東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第291話 結界牢獄

「霊盾『五芒星結界』!!」

 咄嗟に『五芒星』を発動する。さすがに『黒符』を防ぎ切れないかもしれないが、逃げるぐらいの時間は稼げるだろう。

 しかし、ドッペルゲンガーは俺の予想を裏切る行為に出た。

「なっ……」

 目の前にいたはずなのにいつの間にか俺の右側に移動したのだ。『五芒星』で防ぐことを予知していたのだろう。俺が見ていたのは超高速移動による残像だったのだ。

(このままじゃ)

 すでに彼女の手は真っ黒に染まっている。『五芒星』を動かそうにも移動は出来ても向きを変えることは無理そうだ。顔を動かす時間すらないのだから。それに移動しても『黒符』を面ではなく線で受けなければならず、そのまま『黒符』は俺を飲み込むだろう。

「くそっ!」

 やらないよりはマシなので俺の右側に『五芒星』を動かす。それと同時にドッペルゲンガーが『黒符』を放った。俺へ死の光線が迫る。

『響!』

 吸血鬼の悲鳴が聞える中、横目で『五芒星』を見た。丁度、『黒符』と衝突し、光線を切り裂いているところだった。

(切り裂く?)

 そう、『五芒星』は光線を分断していたのだ。俺の前後を黒い光線が通過して行く。だが、徐々に『五芒星』が押されている。放っておけば光線に飲み込まれる。

「う、うお、おおおおおおおお!!」

 雄叫びを上げながら無我夢中で『五芒星』を操作する。もちろん、向きを変えるのではない。縦に“回転”させた。『五芒星』は凄まじい勢いで回転し、『黒符』を斬りながら進んで行く。

 

 

 

「回界『五芒星円転結界』ッ!!」

 

 

 

 即興でスペルを作り(弾幕ごっこではないので唱える必要はないのだが)、『五芒星』を通じて霊力を放ち『黒符』を吹き飛ばした。

「ッ!?」

 キラキラと黒い光が舞う向こうでドッペルゲンガーが目を丸くして俺を見ている。

「合成『混合弾幕』」

 そして、すぐに『回界』に向かって合成弾を放つ。だが、それすらも『回界』の前では無に等しかった。スパスパと合成弾を両断して進む『回界』。

 霊夢が教えてくれた守りの結界。

 霊奈が教えてくれた攻めの結界。

 その二つが組み合わさって出来たのがこの『回界』だ。ちょっとやそっとじゃ防ぐことはできない。

「霊盾『五芒星結界』」

 顔を歪ませながら彼女は『五芒星』を発動させた。最強の矛を防ぐためには最強の盾しかない。『五芒星』と『回界』は激突すると甲高い音と火花を激しく散らした。

「ぐっ……」

 例え『魂同調』しているとは言え、こちらは本物の『五芒星』で『霊術』で威力が上っているのだ。少しずつだが、ドッペルゲンガーの『五芒星』が後退し始める。

 

 

 

「神術『神力ブースト』」

 

 

 

 インターバルが終わり、スペルを発動した俺はすでにドッペルゲンガーの背後に回り込んでいた。

「やめっ……」

 顔だけで振り返った彼女は俺に手を伸ばすが俺は止まらない。

 幽香との戦闘で使ったのは『魂絶』。『ブースト』系を全て使った時、初めて使用可能となるスペルカード。残っている4つの力の全てを使って大爆発を起こす技だ。使用した後、俺の力は底を尽きるため、指一本動かせなくなってしまうまさに自爆技である。あれから『ブースト』系を4つ使った後に使用できるスペルをいくつか作ったのだが――。

 ――その中でも『魂絶』を超える自爆技。俺が持っている霊力、魔力、妖力、神力はもちろん、肉体すら消滅させるほどの威力を持った一撃。俺の命すら吹き飛ばすだろう。

「魂断『ソウルフルバースト』」

 そう、このスペルを“使えば”俺は死ぬ。そうすればドッペルゲンガーの目的は達成できない。

「吸収『ドレインホーリー』!」

 俺の右手から放たれた爆発を彼女は両手で吸収し始めた。ドッペルゲンガーは俺が俺自身の技で死ぬ前に爆発を吸収するしかないのだ。

(これを待ってたッ!)

