東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第250話 スペルの効果

 リョウはふと気づく。何も見えない。

「何だ?」

 何が起きているのか、理解しようとするもお面を付けられて、響がスペルを宣言したところまで思い出したが、その先の記憶がなかった。

(つまり、これは響のスペルが原因?)

 しかし、それにしては攻撃が一切、ない。弾幕が来るわけでも、剣が飛んでくるわけでも、ましてやまたあのドラゴンが襲いかかって来ることもない。静寂。それはまるで、嵐の前の静けさと言うべきか。恐ろしいほど不気味だった。

「レディースエーンジェントルメーン!」

 その時、全く発音がなっていない英語が聞こえる。声質的に女。しかも、若い。

(この声……まさか!?)

 そして、リョウはこの声を聞いたことがあった。それは今からずっと昔に聞いた声。今となってはリョウにとって憎むべき相手となってしまった女の子。

「皆様! お集まりいただき、感謝いたします!」

 その台詞と共にスポットライトが、一人の女の子を照らした。

 ピンクのワンピース。ドアノブのような帽子。背中の漆黒の翼。胸のブローチ。そして、紅い目と鋭いキバ。そう、レミリア・スカーレットその人である。

「れ、レミリア……」

 それを見たリョウは絶句する。こんな地底に何故、レミリアがいるのか。どうして、こんなことをしているのか。そんな疑問がリョウの頭を過ぎる。

「では、今宵の主役を紹介しましょう!」

 驚愕しているリョウを無視してマイクを持ったレミリアが空いている手の指を鳴らす。すると、今度はリョウがスポットライトを浴びた。それと同時に周りから拍手の嵐が巻き起こる。

(何が、何が起きてる!?)

 自分とレミリア以外、何も見えない。しかし、自分たちの周りにたくさんの人がいることぐらい、容易に想像出来る。リョウは構えて攻撃に備えた。

「さて、ピエロも気合が入っているようです! 私もどんな曲芸が見られるか楽しみであります!」

 レミリアはそんなリョウを見て勘違いしたらしく、嬉しそうだ。

「それでは、まずは一つ目の演目! 綱渡り!!」

「ッ!?」

 レミリアの宣言と共に目の前がぐにゃりと歪んだ。すぐにそれはなくなるも目の前の景色にリョウは目を丸くする。

「こ、これは……」

 綱渡り。そうとしか言えなかった。

 目の前にはとても長いロープが一本。その周りには何もない。そして、自分が立っている場所はどうやら、とても高い場所らしく、チラリと下を見ても底が見えなかった。更に、ロープはリョウが立っている場所と同じような塔に繋がっている。あの塔に向かうためにはこのロープを渡らないと駄目だろう。

「おおっと、これは落ちたら一溜りもないでしょう。しかし! 私の自慢のピエロは破竹の勢いで渡ってくれる事でしょう!」

 そう断言するレミリアはリョウが立っている塔と似たような塔に乗っている。しかし、場所は離れている。丁度、リョウが立っている塔、ロープが繋がっている塔、レミリアが立っている塔を繋げば正三角形が出来るような構図だ。

「じゃあ、演目を盛り上げるためにバンドの演奏をお聞きください!」

 レミリアがそう言いながらまた指を鳴らすとその視線の先にライトが当たって5人の人を照らす。

「あれは……」

 その5人をリョウは見たことがあった。

 ベースを嬉しそうに弾いている響の式神である雅。

 ドラムをおろおろしながら叩いている擬人モードの霙。

 美しくキーボードを弾いているリーマ。

 いつものアロハシャツを着こみ、ギターを鳴らしているドグ。

 そして、可愛らしくトライアングルをかき鳴らしている奏楽。

 リョウと響の式神たちだった。

「ど、ドグ!?」

 自分の味方であるドグが主人を放っておいてギターを弾いていることにドグの主人は叫んでしまう。

「うんうん! 雰囲気も出て来ましたね。ピエロの準備もいいかな?」

 レミリアの問いかけに応じる間もなくリョウの手に細長い棒が出現する。よく、綱渡りをする人が持っているあの棒だ。

「それではー! 行ってみましょう!!」

「なっ……」

 戸惑っているリョウの背中を誰かが押した。振り返るともう一人のレミリアが笑顔でリョウに手を振っているのが見える。

(レミリアが、二人!?)

