東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第237話 模擬戦

「ほら! どこからでもかかって来なさい!」

「そう言われましても……」

 すでに戦闘態勢に入っているこいしさんを見て僕はそう呟くしか出来なかった。

「お姉ちゃん! がんばれー!」

「桔梗ちゃん! ファイトー!」

 そして、僕たちを囲むように子供たちが座っている。ギャラリーと言った所か。

「ほらほら! 桔梗のご主人様は戦う前からやる気ないみたいだけど!」

「マスター! こいしさんに遠慮なんかいりません! さっさとやっつけちゃいましょう」

 桔梗は僕のほっぺをペチペチと叩きながら叫ぶ。

(ホントに……桔梗は乗せられやすいんだから)

「わかった。わかったからまずは準備をしよ?」

「はい!」

「桔梗【翼】!」

 僕が指示すると桔梗は僕の背中に装備される。すぐに鎌を手に持ち、身構えた。桔梗が変形したのを見て子供たちがどよめく。

「咲! 合図、よろしく」

「あ、はい! では、始め!」

 咲さんが合図すると同時に低空飛行でこいしさんに突進する。

「振動!」

 ――ドン!

 更に翼を振動させ、加速した。

「おお!?」

 突然、スピードを上げた僕を見てこいしさんが目を見開き僕から見て右に飛んだ。

「左翼、ロール!」

 ――バンッ!

 今度は左翼だけ振動させて右にスライド。こいしさんの後を追った。

「そんな無茶苦茶な!?」

 無理な態勢になってしまったが、驚いているこいしさんに向かって鎌を振り降ろす。

「うわ!?」

 それを彼女は紙一重で躱した。

「拳!」

 そのまま、こいしさんを追い抜いてしまったので、体の向きを反転させながら桔梗【拳】を左手に装備。そのまま、ジェット噴射でこいしさんに追撃を試みる。

「えいっ!」

「ちょっ!?」

 鋼の拳を頭を傾けることで回避したこいしさんはその勢いのまま、僕の腕を掴み、背負い投げを繰り出した。ジェット噴射のせいで予想以上に投げられた僕は何も出来ないまま、空中に投げ出される。

「翼!」

 しかし、桔梗【翼】で何とか態勢を立て直す。

「今度はこっちの番だよ!」

 こいしさんはニヤリと笑うと何発の弾を撃って来た。

「盾!!」

「はい!」

 桔梗【盾】で何とか防御する。しかし、それが読まれていたかのようにいつの間にか僕の背後にこいしさんが回り込んでいた。

「これで終わり!」

「翼で弾いて!!」

 ギリギリのところで翼に変形し、それを振動させて弾を弾き飛ばす。

「せいっ!」

 裏拳の要領で背後にいるこいしさんに鎌で攻撃するも簡単に躱されてしまった。

「そんな攻撃、攻撃に入らないよ!」

 僕の真上に移動した彼女はまた、弾を撃って来る。

「振動で急降下! そのまま、低空飛行!」

 指示を飛ばすと凄まじい勢いで僕の体が地面に向かって落ち始めた。桔梗【翼】が上に向かって振動したのだ。その途中で体を回転させ、体の向きを下にし、そのまま地面すれすれを飛ぶ。僕の後を追うように弾が地面を抉る。

「逃げるだけじゃ勝てないよ!」

「急上昇!」

 こいしさんの挑発を無視し、今度は上に向かって飛ぶ。

「そうそう! そうでなくっちゃ!」

 僕が勝負を決めに来たと思ったのか、こいしさんがニヤリと笑う。そして、今までよりも密度の濃い弾幕を張って来た。

「――ロール!!」

 弾幕の穴を見つけ、右にスライドすることにより、通過する。その勢いのまま、こいしさんを追い抜いた。

「え!?」

「旋回!」

 大きく旋回し、下を見るとこいしさんが目を見開いて驚いているのが見えた。

(集中……)

