第256話 スランプ
「うおおおおおおおおッ!!」
俺は雄叫びを上げながらレミリアに裏拳を放つ。それを彼女は姿勢を低くすることによって回避。すぐさま、足払いをして来た。
「くっ……」
咄嗟にジャンプして躱すもその隙を突かれてレミリアの拳が俺の腹を捉える。
(くそっ)
何とか、『結鎧』で防いだものの衝撃は殺し切れずに紅魔館の壁に叩き付けられた。
「禁忌『レーヴァテイン』!」
レミリアが俺に気を取られている間に後ろに回り込んだフランが炎の剣で斬りかかる。
「……」
だが、レミリアはそれを予知していたようで後ろ回し蹴りを放ち、フランの手を打った。その拍子にフランが剣を離してしまう。
「しまっ――」
「紅符『スカーレットシュート』」
目を見開くフランを紅い弾幕がこちらに向かって吹き飛ばした。やっと態勢を立て直した俺はフランを受け止める。
「神槍『スピア・ザ・グングニル』」
その時、レミリアがスペルを発動して紅い槍を手に持ち、投げた。紅い槍は衝撃波を撒き散らしながら突進して来る。
「禁弾『スターボウブレイク』!!」
俺に抱っこされたまま、フランが苦し紛れに虹色の矢を放つもすぐに弾かれてしまう。
「霊盾『五芒星結界』!」
あらかじめ発動しておいた『霊盾』で防御。結界と槍が真正面から激突し、甲高い音を轟かせた。
数秒の間、均衡状態だったが『霊盾』に皹が走る。急いで霊力を流して修復するが追い付かない。
「アーマー展開!!」
『霊盾』が破壊された刹那、今度は『結鎧』を展開。だが、今度は数秒も持たずに槍が『結鎧』を突き抜けて――。
「ああああ!! もう、また駄目だった!!」
レミリアと戦い始めてから早3か月。季節も9月となったが、俺とフランは一度も勝っていない。それどころか有効打すら与えていない状況だ。
「落ち着けって……いてて」
俺の隣で暴れているフランを嗜めつつ、右肩を擦った。レミリアの槍からフランを守ろうと庇った時、槍が俺の右肩を抉り取ったのだ。傷はすでに塞がっているものの痛みは簡単に引かない。
「大丈夫? お兄様?」
「ああ、大丈夫。1時間もすれば痛みもなくなるだろうし」
「うん……」
頷いたフランだったが、暗い表情を浮かべている。
「気にすんなって」
「でも!」
「あ、すまん。そろそろ、帰らなくちゃ」
携帯で時刻を確認したら午後6時。望たちがお腹を空かせて待っている。
「お兄様ってば!」
「はいはい、また今度聞くからじゃあな」
スキマを開いて俺はそそくさと家に帰った。
「……はぁ」
お兄様が帰った後、私は深いため息を吐く。
(もう……どうして、逃げるのさ)
これでも2年ほどお兄様の妹をしているのだ。すぐにわかる。
「バカ」
戦闘中、お兄様は何度も私を庇っていた。私の身体能力なら躱せる攻撃もお兄様は受けたのだ。
「まるで、私のことを信じてないみたいじゃん……」
最近のお兄様は少しだけ様子がおかしかった。過剰なまでに私を守る。
(何かあったのかな?)
きっと、それを聞いてもお兄様ははぐらかすだろう。
「……はぁ」
またため息。この問題を解決しないとお姉様には勝てないことは明白。しかし、私の力では問題を解決できないのも事実だ。
「お兄様ぁ……」
今はここにいない兄を呼びながら私はベッドに倒れ込んだ。
「よっと」
家に帰る前に俺はヒマワリ神社にやって来た。すでに周りは暗くなっていて、俺以外の人は見受けられなかった。
「……はぁ」
ダルイ体を引き摺って神社の境内に座る。本来ならここは立ち入り禁止だが、気にしない。どうせ、ここに来るのは俺だけだ。
(どうして……勝てない?)
確かに、レミリアは強い。だが、強いにしても俺たちが一方的にやられるほど俺たちは弱くはないのだ。
「何でだ……」
それなのに、勝てない。それどころか有効打すら与えられていない。
(何が、足りない?)
