東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第292話 狂い咲く炎

「響! 響ってば!」

 響の魂で吸血鬼がテレビに向かって叫んでいる。そのテレビには廊下に倒れている響とドッペルゲンガーの姿があった。このテレビは響の目線を映す他、三人称視点も映すことができるため、周囲の状況も見えるのだ。

「落ち着け、吸血鬼。お前が焦っても意味がない」

 テレビにしがみ付いている彼女を青竜が引き剥がした。だが、青竜自身も内心、穏やかではない。『ブースト』の効果で身動きの取れない響を救う方法を模索している最中だ。

「そんな事言ったってッ……」

「青竜の言う通りじゃ」

 トールも吸血鬼の体を引っ張ってやっと画面から離すことに成功した。しかし、吸血鬼は顔を真っ青にしてブルブルと震えている。

「にゃー……吸血鬼、どうしたにゃ? 焦るのもわかるけど焦り過ぎにゃ」

 猫の知っている吸血鬼はいつも微笑みながら猫と闇の世話を焼いてくれる優しいお姉さんだ。それに響の信頼もこの中でダントツである。響が魂に遊びに来た時など長年連れ添った夫婦のようなやり取りをしているのだ。

「駄目なの。響は……私が、守らないと」

 自分の体を抱いて弱々しく呟く吸血鬼。それを見た他の人たちは困惑した表情を浮かべながら彼女を見つめる。

「きゅーけつき、おちついて」

 そんな中、闇が心配そうに吸血鬼の背中を撫でた。闇の精神年齢はまだ6歳ほどだ。そのため、今の状況をあまり理解していない。しかし、何かを感じ取ったのだろう。これ以上、吸血鬼が暴走しないように声をかけたのだ。

「……ええ、大丈夫よ。皆もありがと」

 やっと落ち着いたのか2回ほど深呼吸して彼女は立ち上がった。

『さて、後はこれを付けるだけ』

 その時、画面からそんな声が聞こえる。全員が画面に目を向けるとドッペルゲンガーの手には雅と霙、霊奈に取り付けられていた黒い首輪があった。

「まずいのぅ。あれを付けられたら響は何も出来なくなるぞ」

「でも、響は干渉系の能力は効かにゃいにゃ」

「“能力”だろう? あれは“道具”だ」

 猫の反論を青竜が潰す。屁理屈のように聞こえるが実際、響の能力は屁理屈で能力の内容が変わることがある。だからこそ、干渉系の能力が効かないと言っても安心できない。付けられない方がいいに決まっている。

「どうする? 我らでは何もできないぞ」

 ここは魂の中である。外の世界には干渉できない。

「青竜なら出来るんじゃないかしら?」

 少しだけ考えた後、吸血鬼は青竜に問いかけた。

「ああ、可能だ。だが、響自身の地力がほとんどないから通常よりもグッと力は落ちる。正直、ドッペルゲンガーに勝てる自信などない」

「勝てなくてもいい。時間稼ぎさえしてくれれば」

「なにかさくせんでもあるの?」

「……作戦、なのかしら」

 少しだけ呆れた様子で彼女は扉の方へ向かう。それを見てトールが目を見開き、思わず口を開いた。

「まさか……連れ戻すつもりなのか?」

「ええ。何となくあの子がいれば何とかなりそうな気がするの。何の根拠もない、私の願望。私たちで無理でもここにいない人なら何かできるかもしれない。だから――」

 そこで言葉を区切り、ドアノブに手をかける。

 

 

 

「――狂気を連れて来るわ。必ずね」

 

 

 

 体が全く動かない。うつ伏せの状態だからドッペルゲンガーの様子すら見られない。

「さて、後はこれを付けるだけ」

 どうしようか思考を巡らせているとそんな声が聞こえた。

(これ?)

