ご注意ください。
『もしもし!? りゅうきか? よく聞け。今、風花が上空から敵の動きを監視している。それによると今まさにお前の家に向かっているそうだ。しかも、一方からではない。全方向からだ。数も多い。さすがのお前でもお兄さんとすみれを庇いながら戦えないはずだ。だから、私たちと合流するまで逃げ回れ! とりあえず、風花がそっちに向かっている。私たちもすぐに向かう!』
スピーカーモードにした携帯から築嶋さんの切羽詰った声が響く。
「わかった。俺たちもすぐにこの家を離れる。動きながら合流しよう」
『ああ、了解した!』
そう言って築嶋さんからの連絡が切れる。
「すみれ、すまんが指示を頼む」
すると、柊はすみれに指示を仰いだ。てっきり、柊が指示を出すと思ったので驚いてしまう。
「うん。わかった。とりあえず、私たちの目的はお兄さんを守ること。だから、住宅街を逃げ回って時間を稼ぐ。荷物は携帯だけ。私とりゅうが先頭。お兄さんはその後に続いて」
すみれは慣れたように指示を飛ばした。思わず、柊の方を見てしまう。
「あー、すみれの能力は『脳の活性化』と『眼力強化』なんだ。つまり、頭を使うことはすみれの右に出る者はいない。だから、こういう時、すみれに指示を出して貰った方がいいんだ」
「そっか。わかった。すみれの言う通りにしよう」
「信じてくれてありがと。それじゃ、行こっか」
それから俺たちは素早く準備を整えて(汗が服に染みこんでいた俺は柊の服に着替えたり、など)家を出る。
「……こっちは大丈夫。すみれ、そっちは?」
「うん、大丈夫だよ」
柊は『幻視』。すみれは『眼力強化』で周囲を確かめ、すぐに走り出す。俺もその後を追った。
「ッ! 左から2人!」
しかし、数分もしない内に敵が俺たちの前に姿を現した。敵はプロテクターやヘッドギアなど防具を装備していてまるで、軍人のようだった。さすがに住宅街で銃系の武器は使えないのか手に持っているのはコンバットナイフのみである。まぁ、腰に警棒を下げているのでコンバットナイフだけが武器ではないのだが。
「すみれ、後方を注意。俺たちで音無兄を挟むように」
「了解」
柊の言葉を聞いてすみれが俺の後ろに回り込む。
「くっ……」
それを見て俺は奥歯を噛んだ。今の俺は能力が使えないただの人間。戦うことはおろか、自衛すら危うい。元々、俺の戦闘は能力に頼っている部分が大きかったので能力が使えなくなってしまうと途端に戦えなくなってしまうのだ。武術とかも習っているわけではないからそこら辺のヤンキー相手でも勝てるかどうかわからない。
(これが、戦えない気持ちか……)
ものすごく悔しい。能力さえ使えたら俺だって戦えるのに戦えない。何とももどかしい気持ちだ。
「おらっ!」
そんなことを考えていると柊が目の前に現れた敵2人を素早く撃退する。あのグローブから見えない衝撃波を放って吹き飛ばしたようだ。
「りゅう、右に曲がって!」
「おう」
当初の作戦とは違い、柊、俺、すみれの順番で住宅街を走り抜ける。その間に何度も敵が現れ、足止めを喰らった。
「……」
その間、俺はふと疑問に思う。
(どうして、もっと大人数で襲って来ない?)
敵は多くて3人。少ない時は単独で襲って来る。だが、築嶋さんの話では相手は大人数でこちらに向かって来ていると言う。普通ならばある程度、仲間が集まってから襲って来るはずだ。それをしないと言うことは――。
「おい、これ」
「うん、私たち、誘い込まれてる」
俺が後ろに向かって声をかけると同じ結論に至ったのかすみれが頷く。
「くそっ!」
前にいた柊がまた敵を吹き飛ばした。その後ろにはもう2人の敵。すかさず、左の通路に逃げ込む。チラリと後ろを見ると相手は通路を塞ぐように移動しただけで追って来ない。やはり、俺たちをどこかに誘導しているようだ。
「どうする?」
このまま相手の思惑通りに進路を変更していたら罠にかかってしまう。何とかしなくては。
「どうするも何も……相手の方が一枚上手だよ。最善の策が相手の誘導に乗ることだから私たちはそれに従うしかない。あのまま、強行突破しても敵がわんさか出て来られたらりゅうの【メア】がすぐになくなっちゃう」
「一応、加減してるぞ?」
「いくらりゅうでも前と後ろから同時に攻撃されたら厳しいでしょ? それに、私たちを守りながら戦うなんて」
確かにまだ敵の数は少ないが、進路を変更せずに移動していると相手も戦力を増やして襲って来るはずだ。
「じゃあ、どうすればいい?」
「……大丈夫。相手が誘い込もうとしてるのならそれを逆に利用すればいい」
ニヤリとすみれが笑って携帯を取り出し、どこかに電話を掛け始めた。何か思いついたようだ。
そんな中、俺はただ自分の無力さを憎むことしか出来なかった。やっと、気付けたというのにまるで役に立っていない。
「音無兄」
唇を噛み締めていると柊がこちらを見ずに話しかけて来た。
「俺も、そうだった。目の前で皆が戦ってるのに俺はただ見てるだけ。本当に悔しかった。自分の無力さを恨んだ。だから諦めずに力を求めた。そして、応えてくれた」
