「……ふぅ、ご馳走様でした」
「はぁ、はぁ……や、やっと終わった」
女の人はぜぇぜぇと肩で息をしながら呟く。桔梗の暴走がやっと終わったのだ。
「大丈夫ですか!?」
慌てて、女の人に駆け寄った。
「すみません! 私、また暴走しちゃって!」
「いや、いいけど。はぁ……それじゃ、私は行くね。その糸、回復を促進させる効果があるから骨折程度なら1週間で治るよ」
そう言い残して女の人は歩いて行ってしまう。
「ありがとうございました!」
頭を下げてお礼を言った。顔を上げると彼女の姿はどこにもなかった。
「行ってしまいましたね」
「うん。あ……名前、聞き忘れちゃった」
まぁ、行ってしまったのでは仕方ない。
「あの人、骨折は1週間で治るって言っていましたけど、今は……」
「そうだね。急いでこいしさんのところへ行かないと」
今、広場を襲っている妖怪にこいしさんでは勝ち目がない。心が読めるという強い能力を持っているとしてもあの妖怪は――。
「急がないと……」
歩いて向かおうとした瞬間、近くの森が白く光った。
「何、あれ?」
「どうかしましたか? マスター?」
「え? 桔梗、見えないの?」
「何がですか?」
本当にわかっていないようで、桔梗は首を傾げている。目を擦って光っている方向を見るとやっぱり、光っていた。
(桔梗が見えなくて、僕にしか見えない光……もしかして!?)
「桔梗! 【翼】であそこまで行ける?」
「あ、はい……低空飛行で短距離なら大丈夫ですけど」
「よし、お願い!」
すぐに背中に翼を装備して光っている方へ飛ぶ。その場所へは2分とかからずに到着した。
「これは……」
「じ、地面に何か突き刺さっていますよ!」
桔梗の言う通り、何かが突き刺さっている。タイヤが一つ。取っ手がある。あれはたしか――。
「猫車?」
その猫車をよく観察すると右側面に細くて長い傷があった。それに他の部分もボロボロだ。戦場の中、あれを押して駆け抜けたような感じ。
(タイヤ……取っ手……駆け抜ける)
「桔梗、あれ、食べられる?」
「へ?」
「あれを食べながら僕の言う物を浮かべて。それに変形できるように……それと、もう一つ」
「え、ちょ、マスター! 注文が多いですよ!」
「もう一つだけでいいんだ。今まで食べて来た物を思い出して。そして――」
僕の注文を聞いた桔梗は何度も唸って出来るかどうか確認した後、猫車を食べる。
(待っててください……こいしさん、皆!)
バリバリという音を聞きながら僕は薄暗くなる空を見上げた。
「神撃『ゴッドハンズ』!」「影武者『シャドウドール』」
巨大な手が黒い武者を潰す。しかし、すぐに武者が現れる。
「ほら、どんどん出て来るぞ」
「だから、何だ!」
ポニーテールで武者の首を刎ねた。巨大な手に握られた鎌を振るうと何十体もの敵を薙ぎ倒す。
「それなら、これはどうかな?」
ニヤリと笑った敵が何本もの黒いツルを伸ばして来た。ポニーテールでぶった切る。
「開放『翠色に輝く指輪』! 拳術『ショットガンフォース』!」
指輪のリミッターを外して拳に妖力を纏う。狂気の調子はまだ万全ではないが、指輪のリミッターを外せば使える。
(それに、あいつのおかげで今まで以上に扱えるようになってるしな!)
「飛拳『インパクトジェット』!」
両手を後ろに向けて妖力を爆発させる。
「……」
それを見て敵も一気に距離を詰めて来た。ポニーテールで攻撃を仕掛ける。だが、首を傾けるだけで躱した相手は自分の陰から槍を飛ばす。
「霊盾『五芒星結界』!」
何とか、結界で防ぐもその間に女の子が結界を迂回して俺の懐に潜り込む。
「終わりだっ!」
女の子の目が光ったように見えた。勝利を確信したのだろう。
「――――」
息を少しだけ吸い込み、“加速”した。一瞬だけ視界がブレると俺の前に敵の背中が見える。
「なっ!?」
「三本芝居『剣舞舞宴華』!」
巨大化していた両手を一時的に戻して鎌と剣を持った。隙だらけの背中へ技を叩きこむ。
「ちっ……」
後、数ミリというところで女の子は舌打ちして影の中へ消えた。剣は空を切ってしまう。
「反則だろ」
そう呟きながらも魔眼で敵の位置を把握し、“加速”する。陰から出て来た女の子の脳天に踵を落とす。
「何だ、その速さは!?」
目を見開いて俺を見上げて叫び、両腕をクロスしてガードされた。
「俺だって、成長してるんだ! いや、仲間を、皆の力を、集めてるんだよ!!」
“加速”。今度はハイキックをお見舞いする。
「くそっ!」
影の壁を作り出し、防がれた。もう一度、“加速。”壁の向こう側へ移動する。
「『雷輪』も使ってないのに!?」
「これが、こいしと、あいつの力だ!!」
