東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第288話 猫の円舞曲

「ガッ……」

 その光景に驚愕しているとドッペルゲンガーの姿がブレて目の前からいなくなり、いつの間にか背後に回り込まれていた。そのまま背中を蹴られてしまう。スペルを唱えていないことから普通の蹴りだと思うが、それだけなのに背中から嫌な音が聞こえた。ノーバウンドで壁に叩き付けられ、壁を破壊し教室の中まで吹き飛ばされる。ガラガラと机やいすが俺の上に落ちて来た。

「はぁ、あ……は、はぁ」

 上手く呼吸ができない。でも、そんなこと気にしている暇はない。俺の上に乗った机やいすを強引に退かして上半身だけ起こした。

「……」

 壁の穴から教室に入って来たドッペルゲンガーは無表情のまま、ゆっくりと近づいて来る。やはり頭には猫耳が、お尻には尻尾が生えていた。

「そういう、ことかよ……」

 確かに技術面では俺の方が上だ。だが、それが通用するのはお互いの力がほぼ同じ時だけ。今、ドッペルゲンガーの戦闘力は俺の遥か上。ちょっとまずい。

『あれは、猫との魂同調……』

 吸血鬼の呟きに答えるかのようにドッペルゲンガーはスペルを唱える。

「猫言『猫の独り言』」

 俺の知らないスペル。ぼそぼそと何か言っているドッペルゲンガーを警戒していると不意に視界がぼやけ始めた。

「な、に……?」

 ふらふらとコントロールの効かない体に鞭を打って立ち上がるが、その先が続かない。目を開けていられない。今にも眠ってしまいそうだ。

『にゃああああああああん!!』

 すると、魂の中で猫が絶叫した。その途端、視界がクリアになる。それと同時にドッペルゲンガーの体がぐらりと揺らいだ。

「今のは?」

『にゃにゃん。ドッペルゲンガーのスペルは呪詛を使って相手を昏倒させる技にゃ。私、一応妖怪だからあんにゃこともできるにゃ』

 だが、俺には干渉系の能力は効かないはずだ。呪詛も干渉系の技。そのはずなのに何故か眠たくなった。

『あの技の原理は呪詛を使って相手をリラックス状態にして眠気を誘う技にゃ。しかも、呪詛と言っても子守唄みたいにゃ感じで呪詛そのものを言葉に乗せてるから響の干渉系を無効化する力でも防げないにゃ』

 つまり、先ほどの睡魔はただの副産物であの呪詛の内容は別の物なのだ。更に言葉を経由して呪詛を使用しているため、俺にも通用した。厄介なスペルだ。

『まぁ、私もおにゃじ力を持ってるから弾き返してやったけどにゃ』

 『にゃはは』と笑う猫だったが、それに答える前にドッペルゲンガーが首を振ってこちらを見た。どうやら、正気に戻ったらしい。

『どうするの? 相手は猫と魂同調してるからとんでもないスピードで攻撃して来るけど』

「……どうすっかなぁ」

 吸血鬼の質問に俺はため息交じりにそう呟くしかなかった。猫の魂同調はまだ経験したことないが、効果は十中八九『スピードと攻撃力の上昇』だと思う。対抗手段は今のところない。どんなに攻撃力を上げたって攻撃を当てられなければ意味はないし、それは防御にだって言える。唯一、俺も猫と魂同調すれば同じ条件になるが、こんなに早くドッペルゲンガーが魂同調を使った理由がわからない今、迂闊に切り札を使うわけにはいかない。魂同調は同調を解いた時から数時間、魂に捕らわれてしまうからである。

(今できるのは相手の魂同調が解けるまで耐えることぐらいか)

 そうすれば、相手は魂に捕らわれて動けなくなる。それを狙うしかない。

「『ゾーン』」

 ドッペルゲンガーのスピードに少しでも追い付くために『ゾーン』を発動するが、その時にはすでにドッペルゲンガーは右腕を引いた状態で俺の懐に潜り込んでいた。

(くっ……)

 『ゾーン』を発動している間は通常、相手の動きも俺の動きも遅く見える。しかし、今は向こうのスピードは普段と同じぐらいだ。間に合わないかもしれないと内心、焦ったがドッペルゲンガーの右ストレートの軌道上に何とか右手を置くことができた。ドッペルゲンガーの右拳の側面にそっと手を当てて左に向かってインパクトする。受け止めるのではなく、受け流す。攻撃力が上がっている上にスピードもあるので正面から受け止めても受け止め切れずにそのまま攻撃を喰らう可能性が高い。なら、最初から受け流すつもりで対処すればまだ対抗できる、はず。

 俺の思惑通り、ドッペルゲンガーの体は俺の左を通り抜けて行った。だが、一瞬でも目を離せばすぐに見失って隙を突かれてしまう。なので、左手のひらを前に向けてインパクト。俺の体はその場でぐるりと半回転した。そして、俺の右腕に迫るドッペルゲンガーの左足。

