東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

279 / 543
第271話 仲間の方程式

「ご主人は攻撃手段を持ってません。だからこそ、【メア】に襲われるととても危険なんです」

 しばらく沈黙が流れていたが、俯いていた種子がそう呟いた。

「でも、殴ったり蹴ったり出来るはずだ。攻撃手段がないとしても『時間遅延』とか使えば」

 時間を遅くして相手の隙を突いて殴れば一方的に戦えるだろう。それに殴る速度は普段の数倍なので威力もぐっと上がる。それだけの要素があれば。

「『時間遅延』には制限があって、物体に触れたら自動的に解除されてしまうんです。しかも、回数制限も。今では1日に5回ほど出来るようになりましたが、昔は2回が限界でそれだけでは勝てませんでした」

 俺の思考を遮るように種子が『時間遅延』の弱点を教えてくれた。

「……」

 さすがに俺でもそんな状況ではろくに反撃できない。こちらに攻撃手段がないのもそうだが、向こうは【メア】だ。異能の力を使って攻撃して来るだろう。それを回避し続けるだけでは勝てるわけがない。

「だから、ご主人が【メア】に襲われた時、自然と周りの人がご主人を守るようになりました。もちろん、私もです」

「お前、戦えるのか?」

 てっきり、非戦闘要員かと。メイド服着ているし。

「これでも、炎とか操れるんですよ? それに変化を使えばご主人ぐらい人なら3人ほど背中に乗せられます」

 何だか、霙に似ているなと思う。霙の場合、水と氷を操れるのだが、種子との違いはそこだけだ。

「ご主人は冷静に状況を把握して私たちにアドバイスをしながら相手の攻撃を躱す。そして、私たちはそのアドバイスを聞いて相手と戦う。そんな戦い方ばかりしてました」

 そう言う種子だったが、何故か顔色を曇らせる。

「どうした? 何か問題でもあるのか?」

 柊が司令塔で、他の皆はそれを聞いて戦う。適材適所でいい関係だと思うのだが。柊の能力は司令塔を務めるのに最適だし。

「……響さんにはわからないかもしれません。かく言う私もわかりませんでしたから」

 首を傾げていると彼女は自虐的に笑った後にそっとため息を吐いた。自己嫌悪しているらしい。

「ご主人に言われましたよね。守られる側の気持ちのこと」

「っ……」

 そうか。確かに、柊は司令塔を務めているが実際に戦うのは自分の周りの人たちだ。彼にとってそれはとても辛いだろう。自分は傷つかずに自分を守ってくれている人たちが傷つくのだから。

「そんな気持ちに気付かずに私は――私たちはご主人を守るために戦って来たんです。これがご主人のためになると思って。ですが、結果的に私たちはご主人を傷つけていたんです」

 何だろう。柊たちの話なのに俺たちの話を聞いているようだ。自然と手に力が入る。

「ご主人はずっともがき苦しんでいたんです。そして、そんな自分を変えるために武器を手に入れました」

「あの、グローブか?」

 柊が俺を殴った時、彼の手にグローブが装備されていた。

「そうです。あれは【メア】専用の武器で<ギア>と言います」

 それから種子が<ギア>について軽く教えてくれた。

 <ギア>は【メア】専用の武器で、武器に<ギア>をはめ込み、それを【メア】で回して様々な技を繰り出す媒体のような物らしい。

 そして、その<ギア>の技は最初に設定しなければならず、その設定した技しか出せなくなる。しかし、【メア】の注ぐ量を調節すれば威力や攻撃範囲を変更できる。

 だが、<ギア>を回すには相当な量の【メア】が必要であり、そう簡単に回せない。少なくとも、種子の知る中では柊と椿(柊に<ギア>を渡した子らしい)という子しかいない。

「やっと、武器を手に入れたご主人はとても嬉しそうでした。これで、俺も戦えるって」

「……そうか」

 強くなれたのなら嬉しいに決まっている。少しだけ羨ましくなった。

(俺にも力があればこんなところで寝てることもなかったのにな)

「……ここまで話しても気付きませんか?」

 そんなことを考えていると種子がため息交じりに問いかけて来る。

「気付くって何に?」

 今、話題に出ていたのは柊だったはずだ。俺は関係ない。

「……きっと、響さんは『ご主人は強くなれたから嬉しかった』と思ってるんでしょうね」

「そりゃそうだろ。強くなれたら誰だって嬉しい。それに、柊は武器を手に入れた。それって自衛出来るようになったってことだろ? これで他の人に戦わせずに済む」

 そう答えると種子は目を丸くして呆れた様子で肩を落とした。

「まさかそこでそんな考えになるとは思いませんでした……いいですか? ご主人は確かに武器を手に入れたことで強くなれました。それは嬉しいことです。ご主人が喜んだ理由の1つでしょう。ですが、最も大きな理由は違います」

「その理由って?」

 種子が言葉を切ったので先を促す。

 

 

 

「仲間と一緒に戦えるようになったからです」

 

 

 

「は?」

 そう言われて俺がまず思ったことは『今までだって一緒に戦って来ただろ?』だった。柊が司令塔になり、皆に指示を出して皆はそれを参考にして戦う。

「違うんです、違うんですよ響さん」

 しかし、俺の考えを聞いた種子は首を横に振る。

「ご主人が苦しかったのは皆が傷つくことだけではありません。それを“黙って見てるしかなかった”からです。助けてあげたくてもろくに戦えないご主人ではかえって足手まといになる。だからこそ、苦しかったんです。役に立てない自分が情けなくて悔しかったんですよ」

