「ガッ……」
女の子は凄まじい勢いでぶっ飛んだ。
『にゃにゃん! さすが、響だにゃ!』
「おう」
魂の中で猫が叫んでいる。すぐに吸血鬼がそれを宥めた。
「スピードが上ってる? いきなり?」
口から血の塊を吐き出しながら敵が呟く。
「……なぁ?」
「あ?」
「いい加減、お前の名前を教えてくれないか?」
「何で?」
一瞬だけ、女の子の目が痙攣した。
(やっぱりか……)
何となく、勘付いていたのだが、こいつは自分たちの情報を言っていない。俺を殺そうとする理由すら話していないのだ。
今は『ミドルフィンガーリング』と猫――いや、動物の本能が発動してくれているのでわかった。
「どうして、俺に知られたくないんだ?」
「……あーあ、本当にお前は面倒な相手だ。やはり、もうちょっと早めに殺しておけばよかったか。いいだろう、教えてやる。だが、下の名前だけだ」
「何で?」
「あたしの……いや、俺の名前は『リョウ』。今、教えられる情報はこれだけだ。後、あたしの式神の名前は『ドグ』」
「はぁ……まぁ、いいか。リョウ、どうして俺を殺したい?」
正直、これが一番、気になっていた。
「理由を聞いてるのか?」
「ああ」
「……お前はあたしにとって汚点なんだよ。お前が生きてたらあたしはずっと、縛られたままなんだ」
リョウはすごく苦しそうな表情を浮かべて言う。本当に辛いことなのだろう。
「何で、俺なんだ?」
「それ以上は駄目だ。どうせ、殺すけど、しゃべり過ぎた」
呟いたリョウが右手を振るった。
「ッ――」
リョウの右手から影が出て、俺の胸を浅く斬り裂く。
「ほら、本気でかかって来い。響」
「……はいはい。また、追っ払ってやるよ。リョウ」
また、俺の手に鎌が握られる。リョウも黒い刀を持っていた。
(絶対に、聞いてやる)
きっと、こいつは俺の何かを知っている。
(俺の秘密……聞かせろ!)
口には出さず、無言で鎌を振るった。
「ちょっと!?」
妖怪が2本の腕を同時に振り降ろして来る。それを何とか、躱した。
(心が読めない!?)
あの妖怪には心が無い。いや、ほぼ本能的に攻撃しているから読めないのだ。
「楽勝だと思ってたけど、ちょっと厳しいかも」
「があああああああ!!」
今度は4本の腕で攻撃して来た。
「あわわわ!」
拳と拳の間を飛んで回避。だが、今度は時間差で何度も拳を振るった。
(マズイ! マズイマズイマズイッ!!)
妖怪の私でも一撃でも貰ったら瀕死レベルだ。
「あッ!」
冷や汗を流しながら必死に躱していると地面の凹みに足を取られ、転んでしまった。振り返ると妖怪の口元が不気味に歪む。
「こいしお姉ちゃん!!」
その時、私と妖怪の間に咲が割り込んで来た。
「さ、咲!?」「がああああああああああああああ!!!」
私が叫ぶのと、獲物が増えて興奮する妖怪の咆哮が被る。それでも、咲は私の前から動こうとしなかった。
(まさか、私を守ろうと!?)
でも、あの妖怪の怪力なら咲もろとも私に攻撃するだろう。
「逃げて! 咲!!」
「嫌だ!」
両手を広げながら咲は叫んだ。
「逃げてええええええええええ!!」
私は絶叫するが、無情にも妖怪が腕を上げる。
――……
「……?」
だが、妖怪は何かの気配を察知したようでそっちに目を向ける。
――ブ……ロ……
「これは?」
微かに背後から何かが聞こえた。咲も妖怪から目を離して後ろを振り返る。
――ブロロロロロッ!
