東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第264話 過去――紅い珠――熱――

「キョウ、まだ寝てないの?」

 僕のテントの入り口から顔を覗かせたこいしさんはそう問いかけて来た。

「あ、こいしさん……はい、ちょっと眠れなくて」

「……もう、1週間もろくに寝てないよ? 本当に大丈夫?」

 こいしさんの言う通り、咲さんと月さんが死んでしまった日から僕は眠ることが出来ず、フラフラだった。更にご飯も食べられずに自分でも衰弱しているのがわかる。

「はい……」

 でも、それを言うわけにもいかず、僕はただ、見栄を張るだけだった。この問題は僕だけしか解決できない。こいしさんに言っても困らせてしまうだけだ。

「そう……でも、無理だけはしないで。それじゃおやすみ」

「おやすみなさいです」

 心配そうに僕を見ながらこいしさんはテントを出て行く。それをいつの間にか治っていた右腕を振りながら見送った。

「……マスター」

 それを見送っていると桔梗が寝床(余った木材を借りて、即席で作った。咲さんと一緒に)から声をかけて来た。

「ん? 何?」

「大丈夫なわけないじゃないですか……もう、フラフラなのに」

「でも、こいしさんに言っても仕方ないでしょ? これは僕の問題なんだから」

 咲さんと月さんの死は僕にとってそれほど大きなことだったのだ。

(僕がもっとしっかりしてたら……)

 あの時、僕は妖怪の攻撃を喰らって気絶してしまった。もし、それがなければ咲さんは死ぬこともなかったかもしれない。月さんもそうだ。彼女の病気に有効な薬草を見つけていれば、彼女は助かった。

「マスター」

 自分を責めていると桔梗が僕の胸に飛び込んで来る。

「き、桔梗?」

「あまり、自分を責めないでください。マスターのせいじゃありませんから」

「でも――」

「それこそ、私がもっと強ければマスターをお守り……いえ、咲さんも守れました。それなのに、マスターが倒れてしまった時、私は混乱してしまいました。あの時、マスターの背中を守ることしか出来なかったんです。だから、マスターのせいではありません」

 そう言いながら桔梗は両手をギュッと握る。本当に悔しいのだろう。

「……桔梗はよくやってくれたよ。ごめん。僕が情けないから桔梗に苦労かけちゃうね」

「いえ、マスターはとても立派です! ですが、私が弱いばかりに……」

「ううん。僕が――」

「いえいえ、私が――」

 そんな言い合いをしていると僕たちはほぼ同時に噴き出してしまった。

「ふふ……僕たち、何やってるんだろ」

「最終的にお互いを褒めるだけでしたもんね」

 笑顔の桔梗。その顔を見て僕の心は不思議と温かくなる。

「桔梗」

 そんな彼女を抱きしめた。一生、離さないと言わんばかりに。

「ッ!? ま、マスター!?」

「ありがとう……桔梗がいてくれるから僕はこうやって元気になれた」

「私は、当たり前のことを言ったまでですよ。元気になれたのはマスター自身の力です」

「それでも、ありがとう。これからも一緒にいてくれる?」

「もちろんです!」

 満面の笑みを浮かべて桔梗は僕の胸に顔をくっ付けてすりすりし始めた。その姿が可愛らしくて思わず、頬が緩んでしまう。

「ねぇ」

「はい、何ですか?」

「今日……一緒に寝てくれる?」

 咲さん達が死んでしまった日からずっと寝つけなかった。でも、桔梗と一緒に寝たら眠れるような気がしたのだ。

「一緒に……寝るッ!?」

 しかし、僕の言葉を聞いた桔梗は目を丸くして頬を紅くした。

「ま、まま、マスター!? い、一緒に、寝るんですか!?」

 そして、そう問いかけて来る。まずかったのだろうか?