『にゃー!! そうにゃ、響の力ににゃるならどんにゃことでもするにゃ!』
あいつ――“猫”の言葉が脳内で響く中、俺の拳が敵の顔面に減り込んだ。
――少し前、まだ響が石化していた時。
「お待たせ!」
「にゃー」
『……猫?』
どこかへ行ったこいしが連れて来たのは一匹の猫を抱えて来た。
「猫って9つの魂があるって言うでしょ? この子の了解も得た。だから、お願い」
『猫は9つの魂があるってのは本当かどうかもわからないのに……いや、待って』
パチュリーはそう言うと何か考え始める。
『響の能力があれば行けるかも……こいし、そこに魔方陣を描いてくれる?』
「魔方陣?」
『120ページに描かれている魔方陣よ』
こいしは猫を足元に置いてページを開いた後、急いで猫車から響を降ろす。
「うわ、猫車にすごい傷が付いちゃった」
右側面に細くて長い傷を見てこいしは『後でお燐に謝らなくちゃ』と思った。響を慎重に置いて地面に魔方陣を刻む。
「これでいい?」
『うん、上出来。猫を響の傍に』
「お願いね」
「にゃー!」
猫はこいしに向かって頷いて魔方陣の中に入る。
『これで、最後。力を注ぎながら私の唱えた呪文を繰り返して』
「わかった!」
パチュリーはすぐに呪文を唱え始めた。それに続いてこいしも呪文を繰り返す。
(響、お願い……戻って来て)
魔方陣から高音が響き始めた。
『……これでよし。後は魔法が起動するのを待つ……あっ!?』
「どうしたの!?」
パチュリーの反応を聞いてこいしも何か起こっている事がわかったのだろう。
『魔方陣の中に猫車があるじゃない!! 何で!?』
「だって、何も言ってなかったし」
『当たり前だっての!? 魔方陣の中に何かあったら魔法が変に発動しちゃうの!!』
「え!? それじゃ早く猫車を取り除かないと!」
こいしが叫んで魔方陣の中へ入ろうとするが弾かれてしまった。
『無理よ! もう、魔法が発動してる! 入れないわ!』
「そんな!」
二人が絶叫している間も魔法の完成は近づいている。そして――。
『くっ』「きゃあ!?」
魔方陣が白く光り始めた。パチュリーもこいしもあまりにも光が強くて目を瞑ってしまう。
『急いでこいしさんのところへ行かないと』
「え……?」
そんな声が不意に聞こえてこいしは呆けてしまった。
(この声、キョウ?)
今のではなく、過去のキョウの声が聞こえたのだ。
『一体……どんな、魔法が?』
「わかんないけど」
魔方陣の方を見ると白い煙のせいで魔方陣の中の様子はわからなかった。
「……サンキュ、二人とも」
「キョウ!?」
慌ててこいしが叫んだ。
「そこにいるのはパチュリーかにゃ?」
『……にゃ?』「……にゃ?」
「……にゃ?」
煙が晴れて響の姿が露わになる。
『えええええ!?』「えええええ!?」
「ど、どうした!? にゃにかあったのか!?」
本人は気付いていないのだろう。
響の頭には可愛らしい耳が生えていた。もちろん、人間の耳もそうだが、頭のてっぺん付近に猫耳が生えているのだ。更にお尻から長い尻尾が伸びている。
「ね、猫?」
『おかしいわね……魂を撃ちこんでも魂はそのまま、猫の中へ戻るはずなのに』
パチュリーが使った魔法は術者の魂を他人へ撃ちこむ魔法だった。この時、術者の魂は一度、その体を離れるため、術者は死んでしまう。今回は猫の魂を使用した。猫の魂は9つあるというが、そう言われているだけだ。
しかし、響の能力があればそれが例え、本当でも嘘でも『猫の魂は9つある』ということになってしまう。響の能力を知っていたパチュリーはそう考えてこの魔法を使ったのだ。
最初は上手く行っていた魔法も猫車のせいで、おかしくなり、猫の中に戻るはずだった魂の1つはおろか、猫ごと響の魂に吸収されてしまったのだ。
「それで、こうにゃったのかにゃ?」
『……ええ、そうよ。プっ』
「キョウ、可愛い!」
「お前ら、マジでにゃぐられたいようだにゃ」
プルプル震えながら拳を握る響だったが、もはやその手は猫の手にしか見えない。
『って、こんなことをしてる場合じゃなかったわ。だいたいの状況は説明した。急いで、魔理沙を助けに行ってあげて。呪いは完全に解けているから!』
元々、今回、響にかけられた呪いは失敗した時のために用意された物だ。そこまで強力な物ではない。
「……猫、聞こえるかにゃ?」
『はいはーい! 聞こえるにゃん!』
「多分、魂のにゃかに入ったばかりで安定しにゃいからこうにゃってるんだって思う。急いで、安定させろ」
『了解にゃ!』
「パチュリー、こいし、後はまかせろ。行って来る」
魔理沙がいるであろう方向を見た響の目は青く光っていた。そして、その頭には耳もなく、お尻に尻尾もなかった。