「な、何!? この音!?」
聞いたことのない騒音。どんどん、大きくなっていく。
「こいしお姉ちゃん! こっちに何か来る!」
「咲、こっちに!」
妖怪の注意がそっちに向いている内に立ち上がって咲を引き寄せる。
「――ッ! ――!」
騒音の中に別の音が聞こえた。いや、違う。声だ。
「こいしさああああああああああああああん!!」
この声は――キョウだ。
「キョウ君!? どこに!?」
「声は……後ろから!?」
背後の空を見る。すでに真っ暗な空にキラリと光った。
(星? ううん、それにしては明るすぎる)
それにその光は大きくなっているし、二つ並んでいる。
「嘘、でしょ!?」
光が揺れている向こうで人影が見えた。大きさは子供。
「キョウ!?」「キョウ君!?」
私と咲が同時に叫ぶ。
「桔梗! 頼むッ!」
「はい!」
キョウが桔梗に指示すると『ボシュンッ!』という音が聞こえ、細長い物が飛んで来る。その細長い物は妖怪の2本の腕に巻き付く。
「二人とも! 離れて!」
騒音に掻き消されそうなキョウの声を聞いて咲を抱えて飛んだ。
その刹那。
二つの車輪。そして、長くて黒い物に跨ったキョウとすれ違う。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
黒い物の先端付近から伸びた細長い物に導かれてキョウが真っ直ぐ、妖怪の方へ突っ込んで行き――。
「ガッ……」
――そのまま、黒い物に乗りながら妖怪に体当たりをして、思い切り妖怪の体が後方へ吹き飛んだ。
「ワイヤー、回収!」
キョウの指示で細長い物が黒い物に収納された。そして、私たちの前に着地する。
「キョウ?」
「すみません、こいしさん、咲さん! お待たせしました!」
黒い物に跨ったまま、こちらを見て笑うキョウ。その姿はとても、かっこよかった。
「ぐはっ……」
リョウの重い拳を腹に喰らって思い切り、地面に叩き付けられる。
「やっぱり、弱いな」
それをつまらなさそうに見下ろすリョウ。
(くそ、想像以上に強いな……)
何とか、神力で創った壁でガードしたがそれでも衝撃は防ぎ切れなかった。
「ほら、使ったら? 闇を」
「……ああ、やってやるよ!」
『あいさー!』
元気な声で闇が返事をしてくれる。
「闇開『ダークフォール』!」
一気に視線が低くなる。
(すまん! 力を分けてくれ!)
『いいよ! おにーちゃんの為だもん!』『まぁ、私のせいで地力も少なくなってるし』
リョウほどに縮んでしまった俺の体がまた、今までと同じぐらいに成長した。奏楽とリーマの力を俺に逆流させて、『変換』で闇の力に換えているのだ。
「やっぱり、お前を見ているとイラつくな。あたしを見ているようで」
「俺とお前は似てないだろ」
「……似てないんじゃない。お前があたしの後を追って来てるんだよ。影楔『揺らぐ鎖』」
リョウの体から何本ものチェーンを飛ばして来る。
「重力『グラビティボール』!」
2つの黒い球を投げ、その球の後を追う。
チェーンが黒い球に接触した途端、チェーンは俺を避けるように進路を変更する。
「重弾『グラビティガン』!」
俺の拳に黒いオーラが纏い、腕を突き出して弾丸のように重力の弾を撃つ。
「影抜『シャドウスルー』」
しかし、リョウの体が黒い影に変化し、重力の弾を避けるようにそれを動かす。
(本当なら神力とか妖力とかで追撃するんだけど……)
闇を使っている間、俺の地力は全て闇の力に変換される。つまり、闇の力しか使えないのだ。
「重鎌『反発する黒き鎌』」
真っ黒な鎌を持ち、リョウに斬りかかる。
「……」
それを見て相手はまた黒い刀でガードした。だが――。
「ッ!?」
引力を操って思い切り、吹き飛ばす。
この鎌に触れた物は全部、反発する仕掛けになっている。磁石の同じ極同士を近づけあった時のように。
「闇撃『ダークブレイク』!!」
両手に闇の力を集めて合わせる。凝縮して小さな弾にして飛ばす。
「くっ……」
バランスを崩していたリョウだったが、すぐにその場から離れようと動く。でも、動けなかった。
「引力かっ」
小さな闇の弾は周囲にある物を引き寄せながら飛んで行く。それのせいで、リョウは逃げたくても逃げられなかったのだ。そのまま、リョウに小さな弾が当たった刹那――リョウの体が凄まじい勢いで弾き飛ばされる。弾が何かに触れると先ほどとは比べ物にならない反発力を発揮する、という技なのだ。
弾き飛ばされたリョウの体は地面に突き刺さり、クレーターを作る。
「黒符『ブラックスパーク』!!」
時間もないので一気に決める。両手から黒い極太レーザーをクレーターの中心に向かって発射した。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
レーザーは地面を割り、衝撃波で傍にあった岩を破壊する。
(……くそ)
でも、クレーターの周りだけは何も起きていない。
「こっちだってな……やられっぱなしじゃないんだよ!」
魔理沙を運び終わり、近くにいた雅に偵察を頼んでいたのですぐにリョウの姿が見えた。向こうも右手からレーザーを放っているようだ。そのせいで、相殺されているのだ。
「闇、封印!」
これ以上、闇の力を使っていたら飲み込まれてしまう。すぐに再封印してクレーターの方を見る。
「はっ……闇の力もこんな物か」
煙が晴れると少しだけ服が破れていたがまだ、元気そうなリョウの姿が確認出来た。