東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第287話 偽物の中の存在

 ドッペルゲンガーが右の鎌を振り降ろして来た。それを紙一重で躱す。すかさず、左の直剣を右から左へ横薙ぎに振るう。しかし、それをドッペルゲンガーは直剣でガード。

「ッ!」

 その次の瞬間には目の前にポニーテールの切っ先が迫っていた。咄嗟に五芒星で防ぎ、五芒星の下を掻い潜るようにポニーテールを伸ばしてドッペルゲンガーを狙う。だが、その途中で相手の五芒星がポニーテールの進行を止める。これを待っていた。

「雷音『ライトニングブーム』!」

 右手の鎌を思いっきり振り降ろして鎌から雷の刃を撃ち出す。右の壁に向かって。

「闇転『リフレクトウォール』!」

 闇の力を使って雷の刃の軌道上にぶつかった技をそのまま跳ね返す黒い壁を少しだけ角度を付けて出現させる。雷の刃は黒い壁に当たって跳ね返った。ドッペルゲンガーの方に向かって。

「――」

 まさか雷の刃が跳ね返るとは思っていなかったのだろう。ドッペルゲンガーは雷の刃をまともに喰らって吹き飛んだ。その拍子にドッペルゲンガーのスペルは『五芒星』と『魔眼』以外解除される。

 ドッペルゲンガーも『闇転』は使えるが手数が多い分、防ぐ方法はいくつもあり、慣れていないと土壇場で使うのは難しい。つまり、手段が多すぎてどの技をどのタイミングで使えばいいのか考えなくていけないのだ。考える分だけタイムロスがあり結果、今のように防ぐことが出来なかった。

『それは響にも言えるんだけどね……』

 呆れた声で吸血鬼は呟くが無視してドッペルゲンガーの様子を窺う。相手は俺なので不用意に近づけば返り討ちに遭う可能性が高いのだ。

 ドッペルゲンガーはすぐに立ち上がってこちらを見る。傷はない。霊力で再生させたらしい。お互いに再生能力を持っているのでこの戦いは長期戦になりそうだ。

「解除」

 そんな現実に辟易しているとドッペルゲンガーが右手の中指に付けていた指輪を3回指で叩く。

「解――「妖撃『妖怪の咆哮』」」

 それを見て急いで指輪のリミッターを解除しようとするが、ドッペルゲンガーが撃ち出した妖力を叩き付けられてしまう。

「ぐっ……」

 指輪のリミッターを解除したからか、普段の数倍の威力を持った『妖撃』は俺の体を易々と吹き飛ばし、そのまま壁に激突してしまった。

「雷撃『サンダードリル』」

「白壁『真っ白な壁』!! 拳術『ショットガンフォース』!」

 目の前まで迫っていたドリルを神力の壁で防御するが、すぐに破壊されてしまう。『白壁』で防いでいる間に『飛拳』で逃げたかったが、『飛拳』は『拳術』を使っていないと使用できないスペルだ。だから、逃げるのが遅れてしまった。すぐに鎌と直剣を消して『拳術』を使う。

「飛拳『インパクトジェット』!」

 ドリルの先端が俺の右頬を少しだけ抉ると同時に『飛拳』で左に飛ぶ。もう少し遅かったら俺の顔面はミンチになっていただろう。

「解除!」

 飛んでいる間に指輪を3回叩いて指輪の制限を解除する。

「拳弾『インパクトガトリング』!」

「霊盾『五芒星結界』」

 着地してスペルを唱えた。数え切れないほどの妖弾をドッペルゲンガーは新しく生み出した『五芒星』で全て防ぎ切る。

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 廊下で使用するには狭いが仕方ない。振り回してもぶつからないほどの大きさにしてドッペルゲンガーに向かって突進する。向こうは『五芒星』で防ぐつもりのようでその場から動かずに反撃の機会をうかがっていた。『五芒星』は俺の使えるスペルの中でも強力な部類に入る。例え、指輪の力を開放していても『神撃』と『拳術』だけでは弾かれて終わる。

 でも、少し工夫するだけでそれを覆すことは可能だ。

「ハッ!」

 左手を裏拳のように振るって『五芒星』にぶつける。正面ではなく側面に。そして、『拳術』を発動させた。インパクトしても『五芒星』はまだ消えていない。だが、“『五芒星』本体が少しだけ左にずれた”。それだけで十分である。俺の体もインパクトの反動で“右に移動している”のだから。

 『五芒星』と俺の体がずれたことによってドッペルゲンガーの体は『五芒星』から半分ほど出ていた。まぁ、俺の体は前にではなく右に移動しているのでこのままでは攻撃しても届かない。どうにかして体の軌道を前に変更する必要がある。そこでポニーテールだ。ポニーテールの刃を俺の斜め左の床に突き刺す。すると、右に進んでいた俺の体はポニーテールに引っ張られて円を描くような軌道に変わり、ドッペルゲンガーに接近する。

