今日の正午にお詫びのもう1話を投稿します。
「なるほど、だからりゅうきの頬がとんでもないことになってるのか」
「いや、マジで申し訳ないと思ってる」
「いいんだよ。乙女の体を見た代償だから」
「風花さん、響さんは男性ですよ?」
「いいから、話し合いするぞ」
種子に治療されながら(治癒術というらしい。種子の能力だそうだ)柊が2回、手を叩いて俺たちに呼びかけた。
「俺はこのままでいいのか?」
俺はベッドに横になって問いかける。やはり、まだ動けないようで柊を殴った後、気絶はしなかったものの倒れてしまったのだ。
「ああ、そのままでいい。また殴られるのは嫌だから」
「服、着てるっての」
因みにズボンは柊のジャージを、Tシャツは築嶋さんから借りた。Tシャツを着た時、胸が苦しかったのだが、それを見て奥歯で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた築嶋さんを見て何も言えなかった。
「コホン。それで音無兄、何があった?」
話が脱線していたので咳払いで修正した柊は俺に質問して来る。
「……それが、俺にもよくわからなくて」
「わからない?」
「朝から熱で倒れてたから今日一日の記憶がないんだよ」
「そうか。まぁ、だろうと思ってたけど。風花、すまんが音無兄の家の様子を見て来てくれ」
「あいよー」
適当な返事を返して風花は窓を開けて飛んで行った。普段なら、スキマで様子を見に行けるのだが、何故か今の俺は半吸血鬼化している。そのため、能力が使えないのだ。
「とりあえず、知ってる限りのことを教えてくれ」
風花が飛んで行ったのを見送った柊が窓を閉めながら言う。
「わかった」
それから俺は覚えている限りの情報を柊達に説明した。
「能力の暴走による高熱。しかも、満月でもないのに半吸血鬼化してるってか」
「それに、謎の男の声。何故、お兄さんの家を襲ったのだろうか」
「望さん達は大丈夫なのでしょうか……」
俺の話を聞いた3人はそれぞれ、感想を述べる。
「それじゃ、状況を整理しよう。今朝、音無兄は高熱により、床に伏せた。それを看病していた音無妹たちだったが、謎の男に襲われ、音無兄に逃げろと言った。それを聞いて意識が朦朧としたまま、猫に変化して逃げ出す音無兄。無意識的に俺の家に向かい、その家に辿り着く寸前で倒れる。そこへ俺と望が帰って来て、猫を保護。その猫は音無兄で先ほど目を覚ましたが、何故か女体「半吸血鬼化」……半吸血鬼化していて現在に至る、と」
「それでいいと思う」
朝は目が覚めてすぐに倒れてしまったので、朝から半吸血鬼化していたかどうかわからなかった。
「高熱の原因は能力なのだな?」
そこで、築嶋さんが腕を組みながら問いかけて来る。
「多分。それ以外に考えられない」
「では現在、響さんは能力が使えないのですね?」
「そうなるな」
「能力が暴走した原因はわかるか?」
種子の疑問に答えていると今度は柊が聞いて来た。
「能力が変わったからだと思う。しかも、急激に」
大学に入る直前、俺はとある事件に巻き込まれた。そこで、俺の能力が急激に変わることがあったのだ。その時は、2秒ほど能力が使えなくなる程度で済んだが、今回は高熱が出るほど大きく能力が変わった。
「急激ってどういうことだ?」
俺の言っていることが理解できなかったようで更に聞いて来る柊。
「俺の能力は変化するって言っただろ? でも、その変化にはそれぞれ、度合いがあって普段の能力変化は大丈夫なんだよ」
普段の能力変化が起きるのは満月による半吸血鬼化と魂同調ぐらいである。その両方共、魂に吸血鬼たちが原因なので、度合いが低いのだ。
そもそも、俺の能力変化の度合いは俺との関係性によって決まる。俺と密接な関係であればあるほど、その度合いは低くなり能力変化が起きても体に影響がない。