「やっぱり、駄目かな……ゴメン。無理言っち――」

「――大歓迎ですッ! さぁ、寝ましょう。速攻で毛布の中へ入りましょう。直ちに、直ちに!」

 絶叫する桔梗の目は血走っていた。何だか、少しだけ怖かった。

「う、うん」

 桔梗に逆らうことも出来ずに、慌てて毛布の中へ潜り込んだ。

「失礼しまああああああああす!」

 桔梗も勢いよく毛布へ入って来る。

「はぁ……マスターのぬくもりに包まれて眠れるなんて幸せですぅ」

「あはは。そんなに喜んでくれるならこれからも一緒に寝よ?」

「はい、是非!」

 僕の胸の中で笑う桔梗を見て一気に眠気が襲って来る。

「マスター、眠いのですか?」

「ぅん……急に……」

「では、子守唄を歌ってあげますね」

 そう言って桔梗は静かに歌い出した。その歌は聞いたことのない歌。

(でも……何だか、懐かしい……)

 目を閉じて思い浮かべたのは――神社。その縁側で、僕は誰かの膝に頭を乗せて寝ている。そして、その誰かは僕のことを微笑みながら見下ろして歌っていた。とても、優しい顔で。幸せそうに。

(だ、れ……)

 そこで、僕は眠りにつく。桔梗の子守唄を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、また来たよー」

 山を登り切り、その頂上にある真っ黒な墓石に挨拶する。

「……何でだろうね。私はお前のことは嫌いなのにここに通っちゃう」

 持って来た水を適当に墓石にかけながらボソッと呟いた。

 やはり、不安なのだろうか。こいつは私に酷い仕打ちをして来た。それでも、一応、保護者だったのだ。

(今、思えば、こいつが最初だったっけ? 私に抵抗したの)

 ガドラに会う前の私はクォーターというだけで他の妖怪にいじめられていた。お前は出来損ないなのだと、クズなのだと、存在していても意味のない奴なのだと。

 ずっと我慢して来たが、爆発してしまい、近づいて来る全ての生物を炭素に換えて私の力にした。

 それを続けている内に私はその地域で最強で最凶の存在になっていた。

 気付いた頃には私に優しくしてくれた数少ない仲間も自分の糧にしていた。だが、私はどうでもよかった。自分の力に酔っていたのだろう。

 そんな時だ。ガドラに会ったのは。

 いつも通りにガドラを炭素に換えようとした。しかし、触れた瞬間、私は燃え始め、ほとんどの力を燃やし尽くされた。

「お前は俺の物だ。逆らえば次はないと思え」

 地面に転がっている私にガドラはそう言った。

 それから私の奴隷生活が始まったのだ。

 ガドラに命令されたことを嫌でも遂行した。反抗すれば燃やされるから。

「……何でだろうね」

 本当に何故なのだろうか。私はどうして、この墓石を洗っているのだろうか。本来ならば、無視するはずなのに。

「……はぁ」

 やはり、不安なのだろう。最近、響の様子がおかしいことに。

 地底で石にされた彼は無事に異変を解決し、戻って来た。しかし、その時にはすでにいつもと何かが違っていた。訳は話してくれなかった。

 だからこそ、私は不安なのだ。また、危険なことをしているのではないか、と。また、私は何の役にも立てずに全てが終わった後に真相を知ることになるのではないか、と。

 もう、嫌なのだ。私の知らないところで響が傷つくのが。役に立てないのが。一緒に戦えないのが。

「ん?」

 不安を拭えないまま、墓石も洗い終わり、帰ろうかとした時、墓石近くの地面に何か光る物を見つけた。

(何だろう?)