そんなもの、決まっている。火力だ。狂気が部屋に閉じこもっている今、妖力は猫からしか供給できていない。そして、その猫の妖力は狂気と比べたらあまりにも少ないのだ。これではレミリアに攻撃を当てることが出来ても何の効果もない。
『にゃー……面目ないにゃー』
「お前のせいじゃない」
シュンと落ち込んでいる猫を宥める。実際、猫を魂に取り込んでから俺のスピードは飛躍的に上がった。それこそ、レミリアに匹敵――いや、それ以上だ。もし、レミリアと徒競走することになったら俺が勝つだろう。
しかし、そのスピードを活かす前に彼女に肉薄されてしまうのも事実。本来ならば、動き回って撹乱するのが一番なのだろうが、そうした場合、今度はフランが狙われる。
『フランが攻撃されたら、それを庇う……そのせいで、レミリアに懐に潜り込まれる。うん、悪循環ね』
吸血鬼が導いた結論に黙って頷く。
『響よ。もう少し、フランを信じてやってもいいのではないか?』
「信じる?」
トールの提案に首を傾げた。俺は十分、フランを信じていると思ったからだ。
『お主はフランの身を案じすぎている。今日だって、グングニル“程度”の攻撃ならば、お主が庇うのではなく、フランの能力を使って無効化した方がよかったはずじゃ』
「……ああ、そうだな」
確かにトールの指摘は正しい。俺だってそう思う。
でも、体が勝手に動いてしまうのだ。万が一、フランが傷ついてしまったらどうしよう? もし、大ケガを負ってしまったら? 運が悪くて、死んでしまったら?
フランは吸血鬼だからそう簡単には死なない。身体能力も高い上、傷もすぐに癒える。
だが、所詮、“死ににくい”だけなのだ。この世に絶対はない。フランが死んでしまう可能性はゼロではない。限りになくその確率が低くても死ぬ時は死ぬのだ。
『レミリアだって殺したりしないでしょう?』
「ああ、そうだと思うよ。でも……動いてしまう。怖いんだよ……目の前で人が死ぬところを見るのが」
思い出されるのは俺がまだ子供の頃――夢で見た咲さんの死に様だった。咲さんが死んだ時、俺自身は気を失っていたが何故か、その光景を夢で見たのだ。
妖怪の剛腕によって吹き飛ぶ首。それでいて、咲さんは満足そうな表情を浮かべていた。まるで、“自分の死に場所を見つけたことを幸運に思っている”ような笑顔。
咲さんが死ぬのを俺は黙って見ているしかなかった。夢であることを忘れて夢中になって手を伸ばした。でも、その手は届かない。
「……怖いんだ。目の前で知り合いが傷つくのが」
今までだって、俺の前で皆は傷ついた。一番、恐怖したのは雅が火柱に飲み込まれた時だ。あの時ほど、自分の無力さを恨んだことはない。
「怖いんだよ……何も出来ない自分が」
俺は強くなった。でも、それは皆の力を借りているだけ。
コスプレは幻想郷に住んでいる皆の力。
魔力は吸血鬼の力。
妖力は狂気の力。
神力はトールの力。
闇は闇の力。
運動能力は猫の力。
合成する力は指輪の力。
仲間の力はもちろん、皆がいてこそ発揮される。
唯一、俺自身が持っている力と言えば、この能力と霊力だけだ。
しかし、能力は扱いが難しい。霊力もレマが持っている霊力と衝突して上手く使えていない。
「……はぁ」
空を見上げて見え始めた星たちを観察する。
「どうしたもんかな……」
やはり、リョウと戦ってから俺の中で何かが変わってしまった。
現実を知って、無力さを知って、絶望を知って――。
『うーん……響、かなり追い詰められてるわね』
『今まで、何とかなって来たが……今回ばかりは運だけで何とかなるわけでもない。スランプという奴かの?』
『スランプー?』
『調子が悪いことを言うのよ。スランプになったら、何か壁を乗り越えるまで調子は戻り辛い。突破口を見つけられたらいいんだけど……』
『ふむ……それを見つけられないからスランプって言うのだろうな』
魂の中で真剣に悩んでくれている皆に心の中で感謝を言いながら俺は立ち上がった。
「……帰るか」
とりあえず、お腹が空いたので家に帰ってご飯を食べるとしよう。決まれば早いもので、すぐにスキマを開いて皆が待っている家に帰った。