 これとは一体、何なのだろうか。俺にとって良くない物なのはわかるが。

「貴方でもこの首輪を付けられたら何もできなくなる。そして、あの人の研究材料になって」

「ま……さか……」

 首輪と聞いて雅たちに付けられたあの黒い首輪を思い出した。確かにあれを付けられたら干渉系の能力が通用しない俺も能力を発揮できなくなってしまう。今、悟に頼んで首輪の仕組みを調べて貰っているがまだ解析の途中だ。無い物を強請っても意味などない。

「へぇ、話せるんだ」

 俺の呟きを聞いて驚いたような声を漏らすドッペルゲンガー。身動きできないからと言って声帯ぐらいは動かせる。

「まぁ、いいや。それじゃ付けるね」

「くっ……」

 気配でドッペルゲンガーが近づいて来ているのがわかった。後数秒で首に黒い拘束具が取り付けられ、そのまま彼女の言うあの人の元へ連れて行かれるのだろう。『ブースト』のせいで地力はおろか闇すら使えない(闇の力は地力を変換して使うので地力が使えない状況だと闇も使えなくなる)俺はただその時を待つことしかできなかった。

「……」

 だが、いつまで経っても首輪は付けられない。どうしたのだろうと再び、周囲の気配を探った。すると彼女は数メートル先まで移動している。そして、俺の目の前にもう1つの気配。

「これが噂の」

「これがどれを意味するのかわからないがこれ以上、響をいじめないで貰いたい」

「それは無理」

「そうか。ならば仕方ない。戦うとしようか」

「せい……りゅ、う」

 そう、この気配は青竜の物だ。まぁ、前に比べて恐ろしいほど力は少ないようだが。

「すまない。今の儂ではドッペルゲンガーには勝てない。時間稼ぎが関の山だ」

 青竜は俺の地力を借りて分身を生み出す。そのため、俺の地力が少ないと分身の力も弱まってしまうのだろう。

「だが、安心しろ。今、吸血鬼が何かしようとしている。それまで待つのだ」

 そう言って青竜はドッペルゲンガーの方へ走り出した。それからすぐに青竜とドッペルゲンガーは激しい戦いを始める。

「青竜って言う割には弱いね。貴女の力を使う必要もないみたい」

「何を言う。汝こそ儂の力が使えないのだろう」

「……どうしてそう思うの?」

「汝は狂気の力も使っていた。だが、狂気は今、魂の部屋に閉じこもっている。響は狂気の力を使えないのだ。じゃあ、何故汝は使えるのか。答えは簡単である。“汝は狂気が部屋に閉じこもる前の響”なのだ。まぁ、響の戦いを観察して随時、更新していたようだが、さすがに目覚めたばかりの儂の力を模倣することは叶わなかったようだな」

「正解。すごいね、青竜。でも、だから何? 別に貴女の力がなくても貴女を倒せるよ。死んで」

 そこで2人の会話は途切れ、時々ドッペルゲンガーがスペルを唱えるだけでそれ以外ではずっと無言だった。

 青竜はわざと声に出してドッペルゲンガーに質問したのだろう。俺にヒントを与えるために。

(でも、俺は動けない)

 何もできない。まただ。また俺は肝心な時に何もできない。

「くっそ……」

 俺の悔しげな声は2人の拳がぶつかり合う轟音に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビの画面で響の前に緑の髪の幼女が現れた。どこか闇に――いや、響の小さい頃の顔に似ている。

『ああ、それは青竜だ。最近、仲間になったらしい』

「青竜……」

 確か四神の一角だったような気がする。何故、そんな奴が響の仲間になったのか気になるが響だから仕方ないと自己解決した。

『まぁ、普段はもっと大きいみたいだが今はあいつ自身の地力が枯渇してるしあんな姿になったんだな』

「……待て。その言い方だと響の魂から召喚したように聞こえるが?」

『実際そうだ。青竜玉とか言う珠にいたらしくて今じゃ、あいつの魂を別荘代わりにしてるんだと』

「まさか魂の具現化?」

『ああ、青竜本人は分身だって言ってるけど具現化に似たような現象だな。青竜の魂は珠にあって響の地力を借りて分身を作り出し、あんな風に響の助けをする。お前がやったようにな』