 首を傾げながらその光る物を指でつまんでみる。ビー玉ほどの大きさだ。少しだけ力を入れて地面から引っこ抜く。

「うわぁ……」

 それはとても綺麗な紅い珠だった。何とも言えない幻想的な色を放っている。私は一目で気に入ってしまった。

「なんか、良いことがありそう!」

 先ほどまでの暗い気分はどこへやら。私は上機嫌で山を下り始める。紅い珠を握りしめて。

 

 

 

 

 その夜、悟が幻想郷に行ったことを響から知らされた。何だか、響も疲れているようで紅い珠のことは言えず、自分でその紅い珠を小さな袋に入れて、首から下げられるように紐を付けた。裁縫は慣れていないので少しだけ歪な形になってしまったが、私は気にする事無く、首から下げて生活するようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悟さんが幻想郷に行ってから二日が経った。何とか、お兄ちゃんは自分の正体を晒すことなく(どうやってやったのかは教えてくれなかった)、無事に外の世界に帰すことが出来たそうだ。

 しかし、悟さんから連絡はなかった。何でも、携帯が壊れてしまったらしく、連絡しようにも向こうからしてくれないとこちらから連絡出来ない。今更だが、悟さんの家の電話番号や住所を知らなかった。

 だから、私たちは悟さんから連絡が来るまで待つことにした。

「おはよー……」

 いつも通りの時間に起きてすでに起きているであろうお兄ちゃんに朝の挨拶をしながら居間に入る。

「……お兄ちゃん?」

 だが、お兄ちゃんからの返事はない。それどころか、居間には誰もいなかった。

(珍しい……お兄ちゃんが寝坊なんて)

 まぁ、悟さんの件もあったし、最近は様子もおかしいので疲れているのだろう。しかし、起きて貰わないと朝ごはんが食べられない。

「お兄ちゃん? 起きてるー?」

 すぐに2階に上がってお兄ちゃんの部屋をノックする。返事はない。

「失礼しまーす。お兄ちゃん、朝だ……よ」

 まだ寝ているのだろうと結論付けてドアを開けて部屋の中に入る。そして、その部屋の光景を見て言葉を詰まらせてしまった。

 

 

 

 

 お兄ちゃんが床にうつ伏せの状態で倒れていたのだ。

 

 

 

 

「お兄ちゃんッ!?」

 すぐに駆け寄って抱き起す。お兄ちゃんは男の子にして軽すぎるので私でも簡単に抱き起すことが出来た。

「はぁ……はぁ……」

 顔を見ると大量の汗を流しているのに気付く。息も荒いし、顔も赤い。

「お兄ちゃん、しっかりして!」

 声をかけるが返事はない。それどころか、どんどん顔色が悪くなっているような気がする。

「望ー? 朝からどうしたのー?」

 その時、目を擦りながら雅ちゃんが部屋の中に入って来た。私の声で起きてしまったらしい。

「雅ちゃん! お兄ちゃんをベッドに運ぶの手伝って!」

「え? あ、うん!」

 最初、首を傾げた雅ちゃんだったが、お兄ちゃんを見てすぐに頷いてくれた。2人で協力してお兄ちゃんをベッドに寝かせる。

「響、どうしたの?」

「わからない。雅ちゃんは霙ちゃんたちを起こして来て」

「うん、わかった」

 雅ちゃんはすぐに部屋を出て行った。呼びに行っている間に私はお兄ちゃんの額に手を乗せる。

「熱い……」

 体温計で測っていないので詳しい数値はわからないが、すごい熱なのはわかった。だからこそ、私は困惑した。

(『超高速再生能力』を持ってるお兄ちゃんが……熱?)

 『超高速再生能力』は怪我だけでなく、自分の体に入り込んだウイルスを殺してくれる効果もある。つまり、お兄ちゃんは病気にならないのだ。ウイルスがたくさん入った物質を体に服用しても一瞬にしてウイルス達は『超高速再生能力』によって死滅するからである。

 それに、気になる点がもう一つ。

(半吸血鬼化してる?)

 そう、今のお兄ちゃんはお姉ちゃんだったのだ。胸のふくらみとパジャマの背中が破れ、そこから顔を出している漆黒の翼を見てすぐにわかった。

「お兄ちゃん……」

 ベッドの上で苦しんでいるお兄ちゃんを小声で呼んでも返事はない。

 

 

 

 

 

 また、何か、始まったのかもしれないと私は直感的にそう思った。

 




第8章は大きく分けて3つのお話で構成されています。


さぁ、1つ目のお話が始まります。

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