「――これが、お兄ちゃんの秘密です」
私が手短にお兄ちゃんの秘密を悟さんに話した。それを悟さんは腕を組んだまま、ずっと黙って聞いていた。
「……そうか。雅ちゃんが妖怪で、奏楽ちゃんは魂の残骸。霙は犬じゃなくて神狼。霊奈に至っては『博麗になれなかった者』。想像以上に、とんでもないことになってたんだな」
しばらくして確かめるように悟さんがそう呟く。
「それで、今、響はどんな状況なんだ?」
だが、すぐにお兄ちゃんの状態を聞いて来た。まるで、最初から何もかも知っていたかのように。
「ちょ、ちょっと待って! 何か質問とかないの!?」
私と同じ印象を受けたのか雅ちゃんが叫んだ。
「だから、質問したじゃん」
「そっちじゃなくて、響についてとか!」
「別に。雅ちゃんたちの正体は知らなかったけど、響に関してはそれなりに知ってたから」
「……どうして、知ってたんですか?」
私も我慢できずに問いかけた。
「あー……実は、俺にもよくわかってないんだけどさ。何か、俺も能力があるみたいなんだよ」
「はぁっ!?」
悟さんの回答に霊奈さんが目を見開いて驚愕する。かくゆう私も驚きのあまり、声が出なかった。
「一昨日ぐらいかな。俺、幻想郷に行ったんだよ」
「……はい?」
それを聞いて、霊奈さんだけが間抜けな声を漏らす。そう言えば、霊奈さんに話すのを忘れていた。
「その時にルーミアに襲われて。暗闇の中に閉じ込められたんだ」
「ルーミア……」
ルーミアの名前を聞いて霊奈さんは顔を顰める。1年ほど前、暴走したルーミアと戦った時のことを思い出したのだろう。
「その時、暗闇の中でも周囲の様子がわかったんだよ」
「暗闇なのに、ですか?」
思わず、聞き返してしまった。さすがに私でも暗闇の中では能力が発動しない(暗闇の中では穴を判別できないらしい。暗闇の中にいる時点で穴という概念がなくなるそうだ)ので、信じられなかったのだ。
「ああ……そして、幻想郷から帰って来た俺は幻想郷のことを忘れていたんだ。きっと、紫が境界を弄って記憶を消したんだろうな」
そこまで説明して、悟さんはすっかり冷めてしまったインスタントコーヒーに口を付ける。
「でも……色々と違和感を覚えて、部屋を暗くしたら思い出した。幻想郷のことを」
「部屋を暗く……暗闇ってことですか?」
私の質問に頷く悟さん。
「じゃあ、悟の能力は暗闇に関係することなのかも」
「俺もそう思う……って、今はそんなことを話してる場合じゃないだろ。まずは響をどうにかしないと――」
――パリーンッ!
雅ちゃんの呟きに答えてから悟さんが立ち上がった瞬間、突然、窓ガラスが割れて何かが私の足元に転がって来た。
「KAGEROU?」
「ッ!? 皆、息を止めろッ!」
その黒い球体に書かれていた文字を復唱すると同時に悟さんが絶叫する。しかし、状況について行けず、硬直しているとその球体から白い煙が噴出し始めた。
「な、なにこれ……」
その白い煙を見てそう言ったところで私の意識は途切れた。
「……」
1階が少しだけ騒がしい。奏楽は響の手を握りながら、そう思った。
(どうしたんだろ?)
「ぅっ……」
首を傾げていると、下から邪悪な気配を感じ取り、彼女は思わず、うめき声を漏らす。
「おにーちゃん、ここで待ってて」
その邪悪な気配の正体を確かめるために響にそう言い残して部屋を出る奏楽。
「――」
「――」
階段をゆっくり降りていくと居間の方から聞き覚えのない声が聞こえた。その数は2つ。しかし、魂の気配はそれ以上あるため、声を出しているのが2人だけなのだと彼女は簡潔に判断した。
(お姉ちゃんたちが……いない?)
今、望たちは居間で大事なお話をしている。それなのに、居間からは邪悪な気配しかせず、望たちの魂はどこにも感じられなかった。
「ッ――」
そのことに気を取られて足元が疎かになり、階段を踏み外してしまった。幸い、階段を転げ落ちることはなかったが、大きな音を立ててしまう。
「誰だ!」
その音を聞き付けた邪悪な気配の1つが居間のドアを開けて奏楽を見つけた。
(こ、この人……おにーちゃんを……)
ドアを開けた男(声で男だとわかる)は完全装備と言っていいほど武装していた。真っ黒な服にヘルメット、防弾チョッキまで着込んでいる。そして何より、その手にはアサルトライフル。まるで、これから戦場に向かう人のようだった。
「おい、もう一人いたぞ」
相手が子供だとわかったからか声を抑えるようにして仲間に伝えたその男はゆっくりと奏楽の方へ歩みを進める。
「……」
この時点で奏楽は自分に勝ち目がないことを理解していた。奏楽の能力は強いが、それは響が式神として召喚した場合の話である。今の彼女はちょっと力の強い少女だ。それでも大人の男に力負けしてしまう。
(おにーちゃん……)
そして、この男たちの目的が響だということもわかっていた。だからこそ、奏楽はその場を動かずに響に式神通信で伝える。
(逃げてッ!!)