逆に俺と関係ないところから干渉され、能力変化が起きると度合いが高くなり、俺の体に様々な影響を与えるのだ。
「つまり、今回の能力変化は音無兄とあまり関係のないところから干渉されて起きたってことか?」
「そうなる」
「それなら、望たちを襲った男が怪しいな。お兄さんが熱を出した日に襲って来るなどタイミングが良すぎる」
築嶋さんの出した答えは俺と一緒だった。敵が何らかの方法で俺の能力を変化させて俺の動きを封じ、その隙に家に侵入した。そして、望たちを誘拐した、と。
「能力変化が起きたのなら、今の能力は何なんです?」
「……知らない」
「へ?」
俺の答えが予想外だったようで、首を傾げる種子。
「俺の能力って結構、簡単に変わるんだよ。だから、わからない。半吸血鬼化してるから能力も試せないし」
半吸血鬼化している時は能力がなくなってしまうのだ。存在が曖昧過ぎるかららしい。
「とにかく、今、大事なのは音無兄の体調を回復させること。そして、音無妹たちの行方を探すことだ。幸い、その男が音無兄の能力に干渉して能力変化を起こしたのなら、男の目的は音無兄になる。音無兄を誘き寄せるための人質にするだろ」
「望たちは無事ってことか?」
「おそらくな」
「そっか。それなら」
今、探せば間に合う。俺はベッドを降りて立ち上がった。
「ま、待てお兄さん、どこに行く気だ!」
だが、俺の肩に手を置いて築嶋さんが止める。熱でフラフラの俺を気遣ってくれているのだ。
「どこって望たちを探しに行くんだよ」
「そんな体で無茶です!」
今度は種子が俺の右腕を掴んで引き止めた。
「それでも、行かなきゃ。俺が行かないと」
決めたのだ。もう、誰一人、傷つけないと。守ってみせると。誰かが傷つくのはもう見たくないから。あの子のように、死なせたくないから。
築嶋さんと種子を押しのけて俺は部屋を出ようと歩みを進める。
「装着」
そんな言葉が聞こえた。その次の瞬間、目の前が歪み、トラックに轢かれたような衝撃が襲う。
「がっ……」
壁に叩き付けられ、ベッドに落ちる。あまりにも唐突すぎて動けなかった。しばらく、倒れていると右頬に痛みが広がり始める。どうやら、殴られたらしい。
(それにしては、すごい衝撃だったぞ……)
俺の体は今、半吸血鬼だ。普通の人間よりも体は丈夫だったので大きな怪我はなかったが、普通の人間だったら下手すれば首の骨が折れていただろう。
「お前は何がしたいんだ?」
何とか、体を起こすと柊が見下すようにそう吐き捨てた。その両手に見慣れない黒いグローブ。
「何って……守りたいに決まってんだろ」
まだ痛みは残っているもののしっかり立ち上がって柊を睨む。築嶋さんと種子はどうしていいのかわからず、俺たちを交互に見ていた。
「守る、か」
俺の回答を聞いた彼は嘲笑を浮かべる。まさか、笑われるとは思わず、面を喰らってしまった。
「守る。簡単な言葉だよな。“俺が守るから”。そんな安い言葉、お前から出るとは思わなかった」
バカにするような言い方。いや、本当に柊は俺のことをバカにしているのだ。
「何が悪い。守りたい人たちがいるんだ。守るのが当たり前だろ」
「じゃあ、お前の守るってのは、お前が守りたい人たちを守るってことなのか?」
「ああ、そうだ」
「その守られる人たちの気持ちも考えずに?」
「……」
その言葉は前に望に言われた。守られる側がどんなに辛いかを。かくゆう、俺も抱いたことがある。雅が燃やされた時だ。
でも、俺は今日この日まで望たちを守って来たのだ。だから、今回も俺が守らないと――。
「それがお前の自己満足でしかないってことは知ってるよな?」
「ああ、俺が望たちを守るのは自分の我儘だってことぐらいわかる」