「おっと!?」

 バランスを崩しそうになり視線を前に戻したおかげでギリギリ、ロープに着地することに成功するも、状況について行けずリョウは困惑していた。

「レミリア!」

 バランスを保ちながらもう一度、後ろを見るがそこには何もなかった。リョウが先ほどまで立っていた塔もない。ロープはどこまでも続いており、終着点は見えなかった。

「な、何で……」

 闇の向こうへ続いているロープを見て呆然としてしまう。

「さぁ! ピエロ、向こう岸の塔に辿り着け!」

 突然、レミリアが命令口調になる。

「……やるしかないか」

 ここは響が作り出した世界。能力はおろか、飛行能力も失われている可能性がある。状況が分からない以上、下手なことはしないほうがいい。そう判断したリョウは長い棒を使って上手くバランスを保ちながらゆっくりと塔へ近づいて行く。

「おお、順調に進んでいますね! でも、ただの綱渡りじゃありませんよ? ここからある仕掛けを作動させましょう」

「何?」

 塔まで後半分というところでレミリアが笑顔で手元のボタンを押した。そして、レミリアの両隣りにガシャンと何かが現れる。

「このガトリング砲でピエロを狙撃します。でも、大丈夫! ピエロなら何とかしてくれるでしょう!」

 2丁のガトリング砲に手を当てながら断言するレミリア。しかし、そのピエロであるリョウは冷や汗を流し始める。

(じょ、冗談じゃない!!)

 ガトリング砲の銃弾を防ぐための能力はない。今、確認した。飛べる保障もない。下がどうなっているかもわからない。そんな中、鉛玉の弾幕を張られたら1秒もかからずハチの巣になる。そこまで考え、リョウは今までより何倍ものスピードで綱を渡り始めた。

「それでは、発射あああああ!!」

 だが、間に合わなかった。レミリアの掛け声と同時に2丁のガトリング砲が火を噴く。

「ガッ?!」

 途端にリョウの体を銃弾が何発も貫く。激痛が体中を駆け巡る。

(痛みが、あるのか!?)

 リョウは危険だとわかっていても、痛覚まであるとは思っていなかった。ここは響が作り出した世界。つまり、幻覚だ。それは夢を見ているのと同じこと。だが、夢なのに痛みがある。それだけでもマズイのに、これから――――――自由落下が起こる。

「うわああああああああああああああああああ!!」

 血だらけの体が空中に投げ出され、重力に捕まってしまう。リョウは物理法則に倣い、そのまま奈落の底へ落ちた。

(やばい、やばいやばいやばい!!)

 ビュウビュウと風を切りながら落ちる。まだ、底は見えない。

「あーあ……落ちてしまいましたか。では、そんな無様なピエロには罰を与えましょう」

「ば、罰!?」

 頭上から聞こえるレミリアの声を聞いた時はどんな罰が来るのか想像も出来なかったが、下を見た瞬間、すぐに理解する。

「……死んだ」

 眼下にはアリすらも貫けるほど、細くて長い大量の針が並んでいたからだ。

 飛べず、力のないピエロは悲鳴を上げながらそのまま―――――――――――。

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 気付いた時には痛みしかなかった。目の前も真っ暗である。

(死んだ……のか?)

「あのピエロは死にました。しかし! 私にはまだピエロはいます! 次こそは成功するでしょう!」

 スポットライトがレミリアを照らしていることに気付き、死んでいないと悟った。

(でも、確かにあの時……)

 針が体中を突き刺した感覚が再び、リョウを襲う。無意識の内に体が震える。

「お次は火の輪潜り!」

 そして、リョウはもう一つ、わかってしまった。

 

 

 

 このスペルは――まだ終わっていないことを。

 


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