「えっ……」

 爆発を吸収し始めてすぐドッペルゲンガーは目を見開いて驚愕する。無理もない。『魂断』にしては“威力が7割ぐらいしかない”のだから。

 『魂断』は全ての地力を使う技だ。使ってしまえば、俺ですらコントロールできない。じゃあ、“『魂断』を使わなければいい”。

 だが、俺ははっきりと『魂断』と宣言した。だからこそ、ドッペルゲンガーは俺の命を救うために爆発を吸収したのだ。では、何故俺は消費する地力をコントロールできるのか。

 理由は簡単。『魂断』を使っていないからだ。

 『魂爆『ソウルアウト』』。

 これも『ブースト』系を唱えてからでないと使用できないが使用する地力の量をコントロールできるスペルカードだ。もちろん、地力を全て使用する『魂絶』や『魂断』の方が威力は高いが『使用後、行動不能』というデメリットがなくなる。しかも、『魂爆』は使っても『ブースト』の効果がなくならない。『ブースト』が切れた瞬間、地力が残っていても4つの力が使えなくなるので結局、倒れてしまう。そのデメリットすらない技なのだ。

 そもそも、これは殺し合いなのでスペルカードを宣言する必要はない。まぁ、ドッペルゲンガーは唱えなければならない制約があるかもしれないが。俺はそこに罠を張った。

 宣言したスペルとは違うスペルを使用したのだ。

 それに俺は『自爆』と言ったが、決して『俺が自爆する』とは言っていない。『相手を自爆に追い込む』という意味なのだ。それを勝手にドッペルゲンガーが“勘違い”して焦って俺を攻撃して来たり、俺が使用したスペルを『魂断』だと“決めつけ”爆発を吸収した。

「凝縮『一点集中』」

 ドッペルゲンガーが爆発を吸収している間に右手に残り2割の地力を集中させる。

「ちっ……」

 それを見た彼女は舌打ちするが今、吸収を止めてしまうと至近距離で爆発に巻き込まれてしまう。動くに動けないのだ。全ては彼女の勘違いから起きた。これこそ、墓穴を掘る――つまり自爆だ。

 両手を伸ばしているドッペルゲンガーの懐にゆっくりと近づき、その胸に手を当てた。

(俺とドッペルゲンガーの魂波長は同じ……なら!)

「開力『一転爆破』」

 直接、ドッペルゲンガーの魂に干渉して『開力』を彼女の体内に撃ち込むことができる。すぅ、と俺の右手からドッペルゲンガーの中に光が溶けていく。その光はとても小さいが、俺の地力2割分――しかも『ブースト』を使った超高密度の力の塊だ。胸を仄かに光らせたまま、ドッペルゲンガーが顔を歪ませた。彼女は俺自身。この後に起きることを理解しているのだろう。

「チェックメイト」

 そう俺が呟いた刹那、彼女の胸で仄かに輝いていた光が一気に大きくなり、大爆発を起こした。

「ッ――」

 急いで距離は取ったが、ここは狭い廊下だ。逃げ切れなかった俺も爆風に煽られ、地面に叩き付けられた。間近で目を突き刺すような光を見た結果、ズキズキと頭が痛むし耳など聞こえない。鼓膜がやられてしまったようだ。霊力を流してすぐに治す。まだ地力は1割ほど残っているとは言え、すでにボロボロだった。廊下の天井を見上げてそっとため息を吐く。

『うむ、作戦成功じゃな』

(ああ、そうだな)