それを聞いて柊のグローブに視線を向ける。このグローブは柊がずっと求めて来た力。俺が今、欲しい物。
「これが手に入った時、嬉しかった。これで誰も傷つけずに済むって。でも、それはお門違いだった」
「お門違い?」
「守るって覚悟を決めても何も出来ない時だってある。守りたくても守れない時だってある。結局、俺は皆を戦いに巻き込んだ」
そうか。柊は守られる側の辛さと守る側の苦しみを知っていたのだ。だからこそ、望たちの気持ちもわかるし、俺の気持ちも察することが出来た。
「わかったんだよ。俺独りじゃどうすることも出来ないって。だから、皆を守るのではなく“皆と一緒に戦う”ことを選んだ」
「……」
「まぁ、それが正しいのか間違ってるのかわからない。でも、俺は信じてる。この関係が正しいものであると。まぁ、何が言いたいのかっていうとだな」
その時、突然、目の前が開けた。どうやら、十字路に出てしまったらしい。
「りゅう、止まって!」
その十字路を駆け抜けようとするもすみれが慌てて止める。すると、十字路の全ての道から敵がわらわらと出て来た。
「ちょっと人数多くないか?」
ざっと見ても30人はいる。思わず、俺は2人に問いかけていた。
「なるほど。十字路なら4方向から攻撃できるからか」
「敵さんはかなりの策士さんだね。それにりゅうのグローブは攻撃範囲、狭いからこっちはピンチだよ」
「お前たち、ピンチならもう少し焦ったような言い方しろよ」
俺もそんなに慌ててないけれど。何となく、何とかなりそうな気がするのだ。
「音無 響だな」
どうしようか悩んでいると敵の一人がそう話しかけて来た。
「そうだけど?」
「置き手紙は見たか?」
「置き手紙?」
何の話かわからず、首を傾げていると柊が『あ、伝え忘れてた』と呟く。とりあえず、柊の後頭部を殴っておいた。
「その様子だと見ていないようだな。では、ここで伝える。我々について来い。そうすれば、お前の家族は全員、解放しよう」
「嘘つけ。俺を捕えたら殺すに決まってるだろ」
そんなことわかり切っている。
「……そうか。なら、仕方ない。やれ」
男がそう言った刹那、4方向から同時に敵が襲いかかって来た。
「させないよっと!」
しかし、敵が俺たちに迫る前に上空から凄まじい暴風が吹き付ける。思わず、相手は動きを止めてしまった。
「全く、罠だと知りながらわざと嵌るなんてどうかしてるよ」
そう言いながら俺たちの目の前に風花が着地する。その手にはうちわがあった。あれで暴風を起こしたらしい。
「仕方ないだろ? こうするしかなかったんだから」
風花の文句を軽く流す柊。その間に敵は我に返ったようで再び、行動し始めた。
――バンッ! バンッ!
「ぐあっ!」「あっぐ……」
すると、右から迫っていた二人が突然、倒れる。
「うわああああああああ!」
そして、前の方から悲鳴が聞えた。そちらを見ると数人の敵が炎に飲み込まれている。
「はあっ!」
今度は左だ。そこには何かに吹き飛ばされて地面に倒れている敵がいた。
「ぐわああああああああ!」
また悲鳴。後ろから冷気が流れて来た。振り返ると複数の敵が氷漬けにされている。
「全く、本当に龍騎さんは面倒事に巻き込まれるんですね」
「で、ですが、ご主人たちが無事でよかったです!」
「すみれに感謝だな。相手の誘導したい場所を教えてくれなかったらここまで早く来られなかっただろう」
「あ、あの……とりあえず、お喋りを止めませんか? 敵の前ですし……」
いつの間にか俺たちの周りに4人の人影があった。2人は見たことがある。種子と築嶋さんだ。しかし、もう2人は見たことがない。1人は両手に拳銃を持ったツインテールの女の子。そして、もう1人は背中に2対4枚のピンクと水色の翼を生やして手に木刀を持った黒髪のポニーテールの女の子だった。
「さんきゅ、椿。それに月菜(ルナ)も」
ツインテールの子を椿、ポニーテールの子を月菜と呼びながら柊が2人にお礼を言う。そう言えば、種子の話で椿は<ギア>を回せると聞いた。この子が椿という子らしい。
「ちょっと! 私たちにお礼は?」
「ないの?」
そんな声が響き、月菜に生えていた翼が2人の人の形に変わる。いや、戻ったと言うべきだろう。その2人の顔はそっくりだった。双子らしい。違う箇所は髪型くらいだ。ピンク色の翼に変身していた子は肩ぐらいまでのセミロング。水色の翼に変身していた子は髪の後ろで軽く結っている。髪を解けばセミロングの子と同じくらいの髪の長さになるだろう。
「おう、雌花。雄花。ありがと」
「「えへへ」」
まさかこんな短時間で柊の仲間が集結するとは思わなくて目を丸くする。それを見たのか柊は俺の方を向いて少しだけ微笑んでこう言った。
「さっきの話の続きだけど……信じていれば仲間は応えてくれる。こんな感じでな」
言い終えると柊も前を向いて敵を睨む。
「……本当に、すごいな。お前は」
俺を守るように柊の仲間たちが並ぶ。その背中はどれも力強くて頼もしい背中だった。