 その言葉に私は眉を顰めた。何故なら、私はもちろん吸血鬼たちだって一度も魂の具現化に成功していないのだ。

『しただろ。あの時』

「あの時?」

 詳しい話を聞こうとするがそれは部屋の扉を誰かが叩いた。

『狂気、いるんでしょ!』

「吸血鬼……」

『今、響がピンチなの。でも、私たちじゃ何もできない。お願い……貴女なら何とかしてくれそうな気がして』

 きっと何の根拠もない彼女の願望だ。吸血鬼たちにはできないけど私なら、と。彼女は何もできないまま終わってしまうのが怖いのだ。

『狂気、出て来て。お願いよ。青竜って子が今、響を助けてくれてる。ただ、その子じゃ勝てない。このままじゃ響は連れて行かれちゃう……今しかないの』

「ッ……」

 震える吸血鬼の声を聞いて私は立ち上がり、玄関まで走ってドアノブに右手を伸ばした。「……」

 だが、そこまでだった。私は恐れているのだ。私が部屋から出て行ったら今度こそ響が壊れてしまうのではないか。私のせいで響が狂い、自分自身を傷つけてしまうのではないか。私のせいで、私の――。

『……ごめんなさい。貴女をずっと放置したままでこんな時だけ力を借りようだなんて都合のいい話よね。私たちで何とかしてみる』

 そう言って吸血鬼の気配は消えた。

「まっ……」

 慌てて扉を開けようとするも右手が震えて言うことを聞かない。

(何で……何で!)

 何とか震えを止めようと左手で右手を押さえるが全く意味がない。仕舞には足に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまった。

「くそ、くそ……くそ!!」

 私は何て弱いのだろうか。響が危険な目に遭っていて私が行けば何とかなるかもしれないのに自分のせいで響が傷ついてしまう可能性があると考えただけで動けなくなってしまう。

『それは違うな。お前はお前のせいであいつが傷つくところを目の前で見て自分が傷つくのが怖いだけだ。臆病なんだよ』

「……そうかも、しれないな」

 私は傷つきたくなかったのだ。それを響のためだと言って誤魔化して来た。

「何だよ。結局、私は……自分のために部屋に閉じこもっていたのか」

『ああ、お前は最低な奴だ。クズで臆病で情けない……人間らしい』

「え?」

『人間はそういう生き物だ。そして、お前は狂気という感情に意志が宿った存在。なのに人間にほど遠いのに人間らしさを持っている』

「何を言って……」

 私が人間らしい。そんなことあるはずがない。私は狂気。狂った人間が抱く感情。狂った人間など人間などではない。ただの化物だ。

『お前の中にある感情はなんだ?』

「感情?」

『お前は狂気。狂った存在。だが、狂った奴が人の身を案じるなんて……普通、あり得ない。矛盾している。そう、お前は矛盾した存在なんだよ』

「だ、だから何だ」

 確かに私は狂気という存在なのに矛盾した行動ばかりして来た。これ以上、響が狂わないように抑えたり、自分自身を部屋に閉じ込めたり。

『変えたいか?』

「変え、たい?」

『ああ、お前は自分の存在を変えたいと思わないか?』

「そんなことできるはずが」

『できる』

 その声は真剣そのものだった。私をバカにしているわけではない。

『お前は全ての条件を満たしている。自分の存在を否定するような感情。自分の存在を変えるような強い素材……そして、自分の存在を変えたいという想い』

「……」

 自分を変えたい。それはずっと想い続けて来た。私が“狂気”じゃなかったらもっと響の役に立てた。私が“狂気”だったから響は傷ついた。

「……変えたい」

 無意識の発した言葉は私に立つ力をくれた。

「私は、自分の存在を変えて響を助けたい」

 この想いは私の震えを止めてくれた。

「どうすればいい? 私は何をすればいい?」

 もう迷わない。今こそ立ち上がる時だ。グッと両手を握り、前を見据える。そこに“あいつ”がいると思ったから。

『……いい眼だ。何、簡単なこと。自分の胸の内に語りかければいい。そうすれば、“素材”が答えてくれる』

「素材って何だよ」

『もう気付いてるんだろ? それだ』

「……」

 こいつの言う通りだ。私はすでに何をすればいいのかわかっている。だが――。

「お前はどうなるんだ?」

『さぁな。消えるんじゃないのか?』

「いいのかそれで」

『いいも何もここであいつが死ねば悲しむ奴が多い。その中にいるんだよ。俺の守りたかった奴が。ほら目を閉じな。案内してやる』

 素直に目を閉じた。そして、語りかける。私を変えて欲しいと。どうか、私に響を守る力をくれと。

『いいや、違うな。お前の望んでいる力は“守る”力じゃない。もっと欲望に忠実になれ。本当に欲しい力は何だ』

「私の、望んでいる力……」

 響は強い。自分の身は自分で守れるだろう。それにすでにたくさんの人が響を守ってくれている。私1人強くなろうと私の出番はずっと後だ。それでは私は満足しない。私にしかできない物が欲しい。たくさん傷つけてしまった分――いや、それ以上に私は彼を――響を――。