 トールの満足そうな独り言に頷きながらフラフラと立ち上がる。『開力』の爆発で廊下や教室、天井が吹き飛び、煙が立ち込めていて周囲の状況がよくわからない。

『……まだ生きているな』

「みたいだな」

 『魔眼』で見てもドッペルゲンガーの姿は視えないが俺の勘が彼女はまだ生きていると叫んでいた。警戒しながら煙が消えるのを待つ。

「……霊盾『五芒星結界』」

「っ!?」

 ドッペルゲンガーの声がしたと思ったら突然、足元が救われて尻餅をついてしまう。お尻と背中を強打して息が詰まった。

『だいじょうぶー?』

 心配そうな声で問いかけて来る闇に頷こうとするがその前に一つの疑問が浮かんだ。

「……俺は、“何に背中をぶつけた?”」

 『開力』により周囲の壁はほぼ崩れていた。つまり、背中をぶつけられないのだ。嫌な予感がする。すぐにその場から離れようと立ち上がろうと前を見た。

「これ、は」

 目の前の光景にただ呆然とするしかなかった。

 俺は5枚の『五芒星』に取り囲まれていたのだ。前後左右はもちろん、俺が尻餅をついている床も『五芒星』だった。よく見ると廊下から数cmほど浮いているようだ。合計6枚の結界が俺を包んでいる。唯一、開いているのは上のみ。

『響、逃げて!』

 吸血鬼が何か感じ取ったようで叫んだ。上から脱出しようと立ち上がるがそれを阻止するように7枚目の『五芒星』がそっと出現し、蓋をした。

「……」

 星の頂点を重ね、上下1枚ずつ。側面に5枚の結界を使った『結界牢獄』の完成だ。隙間はあるが子供でも通り抜けられそうにない。

『してやられたのぅ……』

『にゃー……』

 閉じ込められたことを理解したのかトールと猫がため息を吐く。どうやら、今まで彼女が発動した『五芒星』をどこかに隠していたらしい。

「結檻『五芒星結界牢獄』」

 煙の向こうから傷だらけのドッペルゲンガーが現れた。その姿は普段の俺(まだ女だが)なので『魂同調』は解除されたらしい。しかし、状況は先ほどよりも深刻だった。

「危なかった。咄嗟に吸収していた力を『開力』の爆発にぶつけて相殺しなかったら死んでた」

「そのまま死ねばよかったのに」

「私にはやることがあるから無理。そのおかげで君を捕まえることができた。それそんなに維持できないけど」

 どうやら、『結檻』は燃費が悪いようで長時間の維持はできないらしい。

「じゃあ、どうするんだ? 地力が減ったとは言えまだ『ブースト』の効果は残ってる」

「知ってる。だからこうする」

 そう言いながら人差し指に地力を集中し始めた。最初は球体だったそれを細く鋭く変形させていく。まるで針のようだった。細すぎて線にしか見えないが。

「霊転『五芒星転移結界』」

「……おい、まさか」

 ドッペルゲンガーが発動したスペルですぐに彼女の考えがわかってしまった。

「大丈夫。頭と心臓には当てないから」

「竜撃『竜の拳』!」

 巨大化した左手で目の前の『五芒星』を殴る。だが、檻は壊れない。

「霊盾『五芒星結界』、回界『五芒星円転結界』!」

 新しく『五芒星』を作り出し、回転させて檻の繋ぎ目を切断しようとするも俺自身の霊力が足りず、なかなか斬れない。

「時間切れ」

 彼女の声は恐ろしいほど低かった。無表情のまま、指先の針を『五芒星』の1つに当てる。針は『五芒星』に吸収され――。

「ガッ……」

 7枚の『五芒星』から同時に細い針が飛び出し、俺の体を易々と貫通した。針の勢いは衰えずまた『五芒星』に吸収され、今度はそれぞれの結界から7本――計49の針が俺を襲う。頭と心臓に当たりそうになった針はスッと消えるが少ない霊力がどんどん減っていく。

「これで終わりかな?」

 どれほど時間が経っただろう。『結界牢獄』が消滅し、血だらけの俺は床に落ちた。

(くっそ……)

 指一本動かせない。霊力がなくなったのもそうだが激痛で『ブースト』が切れてしまったのだ。霊力を回復しても今日1日動けない。

「……うん、体の損傷はなし。傷があったら出血しすぎて死んじゃうかもしれないからね」

 うつ伏せで倒れている俺の体をペタペタと触って頷くドッペルゲンガーの声は少しだけ嬉しそうだった。

 


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