「……」

 思わず、狂気のことを思い出してしまった。あいつは俺に迷惑をかけないために自分の部屋に閉じ籠ってしまい、今も出て来ない。もしかしたら、柊も狂気と同じような気持ちになったのかもしれない。

「思い出してください。響さんの守るべき人たちは響さんに何か頼んで来ませんでしたか?」

「……頼み」

 一番、最初に思い出したのは雅だった。ことある毎に言うからすぐに思い出せる。

『召喚してよ』

 雅はいつも俺に向かって怒りながら言うのだ。自分は式神だから響を守りたい。だから、もっと召喚して。そう、頼んで来る。

「召喚してって雅がいつも言ってた」

「その理由はわかりますか?」

「俺を守りたいから」

「では、質問を変えます。そう頼んでるのにも関わらず、召喚しない響さんを見て雅さんはどう思うと思いますか?」

「……」

 何も、答えられなかった。そんなこと、一度も考えたことがないのだから。

「多分ですが、こう思うでしょう。『自分は頼りにされてない。信じて貰えてない』と」

「そんなことっ……」

「だってそうじゃないですか。響さんが召喚しない理由って雅さんを傷つけないためですよね? つまり、雅さんは自衛すら出来ない人だと思ってるんですよね?」

「あいつは強い。確かに攻撃は苦手だけど防御面だと俺よりも上だ。だから、自衛くらい簡単に――」

 

 

 

「じゃあ、どうして召喚してあげないんですか」

 

 

 

 俺の言葉を遮って種子が言い放つ。

「ご主人は戦う手段がなかったから見てるしかありませんでした。ですが、雅さんや霙さんは戦う手段や力があるのに、響さんが傷ついて行くのを見てるしかなかったんです。それって、とても辛くて、苦しくて、悲しくて、悔しいんじゃないんですか? あの時、召喚してくれれば響さんを傷つけずに済んだかもしれないって思ってるんじゃないんですか?」

「……」

「それに、信じて貰えてないって……考えてると思います」

 種子はエプロンを握りしめて俯いてしまった。

「私だったら耐えられません……目の前で大切な人が傷ついているのに、助ける力があるのに手を出せないのって本当に辛いんです。だからこそ、ご主人は言ったんですよ。響さんの守るべき人たちは傷ついてるって」

 彼女の言葉が俺の心を押し潰す。

(そっか……だから……)

 俺と雅が仮契約ではなく、ちゃんとした契約を交わした時、彼女はとても嬉しそうだった。『夢が叶った』と言っていた。それはつまり――。

(――俺と一緒に戦えるようになったから、か)

「……種子」

「はい」

「柊が、武器を手に入れて嬉しかったのは皆と一緒に“並んで”戦えるようになったから、だよな?」

「っ! そうです!」

「あー……そうだったのか」

 今まで、望たちと一緒に戦ったことはある。一緒に異変を解決したことだってあるのだ。

 でも、あれは共闘なんかじゃなかった。だって、俺はずっと守る側で、望たちは守られる側だったから。

 レミリアと戦っていた時だってそうだ。フランと一緒に戦っていたが、俺の中でフランは守られる側だった。だから、レミリアに勝てなかった。そんな関係じゃ連携など出来やしないのだから。

「俺はずっと、勘違いしてたんだ。俺一人で戦えば皆は傷つかずに済む。でも、それは皆が傷つくところを見たら俺が傷つくからだったんだ。俺は自分の身を守ってただけだった。そんなんだから今みたいに独りじゃどうすることも出来なくなったら動けなくなる。だって、頼ることを知らないんだから」

 まだ、熱はある。しかし、最初に比べたらマシだ。ゆっくり体を起こして体の様子をうかがう。半吸血鬼化はしていない。どうやら、呆けていた時間が長くて1日、経っていたようだ。

「そりゃそうだよ。何が守る、だ。何様のつもりだよ。俺は神様か? 本当に嫌になる。柊に自惚れてるって言われても言い訳できない。むしろ、気付かせてくれてありがとうってお礼が言いたいくらいだ」

 ベッドの布団をはねのけ、床に足を置き、立ち上がる。ちょっとだけふらついたが何とか立てた。

「こんな体で何が出来る? 望たちを守るどころか傍にすら行けない。あの時の俺を殴ってやりたい。恥ずかしくて仕方ないわ」

 種子が見守る中、俺は柊の机に向かって歩き始める。

「くっそ……これが柊がずっと抱いてた気持ちか。何も出来ない辛さ。これをずっと俺は望たちに抱かせ続けてたんだな。あーあ、前に誓ったのに。こんな思いさせないって。それに気付いてただろうが。守られる側の気持ち。それなのに、俺は自分のワガママでずっと望たちを苦しめてた」

 やっと、机に辿り着く。そして、イスに座った。

「こんなのもうダメだ。俺はあいつらが傷つくところを見たくない。でも、それは俺のワガママで、そのワガママを突き通せば皆が傷つく。それはもっと見たくない。だから俺は――独りで戦うことをやめる。皆と一緒に“並んで”戦う。もし、その戦いで皆が傷つくのなら傷つかないように俺が頑張ればいい。そして、俺が傷つくのなら、きっと皆が俺を守ってくれる。それでいいんだ。守る、守られるじゃなくて……『一人は皆を、皆は一人を守ればいい』。たったそれだけなんだ」

 じゃあ今、俺は何をするべきか。決まっている。

「いただきます」

 自分の体調を万全にして戦いに備えることだ。望たちの捜索は柊たちがやってくれているはず。だから、彼らが見つけてくれることを信じる。

 俺は種子が持って来てくれたお粥を食べ始めた。

「……美味いな」

 そのお粥は美味しかった。そのせいなのかわからないが、涙が止まらなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。