 

 

 

「――癒してあげたい」

 

 

 

『お前の想い、聞いたぜ。いいじゃないか。『狂気が人を癒す』。さぁ、俺の分まで頑張ってくれよ』

 それを聞いて目を開けると目の前に一つの炎が浮かんでいた。真っ赤に燃えている。何故かその炎を見て怖いと思った。だが、それと同時にとても綺麗とも感じた。矛盾の感情。まるで、私のようだ。

「……」

 導かれるようにその炎に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁッ……」

 青竜の苦しそうな声と共に木片が俺の頭に当たる。どうやら、吹き飛ばされて壁に叩き付けられたらしい。

「しつこい」

「はは、さすが、に……限界、か」

 そんな呟きが聞こえたと思ったら青竜の気配が消えてしまった。これで俺を守るものは何もない。それなのに俺はまだ動けずにいた。

(動けよ……動け!!)

 必死に体を動かそうと力を入れるが言うことを聞いてくれない。情けなくて目に涙が溜まって来た。それほど俺は今、追い込まれている。

 きっと油断していたのだ。仲間の力を借りてお互いに守り合う、という考えを持つことができてこれからは心強い仲間と一緒に戦っていくのだと思っていた。

 しかし、現実は違った。仲間とは隔離され、吸血鬼たちがいても対処できない敵が現れた。何も出来ない自分に腹が立つ。

「無駄だよ」

 俺が逃げようと四苦八苦しているのに気付いたのかすでに彼女は目の前まで迫っていた。

「くそ、たれ……」

「悪態吐いても意味ないよ。それじゃ、早速――ッ」

 俺に手を伸ばしかけたドッペルゲンガーだったが息を呑んですぐに離れていく。何かを見て驚き、距離を取ったようだ。

「もう、響は傷つけさせない」

「……え」

 聞こえるはずのない声が上から聞こえて驚いてしまう。だってこの声の主は今、部屋の中で――。

「燃えろ」

 ――驚愕していると視界いっぱいが緑に染まった。いや違う。俺は今、炎に包まれているのだ。

「あ、熱ッ……くない?」

 慌てて“起き上がり”炎を消そうとするが全く熱くなかった。むしろ、気持ちいいと感じる。

「響、大丈夫か?」

 呆然としていると炎は消え、目の前に立っている人物が声をかけて来た。顔を上げて目を見開く。

「きょう、き……」

 そうそこにはあの狂気がいた。ただあのドス黒くて紅い瞳ではなく、綺麗な緑色。髪は黒いままだが、両肩から緑色の炎がユラユラと揺れている。

「体の調子は?」

「え……あ」

 狂気の言葉で動けるようになっているのに気付いた。まるで、“ドッペルゲンガーと戦う前に戻ったような感覚”。

「貴女は、誰?」

 立ち上がって狂気の隣に立つとやっと正気に戻ったのかドッペルゲンガーが質問した。

「……私はずっと響を傷つけて来た。だから部屋にこもった。そうすれば響を傷つけずにすむって。でもそれは間違いだった。逃げていただけだった。そして、私が逃げた後も響は傷ついていた。ずっと……ずっと!」

 狂気が声を荒げると彼女の方の炎も激しく燃え始める。しかし、近くにいる俺は熱気を感じなかった。温かくて優しい炎。ずっと見ていたいと思った。

「だから私は……変わった。もう響を傷つけたくないから。癒してあげたいから。私はもう、狂気じゃない」

 そう言いながら俺の前に出て彼女は堂々と言い放った。

 

 

 

 

 

 

「私は“翠炎(すいえん)”。矛盾の炎。私の炎は全ての矛盾を焼き尽くす。お前も燃やしてやるよ。矛盾(ドッペルゲンガー)」

 




狂気――いや、翠炎覚醒。


さぁ、逆転劇の始まりですよ。

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