東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第260話 寺子屋

「はぁ……はぁ……」

 いつの間にか森も抜けていたが、俺は汗だくのまま、走り続けている。いつ、ルーミアが追って来るかわからないからだ。

「にゃー」

「応援してくれるのはいいんだけど、いい加減降りてくれないか? 首が折れそう」

「にゃっ!」

「……そうかい」

「にゃにゃ」

 ため息を吐いていると、猫は髪を左に引っ張った。

「左に行けばいいのか?」

「にゃ!」

「なら、そっちに行くか」

 この猫は幻想郷に詳しいようだ。ルーミアの弾幕も見えていた――いや、感じ取っていたみたいだから、霊力的な力を感知できるのかもしれない。

「なぁ、俺たちって博麗神社に向かってるのか?」

「にゃにゃ」

 否定の言葉、だと思う。

「じゃあ、人里?」

「にゃ」

 俺たちは人里に向かっているようだ。確かに、博麗神社に向かうよりもまずは慧音などに相談して護衛してくれそうな人を紹介して貰った方がいいかもしれない。

「それじゃ道案内、よろしくな」

「にゃ!」

 まだまだ、この猫にはお世話になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うお……」

 人里らしき物が見えて来て俺は思わず、声を漏らしてしまう。達成感と言う奴だ。

「にゃー」

 ぐいぐいと右に引っ張る。右を向くとそこに門番らしき人が二人、立っていた。

(まずは、あの人たちに状況を説明した方がいいか……)

「あの」

「ん? 何だ……って、もしかして、外来人か?」

 最初、訝しげな表情をこちらに向けた門番だったが、俺の姿を見た瞬間、そう問いかけて来る。

「わかるんですか?」

「人里の外から来て、見慣れない恰好をしているからな。よく、生き延びた。一先ずは人里で休んで行きなさい」

「ありがとうございます」

 よかった。ここで、門前払いを喰らったら本格的にやばかった。

 門番二人に見送られながら俺と猫は人里に入る。

「おお」

 もう少しで夕方になる、という時刻なのに人々は賑わっていた。夕食の買い物をする人。そんな人たちを呼び込む商売人。夕方になる前に少しでも遊ぼうとしている子供たち。それを見ていると幻想郷なのに平和に見える。まぁ、人里は妖怪に襲われる可能性が低いので当たり前なのだが。

「さてと……寺子屋はどこかな?」

「にゃ」

 俺の独り言に対し、左に引っ張る猫。

「え? お前、寺子屋の場所もわかるのか?」

「にゃ!」

「本当に、頼りになるわ」

「にゃー」

 頭の上にいるので実際に見たわけではないが、猫は満足げだった。

「じゃあ、寺子屋までよろしく」

「にゃにゃ!」

 俺は猫に髪を引っ張られながら寺子屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃにゃ」

「ここか?」

「にゃん」

 猫の自信ありげな鳴き声を聞いて俺はその建物を見上げる。確かに、他の民家より大きい。

「よっと……ん? 何か寺子屋に用か?」

 何か重そうな物を持ってこちらに近づいて来た女性が俺に気付いて声をかけて来る。

(お、おお……)

 ここは三次元なのでゲームのそれとは多少、違うがその女性は慧音そのものだった。

「何か、私の顔に付いているか?」

「あ、いや……えっと、上白沢 慧音、さんですか?」

「確かに、私が慧音だが……おや? その猫」

 俺の頭の上に乗っている猫を見て唸り始める慧音。

「知ってるんですか?」

「いや、気のせい……ってことにしておこう」

「……にゃ」

「あの……」

 慧音と猫の間に何かあったようで完全に蚊帳の外だった。

「おっと、すまない。そこの猫とは仲が良くてな」

「そうなんですか?」

「よく、外来人をここまで連れて来てくれるのだ」

「お前、すごい奴なんだな」

「にゃー!」

 『そうだぞー』、みたいな感じで猫が鳴く。

「さて、君は外から来たのだろう? お茶でも飲んで行きなさい」

「ありがとうございます」

 ルーミアとの追いかけっこでもうヘトヘトだ。博麗神社に向かう前に少しだけ体力を回復しておこう。

「あ、そうだ。君の名前を聞いていなかったな。その前に一応、自己紹介しておこう。私は上白沢 慧音。この寺子屋で先生をやっている」

「ご丁寧にどうも。影野 悟って言います」

「影野 悟?」

 俺の名前を聞いて彼女は目を細めた。

「どうしました?」

「……いや、何でもない。さ、上がってくれ」

 荷物を抱え直しながら慧音さんは寺子屋の中に入って行く。俺もその後を追った。

「適当に座っていてくれ。今、お茶の用意をして来る」

 囲炉裏のある部屋に通された俺は近くにあった座布団の上に座る。猫は頭から降りて膝の上に乗って来た。

「……ふぅ」

 やっと、一息つける。安心から長い溜息が漏れた。

(まさか……本当に幻想郷に来ちゃうとは、な)

 猫の背中を撫でながら今更な感想を頭に浮かべる。

 そりゃ、そうだろう。今日は響と遊ぶ約束をしていたのにこんな幻想の世界に来てしまったのだから。

「まぁ、何とかなるかな」

 ルーミアに襲われた時は少し焦ったけれど、この猫がいれば何とかなるような気がする。

「なぁ、猫」

「にゃ?」

 大人しく撫でられていた猫が顔を上げてこちらを見た。

「俺が無事に博麗神社に辿り着けるまで一緒に来てくれるか?」

「……にゃん」

 猫は一つだけ頷く。

「そっか。ありがと」

「にゃにゃん」

「待たせたな」

 そんなことをしている間にお盆を持った慧音が部屋に戻って来た。

「ありがとうございます」

「うむ……ところで、悟はこれからどうするのだ?」

 お茶を飲んで和んでいると唐突に問いかけて来る慧音。

「博麗神社に向かおうかと」

 確かに幻想郷に来られたことは嬉しい。しかし、この世界は力がないと生き残れない厳しい世界だ。能力がないと死ぬだろう。

「……そう言えば」

 お茶が美味しくて忘れていた。

「慧音さん。少しいいですか?」

「む? 何だ?」

 首を傾げている彼女にルーミアとの追いかけっこの際、起きた現象について語った。

「……それは、やはり能力だな」

「やっぱりですか?」

「ああ……まぁ、まだ不明な部分も多いから内容までは推測できないが」

 さすがに『真っ暗な場所で周りの様子が見える』だけでは能力の内容まではわからないようだ。

「でも、今の所、この能力……戦闘には使えませんね」

「ルーミアとの相性はいいが他の妖怪となると、な。一気に攻められて……」

 その後の言葉は続けなかった。言わなくてもわかるからだ。

「なら、博麗神社に向かうのも危ないですね」

「ああ、それなら心配ない。人里に案内できる奴がいるか探しておこう」

「いいんですか?」

「もちろん、相手の都合を聞いてオッケーを貰ったらだが」

 そう言って慧音さんは立ち上がる。

「では早速、探して来る。もう少しだけ待っていてくれ」

「ありがとうございます!」

 俺のお礼を聞いて微笑んだ彼女はそのまま部屋を後にする。

「これで、博麗神社には行けそうだな」

「……」

 呟きに対し、猫は少しだけ顔を下に向けるだけだった。

 


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