『蹴術『マグナムフォース』』

 脳内でスペルを唱えて両足に妖力を纏わせ、右足を上に高く蹴り上げた。俺の右足とドッペルゲンガーの左足が交差するもすぐに力負けして俺の体は左に倒れ込む。でも、それは予定調和だ。

『飛蹴『インパクトターボ』』

 もう一度、頭の中でスペルを使用し、左足から妖力を放出してくるっと側転する。もし、受け流せない状況になってしまい、受け止めるしかなかった場合、力に逆らわずに逃がせばいい。殴られた時、後ろにジャンプすれば衝撃が少ないのと同じだ。暖簾に腕押しということわざがもっとも近い表現になるだろう。

 側転し、着地した俺はドッペルゲンガーが態勢を立て直して突っ込んで来るのを見てバックステップする。『飛蹴』も同時に使ったので教室の壁から廊下に出ることができた。まぁ、その間に向こうは俺の背後に回り込んでいるのだが。

『震脚『パワードフット』』

 両足が廊下の床に触れると凄まじい衝撃が旧校舎を揺らす。さすがに躱し切れなかったのか床に足を付けていたドッペルゲンガーはバランスを崩した。もう一度『飛蹴』を使ってジャンプしバク宙。バランスを崩しながらも前進して来る敵の上を通ってドッペルゲンガーの背後を取った。

『雷撃『サンダードリル』』

 雷を纏ったドリルがドッペルゲンガーに迫る。普通ならば躱せないだろう。でも、相手は猫と魂同調をしている化物だ。振り返ることもなく、右足を後ろに振り上げて踵でドリルを蹴り上げた。蹴るのと同時に踵から神力の棒を伸ばしてドリルの軌道を真上に変える。ドリルは神力の棒に逆らうことなく天井を貫いた。

「……おいおい」

 仕切り直したいのかドッペルゲンガーはこちらを見て構えるだけだった。『ゾーン』を解除して声を漏らす。今、ドッペルゲンガーは神力を使った。普通の神力ならさほど気にならないのだが――先ほどの神力の密度はいつものそれとは全く違ったのだ。

「気付いた?」

「俺の予想が正しかったら……マジで止めて欲しいってお願いするわ」

「嫌。だって、こうでもしないと勝てないもん」

「……とりあえず、素の状態を見せてくれ」

「わかった」

 俺がお願いするとドッペルゲンガーは頷き、指を鳴らした。すると、ドッペルゲンガーの姿が揺らぎ、“本当の姿”を晒す。

 髪はポニーテールからストレートに。

 目は青からドス黒い紅に。

 体格は男から女に。

 背中から漆黒の翼が生え、髪の色は紅に染まる。

 制服が黒いワンピースへと変化した。

 変わらなかったのは目以外の顔のパーツと真っ黒な猫耳と尻尾のみ。

「……くそったれ」

 俺の目の前には――吸血鬼、狂気、トール、猫、闇と魂同調したドッペルゲンガーの姿があった。

「私は君の偽物。魂も偽物。だからこそ……魂を同調させずに『魂同調の真似事』ができる」

 呆然とする俺に彼女は無表情のまま、そう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そいつを見た時、俺はまず噂は間違っていたと思った。だって、見た目はただの女の子だったからな。でも、俺を見た次の瞬間にはそいつは俺に襲い掛かって来た。まるで獣のようだった。咄嗟に躱さなかったら今頃、俺もそいつの養分になってただろうな』

「……」

 謎の声は私の様子を気にすることなく、話を続けている。やはり、話を聞けば聞くほどこいつの正体が私の予想通りなのだと確信できた。だが、それを私は信じたくなかった。

『すでに俺の正体に気付いてると思うが、まぁ、気にしないで聞いてくれ。ここにいる理由とか、な』

 この後、どのように動こうか悩んでいると声がそうお願いして来る。相手の目的が分からない今、無闇に動くべきではないだろう。

「……わかった。話を続けてくれ」

『サンキュな。これでもお前には感謝してるんだ。狂っていた俺を正気に戻した……いや、戻るきっかけを作ってくれたんだから』

「……」

『おお、そうだったそうだった。黙っていてくれって頼んだったんだ。後で全部説明するからまずは昔話の続きでも話すよ。どこまで話したんだっけな……そうそう、あいつの攻撃を躱したところだったな。それから何とか声をかけたが、そいつは聞く耳を持たなかった。それどころか言葉すら発さなかった。獣のような唸り声しか漏らしてなかった。気が狂ったんだろうな。そいつは色々な奴から力を吸収してたから凄まじい力を持っていた。だから、俺もどんどん追い詰められてとうとう触れられてしまった。死ぬと思って俺は……反射的に――』

 謎の声はそこで言葉を区切る。何か言いにくそうに……いや、言いたくなさそうに続きを語った。

『――燃やしたよ、文字通りな』

 その声音はとても辛そうだった。

 


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