「……だから、今回もその我儘を突き通すってか」
ため息交じりに呟く柊。
「そろそろわかれよ」
そして、諭すように俺に告げた。
「わかれって何をだよ。我儘だってことぐらい――」
「守りたくても守れない時があることだ」
俺の台詞を遮るように柊がそう言い放つ。
「ッ!?」
その言葉を聞いて脳裏に思い浮かぶのは首が飛び、桔梗に喰われてぐちゃぐちゃになった咲さんの死体だった。
「確かにお前は強い。俺たちが束になっても勝てないかもしれない。でもな。どんなに強くたって守れない時は守れないんだよ」
「そんなことッ……」
「じゃあ、今の状況は何だ? 音無妹たちはどこにいるかもわからない。何が起きているのかもわからない。肝心のお前は能力も使えず、高熱で倒れている。こんな状況で、よく守るとかほざけるよな」
柊の言葉に俺は何も言えなかった。そこに彼は追い打ちをかける。
「いつまでも、独りで守り切れると思うな。これからも守れると思うな。お前は今までずっと、自惚れてたんだよ。自分の力を過信し過ぎてんだ」
「うぬ、ぼれ……」
この世界の人たちを全員、守るだとか。幸せにするだとか。大きなことは言わない。それはただの自惚れだ。自分の出来ないことを言葉にするのはただの哀れな戯言に過ぎない。
そんなことは分かり切っていた。だからこそ、俺は周りにいる人たちぐらいは守ろうと心に誓ったのだ。傷つくところを見たくないから。
しかし、それすらも彼は自惚れだと言う。
「結局、お前は今まで、自分自身を守って来ただけなんだよ。音無妹たちが傷つくところを見たら自分が傷ついてしまうから。だから、自分を守るために音無妹たちを傷つけないようにして来た。ただの自己中野郎だ」
じゃあ、何だ。俺の今までして来たことは何だったのだ。
「自分の為に、皆を守って来たのか?」
「ああ、そうだ。それに……どうして、気付かないんだよ。お前が皆を守るためにその身を傷つける度、お前が守って来た人たちが苦しんでいるのを。お前、知ってるんだろ? 守られる側の気持ちを。だったら、どうして悲しませるようなことをしてるんだよ……」
「俺が、悲しませる?」
呟いた俺の言葉がどこか遠くの方へ消えて行くような感覚に陥る。そうだよ。望が言っていたではないか。守られる側の苦しみを。さっきだって思い出したではないか。
じゃあ、それを俺に教えてくれた時の望の顔はどんな顔だった?
悲しそうな顔だった。
雅が召喚してくれとお願いして来た時は?
寂しそうな顔だった。
他にも霙の顔、奏楽の顔、霊奈の顔、悟の顔が思い浮かぶ。その全ては幸せとは正反対と言っていいほど暗いものだった。
俺は――見て見ぬ振りをしていたのだ。守られる側の気持ち。そして、その行為は全て自己満足であることを。
「お、おい、言い過ぎだ、バカ!」
築嶋さんが柊に怒っている声が遠く聞こえる。
――……どうして、あなたはいつもそうなのですか?
その代わり、寂しそうな声が俺の頭で響き渡った。
(駄目だ……駄目だ)
このままでは、あの時の繰り返しになってしまう。咲さんを助けられなかった日と同じ結末になってしまう。このままじゃ、俺は望たちを失う。独りになる。
「あ、あぁ……」
俺の中で何かが砕け散る音がする。それと同時に俺はその場に跪いてしまった。
「響さん、しっかりしてください!」
種子の必死な声が聞こえる。体を揺すられている。それでも、反応できない。考えられない。
(俺は……今まで、何の為に)
何の為に戦って来たのだ。俺が皆を守ろうと戦う度、皆は傷つく。それでは、俺は一体、どうすればいいのだ。
「お兄さん! お兄さんってば!」
築嶋さんが俺を呼ぶが、その時にはもう俺の意識はなかった。
おそらく、響さんにとって初めての挫折です。