更に聞き覚えのある女の子の声が3つ。
(……ん?)
嫌な予感がものすごく嫌な予感にジョブチェンジしたところでリビングに少しくたびれた様子の柊が入って来る。その後に続いて築嶋さん。そして――。
(望!? 雅!?)
何故か、望と雅が築嶋さんの後に続いてリビングに入って来た。そう言えば、朝に『今日、ちょっとだけ遅くなる』と二人に言われていた。
「あ、ご主人! おかえりなさい!」
「おう、種子ただいま」
種子が笑顔で出迎えると柊は少しだけ嬉しそうに返事をする。
「おかえりー」
「ああ」
風花に対してはめちゃくちゃ適当だった。
「……」
そんな柊に呆れていると望がジッとこちらを見ているのがわかった。
「望、どうした?」
築嶋さんは望の様子がおかしいことに気付き、問いかける。しかし、望は築嶋さんを無視して、こちらに歩いて来た。その途中でティッシュを2枚、手に持つ。
「……えい」
その2枚を俺と霙の頭に乗せた。
「……え?」
雅がそれを見て目を点にする。透明化しているのでティッシュが浮いているように見えたのだろう。
「あ、あの……」
種子が何か言いたそうにしているが、俺との約束を覚えているのか言い出せずにいる。
「ぷっ……くくく……」
風花はすでに噴き出しそうになっていた。
「の、望!? これは一体?」
築嶋さんが目を見開いて驚愕している。
「ちょっと待ってね。能力を使って……あ」
紫色の瞳の視線と青い瞳の視線が重なった。
「……もう、いいでしょ? お兄ちゃん」
「……お前、マジでチートだな」
透明化を解除して望の頭を撫でる。悔しいが、俺の負けだ。
「お、音無!?」「望のお兄さん!?」「響!?」
柊、築嶋さん、雅がほぼ同時に驚く。
(……っていうか、雅。さすがにお前は気付けよ)
「な、何で俺の家に音無がいるんだよ!?」
「す、すみません! 私のせいなんです!!」
種子が深々と頭を下げて事情を掻い摘んで話す。
「そっか……音無、ありがとう」
「いや、それはいいんだけど……何で、望と雅がここに?」
「え、えっと……あ、あはは」
雅は苦笑いを浮かべて誤魔化そうとする。
「雅、わかってるよな?」
そう言って、妖力を右拳に集めた。
「ちょ、ちょっとそれはいくらなんでも大きすぎるよ!」
妖力を感じ取ったのか雅が顔を真っ青にして後ずさりし始める。
「おっとっと。最近、コントロールが難しくてなぁ。雅が正直に言ってくれればなぁ」
「ひ、柊!! お願い!! 説明させて! わ、私、殺されちゃううううう!!!」
「……お前、音無に何をされて来たんだよ。まぁ、さっきの感じからして、こっち側なんだろ?」
「ああ、そこに天狗と犬妖怪の正体はわかってるつもりだ」
俺の言葉を聞いて柊は雅に向かって無言で頷いた。
「よ、よかった……えっと、じゃあ説明するけど長いよ?」
「……霙、奏楽を迎えに行ってくれ。さすがにこの時間帯なら家に帰って来ちゃう」
今の時刻は午後4時。外で遊んでいたとしてもそろそろ帰って来る時間だ。
「了解であります」
そう言って、霙は犬モードに変身する。
「お、お前も犬になれるのか……」
柊はそれを見て呟く。
「お前も?」
「種子も犬になれるんだよ。今、犬になるとメイド服が脱げるからやらなくていいからな?」
種子が身構えたのを見て柊がすぐに止めた。何故か種子はションボリする。
「で? 説明する?」
「霙と奏楽には通信を繋げたままだから聞こえる。逆にお前だけだぞ? よく通信を切るの」
「いや、さすがに着替えの時とか切るでしょ」
ああ、なるほど。
「まず、柊たちがどこまで知ってるか教えてくれ」
「私と望の正体は知ってるよ。この前のジャック事件の時に、ね」
やっぱり、あのジャック事件がきっかけだったようだ。
「ふむ……俺については?」
「何も話してないよ。まぁ、柊君の能力でばれてるかもしれないけど」
望が補足説明してくれた。
「能力?」
「まぁ、それはおいおい説明するよ。とりあえず、種子。全員分のお茶を頼む」
「あっ!? お茶の準備を放置したままでした!!」
慌ててキッチンに向かった種子。その後、凄まじい音が聞こえる。その後に柊と風花が同時にため息を吐いた。