「うおおおおおおおおっ!!」

 咆哮しながら右腕を突き出し、真っ白な拳がドッペルゲンガーに直撃した。凄まじい勢いでドッペルゲンガーがぶっ飛び、廊下を2バウンドほどして止まる。休ませる暇を与えないために『飛拳』で飛びながらそちらへ向かう。

「神拍『神様の拍手』!」

 ドッペルゲンガーが立ち上がったところへ追撃。『拳術』を発動すれば左右から衝撃波がドッペルゲンガーを襲い、大ダメージを与えられるだろう。

「展開」

 しかし、ドッペルゲンガーは『結鎧』を仕込んでいたようでドーム状の結界が俺の手と衝突した。

「拳術『ショットガンフォース』。飛拳『インパクトジェット』」

 そして、『結鎧』が壊れると同時に後ろへ飛んで『神拍』の範囲から逃れる。だが、俺の攻撃はまだ終わっていない。

「飛神『神の飛び出す手』!」

 両手を前に突き出して、文字通り真っ白な手を飛ばした。ロケットパンチである。

「霊盾『五芒星結界』。霊盾『五芒星結界』。霊盾『五芒星結界』。霊盾『五芒星結界』」

 『飛神』をまた新しく作った4つの『五芒星』で受け止めた。ただ、正面から受け止めるのではなく、4つを並べてレールのように軌道を逸らすように設置している。そのレールに沿って『飛神』は軌道を変えて、廊下の壁を粉砕した。

『……吸血鬼。少しいいか?』

 4つの『五芒星』がドッペルゲンガーの背後に移動するのを見ていると魂の中で青竜が吸血鬼に話しかける。

『何よ。こんな時に』

『あのドッペルゲンガーは響と同じなのだな?』

『ええ、戦い方は少し違うけど技もその出力もたいだい同じね』

 ドッペルゲンガーはジッと俺の方を見たまま、動かない。それにしてもずっと無表情で不気味だ。何も感じていないのだろうか。

『響が霊力の他に魔力、妖力、神力が使えるのは儂たちが魂の中にいるからだろう?』

『そうよ。そのせいで一度に放出できる量は制限されてるけどね』

 さて、この後はどう動こうか。今のところ俺の方が一歩、優勢だと思う。お互い、自分の手札は全て把握している。しかし、あのドッペルゲンガーはまだ戦い慣れていない。その隙を突けば――。

『では、あのドッペルゲンガーにも儂らのような存在がいるのではないか?』

『ッ! 響、逃げ――』

 吸血鬼がそう叫ぶのと遠くの方にいたドッペルゲンガーが消えるのはほぼ一緒だった。

「ッ!?」

 反射的に右半身を守るように『五芒星』を動かす。しかし、次の瞬間には『五芒星』は粉々に砕けていた。『五芒星』の残骸が舞い散る中、ドッペルゲンガーの姿が目に入る。その頭には――真っ黒な猫耳が生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そいつは強力な力を持っていたが、境遇のせいで酷く虐められていた。いや、あれは虐めなんて生易しいものじゃなかった……その時は俺とそいつはお互いに名前も知らなかったけど、そいつの噂だけは聞いていた。髪を掴まれ泥まみれの水たまりに顔を突っ込まれ、その状態で暴行を受けていた、なんてのもあった』

「……それは、酷いな」

 下手したら死んでいただろう。私たち人外と違って人間は結構、簡単に死ぬ。殺そうと思っていなくてもやりすぎて結果、殺害してしまったなんて報道も部屋に閉じこもる前に何度かテレビで見たことがある。

『俺だって酷いとは思ったが、それだけだった。だって、顔も見たこともなければ名前も知らない。ただ近くにそんな奴がいるってだけ。それ以上でもそれ以下でもない。だが……そいつが狂ったようにキレた。あれはすごかった。近づいた人、全員殺しまくっていたからな』

「殺しまくったって……そんなことできるのか?」

『ああ、そいつにはできた。どんなに強い奴でもそいつには敵わなかった。そりゃそうだろうよ。“触れるだけで殺されるんだから”』

「ッ……おい、待て。それってまさか――」

『――まぁ、俺の話を聞け。そいつをどうにかしないと皆、殺されてしまう。そう結論付けた奴らが俺のところに来た。そいつに対抗できそうなのが俺だけだったからだ』

 私の言葉を遮って謎の声は話を続ける。しかし、それを聞きながら私は他のことを考えていた。

(こいつの正体はまさか……)

 いや、でもありえない。何故なら私の予想している奴はここにいるはずのない存在だったから。

『仕方なく俺はそいつに会うことにした。理由は頼んで来た奴の中におっぱいのでかい奴がいたからだったような気がする』

「……」

『おっと、そんな目で見るなよ。男ってのはそんなもんだ』

 少なくとも響はそんな奴じゃない。まぁ、女に興味がなさすぎて『こいつ、本当に男なのか? もしかして、女なんじゃないか?』と思うこともあったが。

『で、俺とそいつは出会った』

 内心で溜息を吐いていると謎の男が今までで一番、低い声でそう言った。

 


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