「突撃!」

 鎌の先端に魔力を集めながら、叫ぶ。

「はい!」

 桔梗もここが勝負どころだとわかったらしく、振動も最大で下にいるこいしさんに突進した。

「まぶしっ……」

 僕を見ようと更に顔を上げたこいしさんだったが、僕の背後に太陽があったので怯んでしまったようだ。

「これで!!」

 魔力を開放し、鎌の刃を巨大化させ思い切り、振り降ろす。こいしさんはまだ、こちらを見ていない。

「……なんちゃって」

 確実に当たったと思ったが、こいしさんはその場で体を捻った。すると、不思議なほどあっさりと僕の鎌は躱されてしまう。

「え?」

「はい、終わり」

 あまりにも予想外な展開で硬直してしまった。その隙に後ろからこいしさんの弾が迫る。

「やば――」

「マスター! 危ない!」

 だが、その弾は僕に当たることはなかった。

「き、桔梗!」

 そう、変形を解除し、桔梗が僕の盾となって僕を守ってくれたのだ。

「きゃあああああ!!」

 弾が直撃した桔梗は悲鳴を上げながら僕の方へ飛んで来る。体を捻って桔梗を抱き止めるも、そのまま地面に叩き付けられてしまった。

「ガッ――」

 僕の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「キョウ! 桔梗! 大丈夫!?」

 私は慌てて、地面に降り立ち、二人の様子を確かめようと駆け寄った。

「……」

 しかし、その途中でキョウがゆっくりと立ち上がる。結構な勢いで地面に落ちたので怪我などしていないか心配だったが、無事だったようだ。

「よかった……あ、ゴメンね。あの時、ちょっと……キョウ?」

 勝手に能力を使ってキョウの心を読んだことを謝ろうとしたが、様子がおかしい。

(心が読めない?)

 おかしい。キョウは気絶しているわけでもないのに心が読めないのはちょっと異常だ。

「キョウ?」

 もう一度、呼びかける。反応はない。

「……皆! 離れて!」

 何となく嫌な予感がする。その予感が頭を過ぎった刹那、私は無意識の内に皆にそう叫んでいた。

「で、でも!」

「大丈夫! キョウなら大丈夫だから!」

 不安そうにしている子供たちに向かって言うが、私自身、何が起こるかわからなかった。

「キョウ! どうしたの!?」

 立ってはいるものの体に力は入っていないように見える。それにずっと、下を見ていて表情が見えないのも怖かった。

「ねぇ!」

「……」

 私の呼びかけに反応してキョウは顔を上げる。

「ッ!?」

 キョウの顔を見て私はゾッとした。

 

 

 

 キョウの目は悪寒が走るほど、無表情だったのだ。

 

 

 

 こんな目、今まで見たことがない。感情というものが一切、こもっていない目だ。

「きょ、キョウ?」

「……」

 私を無視してキョウはその腕の中でぐったりしている桔梗をそっと地面に寝かせた。そして、私を見る。

「どうしちゃったの!? キョウってば!!」

「…………」

 怖い。心が読めないのもそうだが、とにかくあの目が怖かった。

 思わず、後ずさりしてしまうもそれを追うようにキョウも一歩、前に出る。鎌を構えながら。

「え!? ま、まだやるの!?」

「……」

 質問に答えず、キョウは地面を蹴った。

(早いッ!?)

 桔梗を使っていないのにそのスピードは軽く妖怪のそれを超えていた。でも、真っ直ぐ突っ込んで来ている相手ならまだ反応、出来る。そう、思っていた。

「え?」

 その次の瞬間、キョウの姿が消える。忽然と、音もなく、スッと。

(どこに――)

 辺りを見渡そうと顔を動かした刹那、私は驚愕でその動きを止めてしまった。

 私を殺す勢いで鎌を振り降ろすキョウ。私を殺す勢いで鎌を振り上げるキョウ。私を殺す勢いで鎌を横薙ぎに振るうキョウ。たくさんのキョウが色々な角度から私を殺そうと鎌で攻撃して来ていた。

(え……)

 文字通り、たくさんのキョウを見て私は思考を停止させてしまう。だって、こんなことあり得な――。

 迫り来る鎌の刃をただ、他人事のように見つめていたが、突然、たくさんのキョウが消えて一人になった。まるで、最初から一人だったかのように。そして、そのままキョウは地面に倒れる。鎌が音を立てて転がった。

「……………」

 私も子供たちも呆然とするしかなかった。

「……はぁ、はぁ」

 その後、呼吸を忘れていたことに気付き、慌てて酸素を体に取り込み始める。

(何……何なの、今の)

 キョウの異変。たくさんのキョウ。感情のない瞳。

 その全てが異常だった。

「こいし、お姉ちゃん?」

 その声で隣を見ると雪がキョウを見ながらギュッと私の袖を掴む。

「……大丈夫。キョウを休ませよ?」

「……うん」

 それから倒れている二人を手分けしてテントに運んだ。

 

 

 その間、誰も何も喋らなかった。

 


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