東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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とうとう評価がオレンジになってしまいました。
ぬぅ……ちょっと悔しいですね。


第295話 炎の微笑み

 家に着き、詳しい話はまた明日話すと言って俺は自分の部屋に入った。ドッペルゲンガーとの戦いでヘトヘトだったし何より俺自身、翠炎について何も知らないからだ。とりあえず直接会って話を聞こう。

 寝間着に着替えた後、ベッドに潜り込み目を閉じて意識を魂に向ける。

「おかえりなさい」

 その声を聞いて目を開けると目の前に吸血鬼がいた。少しだけ心配そうに俺を見ている。あんなことがあったのだ。心配するのも仕方ない。

「ただいま。皆は?」

 周囲を見渡すが珍しく吸血鬼しかいなかった。いつも俺の部屋に集まっているのに。

「たくさん人がいると話が進まないでしょ? 響も疲れてるから早く話し合いを終わらせて休ませてあげたいって皆、部屋に戻っちゃった」

 確かに闇や猫がいたら話が脱線してしまいそうだ。皆の気遣いに感謝しながら床に置いてあった座布団に座る。

「それじゃ翠炎を呼んで来るわ。それまで紅茶でも飲んで待ってて」

 紅茶の入ったカップをテーブルに置いて吸血鬼は部屋を出て行った。紅茶を啜って一息吐く。

(勝ったんだな……)

 いつもながらギリギリだった。『ブースト』系はやっぱり使いどころを間違えると取り返しのつかないことになる。もっと気を付けなければ。

「待たせた」

 丁度、紅茶を飲み干したところで翠炎が吸血鬼と共に部屋に戻って来た。外で見た時と同じように肩で緑色の炎が揺れている。

「いや、大丈夫。そっちはどうだ?」

「力を使い過ぎただけだからそこまで気にしなくていい。さてと……何から話したもんかな」

「まぁまぁ。そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」

 『紅茶のおかわりを淹れて来るわ』と言って吸血鬼はキッチンの方へ消えて行った。

「……響、今から話すことは本当のことだ。信じてくれ」

 吸血鬼が見えなくなったのを確認して翠炎は真剣な眼差しを俺に向けながらそう切り出す。

「信じるも何も話を聞いてみないことには……そんなに突拍子もない話なのか?」

「ああ……覚えてるか? ガドラのこと」

 ガドラ。雅を奴隷のように扱っていた奴で雅が俺の式神になるきっかけを作った。

「……覚えてるよ。でも、どうして今更ガドラの事を話すんだ? あいつはもう」

「あの時、私はお前を炎から庇ったのは?」

「覚えてるに決まってるだろ……そう言えば」

 まだ翠炎が狂気だった頃、ガドラの炎から俺を守ってくれた時、狂気は炎を吸収していた。そして、目の前にいる翠炎は“炎”。

「そう、私はガドラの炎を吸収していた」

 俺の表情から察したのか頷く翠炎。ガドラの炎と翠炎。偶然にしては出来過ぎている。

「まぁ、すぐにわかったと思うが私はガドラの炎を素材にして存在を変えた。しかも、炎が素材になるって教えてくれたのはガドラだった」

「待て。何故、ガドラが出て来る? あいつは死んだんだろ?」

「私が吸収した炎に術式を組み込んで私の中に潜んでいたそうだ。私が存在を変える時に手伝ってくれて……消えて行ったが」

 確かに突拍子もない話だ。死んだはずの人が他の人の魂に潜むなど。

 ――ですが、不可能ではありません。そう言った術式は存在します。

 その時、久しぶりにレマの声を聞いた。翠炎は何の反応も起こしていないので俺にしか聞こえていないらしい。

(じゃあ、翠炎の言ってることは本当だってのか?)

 ――ええ、私もお手伝いしましたから。彼女の言っていることは本当です。

「……わかった。信じる」

 俺がそう告げると翠炎はホッとため息を吐いた。信じて貰えるか不安に思っていたようだ。実際、レマに言われなくても俺は翠炎のことを信じていた。

 ――あら、余計なお世話だったでしょうか?

(いや、確信が持てただけで十分だよ)

 ――それならよかったです。

 嬉しそうに言ったレマの声は消えて行った。もう話すことはないらしい。

「お待たせ」

 キッチンの方から吸血鬼がティーポットとカップが載ったお盆を持って現れる。テーブルにお盆を置き、カップに紅茶を注いでいく。

「はい、どうぞ」

「おう、サンキュ」「ああ」

 吸血鬼からカップを受け取り、紅茶を啜る。ガドラの話を聞いて少し動揺していたのでホッと一息吐けるのは嬉しい。

「……にしても吸血鬼、嬉しそうだな」

 翠炎の言葉を聞いて彼女を見るとニコニコと笑っている。本当に嬉しそうだ。

「だって、響と狂気……いえ、今は翠炎だったわね。貴方たちが一緒にいるところをまた見られるなんて思わなかったんだもの」

「その点に関しては申し訳ないと思っている」

「別に翠炎だけが悪いわけじゃないわ。貴女は響を守ろうとしただけだもの。貴女を放っておいた私たちにも責任があるわ」

 そう、翠炎が部屋に閉じこもったのも悪いが、それを放置していた俺たちにも非がある。話し合えばもっと早く翠炎は部屋から出て来てくれたのではないか。俺がもっと強くなれば、と今でもそう思っている。

「まぁ、翠炎が部屋に閉じこもってくれたおかげで今回、響は助かったわ。ありがとう、翠炎」

「私はただ、響を守りたかっただけだ」

 ぷいっとそっぽを向く翠炎だったがほんのり耳が赤くなっている。照れているのだろう。その点は翠炎になっても変わっていない。

「他に何か質問はないか?」

 話を変えようと早口で俺たちに問いかける翠炎。これ以上、からかえばヘソを曲げてしまいそうなのでやめておこう。

「翠炎の効果って聞いたまま?」

 吸血鬼が手を挙げて質問する。翠炎の効果は相手の魂波長を読み取って初期状態に戻すというものだ。彼女の炎に触れれば強化、弱体化、呪いの類はもちろん、怪我すらもなかったことになる。そして、人工生物は魂波長がないため、消滅する。今のところ、俺が持っている翠炎の情報だ。

「じゃあ、私が翠炎になったことについて話そう。翠炎は見た目通り、緑色の炎だ。緑には『優しい』や『癒す』などの意味がある。そして、炎は人を傷つける。人を傷つける優しい炎、と言えばいいか。これが矛盾の一つだ」

「一つってことはまだあるのか?」

「ああ。私は狂気なのに響のことを守りたいと思っていた。それに加え……私が傷つけた分、癒してあげたいと思った。狂気が人を癒してあげたいと思うなんて矛盾しているだろ?」

 『だから私は矛盾の炎になったんだ』と彼女は右頬を掻きながら締めくくる。

「……翠炎、ありがとな」

 それを聞いて俺は彼女に感謝した。癒してあげたいと思ってくれて、こんな俺のために存在を変えてくれてありがとう。

「気にするな。私はお前の仲間なんだから当たり前だ」

 そう言い放つ翠炎は優しく微笑んでいた。

 




これにてドッペルゲンガー戦および翠炎編、終了です。
まぁ、まだ第8章は続きますけどね……

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