響の身に危険が迫っていることを。
「……ちっ。ここも外れか」
男は部屋を覗いて誰もいないことを確認した後、悪態を吐く。
「後はどこだ?」
後ろに控えている部下にそう聞いた。その声には疲労の色が聞いて取れる。
「あの部屋で最後です」
聞かれた部下が指さした部屋は響の部屋だった。
「そうか」
そう言って、男は警戒しながらドアを開ける。
「……」
その部屋は綺麗に整頓されていた。何故か、桶やタオルが散乱しているものの、この部屋の持ち主は几帳面な性格をしていると手に取るようにわかる。
「……いない、か。いや、逃げられたか」
男はそう言いながら、ベッドに脱ぎ捨てられているパジャマと開けっ放しにされている窓を見て舌打ちをした。
「全く。お前はどうしてそんなに無茶なことをするんだ」
俺の隣で望が腕を組みながら文句を言った。
「仕方ないだろ? あの状況じゃお前たちに連絡出来なかったし。俺も無事だったんだしよ」
歩きながら言い訳する。そろそろ面倒になって来た。走って逃げてしまおうか。
「最近、強くなって来たからと言ってあまり調子に乗っていると痛い目に遭うぞ?」
「はいはい……ん?」
やっと家が見えて来たと思ったその時、家の前に何かが倒れているのに気付いた。
「どうした――って、おい! りゅうき!!」
望が叫ぶが俺は止まらずにそれに駆け寄る。それの正体は黒猫だった。
「望、猫が倒れてる!」
「何?」
猫を抱き上げる。尻尾に紅いリボンが括り付けられているところから飼われている猫だと推測できた。
「かなり衰弱してるみたいだ……どうする?」
「一先ず、お前の家に。その間に私は家に行って何か役に立ちそうな本がないか探して来る」
望はそう言った後、自分の家に入って行く。俺も急いで自分の家に入る。
「種子、風花、ちょっと来てくれ!」
「ん、どうした? リュウキ」「どうしました?」
俺の声が聞こえたようで二人が居間から顔を覗かせた。
「家の前で猫が倒れてたんだ。かなり弱ってる。風花は何かタオル。種子は治療を頼む」
「う、うん」「はいっ」
風花は洗面所へ、種子は俺の隣に移動して猫に両手を翳し始める。居間に戻る時間も勿体ないので廊下で、だ。
(頼む。耐えてくれ……ん?)
その時、猫の背中に小さな黒い翼があることに気付く。保護色になっていたので気付かなかったようだ。
「リュウキ、タオル取って来たよ」
「おう、サンキュ」
風花からタオルを受け取ろうとした刹那、猫が突然重たくなった。
「なっ!?」
どんどん猫の体が変化して行く。
「な、何だ!?」
「ご主人、これは一体!?」
二人が叫ぶも俺もそれどころではなく、大きくなっていく猫を何とか支える。
その間にも猫の姿は人間のそれに近づいて行く。
「に、人間ッ……」
風花もわかったようで目を丸くして驚いていた。
猫だった人は黒いポニーテール。体つきからして女。俺と同じくらいかちょっと上ぐらい。更に背中から黒い翼が生えていて、全裸だった。
「りゅうき。本、持って来た……ぞ」
完全に人間になったところで望が来る。
「な、何やってんだあああああ! お前はあああああ!」
そして、絶叫した。
「落ち着けって、今はそんなことしてる場合じゃない。風花、望に説明頼む。その間に……」
女の人を運ぶために態勢を変えたら顔が見えて思わず、目を見開いてしまう。
「音無兄っ……」
そう、女の人は音無兄だったのだ。体は完全に女だが、顔はそのままだ。
「お兄さんだと? そんなわけ……本当にお兄さんだ」
「でも、どうして響さんがここに?」
「そんなことを話してる場合じゃないだろ。息も荒いし熱もあるみたい。これは早めに治療しないと命に関わるよ!」
風花の一喝に俺たちは正気に戻った。
「そうだな。望と種子。お前たちで音無兄を俺の部屋に寝かせてくれ。風花は冷蔵庫から飲み物を持って来い」
「どうして、お前が運ばないんだ?」
俺の指示に違和感を覚えたのか望が首を傾げながら聞いて来る。
「音無兄は今、女だ。男の俺が運ぶわけにもいかないだろ? 見えるし」
「……そ、そうだな! 種子、急ごう!」
「は、はい!」
音無兄を望に渡し、氷枕を作るために風花の後を追って俺も居間に入った。
次回から【メア】側の人たちがガッツリ出て来ます。ご注意ください。